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農村を活性化させる為には?

「農業をどうするか」を具体的に考えていく

農政を始めとする農業問題についての批判は数多く目にする。何が問題なのかもハッキリしなかった頃に比べれば、かなり風通しは良くなったのだろう。
ただ、批判で終わっては意味がない。「じゃあどうすれば良いのか?」を考え提示することこそが、今求められていることだと思われる。
ということで、本日農業関係者数名で話し合った「これから農業をどうすれば良いか?」について書いてみる。

1.土地制度の転用規制
 農業を営まないのに農地を所有している世帯が多いのが現状。その主な理由は、「建物や道路などに土地を転用すると大きな利益を得られるから」だと言われている。おかげで本当に農業をやりたい者に農地が集積しない。
 かと言って無理やり土地を奪うと反発が起きるのは間違いない。まず都市・農村計画の段階で「農地として確保するスペース」を確定し、「転用禁止」という規制をかけることが有効ではないかと思われる。そうすれば、農地を所持していてもメリットの無くなった層が農地を誰か(行政含む)に売る(or貸す)ことになり、結果的に適正な農業者に農地を集めることができる。

2.減反にかける予算を「支援金」に回す
 減反政策では「米を作らない代わりに補償金を出す」となっている。その費用は年間何千億円と言われており、払うことで生産意欲が下がるという破綻した制度となっている。
 そういう予算を、例えば「高齢農業者による農業指導に対する報酬」などに回してはどうだろうか?教える側は、蓄積してきた経験を次の世代に伝えるという役割を得て活力が増す上に、収入にもなる。知恵の継承という面から見ても、かなり有効だと思われる。政府からお金を出すなら、活力の上がる「支援金」でなければならない。

3.ミニマムアクセス米の停止
 この経費だけで年間70億もの財政支出になっている。現在、アメリカや中国の米の国際価格は1万円前後と言われており、日本国内の米価格は約1万4000円である。この程度の差なら788%もの関税は必要ない。関税をとっぱらってミニマムアクセス米を止める代わりに、浮いた予算を農家に直接支払いでもする方が合理的。


他にも色々と案が出た。当然、意見程度なので未熟なところが多々あるが、こうやって一般人(政治家や官僚との対比的な意味で)が「農業をどうする?」を考え、声をあげていくことが重要なのだと思う。



小西良明

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田畑価格の下落続く 買い手のつかない割合高くなる⇒いっそ、国有化してはどうか?

■田畑価格の下落続く 買い手のつかない割合高くなる、と言う記事です。
 現状の農業の生産性の低さ、担い手不足の現実を表すデータだと思います。

 農地を保全し国内の食糧自給を担保するのは重要な社会課題です。

 いっそのこと農地は国有化し、企業の自給率の設定⇒企業農業参入を推進してはどうか?と思う。

●参考投稿↓
 64398 共同体的所有
 181386 農業参入が企業の社会的使命となる
 69965 新農(業?村?民?)共同体の創造と生産基盤の共有

●JA.com農政農協ニュースリンクより引用。

「田畑価格の下落続く 買い手のつかない割合高くなる 
                        不動産研究所調べ」
 田の価格は90万2781円で前年に比べ3・3%、畑は52万606円で3・2%それぞれ下落したと(財)日本不動産研究所研究部が9月10日発表した。全国平均の普通品等実測10a当たりの価格(平成21年3月末現在)である。

 田は平成4年の約119万2792円をピークに5年以降17年連続、また畑は4年以降18年連続の下落となった。
 小作料は田が1万2032円で6%強、畑が5978円で5%弱低下した。 田は20年産の米価回復で東北や北陸などの稲作地帯では価格保ち合い気配の市町村が多かったが、山間部などの条件不利地域では集積が難しく買い手がほとんどいない状況。
 畑は資材費の高騰もあって収益性が低迷している産地が多く、また水田転作で麦、大豆、飼料や野菜が作られることから畑利用が減少。耕作放棄の多発もあって、引き続き下落傾向にある。

 田価格下落の理由をみると、「米価下落」が3割強。次いで「後継者の減少」「買い手がいない」の順。とくに東北では米価下落を理由とする割合が高くて46%強。
 畑価格の場合は「後継者の減少」が25%強でトップ。次いで「買い手がいない」「高齢化」の順。大規模な畑作が行われている北海道でも「後継者減少」がトップ。

