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農村を活性化させる為には?

ガンの原因は肉食?

日本の食生活は戦後、米国によって2回変わってきました。
1度目:敗戦後パン、肉食など洋風化
2度目:70年代、ファーストフードの登場
これらアメリカの食の支配により、日本の食文化であった穀物と魚介類の摂取が少なくなり、肉類の摂取が多くなっています。

これら動物食(肉や牛乳など)による弊害は『世界一の胃がん大国は日本~原因は動物食の過剰摂取』でも述べられていますが、では何故、肉食が体に悪いのでしょうか?(以下、参考;「病気にならない生き方」より)

肉には食物繊維がなく、脂肪やコレステロールを大量に含んでいます。この食物繊維がないために便の量が極端に少なくなり、その少ない便を輩出するために腸が必要以上に蠕動(ぜんどう)しなければならなくなり、腸壁がどんどんかたく厚くなるからです。

腸壁が厚くなると、内控は狭くなっていきます。かたく狭くなった腸の内圧は高くなるのですが、動物性タンパクに加えて脂肪も大量に摂取して腸周辺の脂肪層が厚くなるので、さらに腸壁に圧力がかかります。こうして腸内の圧力が高くなると、中から外に向かって粘膜が押し出されるという現象が起きます。この現象が「憩室(けいしつ)」と呼ばれるポケット状のくぼみを作り出します。

こうなると、ただでさえ量の少ない便は腸の中を進むのがむずかしくなります。その結果、腸の中に長く停滞する「停滞便(宿便)」がたまってきます。そして、そこに憩室があれば、そのポケット状のくぼみに停滞便が入り込み、さらに排出されにくくなります。

憩室やひだの間にたまった停滞便は毒素を発生し、その部分の細胞に遺伝子変化を起こさせポリープ→ガン化していきます。

> 腸が短くて足が長い欧米人と腸が長くて胴長の日本人では食に対する体の適応方法が全く異なっています。<

つまり、肉食は胴長である日本人にとっては、ガンを引き起こしやすい食文化になっているようです。

また、ガン以外にも弊害はあるようです。
牛や豚の体温は、人間よりも高い38.5~40度。鶏はそれよりもさらに高い41.5度です。こうした動物の脂は、その温度でもっとも安定した状態にあると言えます。

しかし、それよりも体温の低い人間の体内に入ったときには、ベタッと固まってしまいます。この脂のベタつきが、ドロドロした血液になります。

では、欧米人と日本人では何が違うのでしょうか?

人間とその環境には切っても切れない関係があり、島国日本における食文化とそれより形成された体の仕組みは欧米とは異なっています。

従って、食の欧米化による弊害が至るところで生じているのです。
日本人本来の食文化(穀物や野菜、魚介類)を見直す時期に来ているのではないでしょうか。

村田頼哉

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就農定住の研修生募集をどうするか?

>必要意識⇒課題意識には、不全発と可能性発の二通りある!

定年帰農など中高年で「農」を志向する人のほとんどは、脱・都会や脱・人間関係といった不全発の必要意識⇒課題意識からであり、農業をすること自体がゴールとなっていたため、就農した途端その先の展望が描けず、失敗に終わることが多い。

一方、20歳後半あたりで研修や農業に従事している層の多くは、本源収束(自然収束・仲間収束)に導かれてはいるものの、底流は不全発なので、真っ当な仲間圧力が弱まればすぐに自分課題が頭をもたげ、実に不安定に見える。

ところが、これから募集しようとする若者は、より本源収束し、可能性発の必要意識⇒課題意識に転換している層。
そのような先端の層をターゲットにする就農定住の研修生募集では、

●確かな仲間収束の場があること

●就農は決してゴールではなく、その先にある様々な展望(可能性収束先)を具体的に提示すること

●さらには、認識欠乏を充足させる追求の場があること

を提示していくことで、他にない良質な引力をもたせることができるのではないかと考えている。

前上英二

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石油依存からの脱却-キューバの有機農業

>日本の農業が海外からの輸入による農作物に勝つには、この【有機農法】がポイントになる!可能性がここにある!

