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農村を活性化させる為には?

世界の小農に宿る「自給の思想」が未来をひらく、3.アメリカでも小規模農業を守る動きが

農業関係の書籍、雑誌を出版している「農文協」の主張より(現代農業・2009年1月号)。

リンク

以下引用・・・・

アメリカでも小規模農業を守る動きが

 企業的大規模経営の御本家、アメリカでも家族・小規模経営を見直す動きが広がっている。

 1981年、カーター政権の農務長官をつとめたボブ・バークランドはアメリカ農業が抱える構造的な問題について1年半をかけた実証的研究を行ない、「選択の時4」と題するレポートを公表した。「化学物質や石油に依存しきった慣行農法により、構造的な生産力の低下が生じていること、大規模な農場に利潤が集中する偏った利益構造が存在すること、農業生産では大規模化がもたらす経営採算上のメリットが乏しい」ことなどを指摘して、規模拡大を助長している農政の抜本的転換を訴えたのである。

 この訴えはアメリカ農務省「小規模農場に関する委員会」に引き継がれ、1988年のレポート「行動の時」によって大規模経営偏重農政の見直しが開始され、小規模農業のもつ多様な公的価値を追求していくことになる。

 たとえば、日本有機農業研究会がすすめる産消提携をルーツにしたCSA(Community Supported Agriculture 直訳すると「地域に支えられた農業」) が注目されている。子育てや生活技術の伝承の場である小規模家族農家を核に、数十人から数百人規模の消費者が協力し補完しあうコミュニティづくり活動である。一方、カリフォルニアでは学校菜園「エディブル・スクールヤード」を活用して、持続的な農業の取り組みとともに、地域の自然と文化の多様性を守り、「荒れる学校」をよみがえらせる食農教育活動が3000校以上に広がっている。

 アメリカの大規模経営による化学物質に依存する収奪的な農法に反省を求めた先駆者として、F・H・キングがいる。ウィスコンシン大学教授であり、農務省土壌管理部長も務め、アメリカの土壌物理学の父とされたキングは、今から1世紀前の1909年(明治42年)に日本、中国、朝鮮の農業を視察し、アメリカ人の目で初めて、東アジア農業に光を当てた。「4000年にもわたって、なお現在これらの3国に住んでいるがごとき稠密な人口の維持のためにその土壌に充分な生産をなさしめることが、いかにして可能であるかを知りたいと願った」キングは、4カ月半にわたって農業と農民の暮らしを見つめ、その見聞記を『東アジア四千年の永続農業』としてまとめている。

 キングが見たものは、たとえば「厖大な廃物を忠実に貯蔵し、毎年田畑に返却している」事実であった。「極端に文明化せる西洋人は経費をかけて塵芥焼却炉を設け、汚わいを海中へ投じているのに、中国人はその両方を肥料として使用している。それでは衛生上どうかといえば、中国の衛生学は中世英国に比較すれば、より優っていると思われる。事実、最近のバクテリアの研究によれば、汚わいや家内の塵芥はそこで自然の浄化作用が行われる清浄なる土壌に返されることによって、最もよく分解されるからである」

 このキングの東アジアへの旅は「巡礼」だったと、キングの翻訳本の解説で久馬一剛氏(京都大学・滋賀大学名誉教授)が述べている。「…ここに見るべきは、19世紀末から20世紀初頭にかけてのアメリカ農業が、豊かな処女地を求めての西漸の過程で、略奪農法による広汎な土壌肥沃度の収奪と表土の侵食による激しい土地荒廃をもたらしていた事実である。キングはこの現実を見て、有史以前から連綿と行われてきた東アジア四千年の農業の中に、その永続性の鍵となるものを自ら探り当てたいと考えたに違いない。かくして、キングの旅はさながら求道者の修行に似て、車中であれ船上であれ、農地のたたずまいと農民の働きを観察し続け、農家に足を運んでは進んで農民に話しかけ、彼らの作業の意図を問い、生活の実態を記録する日々を重ねたのである」。

 廃物利用だけでなく、運河(用水路)の整備と底泥の活用、燃料や建築資材、織物原料など、生産と生活の全般を見聞したキングが心に焼き付けたのは、狭い耕地を総合的に使う東アジア農民の「自給の思想」だったにちがいない。

・・・・引用続く

レオンロザ

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【図解】農業再生の可能性基盤

本来、市場になじまない「食」をも市場拡大は取り込んで進んでいった。その結果、豊かさは実現したが、自然の摂理に反した石油漬けの大規模生産、集約型生産が、食の安全を脅かし、都会の消費者には「食の安全・安心」を求める声が強くなりつつある。他方、農村は担い手不足から農地荒廃が進み、環境・コミュニティ崩壊の危機に瀕している。

可能性基盤、この危機を救う担い手はどこにいるのだろうか?

