FC2ブログ

農村を活性化させる為には?

30%から70%まで自給率を高めたイギリスの例

日本は食糧自給率40%であり、輸入穀物への依存に対する危機意識は年々高まり昨年9月の内閣府の世論調査では食糧国産志向の比率は94%まで上昇していると聞きます。

食糧自給率アップする為に短絡的に人材雇用アップという政策を取る前にまずは30%を70%にまで自給率を高めたイギリスの農業政策はどうだったのかを検証してみたらどうでしょうか。

村岡敏英氏のブログに分かりやすく紹介されていましたので引用します

******************************************************************
■食料自給率をアップさせたイギリスの農業政策

  第二次世界大戦前は30%台だったイギリスの食料自給率は今70%にまでアップしました。これには農家の収入を保障するという「直接支払い」が大きく貢献しています。

●「直接支払い」で農家の所得を保障

 現在のイギリスでは農家の平均農地面積は56ヘクタールです。EUの中でもチェコについで2番目に広く、農家の大規模集約化が進んでいます。100ヘクタール以上の大規模農家はイギリス全体の14%に過ぎませんが、農地面積では全体の70%を占めていて、その中には8時間労働や週休二日制を採用する会社組織もあります。また、イギリスには農場経営を専門とするマネージャーが5000人以上いるといわれ、農業に経営感覚を導入している点も見逃せません。 とはいえ、イギリスの食料自給率を高めた大きな要因は何といっても直接支払いです。直接支払いとは政府などが直接、農家に補助金を支払う制度で、財政負担によって農家の所得を保障し、経営の安定を図っています。 第二次大戦の食料不足をきっかけに自給率向上を国家戦略として掲げたイギリス政府は食料増産のために各農家に補助金を払うようになりました。それが直接支払いのルーツですが、1980年代初頭にイギリスの自給率は70%を超えました。現在、イギリスの直接支払いは年間5400億円に達しており、中小の農家はもちろん大規模農家に対しても実施されています。大規模農家といえども直接支払いがないと経営の維持は難しいようです。この直接支払いはEUの共通農業政策にも採用されています。 現在の日本の農業保護政策は「消費者負担型」です。つまり、関税などで農産物の価格を高く維持したうえで、その分を消費者が負担することによって農家の所得を支えるという仕組みになっています。

●農業政策ではなく環境政策としてとらえる

 2001年、イギリス政府は農業を持続可能なものとして発展させていくために「農業・漁業・食料省」を解体して「環境・食料・農村地域省」に再編しました。省庁の名前から農業を取って、代わりに環境というキーワードを入れたのです。 環境・食料・農村地域省は、2008年7月にまとめた「イギリスの食料安全保障」という提言で「これからの農業はよりいっそう環境保全型にしていく必要がある」と記し、国土の保全などに役立つ農家の支援として「5年間で7000億円の予算を投入する」と表明しました。そこには、農家が田舎の自然環境を維持・管理していることに対して賃金を支払うという発想があります。 イギリス政府は、伝統的な農業や景観の残る地域を環境保全地域に指定しており、そのような農村を都会で生活する人たちの休息の場としてとらえ、アグリツーリズムと呼ばれる観光業への積極的な支援も行っています。 イギリスは国土の75%が農地であるため、環境への影響、土地の質の保全、野生生物の生息地や水源としての意味合いを考えて、農地に対する政策はたんなる農業政策ではなく環境政策としてとらえています。言い換えれば、食料確保や環境保全の視点のほうが大きいのです。だからこそ、農家への「直接支払い」に対しても国民の納得が得られるのだといえます。
*********************************************************