 なお田畑ともに前年に比べて「買い手がいない」の割合が高まった。

 田の小作料は稲作経営の収益性が低下したことと、標準小作料を減額改定した市町村が多かったことから下落した。規範性が低下したため標準小作料の設定を取りやめる市町村も出ている。
 畑小作料は栽培作物によって収益性の差異が大きく、比較的高いケースもある反面、耕作条件によっては借り手がなく、耕作放棄が多発しており、賃貸借・使用貸借ともに減少している。
 この調査は都道府県で農地事情を最もよく反映するとみられる市町村約1500を選定して行われた。「山林素地及び山元立木価格調」の結果も同時に発表された。
~引用終わり~


丸一浩

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日本の自給率を上げる方法

私たち日本人が地産地消を日々心がけ、国内の野菜を買って農家の方が野菜の生産量を増やしても、実は日本の自給率はたいしてあがらない。

>(214546)「日本の耕地面積と食料自給率」 浅野雅義さん

なんとも衝撃的な事実です。

どうやら日本に於ける自給率問題の本質は、現在日本人の肉食偏重の食文化が国内自給率上昇を不可能にしている。ことにあるようです。(焼肉大好き派の諸氏にはとっても耳の痛い話ですね)


■日本人が肉を食べると自給率があがらないのは何で?■

・日本はそもそも蓄肉食の文化を維持できない国土環境である。(飼育飼料の耕地がない/畜産用地がない)

・したがって日本が蓄肉食の文化を続けるには、国内飼育であっても大量の飼料を輸入に頼るしかない。(国内飼育であっても飼料が輸入なら自給とはいえない)

・それでも肉の国内生産量には限界がある(したがって現状のように大量の輸入肉にたよるしかない。)

→ 肉の大量輸入と、国内飼育の為の大量飼料輸入がなくならない限り、つまりは日本の国内自給率は決してあがらない。


■自給自足可能な食文化への転換=肉信仰からの脱却■

日本は縄文時代から数えて1万6500年もの歴史があります。

日本人は日本の気候風土に合わせて食性を変化させ、生産様式を変化させてこの日本列島に適応してきました。その1万6500年間の適応の集大成が日本食文化です。和食という単なる食のメニュー(好み)の一つなどではなく、もっとも日本の気候風土に適した(自給自足を可能とする)=循環型の生産・消費様式であり、日本人の体に適した食文化=構造認識であり、適応様式なのだと思います。その歴史の中で肉食は最小限で十分だった事も証明されていますし、日本の肉食文化への本格転換は戦後のわずか60年間に過ぎません。

自国で循環生産できないものを好んで大量に消費する。

よく考えてみれば普通におかしな話です。日本の自給率アップに必要なのは歴史事実認識に基づく日本人の<肉信仰>からの脱却。日本の完全自給への道はこの認識転換と、その肉体化から始まるのだと思います。なにしろ国家課題=みんな課題なのですから、え~!とか、肉好きだし~とか、分かっているけどやめられない~とか言ってる場合ではありません。

「え~!」

■日本の国家国民プロジェクト■

でも安心して下さい。それは、今からすぐに肉は食べるな。禁肉しろ。菜食主義者になれ。ということではありません。

日本の課題として日本人はこれから50年60年かけて、日本の気候風土の特性や歴史事実を知り、穀物・野菜・山菜・近海魚貝・海草中心の食生活の摂理構造と充足可能性を知り、肉食率を減らしていき、日本本来の食文化に生活習慣を修復していく必要があるということです。また、そのことによってはじめて日本の自給率の問題が解決されるであろうという長期的視点に基づいての話です。

そういう意味では、家庭の食卓を日々預かるお母さん方の毎日の献立・メニューの組み立ても、長期的には国家課題の位相にある重要課題であるといえますね。(なにしろ好き・嫌いの価値観や食への嗜好性は、今のところ主に幼少時の家庭での料理習慣のあり方に規定されるところが大きいですから)