それは、豊かさ実現の結果、現在進行中の若者の就農意識の変化に求めることができるだろう。彼らは、もはや都会の利便性・快美性に拘ることなく、むしろ農村の自然や共同体性を求めている。その背景には、単なる金儲けではなく、みなが喜ぶ仕事がしたい、社会の役に立つ仕事がしたいという、意識潮流の変化がある。つまり私権欠乏から共認欠乏への潜在思念のパラダイム転換である。

彼らにとって農業は単なる「1次生産産業」ではない。農業は本来、多面的な価値を持つ。環境問題、コミュニティ問題、雇用問題、教育問題の突破口になることは勿論、医療や健康福祉面での効果も大きい。食の欧米化、飽食化が現代病と関係しているからだ。農業の持つ「社会事業」としての役割を意識した若者たちが都市と農村の架け橋となり、信認ネットワークを再生していくことに期待したい。そして行政や企業にはそうした活動を支援することが求められている。


食の「石油漬け大規模・集約型生産」化→食の安全・安心の危機【都会】
↑                          ↑↑
【市場拡大】→豊かさ実現→私権から共認へ       ││
│            ↓             ││
│ 【若者】社会の役にたつ仕事欠乏          ││
│            ↓         農の地産地消再生
│ 【農業はみんなの役に立つ社会事業】───→信認ネットワーク
│ 環境保全・コミュニティ再生・雇用再生   を創造する
│ 教育再生・現代病からの脱却            ││
↓                          ↓↓
農業は儲からない→担い手不足→自然環境・コミュニティの危機【農村】


山澤貴志 

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完全人力で、日本一高い米を作る

新潟県十日町市松之山に住む戸辺秀治さん(57)は、完全人力の無農薬、不耕起栽培で米を作る。その米は、東京で1俵18万円の値をつけるという。まさに日本一高い米を作る男だ。

以下、「iza」の記事を転載する。リンク
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 どうして人力なのか。

 「食料や燃料を輸入に頼っている日本は危うい。地球温暖化もどんどん進んでいる。生き残り、サバイバルのために、松之山に来たんです」と戸辺さんは話す。輸入がストップしても続けられる人力農法に、戸辺さんがこだわる理由だ。今年は棚田の面積を1ヘクタールに増やし、田植えを終えたばかりだ。

 モットーは「二酸化炭素(CO2)9割削減を目指した快適自給生活」。「きつくて苦しい生活なら誰もやろうとは思わない。やはり楽しくないと、人は入ってこない」と笑う。

 田んぼの草取りは水を抜いて、足で草を泥にまぶすだけ。朝5時半から3時間程度で終わり、あとはソフトボールをしたり、本を読んだりとゆっくりできる。

 燃料は薪を使い、山のわき水もくんでくる。地域のお年寄りの雪下ろしならぬ雪掘りを買って出たりと住民との交流も深めている。「同じような家を10軒集めれば、納豆やみそ、どぶろくを造って共有できる。車も一家に1台いらなくなる」。目下、賛同する人を募っているところだ。

 神奈川県出身の戸辺さんは脱サラ組だ。「中学生のころからみんなが幸せになるにはどうしたらいいかを考えていた」と話す。東京理科大を出て関東自動車工業に入ったが、交通事故や公害の原因となる車作りに疑問を感じ、30歳で退社する。母が死を選んだことも影響し、自分が納得する人生を歩もうと決意した。

 神奈川県横須賀市で米軍基地や原子力潜水艦入港への反対運動に加わったが、「反対するだけでは世の中は変わらない。世の中の根本は食だ」と気づき、農業の世界に飛び込む。
 山形県高畠町で有機農業を実践している農家に4年間学んだ。生活費は宅配便のアルバイトで稼いだ。そこで知り合ったのが、妻の聖子さん(44)だ。