匿名希望

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ
スポンサーサイト



新自由主義―WTOの本質(2)農業の使命

・・・引き続き

農業協同組合新聞の特集記事
東京大学大学院経済学研究科 神野直彦教授の記事を紹介します。


5.農業の使命
経済とは人間と自然との、物質代謝の過程にほかならない。それは人間の生命活動であり、農業はその基本である。
 しかし、農業を工業と同一視して、市場で「儲かる」ことを求めて、機械とコンクリートを大地に投資してきた。しかも、「小さいものは何であれ、儲けが少ない」という理由で、農業の経営規模の拡大がひたすら追求されている。<儲かる社会>という幸福への呪文にかかってしまっているからである。
 この<儲かる社会>こそ、WTOを牛耳る巨大資本の要求である。しかし、<儲かる社会>は幸福をもたらさないどころか、人間の生活を画一化させ、「平安というべきものを使い果し」、人間の絆を破壊してしまう。
 自然にはそれぞれの地域ごとに特色がある。人間と自然との物質代謝を最も効率的にするということは、それぞれの地域ごとに特色のある自然の恵みを最も効率的に引き出すことにほかならないのである。
 農業の使命はそれぞれの地域において、人間と自然との最適な物質代謝の関係を築くことである。こうした農業の築く、自然と人間の関係が、地域における人間の生活様式、つまり文化を規定する。そうした文化は人間の思考にも浸透し、感受性や価値観をも規定して、人間の社会と生命を持続させていくことになる。
・・・・
しかし、地域において人間と自然との最適な関係を築くという農業の使命を、政府は守らなければならない。国民の生命を維持することこそ、政府のレゾン・デートルだからである。そのためには直接支払による所得保障政策も厭うべきではない。

・・・引用終わり





雲渓

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

新自由主義―WTOの本質 新自由主義の波紋

農業協同組合新聞の特集記事
東京大学大学院経済学研究科 神野直彦教授の記事を紹介します。


1.新自由主義の波紋
アメリカ発の金融恐慌が世界を震撼させた。しかも、この金融恐慌が実体経済へと飛火し、世界中が世界恐慌に襲われた悲劇に苦悩している。・・・
この世界恐慌がアメリカを覇権国とする世界経済秩序の最終的崩壊だということである。アメリカを覇権国とする世界経済秩序の崩壊の始まりは規制緩和と民営化を叫ぶ新自由主義が台頭した1970年代後半に求められる。新自由主義は農業を初めとして、市場原理を導入してはならない領域にまで、無原則に市場原理を適用する。その結果として人間の社会を崩壊させ、遂には儲けに儲けた金融までも破壊してしまったのが、この世界恐慌である。

2.農業を支配する生命の論理
農業は生きた自然を原材料とする産業である。人間は自然に働きかけ、自然から人間の生存に必要なものを取り出す。こうした自然に働きかける人間の営みが経済である。
 農業は自然に働きかける経済という人間の営みの基盤である。というのも、人間は生命ある自然を消費することなくしては生存できないからである。生命ある自然を生産できる生産者は緑色食物だけである。葉緑素をもつ緑色植物は、大地、大気、水に含まれる物質と、太陽エネルギーを結びつけることで生命を生産する。人間に限らず緑色植物以外の生物は、すべて生命ある自然の消費者にすぎないのである。
 
3.自由に動き回る資本
 農業が生命の論理に支配されていることを無視し、工業と同一視して市場の論理に跪かせるべきだと、新自由主義は主張する。関税と非関税障壁を撤廃すれば、自由な貿易によって、それぞれの国の経済厚生は高まると唱える。
 この自由貿易の原則を支配する論理は、比較優位の原理である。甲という国で生産費用が農業生産物で比較優位にあり、乙という国では工業生産物で生産費用が比較優位であれば、甲国は農業産物に乙国は工業生産物に生産を特化したほうがよいという理論である。

4.WTOの虚妄
 国際的に動き回る資本に牛耳られたWTOが進める自由貿易は、地域で営まれる農業を破壊していく。地域には生命ある自然が充分にある。ところが、地域の生命ある自然の利用権を、地域には存在しない資本が牛耳ると、たちまちのうちに生命ある自然が姿を消してしまう。
 農業を営むには自然と対話をしながら、祖先から受け継いだ暗黙知を生かさなければならない。こうした自然の言葉を理解することで文化が生まれる。文化(culture)とは大地を耕す(cultivate)ことである。
・・・・(引用終わり)

(2)農業の使命に続きます。




雲渓

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

農産物はなぜ安いか?

例えば、ブランド品と農産物の価格格差は、よく言われるような生産コストや需給バランスだけでは説明できない。たとえ同じ原価と労働量であったとしても、農産物に比してブランド品の方が何倍(~何百倍)もの高値になることは稀ではない。ブランド品も需要に見合うだけの供給量が増えれば、価格は下がるはずだが、現実には農産品ほど価格が下がることはない。

素直に考えるとおかしいが、市場原理にはみんなが必要とする必需品ほど安くなり、みんなが必要としない贅沢品ほど相対的に(異常に)高くなって、価格格差が開いてゆくという基本法則がある。これはなぜであろうか?

