FC2ブログ

農村を活性化させる為には?

昔の百姓達はすごかった。

農業をやっていていつも思うのは、「昔の百姓達はすごかった!」という事です。

村のみんなの飢えをしのぎ、冬の間の食料を貯め、来年の春、種を播く分を確保しなければならない。
自然現象や作物の状態をじっくり観察し、失敗と成功を繰り返して、経験を積み、勘を磨く。
当然、リーダーはいたでしょうが、一人で考え、一人でやってみるのではなく、村の皆で考え皆でやってみたのでしょう。
そして、いつしか、作物の栽培方法、加工方法、備蓄のやり方、更には、自然の摂理や、生命の原理、に到るまで、探求し、見つけ出す。
それらが、みんなの共通のものとなり、進化発展して、次の世代に受け継がれていく。

「真の創造はこんな現実の真っ只中から、生れた。」のでしょう。
又、このような「工夫や創造を生み出したのは、みんな素人だった。」のです。

「農学栄えて、農業滅ぶ。」といわれているそうですが、農学が生み出したものは、昔の百姓達が生み出したものには足元にも及ばないし、逆に様々な環境破壊を生み出している。

「素人が、現実の真っ只中にいて、皆で、真剣に考え、皆でやってみる事でしか本当の工夫や創造は生れない。」という事が本当なんだろうと思う。


丸一浩

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ
スポンサーサイト



どうも両頭体制が必要なようです。

リーダーについて、町内に求めるか、町外にそれを求めるかの議論が続いている様ですね。もちろんこれは実践的問題なので、適格者がいればどちらであってもいい、むしろ人物が先に立つ、というスタンスに立つことは可能だし、かつ現実的でしょう。
 だからこの問題について敢えてコメントするとすれば、以下のような観点を踏まえて考えることになるのではないかと思います。
 
 成功事例(例えば以前レポートした山形県高畠町や愛知県赤羽根町など)を見ると、どうも町内の人材と町外の出身者(Uターン者を含む)2名による両頭体制が上手くいっているようです。高畠町は有機農業の指導者とUターン組の河原氏、赤羽根町では、地元出身者と元商社マンの組み合わせです。
 この両者の分担は、町内人材が町内の有志の統合つまり活性化と組織化、町外人材が対外的なアピールと内外の接点の形成となっているようです。取りあえず敢えて旧い概念で括れば「内政と渉外」の分担となっているようです。
 
 何故このような両頭体制が必要になるのでしょう?
おそらくそこには、ある程度普遍的な理由がありそうな気がします。

 それは、現在の農村の抱える問題は単独のムラという集団内部で解決できる問題ではなく、大なり小なり、現体制の再編が必要になっているということから来ているからだと思われます。例えば多くのムラで取組まれている、「産直運動」や「地産地消」その実践例であり、広く社会に呼びかけ人々を集結させ、生産者と消費者の関係のあり様を改善していこうというものです。
 
 それに対して農業とは、その土地と風土に立脚した土着的なものであり、その土地を知り尽くしたものでないと指導できないという側面があります。かつ農村では10年単位で人を見る傾向があり、最低10年間その土地で共に暮らしたものでないと、なかなか信用を得られない、という傾向もあります。つまりムラの人間が、よそ者を頭に立てれば集結しにくいという問題です。もちろんこの指導者は、農業現場を度々離れるわけにも行かないでしょう。以上の理由から、必然的に内向きベクトルが通常の業種よりも強くなりがちです
 
 農村のあり様を改革していこうという場合、内と外両面にわたる働きかけが必要となります。
 いわば組織統合とサポーター=ネットワークの形成という両面の課題が必要とされるのです。ここで先ほどの「内政と渉外」という括りは「改めて組織担当とNW担当」と置き換えることもできます
 そこでとりわけ土着型の農業の場合、1人の人間がその二つを担うことが極めて困難という事情があるということではないでしょうか?
 更に町外から人を招こうとする場合、都市と農村の文化の違いは、結構大きく、都会暮らしをある程度経験した人がその接点役(後見人)を果したほうがい上手くいく。という側面もあるようです。
 