 きびきびと人の3倍働く戸辺さん。当時、19歳だった聖子さんは「この人は一体、どんな人なんだろう」と興味がわいたという。
 2人は結婚して、長男の誠さん(22)が誕生、福島県会津若松市、茨城県小川町(現小美玉市)を経て、平成14年から新潟県十日町市に家と棚田を350万円で買って移り住んだ。

 十日町は日本有数の豪雪地帯。ここに来て驚いたのが雪国の豊かさだ。山ではギンナン、ヤマイモ、タニシ、ドジョウ、イナゴが採れ、食卓をにぎわした。キツネやタヌキ、シカ、クマと動物にも遭遇する。「三国峠を越えて群馬側に出ると、貧しく見えるぐらい豊かに感じる」という。

 ただ、棚田での米作りは試行錯誤の連続だった。田んぼを耕さず、肥料も与えない不耕起栽培に取り組んだが、1年目はいもち病の被害にあった。だが、4年目から、肥料を与えない分、稲が地中深く根を張り、いもち病に負けない元気な稲ができるようになった。

 今年は作付けを1町歩に増やした。田んぼに30センチ四方の線を引き、家族総出で丁寧に1本植えしていく。1本とは思えないほど、太くたくましい苗。「日本一美しい田んぼですよ」と戸辺さんは笑う。

 雑草もあまり生えなくなった。田んぼの水はカエルはもちろん、タニシやカワニナがすむほどきれいで、6月にはホタルが見られるという。

 十日町に来て4年目、東京・渋谷の東急百貨店本店の米卸店「米よし」が松之山を訪れ、棚田の風景や、戸辺さんの造る米にれ込んだ。雪解け水で育ったコシヒカリは「かめばかむほど甘い味が出る」と北川大介店主。ついた値段が2キロ5880円。1俵(60キロ)では17万6400円となる。最高級の魚沼産コシヒカリの4倍の値段だ。

 収穫された1俵8万円で売り、収入が200万円。地元の老人施設での泊まり版や民俗資料館でのアルバイトで100万円を稼ぎ、年収300万円で暮らす。

(中略)
 戸辺家は子供の教育方針も徹底している。「親が行かせるのは中学まで。勉強は自分でしないと、身に付かない」。長男の誠さんは中学校を出て、プロ棋士となり今年、五段に上がった。「今の学校教育に対する私の挑戦でもあった」と戸辺さん。次男の二拡(つぐひろ)君(18)と三男の達輝(たつき)君(16)は調理師専門学校を経て調理師として働き、専門学校の学費を親に返している。

 四男の康治君(12)は田植え名人だ。素人には見分けの付きにくい稲とヒエを簡単に見分ける。元気いっぱいの末娘いつみちゃん(9)も田植えでは貴重な戦力だ。19日には、長男や三男も帰郷し、今年最後の田植えを手伝った。

 戸辺さんは言う。「中山間地にこそ豊かな暮らしがある。人がもっと移り住まないといけない。私のような生活をまねする人がもっと出てきてほしい」

 戸辺さんの暮らしはブログ「日本の原風景」(リンク)で紹介されている。
(転載終了)
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上記ブログの記事によると、棚田で体験学習なども行っている様子。
リンク

小松由布樹

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畑の中で社員研修

私が勤務する農園の話しですが、
現在とある企業(飲食店)から『農業の現場を知りたい、体験してみたい』『自分達で野菜を作ってみて、それをお客さんに提供したい』という要望から、畑を貸して週一回、農業体験を行ってもらっています。

彼らに、作業をしてみての実感を聞いてみると、大概『楽しかった』『また来たい』という内容がほとんどで、僕らもそれを聞いてとても嬉しく思っています。

貸し畑の当初の目的としては、売上を伸ばすために、食に対しての知識や、自分達で作った野菜を使った料理を提供するという意識が強かったと思います。

しかし、現在はそれよりも、自然に囲まれた畑の中で社員同士で作業を行なっていく中で、都会では味わえない充足感や、お互いに協力して楽しみながら作業を行なう事で、共通の課題ができ、社員同士の関係も良くなっていくという、福利厚生的な位置づけにあるのではないかと感じています。

このような事例を間のあたりにして思うのが、農業体験の可能性はレクレーションのようなものだけではなく、企業の社員研修の場としても機能していくのではないかということです。