その謎を解く鍵が幻想価値である。必需品は幻想化の余地が少ないので低価格になり、贅沢品は幻想化の余地が大きいので高値がつくと考えれば辻褄が合う。

みんなが必要とする必需品の場合は、それを消費する(使う)目的も明確だし、そのモノがどのように役に立つのかも明確である。だから、価格に対する効果も分かりやすく、売るほうからすると消費者を騙せる余地が少ない。従って、実体価値(使用価値)を大きく超える幻想価値は捏造しにくい。(一部にブランド食品等も出回っているが、高級ブランド商品に比べると価格格差は知れている。)

それに対して、ブランド品の場合は、そもそもそれを消費する(使う)目的も不明確だし、そのモノがどのように役に立つのかも不明確である。(はっきり言ってしまえば、生活するうえではほとんど必要のないモノばかりであると言ってもいいだろう。せいぜい、他人の羨望の的になったり、それによって自己顕示欲を充たしたりするぐらいの効能しかない。)主観的な好みが支配する世界であるだけに、価格に対する効果も非常に分かりにくく、売るほうからすると消費者を騙せる余地が大きい。従って、実体価値(使用価値)を大きく超える幻想価値が捏造しやすい。

要するに、市場という駆け引きの世界では、人を騙しやすいものほど高値になり、騙しにくいものほど安値になる。

農産物が安くなるということは、消費者にとっては有難い反面、他の幻想価値のくっついている商品に比べて安くなりすぎると、生産者の生活が成り立たなくなる(担い手もいなくなる)という切実な問題がある。騙しの上手い者が甘い汁を吸い、汗水垂らして働く騙しの下手な者が苦労をするという市場原理はやはりどこかおかしい。価格格差の問題も、必要か否かという観点で捉え直す必要がある。





雪竹恭一

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

食糧主権を憲法に規定する動き エクアドル新憲法等

食糧主権を規定した、エクアドル新憲法、ボリビア憲法案、マリ農業法、ネパール暫定憲法の条文を、農業協同組合新聞の特集記事から、紹介します。


以下抜粋引用・・・・・・・・・ 

◎エクアドル新憲法(08年9月)

第2章 権利 第1節 水と食糧
第12条 水に対する権利は絶対不可欠である。水は、決して奪うことのできない、生命に必要不可欠で重要な公共の国家的財産である。
第13条 個人とコミュニティーは、多様で文化的な独自性と伝統に調和し、できるかぎり地元で生産される安全で栄養がある十分な食糧に対する権利を持っている。 エクアドル政府は、食糧主権を促進しなければならない。
第15条 国は、環境にやさしく害のない技術および新たなエネルギーの使用を公共部門と民間部門に促す。食糧主権と水に対する権利なしにはエネルギー主権は持続できない。(以下略)

第6章 開発(発展)のための制度 第3節 食糧主権
第281条 食糧主権は、個人、コミュニティー、国家、民族の文化に合った安全な食糧自給を永続的に保証する国家の戦略及び義務である。
  以下は、国の責任である。
1 中小規模単位の農業生産、食品加工、漁業、コミュニティー、社会経済を発展させる。
2 農業と漁業を保護し、食糧輸入に依存しないように財政政策、税金、関税を採用する。
3 多角化を強化して、環境技術と有機農産物の導入を促進する。
4 小規模農民に土地や水など生産資源に対する権利を与える再分配政策を促進する。
5 生産意欲を維持するために小・中規模の生産者に優先的に融資するメカニズムを作る。
6 生物多様性と種子を使用・管理・自由交換する上で役立つ伝統的知識の保存と再生を促進する。
7 家畜が健全な環境で育ち人体に害が出ないよう予防する。
8 食糧主権を守り抜くために、適切な科学研究と新技術導入の発展を保証する。
9 危険を伴うバイオセキュリティー及びバイオテクノロジーの実験、使用、マーケティングを規制する。
(以下略)
第282条 (1)国は、社会的・環境的重要性を考慮して、土地の使用と権利を規制する。法律によって設立された国家土地基金は、農民に平等な土地権利を保証する法律をつくらなければならない。
(2)大規模な土地所有と土地の独占を禁止する。また水や資源の買い占め及び私有化・民営化も禁止する。
(3)平等、効率性、環境の持続可能性を理念として、国は、食糧生産のための灌漑水の使用と管理を保証するための法を制定しなければならない。