いづれにしても、自給率問題は生産力や技術向上以前に、本質的には日本人の意識=価値観念の位相にある社会問題だということです。


あなろぐま

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戦後農政の失敗から学ぶ明日の農業の有り方、大規模集約化がその答えではない。

戦後農政の最大の失敗は、稲作を中心にして、裏作に麦をつくり、牛や豚、鶏を飼うといった旧来の日本型の多角的な経営から、選択的規模拡大を奨励し、ミカンや酪農など単作で規模拡大するというアメリカ式を奨励したことにある。

その上で、70年代に入ると、ミカンの生産調整や牛の頭数制限をおこなって国内生産を破壊し、アメリカからグレープフルーツやオレンジ、牛肉の輸入自由化を強行し、専業農家を大量に離農や自殺に追い込んだことである。その結果、1、175万人の農業従事者を、僅か数十年で224万人まで減らし、自給率も40%を切るまで日本の農業を壊滅的なまでに破壊した。(以上、長州新聞記事より一部引用)

「安い外国産を輸入すればよい」という市場原理主義的な考えが、この間の世界的な食料危機による輸出制限で全く通用しないことが明らかになった。戦後、我が国は農業から工業への転換を遮二無二追及し、一旦は世界第二位の経済大国にまで登りつめることに成功した。

しかし、21世紀の世界を俯瞰したとき、環境や資源の問題が経済に優先して問われてくることは間違いない。その中でも農業問題は最も重要で緊急の課題として登場してくる。特に資源のない我が国にとっては農業の再生こそが最優先課題である。

にも関わらず、国の政策は輸入の自由化を強行する一方で国際競争力をつけるためにと規模拡大と機械化を強要し、補助金も約290万戸の農家の内、40万戸の専業農家に限定し、他を切り捨てるという馬鹿げたことをおこなおうとしている。戦後農政の最大の過ちは当に上記同様、欧米と同じように我が国の歴史や風土、地勢に逆行するような大規模集約化・機械化の先導にあることは自明である。

従って、我が国農業の再生のためには、三ちゃん農業といわれようとも小規模な兼業農家の再生に他ならない。農業は身近で日常的なものでなければ再生も成功もない。地産地消が原則で、決して専業化でも集約化でもない。

敗戦後の未曾有の食料危機を乗り越え8、000万国民の命を救ったのは、我が国の農業で焦土と化した都市部の後背地に拡がっていた豊かな(広さではなく、よく手入れされた)田園地帯に他ならない。

敗戦の年、昭和20年こそ度重なる台風や豪雨による被害で大凶作(米が587万㌧まで落込む)で、都市部では多数の餓死者も出し食料メーデーまで起きたが、翌年には米が920万トンと戦前の生産量にまで回復し多くの国民を餓死から救った。

勿論、連合国による小麦などの救援物資(数十万トン)にも救われたことは間違いないが、何よりも米作を中心とした我が国の豊かな風土=農地とそれを守り続けてきた農民に負うところが大きい。と言うことを私たちは忘れてはならないし、後世に引き継いでいかなければならない。


阿留毘

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農業者と対立する農協

農協が農業者の利益よりも組織としての利益を優先するという話はよく聞くが、その象徴的な出来事が2009年7月4日の朝日新聞に載っていた。

概要は以下の通り。

新潟市と金沢市で5月下旬に農水省が減反の説明会を開いた際、減反廃止や「選択制」導入などの見直しを求めたのはほとんどが地元農家で、減反によるコメの価格維持を求めたのは全員JA幹部・職員だったという。
JA全農のうち、コメや肥料、農薬、農機の利益は約260億円(07年度)で、全体の3割を占める。更に、もし減反が緩和された場合、農家への戸別補償が導入される方向だが、JAへの「所得補償」はない。

JAにとって米価が高く維持される減反は重要な政策である。その理由はこの引用文からも明らかである↓

>国内の高い米価を維持したいからである。……高い米価は、誰のため、何のために必要なのか? 農協にとって、米価が高ければ販売手数料も高くなるし、肥料や農薬も農家に高く売れ、また手数料を稼げるからである。高い米価は何で維持されているのか? 水田の4割で米を作らないという供給制限カルテル、つまり減反によってである。(207099)

さらに、現行の減反制度下では、減反協力農家に対する「補償金」は農協に一括して振り込まれ、農協がピンハネした後に各農家に支給されるという。つまり、例え「選択減反制」であろうが、補償金が農協を通さなくなるような変更は行いたくないというのが本音ではないだろうか?