お互いに協力しあい、一つの課題を達成するということは、どんな仕事においても重要なものといえますが、農作業はその課題が見えやすく共有しやすいという点と、それを楽しんで行なえるという利点があります。その利点を生かした人材育成のプログラムが組む事ができれば、企業の活力再生に一役買えるのではないでしょうか。体験農業が持っている効力や可能性について、もっと追求していきたいと思います。


杉山直之

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re:「日本の都市農業が危うい」→レクリエーション農業の可能性

209624 「日本の都市農業が危うい」 百姓百輝さん
>わたしたちは、都市の農地を現在の経済システムの中でも維持保全していける方法を探求しています。
>都市農地は、ご承知のように都市的土地利用との競争を強いられています。
>都市的土地利用であれば、「坪効率」で議論されますが、これまでは都市農地(生産緑地)であっても、農地である限り「反収」で議論されてきました。
>そこで、都市的土地利用の場合は坪当たりの年間売上が数十万円以上で想定されているのに、生産緑地では反当たりで露地栽培なら120万円が最高の状況とされています(ちなみに「体験農園」の受講料も反収120万円から導き出されています)。
>これでは到底経営は成り立ちません。

百姓百輝さん、ご返信ありがとうございました。
農地と都市利用における収益性比較について簡単に試算してみました。

◆収入
都市農地 120万÷12ヶ月÷1反300坪=坪単価333円 ※採算合わず

駐車場  
 300坪÷7~8坪(1台当りの目安)=37~42台となるため、約40台とすると、

約40台×8千円=月 32万→坪単価1,066円→稼働率90% 坪単価 960円
   ×1万円=月 40万→坪単価1,333円→稼働率90% 坪単価1,200円
   ×2万円=月 80万→坪単価2,666円→稼働率90% 坪単価2,400円
   ×3万円=月120万→坪単価4,000円→稼働率90% 坪単価3,600円

ロードサイド店舗(事業用借地)
 飲食系店舗 坪単価2,500~3,000円
 物販系店舗 坪単価1,800~2,500円


◆支出
ちなみに原価となる固定資産税、都市計画税を1坪あたりで試算すると、

 路線価 坪 50万→坪単価  354円
 路線価 坪 80万→坪単価  567円
 路線価 坪100万→坪単価  708円
 路線価 坪150万→坪単価 1,063円

  ※固定資産税評価額を路線価の50%で想定

 となり、駐車場や事務所・店舗などの活用では上記の土地原価がかかってくることになります。ちなみに、路線価≒立地価値≒地代となりますので、貸せる地代が高くなれば相対的に土地原価も上がっていくと考えられます。また、駐車場稼働率においても、立地価値があがれば稼働率は上がり、逆に郊外となれば稼働率は想定している90%よりも下がっていくといえます。

 および、収支という面で見れば、仮に都市農地で農地課税が維持できるのだとすれば、土地原価がはるかに低く設定されると思われます。とすれば、圧倒的に低い土地原価というメリットを生かしての農業レクリエーション事業ということで考えれば、少なくとも駐車場並みの収益は不可能ではないように思います(農地課税の原価試算は別途調べてみます)。


>駐車場やアパート経営に転ずれば、最低でも農業収入の4~5倍になるわけですから、このままでは都市農地は、なくなるでしょう。

 これはたしかにこの数年前までは、そういったことが成立していたといえます。ただ、近年、「需要減少」(都市人口の減少)と「供給増加」(市街化農地のアパート転用や、不動産ファンド中心のマンション供給等)によって、駐車場や住宅の稼働率低下、そして売上減による店舗家賃減や撤退増加という事態が顕在化してきています。

<参考> 「三大都市圏の将来人口動向の特徴と課題」リンク
>(2)将来の人口動向
 このような条件下での人口増加のピークをみると、首都圏の将来人口は2015年をピークに、それ以降は減少に向かう。中京圏では2010年がピークとなり、京阪神圏ではもう既に現在がピークであり、それ以降は減少に転じる。特に京阪神圏については、三大都市圏の中で最も人口減少率が高く、全国平均をも下回っている。