◎ボリビア憲法案

【第1部, 第2編, 第2章. 最も基本的な人権】
第16条
Ⅰ すべての人は水と食糧摂取に対する権利を有する。
Ⅱ 国は、全人口への健康的かつ適切な、また十分な食糧供給を通して、食糧の安全を保証する義務を有する。
【第2部,第8編,第1章 国際関係】
第256条 Ⅱ
国家間協定の交渉、署名および批准は、以下の原則に導かれる。
8. 全人口にとっての食糧の安全保障および主権。(すなわち)遺伝子組み換え作物および健康と環境に損害を与えうる有毒成分の輸入、生産と商品化の禁止。
11. ボリビアの生産物への保護と特恵および付加価値輸出品の助長。
【第4部,第3編 持続可能な全面的農村開発】
第404条
持続可能な全面的農村開発は国の経済政策の根幹であり、それは、食糧の安全保障と食糧主権に比重を置いたうえで、あらゆる共同体経済の着手および農村における主体の結合を助長するため、以下の点を通じて、その行動を優先する。
1. 貿易競争力と同時に、農業、牧畜、製造業、農産加工業および観光業の生産性を、持続的かつ持続可能に増加させること。
2. 農牧業および農産加工業の生産構造を内部で連結・補充すること。
3. 他のボリビア経済との関係において、農村生産セクターの経済交易をよりよい条件にすること。
4. 農民出身の先住民共同体を、その生活のあらゆる側面において、意義付け、尊重すること。
5. 小規模の農牧業生産者経済と家族および共同体経済を強化すること。

◎マリ農業法(06年9月5日)

第3条 農業振興政策は食糧主権を守り、農業分野を国民経済の推進力とすることを目標とする。
第7条 食糧主権は農業政策及び食糧自給政策を規定し実行する国家の権利であり……農業生産者の持続的な農業を保証するものである。
第51条 食糧主権はすべての農業振興政策の直接的な方針を示すものであり、食品の安全性は食糧主権の特質である。

◎ネパール暫定憲法(07年1月)

第18条 すべての国民は、別に定める法律に従い、食糧主権を有する。
第35条 国家の政策
(6) 国家は農民を勇気づけ、生産力を向上させることにより、農業に依存する多数の国民の経済的発展の条件をつくらなければならない。また、農地改革に着手することにより、農業部門を産業として発展させる条件をつくらなければならない。

・・・・・・引用終り




村田貞雄

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

農家のこせがれネットワーク

農家の激減('95~'05で70万件)と高齢化によるその加速、自給率の低さ、農地の荒廃や経済状況から食料を自在に買い集められる時代の終焉。

そうした危機を前に、日本の農業を最短最速で改革する為には、指導者(親)やノウハウが基盤にありながら、農家を飛び出した農家のこせがれが帰農することだ、と立ち上がったネットワークがありました。

農家のこせがれネットワーク 
(設立主旨書) 


この事例で面白いと思ったのは、状況認識と、それに対する答えだと考えるところを言葉にした上で、ある農家、ある地域の農業の再生という所を超え、始めから全国的なネットワークを志向しているところ。

このネットワークでは、参加者の「農家のこせがれ」が、これまで自身が都会で仕事をする中で得た人脈を始め、ネットワークで開拓した人脈・販路・成功体験を参加者同士で共有しています。

それを元にして、実家の農業に帰農して食っていけるだけの販路拡大・売上上昇の道筋をつけ、自信と確信をもってから都会での仕事を辞めて順次帰農します。

また、食への意識が高まってきた消費者・生活者たちに働きかけ、都市生活者が自発的にできる農業再生として、農業にお金を使う流れを作っていっています。それが販路拡大であると同時に、農家と消費者を直結して単なる出荷から、生産者に直接期待が掛かる関係も意識的に構築しているようです。


