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農村を活性化させる為には?

農を多くの選択肢の中の1つとして捉えている。

 先日のニューファーマーズフェアに限らず、若い新規就農希望者と話をして最近感じることがあります。

 それは、是が非でも農業をやりたいとか、農業でなくてはならないとか、こういう農法でこういうものを作るんだという様なこだわりやオタク的知識などは、持ち合わせていない人が多いことです。良い意味で、観念的でないようです。
 
 私が新規就農する前(4年前)に、有機農業で新規就農を目指す人のための短期研修(10日間)いわゆる就農準備校へ参加したことがあります。
 そのときの参加者は、やはり若い世代が中心でしたが、農に対するこだわりや問題意識の強い人が多かった記憶があります。
 場の特質が異なって、集まる人のタイプが異なるということもあるかも知れませんが、ここのところ会う就農希望者にはそのタイプが少ないようです。

 生業としてということに限りませんが、彼らは、「農」をこれからの可能性が感じられる選択肢の1つという捉え方をしているのではないかと思います。そして、そんな人の方が、大きく、かつ、柔軟な思考で、これからの担い手としては、力になっていくのではないでしょうか。

 そんな若者は、農の世界で魅力ある人や場に出会えば農に携わるし、他の世界で魅力ある人に出会えばそちらに行くということだと思います。

 農は、1つの生産体が小さいこともあって、その枠を越えてつながって、魅力ある人との出会いの場をつくることは、他の分野よりはやりやすく、今がチャンスではないでしょうか。 


長谷暢二


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伝統を生かした可能性

地域で何かをという話を見た時に、ちょうどこういう記事を目にしました。

 兵庫県の重要無形文化財にも指定されている「杉原紙」というのがあるのですが、その伝統の紙づくりを生かして、協働作業を行っている町の話です。

 この紙すきの伝統は7世紀後半からだそうですからもう14世紀近くにもなります。一時期途絶えたが町民の協力によって復活。その後は町ぐるみで伝統文化の継承に取り組んでいるのだそうです。

 ここに小学校が加わったのです。6年生が自分の手で卒業証書の紙をすいているのです。そしてそれが拡大し、1~6年生が校内施設で紙すきを体験するようにしたのです。そして今では杉原紙の出来上がる全工程をこどもたち自身で再現しているとか。

 そこには当然地域の人の協力があり、参加があります。みんなで作っていこうという意識があります。また、そうすることで郷土に対する思いや創造力も育まれてきます。

 確かに、都会にはすぐには伝統という言葉しっくりこないかもしれませんが、新しく伝統を作り出していくことはできるのではないでしょうか。
今やっているほんのちよっとしたことが広がりをもつかもしれません。特にここでもあるように、子どもたちはそうした場を望んでいるように思います。


琵琶湖


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外に向かう農業

農家が食べる側の人との関わりを積極的に持つことは、とても重要な事だと思います。

近所で野菜の直売所を始めた農家のおばさんと先日話をしたのですが、「とにかく楽しい」「いろいろ勉強にもなるし、励みにもなる」と言っていました。始めたきっかけは、単に「ボケ防止にでもなれば」と言うことだったらしいのですが、始めてみたらすっかりはまってしまったようなのです。週に二回ほど開く直売所に、遠くは車で一時間かけて買いに来てくれるお客さんもいるそうです。そんなお客さんの気持ちに応えることが、日々の活力の源にもなっているようでした。(私自身も経験的にそう思います。)

今までの農業、農家のあり方は、特に販売面に関して全く閉ざされていたのではないかと思います。さらには人間関係の範囲が比較的狭い田舎であればなおさらです。
食べる人や農業以外の分野の人たちと積極的に関わること、農業が積極的に外へ向かう事で、新しい視点を持てたり、相手を見据えた仕事が出来るようになるのだと思います。それが活力源にもなって、今後の農業に繋がってゆくのではないかと思います。


馬場真一


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転作と農家が生き残るための壁とは?