 東京以外の都市流入人口はすでにあるいは数年後に減少に転じるため、一定以上の収益性が確保できる活用方法やそれが可能な立地も限定されてきます。

 住 宅:主要な沿線、主要駅から徒歩10分圏内
 店 舗:幹線道路か生活道路沿いで、周辺に一定の人口密集が必要

 これらに該当しない土地は、駐車場くらいしか活用方法がないといえます(上記以外の事務所やシルバー事業などの用途はいったん除外します)。しかし、駐車場も保有台数減や高齢化によって徐々に需要減少に転じており、結局は立地が不便であれば、稼働率は50~60%まで落ちることも増えてきています。

>わたしたちは、日本では農地は都市にとっても必要だという観点から、都市内に農地が担保されるなら、もっと農地経営は多様であって構わないと考えています。わたしたちが提案している「レクリエーション農業」は、レクリエーションそのものの付加価値も高めて、駐車場経営を凌駕する収益性を、農地経営で実現しようとするものです。

・都市農地の多面的機能の社会的意義
・他に利用用途の無い土地の収益化
・レクリエーションとしての農業体験
・成果として得られる農産物の価値(自ら生産に携わるので単に買うのとは違う)

 などについて具体的に検証していけば、新たな土地利用の方法として事業化することは十分に可能性があるのではないでしょうか。

>このように、わたしたちは、私たち自身が農地を耕作するのではなく、農家がより多くの収益を上げられる方法を提案したり支援したりすることのできる仕組みづくりを主な活動にしています。

 上記の内容には共感いたします。ちなみに、ご提案内容から検索してみると百姓百輝さん
は「レクリエーション農業で農地をまもる リンク」の活動をされておられる方でしょうか(もし、まちがいであれば申し訳ありません)。また、継続して考えてみたいと思います。

浅野雅義

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日本の都市農業が危うい

わたしたちは、都市の農地を現在の経済システムの中でも維持保全していける方法を探求しています。
 都市農地は、ご承知のように都市的土地利用との競争を強いられています。都市的土地利用であれば、「坪効率」で議論されますが、これまでは都市農地(生産緑地)であっても、農地である限り「反収」で議論されてきました。そこで、都市的土地利用の場合は坪当たりの年間売上が数十万円以上で想定されているのに、生産緑地では反当たりで露地栽培なら120万円が最高の状況とされています(ちなみに「体験農園」の受講料も反収120万円から導き出されています)。これでは到底経営は成り立ちません。生産緑地に相続が発生したりすれば、相続税は「宅地」課税になりますし、それを避けるには生涯営農を誓約しなければなりません。駐車場やアパート経営に転ずれば、最低でも農業収入の4~5倍になるわけですから、このままでは都市農地は、なくなるでしょう。
 わたしたちは、日本では農地は都市にとっても必要だという観点から、都市内に農地が担保されるなら、もっと農地経営は多様であって構わないと考えています。わたしたちが提案している「レクリエーション農業」は、レクリエーションそのものの付加価値も高めて、駐車場経営を凌駕する収益性を、農地経営で実現しようとするものです。
 ただ、現状では、国税当局が生産緑地の農業については「自分耕作」だけが相続税猶予措置の対象という異常に狭い解釈をしていますので(農水省ではレクリエーション農業であっても農家が経営主体なら、生産緑地でもOKと言っていますが、財務省(国税を含む)には予算を押さえられており、狭い解釈にもなかなか異議を唱えようとはしません)、収益性の高い農地経営は押さえ込まれてしまいます。
 そこで、わたしたちは遠回りではあっても、わたしたちの地域特性を生かして「江戸東京野菜」生産を通じた農の活性化と地域の活性化を結ぶような活動から着手しました。
 このように、わたしたちは、私たち自身が農地を耕作するのではなく、農家がより多くの収益を上げられる方法を提案したり支援したりすることのできる仕組みづくりを主な活動にしています。

企業の農業参入という観点からもさまざまな意見をいただければと思っています。

百姓百輝

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日本の水田は極めて優れた生産資源(1haで29.2人分の食料を生産)

日本の水田は1haで29.2人の食料を支えており(世界平均は4.5人)、現在の減反政策は歴史を踏みにじる行為に等しい。

興味深い、示唆に富んだ薄井さんのご提言があるので紹介させていただきます。

(要旨)アジアの水田農業を取り巻く環境には厳しいものがあり、前述したもの以外にも灌漑プロジェクトの失敗による「湛水害」や「塩害」の発生などもその大きな要因であると言われています。そのような状況のなかで、再生の可能性があるとすれば、それは縄文時代後期以来、自然と共存した日本の水田農業の歴史(知恵と技術*)の継承にあると説かれています。*水田に一定期間水を張ることで、酸素が無いと生きられない病原菌の活動を抑え、連作障害を回避。