同感です。大規模農業から有機農業に転換した成功例としてキューバが挙げられる。

ソ連崩壊前のキューバの食糧自給率は43%であり、石油・食糧を含めた生活必需品をソ連、東欧からの輸入に頼っていたキューバは、深刻な栄養不足へと陥る。燃料の減少はトラクターをただの鉄の塊にして、農薬の減少は大規模な農場の管理を難しいものとした。そこで、人々は日々の生活を生き抜く為に自分達で食糧を確保するしかなく、機械や農薬も手に入らない状況では必然的に有機農業を始めるしかなかった。しかも、輸送用燃料の不足から、地産地消も結果として実現され、現在では食糧自給率は90%後半まで復活した。そして地域コミュニティの復活と、現在の日本の課題が全て解決されている。付け加えるなら、現在の主としてアメリカの健康志向の潮流から、フロリダへの有機野菜の出荷が現実味を帯びて検討されているとのこと。市場でも勝っていける見通しが立っている。

石油がなければ生けていけない。多くの人々が実感しているところだが、本当にそうなのだろうか?ひょっとしたら、そう思い込まされているだけ?

キューバの逆境からの脱出には、大いに学ぶべきところがある。

黒田裕二

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自然の摂理を解き明かすことこそが突破口

昔の農業ってどんな感じだったんだろうと思い、調べていたら、現代の農業に繋がると思える近代農業の起源となるような記事を見つけました。

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江戸時代まで、日照りが続いた際には、雨乞いを行ったり、虫害の対策には「虫送り」といい、松明を灯し、その明かりにおびき寄せられた虫を村境まで送った。もちろん、このことだけで凌いできたわけではないものの、こうした行為が村の生活の中で比較的大きなウエイトを占めていたことは確かなようである。

 明治16(1883)年、三重県全域を「近年稀ナル旱魃(かんばつ)」が襲った。この年の5月以降まとまった雨が降らず、特に畑作物は枯れてしまい、「野ニ青色ヲ見ズ」という悲惨な状況であった。このとき、多くの村では雨乞いが行われたらしい。江戸時代や明治時代初期庄屋や戸長を務めた上津部田村(こうづべたむら、現津市)の藤枝家の記録には、同村の干魃の様子が詳細に記されている。これによれば、旧暦5月21日から約80日間雨が降らず、一帯では村内部だけの雨乞いにとどまらず、桑名郡の多度神社まで降雨を願いに足を運んだとある。多度神社は雨乞いの神社として有名で、県外から多くお参りがあったという。また、上津部田村では、明治19年の干魃の際には多度神社だけでなく、伊勢神宮にも参拝している。必死で神頼みをしたわけである。

 その一方、明治17年9月に開催された県の第一回勧業諮問会では、「農家はいまだに古い慣習を重んじ、農業改良に取り組む者が少ない。はなはだしい者は、干魃にあって雨乞いをし、虫害を被っても祭事に奔走し、あえて灌漑や駆除を行おうとしない。これを改めるには、各村に農談会を設けて徐々に彼らを導き、農業改良を奨励するしかない」と、旧習を打破し、農談会による農業改良の奨励を提言している。

 そして、明治21年9月に開催された奄芸・河曲両郡の第二部農談会でも、上津部田村の隣村大部田村の赤塚伊助(当農談会会頭)は、前の干魃時に多くの村が氏神の雨乞い祈祷や、多度神社への参拝に奔走したことを振り返り、「一方(ひとかた)ナラサル費用ヲ抛(なげう)ツモ……終ニ降雨ナクシテ」と、雨乞い祈祷の無効性を述べている。さらに続けて「世ノ開化スルニ随ヒ人智追々進歩シ物ノ道理ヲ研究スル時期ナレハ、強テ旧弊ニノミナスムハ却テ不得策ナリ」と、日々進歩する知識を取り入れた新しい農業を強調している。人々の中に農業への新しい考えが生まれつつあったのである。

 明治10年代は、三重県でも栽培試験場が郡単位で設置され、各地で農談会が発足した。そこでは、自分たちの土地に適合した品種の発掘や改良、有効的な肥料や害虫駆除法の啓蒙が盛んに行われた。この時期は旧来の方法を受け継いだ農業と、新しい知識を導入した農業が混在したときであり、近代農業のスタート地点とも言える。

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旧来の雨乞い、虫追いでは、自然外圧に対応できなくなったとき、どのような道を取ったら良かったのか?