減反による転作については、地域間の格差が非常にあります。
北海道は、50%近い転作率だし、石川県は29%。しかも、私の地域は付加価値の高い、大豆を転作作物で、作れますが、米以外を作れない地域も、存在します。だったら、米以外の作物を開発すればと思うのですが、なかなか簡単ではありません。私の友人で、アマランサスという、小麦粉より栄養価の高い、南米の作物にチャレンジして、出来た事は出来たけど、売り方が確立出来ず、失敗しました。結局、最後は、マーケティング能力が地域差になるのでしょうか。
 かつて全国の会議で、「オラのところは、湿田で、お米しか作れないから、他の県で、転作してくれ」と平気で、発言するので、自分とこだけ良ければいいのかと、ビックリしました。気持ちは、分かるけど、、、

1.法人化によるコスト意識・低農薬による経費低減だけで、本当に利益が上がるのか

 無理です。再生産可能な単価で、販売出来る、経営力が、あってこそです。経営力=人間力=聞く力です。聞く力とは、人の話、世の中の話、そして、見聞き以外の感じるもの全てから、気付く力です。その結果、良い「雰囲気力」が付き、経営が上向きになるのです。やっている経営は、見た目変わりませんが、悪い雰囲気力を持っている会社は、同じ過ちを繰り返します。最近の牛肉の事件は、象徴的ですね。
 具体的には、黒字を出そうと、強く「思う」ことです。そこで、まず、自分の給料を、社員より下げました。借入金は、全て、「元金均等払い」にし、据置き等はしない。つまり「元利均等払い」=ローンは、最終的な支払金額が大きいのです。リースをしない。一見リースは、得に見えますが、最終的には、支払金額が大きい。さらに、分割だと、支払いの負担感が少なく、経営に甘えが出るのが最も怖い。固定資産を、定額法ではなく、定率法で、償却して行く。定額法は、100万円の機械を5年償却とすると、20万円づつ価値を減らすのですが、3年経って中古で売っても、絶対に40万円の価値はありません。定率法は、実勢価格で目減りするので、実際の経営にあてはまります。最後は、「念ずれば花開く」でやっています。

2.お話の中に出てきたおじいさんのような多くの農家の方々はなぜその方法をとろうとしないのか、或いは他に必要な条件があるのか

 残念ながら、百姓は、未だに「生かさず殺さず」です。補助金というモルヒネを、打って、自立を邪魔してきた歴史があるからだと思います。きっと、昔は、苦労して米作りに燃えていた時代があったはずです。でも、それを打ち砕くには、十分な事実が、戦後多くあったと言う事です。そんな時、国は、竿を渡すのではなく、エサを与えたので、結局、経営というレベルまで、行く事がなかったと考えます。私の地域は、都市部にあるので、モルヒネの恩恵にあずかれないことが、幸いしたと思います。

3.(少し脱線しますが)景気悪化に伴って増加する失業者を農業は雇用することができるか
 
 最近、フリーターさんが、沢山来られて、仕事をしています。少し、無理しても、バイトとして雇ってあげているうちに、就職をして行くケースが、多いですね。一般的な、金銭的な豊かを求めなければ、農業は、雇用のショックアブソーバーになると思います。他の産業に比較して、食べ物は、絶対に不要にならない産業ですから、最終的な受け皿になりうるのでしょう。そして、農業は、給料以外に受け取るものが、多くあるので、その辺の旨みを知った方は、長く雇用されるはずです。


こーよー

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農業と若者

 農業界では、研修制度が、発達していて、一般学生のインターンシップ制度、農業系の学校の長期研修等が、数多くある、私のところへも、年間1名~3名の方が、来られます。最初は、研修で入って来てから、就職されるパターンが多いですが、募集を行っていない会社なので、どっちかと言うと、押しかけ就職ですね。人間にも、色々な方がいて、農業がしたいと、DNAが叫ぶ方もいると言う事以外、明確な理由は、分かりませんが、やはり、命が危うい時代に生きる彼ら若者が、何かを体で感じて、行動しているのではないでしょうか。

 でも、パラダイスばかりではなく、例をあげると
①就職したいと言って、東京から来た青年を断らざるを得なかったが、就職した別の農業法人が、減農薬と言いながら、バンバン農薬を撒き、さらにトラクターも乗れない彼を馬鹿にしたりで、結局、農業を止めてしまった。今でも、時々会うのが救いです。
②独立して農業をしたいという青年が、一年間研修。そして、ある町で、補助金をもらい農地も借りて営農を始めたが、最初は、絶対に固定資産(機械)を持ってはダメという、私の助言を聞き入れず、さらに、栽培技術が伴わず、結局、経営が頓挫。