FAO(国際連合食糧農業機関)が人工衛星画像データに基づいて実施した土地の劣化調査によると、中国では22%が、タイでは15%が既に劣化しはじめているが、豊かな森林資源と十分な降水量に恵まれた、日本の水田は世界でもまれな劣化ゼロの貴重な食料生産装置であるとのこと。

さらに興味深い点は、現在世界では1haの耕地が4.5人の食料を支えているが、日本では1haの耕地が29.2人の食料(摂取カロリーの39%分→11.4人/ha)を、世界平均の2.5倍以上を支えている。

この現実は、日本の水田農業の重要性を改めて再認識すると同時に、その保全と継承こそが極めて重要であり成否は全て現代の私たちに懸かっていることを示している。敢えて言うなれば「子孫に美田を残す」ことこそが使命であると言っても過言ではない。

その背景や要因についてもさらに詳しく語れています。是非、目を通してみてください。

第9回:限りある農地という食料生産資源の問題(その1)
~金融危機で忘れられかねないアジア水田農業の危機~




阿留毘

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農業自由化とアングロ・サクソン4国家

現在穀物をはじめ農業の自由化を主張している主要な国家は4つある。
アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドである。この4国は農産物の自由化においては常に共同歩調を取る。
これらの国々には共通項が2つある。一つはいずれもアングロサクソンが設立した国であること。もう一つは、100haに及ぶ大規模の企業型経営が行なわれていることである。
そして、この2つには明確な因果関係がある。

この4国はいずれも入植民が、原住民を排除し、広大な農地を確保した国々である。通常東西を問わずどこの国でも、元々農業は、自地域の或いは自国の食料の確保のために営まれてきた。つまり、近代以前はいずれも農業生産の国家であり、農業は自分たちが食べるために営まれてきたのである。
従って、それらは自給を前提とした小中規模の農業であり、地域に密着した行為でもあった。
ところがこの4国はいずれも、最初から、侵略した広大な土地を背景に、旧宗主国はじめ他国への輸出を目的とした農業として生み出されたものなのである。
つまり他の国とは歴史的背景が全く異なるのである。

自給を目的とした小規模農業と侵略によって手に入れた広大な農地を前提とした農業では、規模効率において端から勝負にならないことは、この間の事実が示すとおりである。
しかも、これらの国々とりわけアメリカは、農産物を戦略商品と定め、一般の国家以上の補助金を農業にぶち込み、低価格を維持し輸出力を維持している。そして各国の肉食化が進むほど、飼料作物をこれら低価格を維持できる4国に依存せざるを得ない。
この事態が継続し自由化が進んでいけば、この4国だけが世界の農産物市場を席巻しその他の地域の農業が衰退していくことは必定である。

日米貿易摩擦は長年問題化されてきた。また近年、アメリカ産の農産物については、その安全性に対する疑問から警戒心が高まってきているように思う。ところが、依然としてオーストラリア等においては、食料自由化問題について日本は無警戒のままなのである。





北村浩司

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「農業」には国家による支援金が不可欠

ブログ「金貸しは、国家を相手に金を貸す」の特集「食料自立への道を探る」シリーズを通して明らかになったのは、農業生産が元々堅調な国(イギリス、フランス等のヨーロッパ諸国)、農業生産の復活の兆しを見せる国(中国、ロシア)、いずれにおいても、国策として農業支援が徹底されていると言うことだ。

>08年も記録的な豊作の年になる見込みである。04年以降の連続豊作は、中国農政の大転換が奏功した結果といえる。すなわち「農業搾取」から「農業助成」への転換である。 
「食料自立への道を探る3.中国、国家安定の要、農村・農業政策を重視」

>農業部門での国家支持および国家規制の必要性、適切な貿易政策による国内生産者の保護の必要性とその高い効果等を繰り返し強調したのである。
「食料自立への道を探る4.ロシア、復活の兆しを見せる農業生産」