そんなたくさんの分岐点の中で、今の農業があり、改めて、どこが間違っていたのか、どこに向かえばよかったのかを考える必要があるのだと思いました。

その指針となるのが、自然の摂理であり、現代の農の外圧は何なのか?そして、今何が求められているのか、どこに向かっていったらいいのか?を見つけ出すためにも、もっともっと解き明かしていく必要があるのだと思いました。

立石裕美

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農業では、こんなのも

「農業の可能性」でググってみると、こんなのが見つかりました。

>プレゼンテーションは「農芸団地」という企画でした。
「老後にも働きたいと思っている人は90%弱いる」
という統計があるのに、働く場所は与えられていない。
老人ホームも、病院と住居を合体させたところまでは
進化しているけど、そこに「雇用」はまだ存在していない。

だったら、趣味として「働く」ということを組みこんだ
施設を作ればいい‥‥それが農芸団地のコンセプトです。

「野菜が自ら持っている生命力を汲みあげる
 永田農法は、大規模農園を必要としないんですよー。
 働くのに、膨大な体力も要りません。
 細やかな感性と、作物の状態を的確に捉える目があれば、
 70歳を超えた人でも、しっかりと働けるはずなんです」

「実際に、数人の働き手で、驚くほどおいしい野菜を
 たくさん作っている高齢の農家はたくさん存在してます」

「農業インストラクターを完備して、趣味として働く場を
 住居と病院こみで提供する施設は、どうでしょう?」

darlingは、そんなように説明していきました。

「永田農法の野菜は、高級レストランが使うような
 ものすごくおいしくて、栄養価も高いものなわけで」

と、朝鮮人参のような栄養の塊の人参を出したりして‥‥。

(引用終わり)


家庭菜園や市民農園をシステム化しようというものだが、可能性が感じられた。ドイツの野菜の3分の1・果物の2分の1は、こうした趣味的に見える市民農園で楽しみとして作られているそうだし。

(参考:ドイツの市民農園)
ドイツの「クラインガルテン」とはクライン(Klein)=小さな、ガルテン(Garten)=庭の訳。通称、市民農園です。

19世紀前半、ドイツに産業革命の波が押し寄せ、急激な都市化で住宅環境が悪化し、子供たちの健康を心配した医師のシュレーバー博士によって考えられたものです。

ドイツの各々市当局が「クラインガルテン法」という法律に基づき、市民に農園用の土地を提供し、区画ごとにクラブを設けられ、各クラブで組織された「クラインガルテン連合会」で運営されています。「クラインガルテン法」では、土地の借用資格、休憩小屋の面積制限、農薬の使用禁止、営業目的でつくらないなどが決められています。


クレイン

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可能性は現場から顕現する

日本の農林水産業には本当に可能性がないのだろうか?いろいろググってみると、水産業では可能性を探っている人たちがいた。

>本当に、日本の漁業はもうだめなのでしょうか?周囲をぐるりと海に囲まれているこの国で、漁業は「ほろぴていく産業」なのでしょうか?

>「そんなはずはない」と、私たちは考えました。「どこかに明るい未来に向けてのヒントがあるはずだ」と、私たちは日本中を駆け回ってみました。すると、あったのです。日本の漁業は決して暗くないのだ、という実例が。希望を持って、しかも「儲かる漁業」を行っている方々が、あちこちにいらっしやったのです。


4つの事例が紹介されているが、共通しているのは、「次世代へのバトンタッチ」をどうするかが一番の課題になっていること。

>未来がないんじゃなくて、未来のことをきちんと考えていないだけじゃないかい?(石田丸)

>特別なことなんか、何もしてません。ただ、少しずつ、出来る範囲で工夫はします。当たり前ですよね、仕事なんだから。(明神水産)

>ウチの息子は、自分から船に乗りました。上の者がプライドを持ってやっていれば、必ずついてくる若者はいるんですよ。(辻水産)