 せっかく、農業を志して来てくれた若者を、むざむざ、放り出してしまった経験から、例え、押しかけでも、私の会社で、出来る事であれば、精一杯応えようと考えています。
今は、私の分身として、若者なりのネットワークを構築して、他の農業青年達に影響を与えてくれているようです。

エピソードとしては、
 金沢市街地の小学校5年生で、農業の授業で、お百姓さんにインタビューをする授業がありました。そこで、子供達は、外へ出て取材をしたのですが、聞いたおじいちゃんが悪かった。「農業なんて、やってもサッパリ儲からないし、全然ダメやぁ~」という答えが、返って来て、ショックを受けて教室に帰って来ました。それを聞いた、先生が、もう一度、行って他の方に取材してみたらと、再度送り出しました。そこで、田植えをしていたのが、わが社の社員。子供達が、まずビックリしたのが、会社でしかも社員が農業をしている事。そして、実に楽しそうに作業している事。そして、彼が「これからは、農業の時代」と言い切った事。後で、その先生から、電話があり、私が授業に赴いたのは、言うまでもありません。
 
 そして、最近は、うちにも若い女性が就職しましたが、女性の研修生が多いのが特徴的です。やはり、命に関しては、一番女性が敏感なのかもしれません。私の母に言わすと、辛い思いをして農業をして来たので、「なんでわざわざ、女の子が農業するんや?」と不思議がりますが、仕事に関しては、下手な男より優秀な場合が多く、まったく問題ありません。

 そんな、若者の受け皿としての、しっかりした経営責任が、私には、求められています。 


こーよー

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農業経営と農薬、転作

農業は、公務員並の給料は、望めませんが、ストレスの無さは、食べ物も含め、精神的には、少ないですね。農業で、食べて行くのは、そんなに難しいとは思いません。多くの新規就農された方が、挫折するのは、教育費と医療費の壁です。これは、なかなか削減するのは難しい。そして、栽培技術より大切なのは、マーケティング能力。これが、ノスタルジックな思いばかりで、身に付いていないと、必ず失敗するのです。この、教育費、医療費、マーケティングさえ、なんとか出来れば、利益は上げられます。

 ただ、利益追求の中で、農薬の問題は避けて通れません。それでも、お米の場合は、除草剤だけ使用であれば、なんとか工夫すれば大面積は、可能です。それでも、完全に無農薬となると、相当の技術力が必要です。でも実際、大面積を無農薬でやられている農業法人もあります。だから、日々なんとかならないかと、考えているうちに、無農薬栽培の方との付き合いが多くなるのです。そんな、ギリギリのジレンマの中、経営をしているのが、現状です。

>しかし、米の生産の場合は減反政策もあるわけで、少し書いていましたが、減反農家との兼ね合いは難しいのだろうと素人ながら考えたのですが、利益の抑制とかそういったものもあるんでしょうか。雰囲気的に大儲けできないとか。そのような現状の問題点があれば知りたいと思っています。

 私の会社の考えは、減反は当然と受け止めていますし、減反も行っています。そして、なぜ減反なのかは、自分達が招いた結果でもあります。そう、考えると、冷害の翌年の平成6年は、全てお米を作っても良かったけど、やはり、いつも通り大豆を作付していました。大豆のお客様もいるわけだし、都市部でも農業は、請け負っている田んぼを全部、お米に出来るほど、甘くない。

 でも、これは、都市部のレアパターンだと思いますが、ほとんどの地域では、減反実施農家と、そうでない農家との、摩擦は、避けられないでしょうね。しかも、ほとんど感情的な、対立になってしまう。私は、その辺は、ずるいので、転作をして、作った大豆をなんとかして、売ろうという発想になるので、利益の抑制にはなりません。したがって、適当な回答に、なりませんね。この辺は、本当に、転作で苦しんでいる地域の方に任せます。
 
 私の地域では、とにかく転作でもなんでも、良いから、農地を荒らさないのが最優先です。しかも、担い手が、圧倒的に不足しています。そんな意味からすると、先進的?な地域です。遅からず、他の地域も、この問題が大きくなるはずです。ですから、今は、地域の農業をどうするかが、一番の問題になっています。