農協に勤める個々人の意識に「農家のために」という思いはあるのかもしれない。しかし、現実として多くの農家が減反の廃止または変更を求めているのに、この事例のように農家側の意見に真っ向から対立し、露骨に組織の利益を偏重する姿を見ると、農業者のための組織には思えない。


小西良明

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日本の農業も転換期 ~「農林水産環境政策の基本方針」が目指すもの2


(続き)

3、転換のバロメーター
当然のことながら、この方針は「豊かな自然環境の保全・形成のための施策展開」のための基本方針だ。ところが、日本の農業と農政の最大の「闇」は、その自然環境の実態と、百姓仕事との関係がまだよく認識されていないことである。
だからこそ、農と自然の研究所が設立されたのだが、方針では「水田周辺地域の生態系の現状を把握する[田んぼの生きもの調査]を実施します」と宣言している。この認識を高く評価する。間違いなく、この調査を誰がやるかが、今後の「環境政策」を行方を占う上で最も重要になる。
 
私は百姓がやるしかないと考える。同時に、それを支援する公的な機関の存在が不可欠になる。
なぜなら、
(1)自然環境を守る主体が登場し、環境の実態を自覚しなければ、この後の環境政策の展開の主体がまた「関係機関」になってしまうからだ。
(2)百姓だって、簡単にはゲンゴロウとガ虫の区別はできない。作物の栽培を勉強し、研究したように、百姓も自然環境の調査・把握法を学習しなければならない。そしてそれを百姓の独学に頼るのではなく、支援・教育する体制を組み立てないといけない。(蛇足だが、それを普及センターや農協がやらないなら、土地改良区や共済組合や○○○がやってもいいのである。どこもまだ素人だから)
(3)全国くまなく、自然環境の衰えを(豊かさをと言いたいのだが)つかむには、そこに住む百姓がやるしかない。その情報は「生物指標」としていかされ、その調査技術は農業技術に格上げされていくだろう。
(4)この調査の本当の目的は、自然環境を再生してことである。そうであれば、自然の生きものがどういう百姓仕事によって支えられてきたかを突きとめなければならない。そして新しい「環境技術」(ほんとうは古いものの中にあるのだが、気づいたときには新しく光を放つ)形成の主体は百姓以外には存在しえないからである。

そう言う意味で、この調査がどう進むかが、日本の環境政策の成否を占うバロメーターになる。

従来の農業技術や農業経営は内部経済(カネになる世界)だけで、考えられてきた。しかし、農業の価値はカネにならない世界も大きい。自然環境に優しい農業技術に対して直接支払が行われれば、非カネがカネになるのだから、これを「外部経済の内部化」と表現する。これが環境政策の基本理念になる。
しかし、外部経済の内部化だけが大切ではない。カネにならなくても、自分が褒め、みんなが褒めればいいのである。そういう「国民合意」がえられればいいのである。そのために何をするかが重要だ。

::以上引用:::::::::::::::::

※現在のマスコミの論調は、日本の農業の弱さは零細農業・兼業農業に原因があり、生産性の低さ・市場競争力の弱さがそのまま農業全体の衰退を招いていると分析している。
そこで今後の戦略として考えられるのが、企業による農業への参画であり、大規模化・効率化・市場商品開発分野での高度化を実現することで、この停滞を打破し、国際的な競争力をつけること、さらには自給率問題も解決することを目標としている。

しかし農業の「市場化」だけが現代の農業問題を解決するとは考えにくい。上記のサイトでも指摘されているが、「農業の価値はカネにならない世界も大きい」。
このカネにならない価値を明確に定義することは難しいが、大きな判断軸として、「必要か否か?」という判断に基づく選択を考えたとき、現代の価格価値は必要性の乏しいものに法外な値段が付いたり、その逆もあったりしているのが事実であり、多くのひとがこの違和感を持っている。

農業に関して考えてみても、上記サイトの提言にあるように、農家・農業の自然環境の変化を調査する行為や、過去の農業技術(先人の知恵)を伝達・継承していく勉強会、さらには地域社会・共同体・婚姻形態の歴史調査などまで枠を広げて考えた場合、それらの調査・追求・発信は、次代を考えるうえで非常に有効な提言となり、多くの人にとって「必要な行為」と認められるのではないだろうか?
(これも農業に対する大きな期待となる)

市場化を推し進め競争力を獲得する課題と、農の持つ多面的な価値を再発見し、次代に継承していく課題とどちらが「必要な課題」であろうか?