本源収束の潮流が高まり、近年は家庭菜園・市民農園、就農・帰農といった動きがありますが、多くは個々人が何となくそちらに向った段階です。

顕在化してきたそうした動きが今後社会的に既存の枠を超えたものに広がっていく上では、活動の基盤となる状況認識や答えがどれだけ人々を巻き込めるかに掛かっていることも感じさせられます。




柳瀬尚弘

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

ディズニーランド化する農業(モクモクファームを訪れてみて)

噂に聞く三重県伊賀市のモクモク手づくりファーム(以下「モクモク」)を訪問してみた。経営に関する話は他の方が沢山されているので、本投稿は観光客の目線で見たモクモクの感想ということにする。

一言で言えば、とにかくサービス性が高い。何よりも印象的だったのが「ファームの快適さ」だったため、そこに絞って特徴を羅列する。

1.表に出ているスタッフには若い人が多く、元気にキビキビと動いている。接客も常に丁寧である。また、終始せわしなく働いているが、質問をすると手を止めて笑顔で対応してくれる。

2.動物を扱い、しかも子供客が多い場所なのに、園内は清潔で嫌な臭いもしなかった。もっとゴミやら動物の糞やらが落ちていても良さそうなものだが、全くと言って良いほど無い。臭いに関しては、沢山存在する食べ物関連の施設のおかげでむしろ美味しそうな匂いが漂っていた。

3.園内のいたる所に遊び心が盛り込まれている。所々にクイズや豆知識の看板が立っている。他にも「ちょっとやってみようか」と思わせる数々の仕掛けがあった。

4.建物に手作り感が漂うと同時に、インフラがしっかり整っている。ロッジ型の建物が多く、しかもビニルハウスを改装したような建物もいくつかある。が、設備的には充分であり、不便を感じることはない。都会的すぎず田舎的すぎもしないバランスが保たれている。

5.モクモクの大きな売りの1つである「体験教室」はかなり洗練されている。時間に正確なスケジューリングと、スタッフの要領の良い説明・動きが印象的だった。しかも決して作業的ではなく、参加者を楽しませる雰囲気を出していた。

大まかに言うと以上のようになる。
「農」「食」を感じさせる部分は多いが、これはかなり質の高い第3次産業であると言える。園内には可愛くデフォルメされたブタグッズが溢れ、楽しい雰囲気と交わってある種の別世界のように感じられた。もはやテーマパークである。

もちろん農作業やら食品加工への取り組みも行っているようだが、正直、園内だけを見ると「これ農業か?」と思えるほどエンターテイメント性が高い。これは、農業的生産を遥かに超える価値を生み出すほど地域資源を有効利用しているとも言うことができる。
つまり、農業だからといって食糧生産&販売のみにこだわることはない。
農業の6次産業化という言葉自体はよく聞くが、今回はその最先端を見た気がする。





小西良明

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

野菜の宅配ビジネスで急成長!!

有機野菜の宅配ビジネスで急成長!
らでぃっしゅぼーや社長 緒方大助

おがた・だいすけ/1960年福岡県生まれ。不動産会社などを経て、93年にキューサイ入社。99年に開発部(新規事業開発)次長となり、翌2000年にキューサイが買収した、らでぃっしゅぼーやの社長に就任。


(『週刊ダイヤモンド』編集部 小出康成)から引用します。

=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=

「安全な食品の宅配事業は無限の可能性を持っている。なんとしてもこの事業に携わりたい」

 今から10年前の1999年。青汁で有名な健康食品メーカー、キューサイの開発部次長(当時)だった緒方大助は、らでぃっしゅぼーやのビジネスモデルに魅了されていた。

 無農薬、有機野菜などの安全で安心な食品を一般家庭に宅配するという仕組みは、その他の食品などにも広げられるだろうし、消費者の支持を得られるのも間違いない。農家と協力してよいものを作るという社会的な役割も評価されるだろう。

 一般にはあまり知られていないが、らでぃっしゅぼーやはそもそも環境保護を掲げる市民運動の一環として始まったもので、団体の活動資金を生み出す役割を担っていた。農家と連帯して安全な食品を消費者に届けるという理念には、ある種のイデオロギー的な側面があったことも否めない。

 ただし、そのビジネスモデルは画期的なものだった。日本初の野菜宅配を始めた87年当時、有機野菜はほとんど手に入らなかった。それを手軽な宅配で買えるというのだから、人気を集めるのは当然のことだった。事業開始から12年目の99年時点で売上高は165億円、会員数5万6000人にまで急拡大した。

 もはや市民団体が独自展開を続けるには手に余る規模になり、らでぃっしゅぼーやは売却されることになった。そこに名乗りを上げた企業の一社がキューサイで、緒方は資産査定部隊の一員として、らでぃっしゅぼーやに乗り込んでいた。

 ~続く~




雅貴

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

市場を越えた充足(農業の場合)②

では、人々は何故好き好んで奴隷への道を突き進んでいったのか?