 もちろんこの問題は冒頭で触れているように、絶対的な答えがあるという性格のものではありません。ただ以上のことを考慮に入れ指導者、ひいては体制の問題を考える必要があるのではないかと思います。

北村浩司


にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

旧い観念やしがらみが、リーダーの登場を邪魔している

みなさんのやり取り拝見しましたが、「キーマン、リーダー」について私も一言。ちょっと辛口になるかもしれませんが、お許しください。

7179の小西さんの意見にもあるように、町内に限定する必要は無いが、町内から生まれるのに越したことは無い、と言う考えは皆さんに共通しているようです。しかし、私の考えは少し違います。むしろ、町内に可能性は無いのではないか、とさえ感じています。

まず、「町内のほうが切迫度が高いので・・・」という前上さんの意見(6657)もありましたが、本当にそうなのでしょうか?もしそうならとっくに現れていてもおかしくないだろうし、町もとっくに変わっているはずではないでしょうか?そんなふうに感じました。

そもそも、町内の切迫度が高いと言っても、どれほどのものなのでしょうか?と言うよりも、なぜ高いのでしょうか?それは、家や土地とか、村のしきたりなど、様々なしがらみに縛られ、それ(ほとんどは私権)を守らなければいけないというような、強力な観念が人々の頭を支配しているからではないかと私は考えます。だから高いと言ってもその程度のものである、とも言えると思います。

そんな観念やしがらみに縛られたままで、リーダーなんて生まれるのでしょうか?本当の活性化なんて出来るのでしょうか?旧い観念やしがらみに縛られず、それらから一歩脱却し、自由な発想や行動で自らが活き活きとできるような人、そのような人を中心に町は活性化していくのだと思います。(以前議論になった、趣味派のような人でしょうか。)ですから、そういう人であれば、むしろ町外から広く求めるべきだと思うのですが、みなさんいかがでしょうか?

小松由布樹

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

ネットワークの始まり

>育児や教育、環境等、課題取り組みタイプの集団では、課題解決に向けての徹底した追及の過程が、絶えず課題を生み、それらを突破しようとすれば、課題に応えることの出来る人や他のサークルとの繋がりを生むことにつながると思います。

このご意見で、あぁそういうことなのか、と合点がいくものがありました。
るいネットの『有望集団』で紹介されている「無茶々園さん」の活動です。

地域活性化の為に(=地域不活性化の打破の為に)IターンやUターンが今まで語られてきたけれど、彼らはこれからはOターンだと言います。
Oターンとは、蜜柑栽培という自分たちの活動だけに視野を閉じ込めず、同地域内の他の産業やあるいは隣の地域の産業ともネットワークを築いて、全体として地域の底上げを目指すというものです。

その為に最初に彼らがしたことは、同地域の海側(彼らが山の産業としたら、全然違う方面)でやってる漁師さんたちとの勉強会。(勉強会といってもその内容は、あなた達の仕事を教えてください。どういった仕事をしてるのか知りたいのです。という、まずは相手のことを聞くことからでした。)

彼らがそうした理由は、産業の担い手として生きる者として、漁師さんたちが自分たちと同じように現状への不全感を感じたり、あるいは、どこかに既に突破口をキャッチしている人や集団がいるかもしれないといった期待感を潜在的にでも感じ、ネットワークのきっかけを待っているのではないか? と思ったからではないかと・・・。

産直消費者との繋がりだけでなく、異業種の生産者同士の繋がりへも・・・。
このようにネットワークの幅がどんどん広がってゆくのも、彼らの課題が「どう活力をもって生きていくか」という誰もが求めているものだからなのではないでしょうか。