現在はEUも含めて政府主導で農業政策の大転換を進めようとしているが、それが実現されるかどうかは、私たちの認識転換にかかっていると感じる。

2U

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農村の活性化と教育をつなぐ。~子どもたちの手でPR広報誌をつくる!~

先日、塾の合宿企画で福井県若狭町に行ってきました。企画のコンセプトは『若狭町の人たちの期待に応える!』ということ【リンク】。その期待は・・・『都会の人に来てほしい』『若狭町の魅力を知ってほしい』『若狭町で就農してほしい』という切実な願いです。

そんな期待に応えるべく、小6から中2までの子どもたちと4泊5日で若狭町の魅力をたくさん感じてきました。1日目は観光地めぐり、2日目は登山、3日目と4日目は職業体験(農業・畜産業)・・・と、企画は盛りだくさん。観光地ではお店の人や実際に観光に来ている人にインタビューもしました。職業体験でも、真剣に仕事をしたり、いろんな話をする中で、農家の人の真剣な想いや、後継者不足という厳しい現実を体感してもらえたと思います。

そして最後に、感じた魅力を写真と文章にまとめ『広報誌』を作成しました。この『広報誌』は、若狭町と姉妹都市である大阪府高槻市の「市役所」及び「姉妹都市交流センター」に置いてもらうことになっています。

この企画を運営するにあたって、一貫して子どもたちに伝えたことがあります。それは「魅力的な広報誌を作るには、『自分』がどう感じたかではなく『みんな(読む人)』がどう感じるかが大切である」という視点を欠かさないこと。それはまさに『自分』から『みんな』へという認識そのものです。はじめは自分のことを中心に考えていた子も、周りのことを考えて行動や発言をすることができるようになりました。

そして、「農村を活性化させるための広報誌をつくる」という大きな期待(課題)が、子どもたちの活力につながっていたことは間違いありません。「たくさんの人に若狭町に来てもらいたい」「後継者不足の現実をどうにかしたい」という子どもたちの想いが伝わってきました。「社会のために役に立つ」という点では、社会的目的意識を形成する上でも非常にいいきっかけになりました。この合宿を通して成長していく子どもたちの様子を目の当たりにして、『農村の活性化』と『これからの教育のあり方』の一つの方向性が見えたような気がします。

浅田祥幸

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日本の農業に活力はあるのでしょうか?

生産者が減り、対して生産高が上がると言うことは、確かに効率化、高度化している側面もあるでしょう。しかし、減った生産者はその分他産業人口へ流出し、農業生産物を消費する側に廻り、その結果としての食糧の大量消費→輸入食糧の増加にもなっていると思います。

食料自給率も、あたかも食糧危機があるかのように捉えがちですが、問題は商品化された食糧を大量輸入させることによる食糧生産の背後にいる大資本家の意図にあると思いますし、そうした資本家の手の内から人々のものへと食糧生産と消費を取り戻す運動だとしたら、あながち間違いでは無い様に思います。

仰る様に日本の農林水産業の生産力は決して悪くないと思います。しかし、これが戦後一貫して穀物メジャーや、加工食品の製造業、流通業、外食産業などに市場を奪われ続け、衰退している=疲弊していることも又事実です。例えば生産効率も農薬や品種改良、種苗改良や機械化、そしてバイオ技術など様々な効率化技術のお陰かもしれません。その結果、日本の農業は、欧米化(或いは近代化)はするけれど、本当に安全で栄養のある、又はやりがいの有るものになっていないのかも知れません。

安易な現状追認ではなく、本当に日本の農業に活力があるのか、もし無いとしたら活力を取り戻すのにどうしたら良いのか?を考えてみたいと思いますが、如何でしょうか?