これこそ、市場の得意とする騙しの戦略であったのではないだろうか。

例えば、農業は昔ながらの産業であり、元々は村の仕事=共同体の生産基盤でした。そこでは、土地も収穫も集団の共有財産であり、継承物でもあった。

よって、投資といえば精々種まき、子作りがメインであり、必要以上に儲けを上げる必要性なども生じなかった。言い換えれば、集団的存在基盤が先に有り、それらを次代に繋いでいく為に仕事をする、という自然の摂理に適った仕組みが、そこには存在していたと考えられる。

ところが、市場の発展した都市では、主役は持つものと持たざるもの、あるいは、金貸し(資本家)と経営者と従業員とに分けられる。そこでは、生産基盤を持つもの(金貸しが所有する企業)に雇われない限りは、仕事すら出来ない世界が広がっている。

しかし、客観的に見れば非常に不条理なこの世界に、多くの人々が集まり、発展をもたらした事実がある。これらの人々の活力源となっていたものは、性幻想と私権獲得そのものであった。これこそが、市場の思う壺。私権に目のくらんだ人々が足を踏み入れた先は、略奪と騙しにまみれた借金地獄であった、という結末であろう。

さて問題はこれからであるが、果たして儲からない仕事の代表格でもある農業を、この市場の中での安定基盤へと再生する事は可能だろうか?

今日仲間達とも議論を行い、いくつかのポイントが抽出できた。

1.不安発⇒充足発へ
昨今の農業への期待は、将来への不安視ももちろん内在しているが、それ以上に安定・充足基盤の整備に向けての期待が勝っている。将来に渡って必要なものへ、期待の投資を行うという視点を持てば、そこにはお金が集まっていく。(201628 お金儲けは不安発 )

2.脱私権闘争⇒認識闘争へ
>儲けるという私権闘争が封鎖される以上、新たな同類闘争を生起させる必要があり、これに社会不全という現在の情勢を照らし合わせると、みなの役に立つ認識を創り出すという認識闘争に闘争の軸を移す必要がでてくると思います。 (201624)

農業における認識闘争の土壌も、無限に存在する。自然を相手にした仕事である為、自然の摂理の解明、具体的には微生物の世界から、土壌、水、植物の根本原理を掴む事は、自然の恵みへの感謝を生起させると共に、共生の概念を一段と深める方向性へとシフトするだろう。

3.取引から協働へ
以前、るいネットでも紹介した197332「儲かる農業=幸せになるための農業(有限会社トップリバー)」では、常に相手企業と対等の立場で仕事に取り組む事を是としていた。この心は非常に重要で、良い仕事をする為には常に相手との協働関係が不可欠であり、お互いが期待・応合の関係で結ばれる事で、相互利益=共認充足の得られる仕組みが出来上がる。

4.儲けは、みんなの物
私権闘争における「儲け」は、更なる私権闘争の呼び水となる。しかし、そんな事を繰り返したところで心底の共認不全は膨らむばかりだ。だが、認識闘争、あるいは共認闘争における「儲け」は、お互いにもたらされる充足となる。

 充足発の期待投資    => より良い答えを出す為の認識闘争
    ∧                   ∥
    ∥     共認充足の輪     ∥
    ∥                   ∨
儲けたものはみんなに還元 <= 答えを具体化させる為の協働作業

5.内圧保存⇒内圧上昇へ
上記の共認充足の輪を実現するにあたり、重要となるのが各過程に加圧ポンプが加わる事。
私権社会では、常に不安発の貯蓄や隠蔽が先行して来たが、それでは内圧は上昇しない。
期待を具現化する為に、常にどうする?という可能性収束⇒統合の加圧構造が形成される事が、外圧への適応度を高める秘訣であり、生命原理に適った構造となる。