谷光美紀 


にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

例えば学校給食を端緒に

生活圏の形成を考えたとき、教育についても取り入れて考えられるのではないかと思いました。
参考になるかどうか、一つ事例を挙げてみます。

私が以前お世話になったある篤農家のグループでは、地元小学校に給食の食材を提供していました。そこでは、子供たちの健康を考えて地元で取れたものを食べてもらうというのが第一の趣旨でしたが、それに付随して年に何回か、生産農家の人たちと子供たちとの交流会(合同食事会)が行われていました。また、農家への見学を企画することで、子供たちは自分たちが食べているものがどのようにして田畑で作られているかを体験する機会ももたれていました。あるいは農家のおばあちゃんにぞうりの作り方を教わったりといったこともされていました。

食材の提供を端緒に、子供たちは農業体験や大人たちから様々な知恵を学んだり、また、農家の方々も地元の子供たちに食べさせる作物を作るという意味で、張り合いも大きかったと思います。(活力源ですね。)

今日の学校制度に基づいたレベルでの取り組みではありますが、生活圏形成への取り組みとして、有意義なものではないでしょうか。


馬場真一

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

貨幣の問題をめぐって

ところで従来は経済学では、農工間の生産性の違いは、農業は土地の生産性を土台にしているが故に、機械化されても(マンパワー当りの)生産高の増大が小さく、工業は機械の性能の向上によって飛躍的に生産量が上昇するから、と説明されていた。それが農工間の所得格差の源泉であると説明されていた。
 しかし交換関係によって生まれる生産性とは、結局、価格単価つまり商品の価値評価に還元される。
 そこでは仮に、評価のもとをなす欠乏に偏りが無ければ、いずれ農産物の価格は工業製品にたいして相対的に上昇し,投入労働量に応じてバランスするはずである。つまり交換関係それ自体による、所得格差は生じないはずである。

 しかし、実は市場を支配していた「見えざる手」=絶対的評価者の正体は快美欠乏である。その欠乏自体が持つ歪み、あるいは特定の欠乏への過剰な偏りが価格のアンバランスを創り出していたのだ。
 ここに「合理的に行動する個人」を前提として論を組み立てた、従来の経済学の誤りがある。


北村浩司 


にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

農業インターンシップについて

実際将来の農業者は今は中途半端だが間違い無く、これらの学生から生まれるのだろうから。かつ農業の現状やインターンシップを通じて得られた経験は、彼等の人生に何らかの形で生かされ、他の人たちにも伝えらていくのだろうから。
 
 つまりこの農業インターンシップそのものは、当面の利益には直結しない、社会性の高い活動なのである。就職だけでなく、実際学生からは金を取ることも困難であろう。
そして需要はあるが積極的に遂行する,あるいは遂行できる主体が不足していくことになるだろう。

  続きを読む

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

生活圏の再構築

何度か出てきて、気になるので投稿しました。

「上中町計画」のテーマとして、前上英二さんが提起している

(1)魅力ある人がどこにいるのか、誰が新しいネットワーク社会の住人になりそうか
(2)農業生産と緊密な関係にある異業種群とは具体的には何なのか
(3)市場から離脱したところの商圏をいかにつくっていけそうか

の(3)の表現です。

「言葉としてふさわしくありませんが…」と自らも言っていますが、単純に「生活圏」でいいのではないでしょうか?

市場とは、商品が貨幣を通じて取引される場であり、商圏≒地域レベルの狭い市場と私は解釈しています。なので、「市場から離脱したところ」の「商圏」では違和感を覚えます。