こーよー


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私の考える農業法人

良く、子供達の稲作体験授業に出かけ、多くの質問が、子供達からありますが、たった一つ、絶対に私が、受けない質問があります。それは、「農業は楽しいですか?」と言う質問です。愚問であることを、子供達は、直感的に感じるのでしょうね。今までで、最高の質問は、「こーよーさんが、授業に来るのは、自分とこのお米を売るためですか?」鋭い!
 世の中、農業が暗いなんて、絶対に言えません。他の産業の方が、もっと厳しいことは、周知の事実です。どうして、農業が暗いとか厳しいとかの論調になるのかは、理解できないのです。単に性格が明るいだけかも、知れませんが、、、、

>「今後の稲作を担うのは低コストでおいしいコメを提供できる農家。生産調整に協力する農家に不満が残らない形で、やる気のある農家が大規模生産できる仕組みを検討すべきだ。」

 前の投稿でも書きましたが、農薬費や肥料費が下がるのと反比例して、利益が増えました。つまり、肥料を慣行の3割減で、収量を抑え、お米の味を良くし、農薬もあまり使わない。しかも、私の地域は都市部なので、転作率が、118%。つまり、農業離れで、お米を作らないので、余った転作面積を、町が、我々大規模農家に回してくれています。
 町の転作会議では、面積管理するのではなく、肥料分を抑え、味を上げ、ブランド化することを、提唱していますが、今のところ、一笑にふされています。

>こーよーさんはまさに、先進的な農業法人化を実現されていますよね。サイトを見て以来、一目ぼれしていた者の1人です。はじめまして・・・。前から聞きたかったんですけど、法人化した農業と、普通の農業の違いというか、その辺のところを教えていただけると嬉しいです。もちろんほかの方でもいいんですが。あと、法人化への道とかも聞きたいなと以前から、思っていました。すごいなって思ってたので。

 私は、経営的には、法人化した農業と、普通の農業の違いは、あまり感じません。私は、法人化していますが、西田君を始め、法人化せずとも、優秀な経営をしているところもあります。ただ、私は、お気楽な人間なので、法人化すると、どうしても、しっかりやる責任が生じるので、自分自身の為に法人化しました。でも、具体的には、①家計と事業が、明確に分かれる。②家族の中での、おのおのの地位が、明確化する。③福利厚生が、しっかりする。④従業員が増える。⑤利益を上げることが出来る

 ここで私が、書くのは、普通の農家が、歩むストーリーですので、大上段の法人化ストーリーではありませんが、実際に近いかと思います。

①は、普通、農家の家計の中では、事業経費と家計費の境目は、非常にあいまいです。農家には、農協の組合員貯金という便利なシステムがあり。農協で買うものが、自動的にそこから引き落とされます。ある程度、マイナスになっても大丈夫です。私の会社も法人化した初期の頃は、良く、間違えて、私個人の組合員貯金口座から、引き落とされたものです。しかも、マイナスが多く引き落とせない時は、家族の誰かの口座から、勝手に引き落としたものです。つまり、事業経費と家計費が、農協でもごっちゃになっていて、農家もそれが当たり前となっていたのです。これでは、儲かったのか損したのか、さっぱり分かりません。

 ②法人化する前は、青色申告なのですが、これは、経費のみを参入する方法なので、借金がどれだけあっても、数字には、反映してきません。そして、収入は、全て経営主に集まる方法なので、家族でも、女性、特に嫁の立場は弱くなります。給料制することにより、責任も立場も明確になるし、弱い立場の人も自立出来ます。

 ③厚生年金や、労災、そして、家族であっても、嫁であっても、一人一人健康保険手帳がもらえます。これって、結構重要で、常に、世帯主が、一人で持っている国民健康保険手帳では、いつまで経っても、立場が弱いままです。

 ④そうこう、しているうちに、経営規模が大きくなると、社員が増えて来ます。私の会社では、社員募集を一度もしたことがないのですが、自然に集まって来ました。逆に言えば、法人化してあることが、魅力に感じる、若い人もいるということでしょう。

 ⑤かの、松下幸之助氏が、会社を大きくしたかったわけでは、なかったが、自然に大きくなったと語っておられましたが、人が集まり、世の中に必要なものを作る限り、自然に大きくなったり、利益が上がると考えます。

 アメリカの企業化のストーリーとは、ずいぶん、違いますが、日本型法人化の歩みというところです。でも、これからは、新しい感覚が要求されてきますので、決して、20世紀の常識が通用するとは、考えていません。昔、農業法人の会議で、「これからは、農業法人は、黒字を出して、法人税を払おう」と言ったら、みんなに、笑われてしまいました。それが、先進的と言えば先進的、変わっていると言えば、変わっている。ただ、今は、農業に関しては、「救う存在ではない」が、「救いとなる存在」に、なれればと考えています。