以上、今回は農を中心に市場の今後を考えてみたが、このような持続的循環構造は他の産業にも適用可能な仕組みであると思う。





川井孝浩

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

市場を越えた充足(農業の場合)①

最近、注目を集めている農業も、それがいかに必要な仕事であるかは誰にでも解る事だが、一方で「儲かるか否か?」というふるいに掛けられると、とてつもなく弱い産業となってしまう。

これは、市場の大原則である「略奪」「騙し(幻想価値)」「価格格差」という3軸から見て、最も遠い存在である事が農業=儲からない原因、と見る事が可能であるが、逆に言えばこのしがらみを突破しない限りは、農業の再生は困難になるとも言えるのではないだろうか。

農業の視点において、利益を上げなければならない理由は、初期投資にある。
実際に、ゼロから農業を始めようと思った場合に、土地・生産機器等の設備投資に、少なくとも2000万は掛かると言われている。

仮にこれらを借金によって賄った場合、毎月の売上げは食べるのに十分な量だけではなく、利子も含めて返済に充てるだけの「儲け」をあげなければならなくなる。

即ち、この社会において生産に携わろうとした場合、まず最初に「借金」が必要となり、次に元本以上の利子を支払う必要性が生じる為に、常に「儲ける」必要性が付加される事になる。

この仕組みは、農業に限らず市場に参加する万人に課せられた負担であり、世の中の大半のサラリーマンは、実は生きる為ではなく借金(住宅ローン等)を返済する為に日々労働力を提供する、という歪んだ構造が生まれてしまった。まさに、市場の奴隷と呼ぶに相応しい事態だ。





川井孝浩

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

「高速堆肥化処理装置(ハザカプラント)」とは?2

引き続き、もう少し詳しく紹介しているサイトから引用してみます。

----------------------------------------------------------------
■「廃棄物の行方―有機物を中心にー」
 1998年9月 生涯学習学科 池田庭子さん

・〔堆肥作り〕「科学肥料の無かった時代、百姓は皆“肥”をかけた。百姓は自分の分の“肥”が足りなくなると、学校や病院、役場など人の集まる場所の糞尿を奪いあった。普通農家では、農産物の収穫時期に出る残 物や、盆や正月、祭りなどで家から出る残 物を積んで、堆肥作を作った。」(葉坂さんの話)

・高度成長とともに廃棄物の考え方と社会性が変わりました。“農地還元”という考え方は無くなりました。物が貴重な時代までは“廃棄物”という言葉はないです。便利さを求める時代が急に発展してから、“棄てる”考えが美徳と“掟”ができました。
燃やす・川や海に捨てる・谷を堰きとめて止める・平地に穴を掘って捨てるなど、掃いて捨てる思想が常識となりました。人間が毎日の生産活動に伴って必然的に発生する“廃棄物は”焼けばダイオキシン・捨てれば海洋汚染・地下水汚染 と、廃棄物処理は私たちの生命を守っている地球、そして宇宙の生命を奪っているのが現実です。

・見学したときは、プラントの中にブタの頭も見えていました。ブタの頭も25日で“つち”になるようです。“つち”は、さらさらしていました。見学した日は、微生物学者、中嶋常充さんが来ていて、既存の土いくつかと、出きた“つち”に水をかけていました。微生物の生きている良い土は、水はけが良いとの説明がありました。実験の結果、水はけが良く水持ちの良い完熟した堆肥(つち)でした。

・《 ハザカプラントができた歴史》
ゴミ処理場、汲み取り業の歴史は、ここ数十年という 浅さです。
市長村のし尿処理場が使えるのは、一般廃棄物だけです。僕は、工場排水や家畜糞尿の処理処分施設を持っていません。汚泥を埋め立てるべき畑を借りました。
(「廃掃法」条・14条)畑を貸してくれた農家はいい作物が出来ると喜んでくれ まし た。しかし、周りから臭いやしみだした汚水による公害問題が出て畑が借りられなくなりました。そんなことから困った末に「ハザカプラント」が出来ましたと、話されました。 “生きんがため”に必要にせまれて、原始的な知恵によってプラントが出来たようです。

《プラントの原理》 四季ごとに発酵して4





浅野雅義

にほんブログ村 企業ブログ 農業へ