>欧州連合は、歴史的にEU共通農業政策(CAP)として、食料自給を確保する政策をとって来ました。
「食料自立への道を探る5.域内自給を確保している欧州連合」

これらの事例は、農業を活性化する上では国家による支援・補助金が必要不可欠であることを証明している。農業は、必然的に「儲からない」構造にあり、それゆえに国家による支援が必要不可欠なのだ。

>農産物が安くなるということは、消費者にとっては有難い反面、他の幻想価値のくっついている商品に比べて安くなりすぎると、生産者の生活が成り立たなくなる(担い手もいなくなる)という切実な問題がある。騙しの上手い者が甘い汁を吸い、汗水垂らして働く騙しの下手な者が苦労をするという市場原理はやはりどこかおかしい。

「農業は儲からない=国家による支援が必要不可欠」と言う事実構造に反して、日本政府は戦後一貫して農業”活性化”を支援するのではなく、農業”衰退”を支援してきた。

>読み終えて、農協─族議員─農水省トライアングルの罪深さに愕然とする。農業の衰退に歯止めをかけるどころか、加速させているように読み取れる。著者が指摘する病根は、「高米価政策(減反)」と「農地制度(農地転用)」である。お米は作らないでください、補助金あげるから。

農業政策を転換し、農業支援をしていかなければ、現在の食を廻る多くの問題は決して解決しない。(自給率定価、食の安全、自由主義ゴリ押しによる日本の資金流出)

>「これまでの市場経済の需要発の発想」を超えて「類的供給体制の整備=供給者の育成」という視点で、補助金(否、手垢についた補助金という言葉は止めて活力再生事業者支援金と呼ぼう)を「子育て支援」活動や「老人のやりがいづくり」活動や勿論「共認形成」活動に払っていけば、供給者はどんどん誕生していき、日本は世界経済のまさに最先端を切って、新たな類的生産の時代を開いていける。

食の問題が社会的問題となった現代、「農業を担いたい=供給者になりたい」と考える若者が増えている。まさに「農業」は社会的に必要な職業であるが、その「儲からない」構造ゆえに、可能性を阻まれている。
農業は今、まさに支援金を注入すべき活動と言える。

農業に支援金を注入し、食の問題を解決していく為にも、日本の農業を衰退させて「儲けのネタ」にしようとする新自由主義+WTOの支配構造を明らかにし、事実共認を形成していく必要がある!





西谷文宏

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『自然の野菜は腐らない』~自然栽培農法の試み~

【書籍紹介】奇跡のリンゴ「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録
>・六年の間、探し続けた答えが目の前にあった。森の木々は農薬など必要としていないのだ。今までどうして自分は、そのことを不思議に思わなかったのだろう。自然の植物が、農薬の助けなど借りずに育つことを、なぜ不思議に思わなかったのだろう。(P124)
・それで、とにかくリンゴの木の根を丈夫にするには、山の土を再現するしかないと思って、雑草を生やしてみることにしたの。山の柔らかな土、微生物が豊富で、深く掘っても温度の変わらない土の中で、根っこは育つんだってわかったからな。(P132)
・つまり木村の抱えていた問題は、自然の摂理と人間の都合の折り合いをいかにつけるかという問題でもあった。折り合いの付かない部分が、虫や病気として現れていたわけだ。(P155)

 木村さんの「奇跡のリンゴ」は無農薬無肥料による自然栽培農法とのことです。無農薬にとどまらず、肥料さえ使わないということに興味を持って調べてみました。

 本来、植物には育つ力があるのに早く生育させたいがために必要以上に肥料を入れる。成長促進剤としての肥料とは「窒素」であり、「窒素過剰」なものを虫や病原菌は好むとのことです。よって「成長促進のため肥料(窒素)を過剰に与える→窒素過剰なため虫や病原菌を呼んでしまう→農薬が必要となる」という悪循環に陥ってしまうらしい。

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■『自然の野菜は腐らない』朝日出版社 河名秀郎著 
→そのほかの自然栽培野菜の特徴
・虫や病気にやられず、肥料も農薬もいっさい使わない
・「これが本当の野菜の味だったのか!」と驚く
・甘ったるくない、自然な甘味がある。
・トマトが水に沈む。実がつまっており、ずっしり重い
・葉や茎の緑色が薄く、体内で発ガン性物質に変化するという野菜の「硝酸性窒素」が少ない
・自然本来のスピードで育つので、細胞がしっかりしている
・のどにしみ入るような繊細な食感……などなど。