>同族だけが生きる道じゃない。『家業』でなくて『企業』にすれば、未来も見えてきますよ。(千鳥)


高度経済成長時代に、日本は工業立国としての道を選び、結果として農林水産業は切り捨てられたのだと理解していた。就業者人口や年収の過去比較等を調べれば調べるほど、現在の沈滞は構造的なものであり、可能性はないに等しいと思っていた。しかし、この考えそのものが高みに立ったそれだと気付かされた。

変革は下から起こるのが世の常であり、逆境こそが変革の時期であることを再認識。農業でも林業でも調べればまだまだ可能性は見えてきそうな気がする。

クレイン

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知らないうちに陥っていた「糖度至上主義」

>最近ではスーパーなどでも、玉売りではなくカット売りが主流になってきた。そして必ずと言っていいほど、“糖度表示”がされるようになり、美味しいスイカは「糖度12度以上」というのが、半ば通説のようになっていて、それが言わば評価指標にもなっている。しかもこの糖度は、スイカだけではなくて、メロンやトウモロコシやトマトなど、様々な作物の“美味しさ”の指標として、使われるようになってきた。

私も果物は嫌いではないので、よくスーパーに買いに行きますが、桃、イチゴ、栗・・・など、本当にたくさんの果物に「糖度表示」がされています。

糖度表示が高い数値の果物は、確かに甘いです。そして、無意識のうちに10より11、11より12、12より13・・・と、より高い数値の糖度表示がされている果物に手を伸ばしていました。

知らないうちに小松さんのおっしゃる「糖度至上主義」に陥っていたのかもしれません。しかし、その一方で、スイカをはじめ果物のおいしい食べ方や、その果物特有の美味しさを知らないといえるでしょう。知らないが故に、わかり易い「指標=糖度」に依存してしまっているのが実態です。

>今は、人々が実感=評価を発信できる場こそが、求められているのではないだろうか。

都市部の消費者たちは本当のおいしさは何かということを体験できていないので、「甘さ」くらいしか知らないし、味覚障害や激辛など刺激性の強いものへの嗜好をエスカレートさせ、何がおいしいのかといったことも判断できなくなっています。

消費者側からの果物をはじめとする農産物自身の「おいしさ」への自然な「評価→発信」はもちろんのこと、そもそも「おいしさとは何か?」といったところまで突っ込んで生産者側から「供給」していくことが求められているのかもしれません。

関英治

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農業の再生も「脱集団のみんな期待」から

過疎化や高齢化によって担い手が激減している農村にとって、村おこし(=どうやって人に来てもらうか)は、待った無しの課題です。わたしの実家がある町もそうですが、多くの農村が、諸手を挙げて新規就農者を歓迎し、補助金を注ぎ込んで、できるだけ早く村落共同体に馴染んでもらおうと手を尽くしている。

けれども、あまり上手くいっていないように見えます。就農者も、受け入れる側の農村も、互いの想いは一致しているように見えるのに、なんで?

その時、「答え板」の投稿を読んで、なるほどと思いました。

>でも、農に限らず、「一大事業を起こすぞ!」と意気込んで決死の覚悟で臨む人よりも、愉しんで取り組む人の方が、成功して幸せそうに働いて暮らしていると思いません?(先のビーズアクセサリーしかり、喫茶店経営しかり)<

>⑥専業農家を敢えて目指さない様、指導していること。<

就農者を受け入れる農村の期待は、自集団の利益という意識が強い。けれども、就農者の方は、脱私権・脱集団という意識から農業に魅力を感じているのだから、上手くいく筈がありません。

そもそも農業の衰退とは、農業を担う個々の集団の存亡といった次元の問題ではなく、根底的な生産基盤、あるいは教育基盤の喪失という問題だと思います。

農業を再生するためには、まず、農業に可能性を感じる人達(例えば「気付いたら就農してたみたい」な人)の、脱集団・脱私権という期待(=充足可能性)に、農村が応えていくことではないでしょうか。