続きを読む

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

体験学習プレイベントより

昨日・一昨日と体験学習事業のプレイベントのために上中町に行ってきました。
今回のプログラムは、「上中町・初夏の農業体験&味のある和尚に会いに行こうツアー」と命名し、一泊二日で次のような体験をしました。
・農業体験…草刈と溝きり
・現地の土を使った陶芸体験
・現地の農産物を使った共同炊事、地元の方へのおふるまい
・地元の乞食体験をしたこともある名物和尚が主催する竹飯作り(竹の切り出しからしました)、そば打ち、梅煮づくり、あられ作り等々
と、大変盛沢山な内容でした。
参加者は、今年度のプレイベントを試行錯誤する体験学習ユニット「鯖っ人」のメンバー6名、口コミで募ったその友人知人5名、そして町関係者等を合わせ、総勢15名でのプログラムでした。
そして、プログラム最後のわかちあいでは「100%、次もまた行きたい」という感想が大勢を占めつつ終了しました。
前回5月田植えプログラムも含め、それなりの充足感を残しているようです。

何が良いのか……
・一般参加者を「お客さん」として扱うのではなく、あくまでも促進者(ファシリテーター)と同じ地平で参加してもらうようにしていること
・地元・町職員の方々にも「鯖っ人」がお客さんや外部企画者ではなく協働するメンバーとしてとらえていただいていること

つまり、「脱・お客さん化」=「協働する」ことがキーになっている感じがしています。そして「協働する」ことで、自らの役割を自然に認識し、進んで何かをやっていくことにつながっていると思っています。
そして、今後ますます「協働を推進していくファシリテーターの発掘・育成」が必要になってくると考えています。


前上英二

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

「聖域」解体全面的賛成

 「聖域」=既得権益の温床解体については、諸手を挙げて賛成です。

 経済の問題とはかけ離れていると思われるかもしれませんが、実現論第一部 の冒頭からの抜粋です。
 
「生きとし生けるものは、全て外圧(外部世界)に対する適応態として存在している。(中略)全ての存在は、本能をはじめ無数の構成要素を持っているが、それら全ては外部世界に適応しようとして先端可能性へと収束する、その可能性への収束によって統合されている。また、外部世界が変化して適応できなくなってくると、新たな可能性(例えば、DNA塩基の組み替えの可能性)へと収束し、新たな可能性(新たな配列)の実現によって進化してゆく。」

続きを読む

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

ほんとに身近な科学技術(遺伝子組み換え作物についての私見)

大きな問題として採り上げられるようになった「農薬」による環境破壊・肉体破壊。それを克服し、農薬をなるべく使わずに済ませる方法の糸口の一つとして開発されたのが、遺伝子組み換え作物です。勿論、それ以前より、「育種」という形で、病虫害抵抗性品種などの研究・開発は為されてきましたが、遺伝子組み換え技術は、そのスピードと効率・目的性において革命をもたらしたわけです。

例えば、病虫害抵抗性遺伝子を組み込んだ作物のメリットは、農薬の使用が最小限で済むので、①農薬のコストがかからない ②農薬による環境破壊が軽減される ③農業生産者が大量の農薬を浴びなくてすむため、生産者の健康が守られる ④農業生産労働の軽減 ⑤生産物への農薬の影響が小さいので、消費者の健康が守られる こんなところです(例えば、ポスト・ハーベスト農薬←収穫後の作物にかける農薬 をなくすor減らすなど、他にもたくさんあるでしょうが)。

続きを読む

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

農を主軸にしたネット社会形成

大雑把なイメージを少し展開したいと思います。

①半農半業という生産様式の確立という路線のイメージ
 →半業の中で生活に必要な多様な物資を生産する…そのことによって、自立度がかなり高い農業生産体によって地域社会を構成する…
②農業生産体と緊密な関係を持った異業種ネットワークを構築するという路線のイメージ;
 →農業生産体だけで自立できることには限界がありそうなので、異業種の生産体と緊密なネットワークを形成して、ほぼ自立してゆける地域社会を構成する…
③地域通貨などを媒介にした緩やかなネットワークの形成という路線のイメージ;
 →緊密なネットワークの形成も一朝一夕にはできそうもないので、もっと拡がりのあるゆるやかなネットワークをまず立ち上げてゆく…

続きを読む

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