こーよー

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農業の時代

私は、お米を作っている農業法人の社長です。今年で、41歳になりますが、就農したのが、24歳ですから、今まで18回お米を作ったことになります。あと、何回、作ることが出来るでしょうか。工業製品のように、毎日作れるものでないので、長生きしても、100回は、お米は作れない。ですから、未だに、米作りは素人です。

 そんな、私ですが、農業は、経営無くして、存続はありえないと考え、法人税を払える会社を目指し、ここ3期ほどは、ようやく税金を納めるまでになりました。この利益が上がるのと、農薬の量は、反比例するところが、面白いのですが、案外、皆、利益を上げよう、沢山とろうとして、結局、農薬代、肥料代、機械代で、利益を失っているんでしょうね。 

 ただ、それでも、自分自身、今の農業に、不安を持つこともありました。しかし、5年ほど前に、ある方に、「今の世の中は、命が危うい時代、すなわち、命に第一次的に、関わる農業の時代、やってくる」と言われ、ハッとしました。

 人が、沢山集まった場所で、「10年前に、携帯電話を持っていた人は、手を挙げて」と言うと、ほとんどいません。じゃあ、「今、持っている人」と言うと、ほとんど挙げます。「では、10年前、それを予想した人」と聞くと、やはり、ほとんどいません。

 私は、「近いうちに、日本に農業の時代が来る」と断言します。それは、例え希望的な気持ちであっても、今、それを思わねば、10年後はありません。ただし、私の性格上、お笑い系百姓として、楽しくやっています。


こーよー

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自然圧力から同類圧力へ

私が「農」に感じる最大の可能性の中身は、「自然への回帰」っていうより「期待・応望の得やすさ、感じやすさ」なんじゃないかって気付いた。「農」に関して話する時、多くの人が訴えがちな「本能的な価値」に感じる違和感の正体は、私の「農」に対する可能性のスタンスの違いにあるんじゃないかと思った。

環境・農業の会議室21100『「農」も第3次産業という視点に転換』(橋本さん)の投稿、今でも覚えてる。「ああ、そうだな」って私は思った。ここでは、第3次産業=サービス業として捉えているけれど、意識(期待・応望)産業って言い換えてもいいと思う。

又、私の知ってる人は「育児は20年前から始まっている」って教えてくれて、私はこれを、「育児とは、それまでの人間関係の中で育んできた心をただそのまま伝えるだけ(それしかできない)」ってことだと受け止めた。
育児産業では何かと「育児は特別~」「育児は非日常体験~」みたいなニュアンスを出そうとするけど(そうしないと商品化できないから?)、実は今までの人間関係とあんまり変わらないっていうか、ただそれがある意味もっと分かりやすくダイレクトに反映されるだけなんじゃないかなって。

更に、NW板での自然圧力から同類圧力へっていう時代認識もすごく納得で、同類圧力に対応(適応)することは何よりも第一課題でそれは普段意識しないくらい当然のことで、だからそんな状況で敢えて今の場から外れたところにっていうのは、子育てにしろ農業にしろ、私にとって何の必要性もない、むしろ現在の人間関係(期待・応望関係)から逃避した地に足のついてない感じがするんだと思う。

それに、女にとって子供を産む・育てる事は、それくらい、これまでの日常or人生の延長(にある出来事)なんだろうなって、最近(適齢期になって?笑)ますます感じるんですよね。


西知子

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脱私権のパラダイムとしての情報(事実)の共有

作る側と食べる側の双方向の意見交換で可能性を広げて行くことは、今、農に求められている最たるものの1つだと思います。
 以前、話題にのぼった認証の問題と同様、作る側、食べる側の権利や義務や責任という概念を越えて、例えば、食という同じ問題、課題を共有する仲間であり、その課題に取り組んでいく基礎として、現状を含めた事実、情報の共有が不可欠であるという認識が求められているのではないでしょうか。
 そして、その上で、役割分担として生産者がいる、期待応望関係ができるということで、その課題を共有できる仲間作りがポイントということになると思います。

 それは、言い換えると、一部の人にしか必要な情報や社会、組織統合の機会が与えられなかった私権時代から、みんなが情報(事実)を共有し、頭を使って考えていく本源収束の時代への転換ということではないでしょうか。


長谷暢二


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