就農者の期待に応え、彼らに同化できてはじめて、農村も(脱集団・脱私権という)「みんな期待」を活力源にすることができます。「みんな期待」に応えられる農業こそが、生産性(=活力)を上げ、共同体として再生されていくのではないでしょうか。

農村が「みんな期待」で統合されれば、新規就農者も、自らの充足可能性(=活力)の中身に気付き、活力はさらに上昇していくはずです。

鈴木隆史

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「小規模多品種作物農法」の可能性

>「国連と一体化」して、カーギル=ロックフェラーは食糧を増産するという名目で、世界中の貧しい国々に単位面積あたりの収穫量が増加するという大豆の種子等と、農薬、化学肥料をセットにし大量に売り付けてきた。

 農のグローバル化とは単一作物生産による大規模効率化といえると思います。では、その「大規模単一作物農法」がもたらすものは何か?について考えてみたい。

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『貧困とグローバル化』ヴァンダナ・シヴァ 訳:志満 直実より抜粋

・それは女性と小規模農家です。彼らは第三世界における主要な食料供給者であり、生物多様性と取り組んでいます。支配的な前提に反して、それらの生物多様性に基づいた小規模農家は、産業的単一栽培より生産的です。 

・収穫高(Yield)は通常、単一の作物の単位面積あたりの生産を意味します。生産高(Output)は、種々の作物や生産物の生産の合計を意味します。単一栽培として全体に単に1つの作物を植えれば、もちろんその個々の収穫高は増加するでしょう。様々な作物を混ぜて植えればそれぞれの収穫高は減りますが、合計の生産高はとても高くなります。

・生物多様性の観点からは、生物多様性に基づいた生産力は、単一栽培の生産力より高くなります。私はこれを、多様性の高生産に対する無分別、私たちの畑や世界に単一栽培をもたらす「心の単一栽培(単一文化)」と呼んでいます。メキシコのチアパスのマヤの農夫たちは、1エーカー当たりトウモロコシをたった2トンしか生産しないので、非生産的として特徴づけられています。しかし、マメやカボチャ類、野菜や果樹などの多様性を計算に入れると、総生産高は1エーカーあたり20トンになります。 
・ジャワでは、小規模農家は家庭菜園で607種を栽培しています。サハラ以南のアフリカでは、女性が120種類の異なった植物を栽培しています。タイのある家庭菜園には230種、アフリカの家庭菜園には60種以上の木があります。

・東ナイジェリアの研究で、1世帯の農地のたった2パーセントしか占めない家庭菜園が、その農場の総生産の半分になることが分かりました。インドネシアでは、家計収入の20パーセント、国内の食物供給の40パーセントが、女性が管理する家庭菜園からです。 

・FAO(国連食糧農業機関)によって行われた研究でも、小規模の生物多様性のある農家の方が、大規模で産業的な単一栽培よりも何千倍も多くの食物を生産できることが明らかになりました。また、より多くの食物を供給することに加えて、多様性は干ばつと砂漠化を防ぐための最良の戦略です。 

・増え続ける人口に持続的に供給するために世界が必要としているのは生物多様性の強化であり、化学物質の激化や遺伝子工学の激化ではありません。女性や小規模農家が生物多様性を通じて世界に供給している一方、遺伝子工学や農業のグローバル化なしでは世界が飢えるだろうと、私たちは繰り返し言われてきました。遺伝子工学で多くの食物が生産されず、実際にはしばしば収穫減少につながることを示すすべての経験的な証拠にもかかわらず、空腹の者に供給するために利用可能な唯一の代案として、常に推進されています。
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 「大規模単一作物農法」とは対極にある「小規模多品種農法」の方がトータルに見ればより多くの生産高を生み出し、より多くの人を養い、そして土壌への負担も少ない。ある単一品種のみ大量に栽培するというのは「農の市場化」「自由貿易(生産と消費の分離)」という構造が前提とされている(集団防衛上はそんな危険なことをするはずはない)。そして、収穫高の計算方法そのものにも「大規模単一作物農法」が有利になるように設定されてる。

 世界的な人口増大、飢えへの対策は「小規模多品種作物農法」でその主たる担い手は女性であるとの提言は、「農のグローバル化→数年で収量低下→借金と健康悪化→持続性がなく飢餓の発生」の農の分野における世界支配に対する反証事例となるのではないでしょうか。