■農薬だけじゃなく肥料も使わない自然栽培野菜・玄米の専門宅配「ハーモニック・トラスト」より抜粋引用
 
◆究極の、至福のサービス
・現在さまざまな食に関する情報が溢れています。サプリメントやと特定の食べ物の効果・効能などが膨大に流されています。こういう状況を眺めると、本当に正しい情報が消費者に届いているのか?さらに「食べる」ことはどういうことであるのか?こうした問いに対して、自分には重大な責任があります。本当の流通業とは、この問いを深く掘り下げていく、ここにこそあるのだと思うのです。
・自分はこの仕事を"流通業"というより、むしろ"サービス業"であると思っています。買ってくれる方にとって「良かれ!」と思うことができて、はじめて"サービス"と言うことができる。それこそが「究極の、至福のサービス」ではないかと思うのです。そしてそれを追求していくことが私の責任、そして使命でもあります。たとえその場は分かっていただけなくても「いつかは!」という思いでいつも仕事をしています。

◆自分自身への誓い
・現在も国家予算の30兆円もの金が医療費に流れている。アレルギーとかの病気も蔓延している。「間違ったことがあれば正したい!」、これも自分の譲れない性分なのです。18歳の時に「栄養」と「医療」という概念を捨てようと決めました。栄養に対しては「脱栄養学」、医療に対しては「絶対医者に罹らない」、この2つを自分自身に誓った。
食べ方もあえて三食とは決めず、お腹がすいた時に食べるといった具合です。
・自然栽培というのは、言うなれば、「無」から「有」を生じさせること。ある種、オカルト的な世界にもなってしまう訳です。でもこれは有機栽培の次の世界であって、そこに対する市民権も今は得つつあると実感しています。化学的な分子構造の下に見えなくて、もっと深い世界がある。肥料をあげることは作物を過保護にしてしまう。さらにそれは土の力・「地力」を弱め不能にしてしまう。

◆流通業とは?
・流通業とは、その考え・哲学を世の中に広めようという業種に他なりません。お金はそれが受け入れられたこと、その結果としてのものなのです。「もっとニーズを聞かなきゃ!」と思いを新たにし、出直すことに決めました。
・ただ最終的には、自分は消費者のニーズをただ聞くつもりはありません。自分が経験し、研究し、実践してきたことを「それがニーズだから」の一言で葬り去ることは絶対できないのです。けれどもこちらの思いを相手に伝えられるようになるまでは、ニーズを受け止めなければなりません。

◆本当の肥料とは
・本当の肥料は有機肥料ではなく、「コミュニケーション」なのです。人間の作物に対する愛なのです。生命とのコミュニケーションは本当に大事なのです。野菜にとって「一番必要なものは何か?」、このことをもっと深いレベルで考えなければなりません。

<ナチュラル・ハーモニー代表 河名秀郎プロフィール>
1958年東京生まれ。國學院大學卒業後、自然食品関係の仕事に従事するが「もっと自然に近づきたい」と脱サラ。千葉県の自然栽培農家で1年間の研修を経て、ナチュラル・ハーモニーを設立し、自然栽培野菜の移動販売をはじめる。
スーパーやレストランなどへの卸業、自然食品店、自然食レストランを手がけている。
衣食住におけるナチュラルライフを提案するショッピングスペース「ナチュラル&ハーモニック」を展開、また自然栽培農産物だけを取り扱う個人宅配「ハーモニック・トラスト」を立ち上げている。ナチュラル&ハーモニックスクールを立ち上げ、生産者および消費者にむけて各種セミナーを精力的に開催している。自然の摂理から学ぶ生き方、暮らし方の普及に力を注いでいる。
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 上記からは、流通業とはまさに認識の発信(意識生産)そのものなのだと気付かされます。そして、そのためには本質(何の為の食か?野菜にとって必要なものは?等)を追求していく必要がある。

 もはや、農業(それに関わる流通業も含め)は、どのような認識を発信できるかにかかっているのではないかと感じます。そして、人々の意識がより社会そのものへと向かっている以上、食や健康だけに留まらず「今、社会はどうなっているのか?」「何が問題なのか?(その原因は?)」「どうすればいいのか?」といった答えを提示していくことが必要となるのだと思います。




浅野雅義

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