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持続性は社会共認に規定される

>言葉の意図は、持続性のある生産システムでなければいつかは破綻を迎え、生産者として成り立たない、ひいては、社会の中で不可欠な農という役割が継続しないので社会が破綻する。さらには、消費者も存続できないということです。

持続性のあるなしは、社会共認に規定されているとおもいます。

私は今、農業に携わって7年目になりますが、私たちが農業を始めようとしたときの時代認識は、社会閉塞の高まりから、経済破綻→秩序崩壊までを視野にいれた危機感が強く、そのため、持続性という意味で、工業製品に頼らない、一から十まで自分たちでできる有機農法が必要だと考えていました。
その考え方には社会統合の観点は少なく、「自分たちが生き残るために何をするか」という考えでした。自給自足を集団にのみ当てはめる考え方でかなり内向きの思考でしたし、現実否定・捨象していたと思います。

今、共認社会への可能性が開かれているという時代認識の元では、持続性を考えるとき、自分や、自分の周りだけを対象にしていては意味がない。
例えば、農業へのみんな期待が生産量だとしたら、最適な(化学肥料も含めた)肥料や農薬が各生産業界への期待圧力となって開発が進むだろうし、その生産性を持続するためのシステムもできていく。(もちろん、「緑の革命」のように、土地そのものの生産性を殺ぐ自滅の失敗が繰り返さないように)
自前でできる範囲(自給自足や有機農法)にこだわる必要はない。
本当に必要なら、みんな期待から持続システムができていく。

>有機農業の厳密な定義は重要ではありません。要は、持続可能な循環型の農業という捉えかたです。

システムの破綻がないように、一番近い当事者(現場担当者)としての農業従事者がシステム構築に対して、参加・発信していくことが必要だと思います。
そのために、社会をみんな期待を対象化することは不可欠です。
農業の持続性の観点からみても、共認社会の実現が最優先課題だと思います。

北川和秀

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生産履歴は本来、生産方法を皆で共有し、高度化する為にある

生産履歴やトレーサビリティーの本来的意味はどこにあるのか?

私達は農作物を栽培するに当たって、種まき、定植、施肥、収穫など、いつ、何を、どれだけ行ったかなどの管理記録を作成している。それは、毎回の作付けの記録を残すことで、何が良くて何が悪かったのか、次の作付けの際、どうすればよいのかを考えるためのベースとして記録している。この事により、技術的な経験の蓄積をはかり、栽培の高度化、普遍化を目指すものである。
(このようにして作成した生産履歴は、市場の要請に応えて公開しても充分に機能する。)

これまで作物栽培における経験の蓄積は、専ら農業者自身(=農家のおじちゃん、おばちゃん)の、個人的なノウハウによるところが大きかった。しかし、それでは生産の高度化は望めない。上手な農業者はそこそこの成果を上げるが、下手はずっと下手であり、新しく始める者にとっても敷居が高く、上手い人でも失敗する。
一般に、技術の高度化とは、確かな根拠に基づいて、誰でも出来る技術へと普遍化し、皆で共有してゆくことによって達成される。栽培管理記録=生産履歴の整備は、本来そのためにある。
(これまで農業技術が体系化されてこなかった理由は、生き物を扱っていると言うこと以上に、上述のような慣習によるところが大きいと考えられる。)

さらに、生産履歴の整備⇒公開は、生産者間や、直接農業に従事しない者へも生産過程への参加の可能性を開くことができる。生産者、消費者の枠を越えて、皆で生産を共有し、一緒に考えてゆく事が出来る。皆の為の農業生産を、皆で共有することで、より高度化も望めるし、皆の期待を反映し、応えてゆくことが出来るようになる。このことは、皆が農業生産の当事者になると言うことでもあるだろう。

生産履歴やトレーサビリティーを求める市場の声に追われているだけでは、安心を提供する事は出来ない。本来あるべき高度化と技術共有、生産過程の共有を推進する生産体が、評価と信頼を獲得してゆくのではないか。

馬場真一

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