K.G

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RE>日本の農業に可能性あり!~生産効率は飛躍的に向上している~

橋本さん、貴重な情報を紹介して頂きありがとうございます。

 日本の農業が過去40年で6倍も生産性が上がっていて、生産額も世界二位をしめていることは初めて知りました。
 農家数の激減など、問題は多そうですが、着実に成長している事、可能性を秘めているが分かって安心しました。

>農作物生産量の推移 ⇒農畜産物の生産量は増加している!
日本の総農産物生産量は増えている!自給率が79%だった1960年と40%を切る前年の05年を比べてみてほしい。5100万トンから5600万トンへと500万トンの増加だ。

>農業従事者の推移 ⇒農業者一人当たり生産量6倍になっている
農業者一人当たりの生産量は、1960年の4.3トンと比較して、06年には26トン。過去40年で6倍も生産性があがっていることが分かる。
>農業者数と生産量の推移に注目すると、分かりやすい。確かに農家数は激減している。しかし、60年に1200万人の農業者が生産していた量を05年、6分の一の200万人で突破した。現実は低い生産性の農民が減り、高い生産性の農業経営者が増えているのだ。

>農業生産額は世界2位
日本の農業生産額は、主要先進国の中で米国の1580億ドルに次ぐ793億ドルの2位である。フランス、ドイツ、イタリア、イギリスをはじめとしたEU諸国のどこよりも多い。ロシア(211億ドル)、オーストラリア(203億ドル)の3倍超えもある。

>以上のように実態に沿った統計面から見ると、日本の農業は国内、世界から見ても可能性を秘めている産業であることが分かります。

がっちゃん

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日本の農業に可能性あり!~生産効率は飛躍的に向上している~

マスコミで食糧自給率40%ヤバイ!と過剰に報道されていますが、日本の農業に可能性あり!と思わせてくれる記事がありましたので紹介します。
『食糧自給率の罠(農業経営者2009年1月号)リンク』より

①農作物生産量の推移 ⇒農畜産物の生産量は増加している!
日本の総農産物生産量は増えている!自給率が79%だった1960年と40%を切る前年の05年を比べてみてほしい。5100万トンから5600万トンへと500万トンの増加だ。リンク
多くの人は自給率半減と聞いて、生産量が半減していると勘違いしているはずだ。「ニッポン農家は食糧の増産に成功している」――このシンプルな事実だけで、漠然とした不安感を払拭し、頼もしい産業であると農業への認識が改められるだろう。 

②農業従事者の推移 ⇒農業者一人当たり生産量6倍になっている
農業者一人当たりの生産量は、1960年の4.3トンと比較して、06年には26トン。過去40年で6倍も生産性があがっていることが分かる。
農業者数と生産量の推移に注目すると、分かりやすい。確かに農家数は激減している。しかし、60年に1200万人の農業者が生産していた量を05年、6分の一の200万人で突破した。現実は低い生産性の農民が減り、高い生産性の農業経営者が増えているのだ。

③活力ある農業経営者によって日本の農業が支えられている
約200万の販売農家のうち、売上1億円以上の農場・農業法人が占めるのは、たしかにわずか0.25%の5000事業体。それが国内生産額8兆円の15%を稼ぎ出している。しかも過去5年で160%成長をとげているのだ。

続いて、3000万以上の農家の事業体数シェアは1.5%の3万件で、30%の国内生産額を占め、過去5年150%成長した。1000万以上の農家は7%で14万件。130%伸張し、生産額の60%を上げている。つまり、われわれの胃袋の半分以上はすでにこうした成長農場に支えられているのだ。

では、残りの180万件強の9割の農家は何をしているのか。売上100万円以下(利益じゃない!)の農家が120万件もあるのに対し、国内生産額にわずか5%しか貢献していない。

④農業生産額は世界2位
日本の農業生産額は、主要先進国の中で米国の1580億ドルに次ぐ793億ドルの2位である。フランス、ドイツ、イタリア、イギリスをはじめとしたEU諸国のどこよりも多い。ロシア(211億ドル)、オーストラリア(203億ドル)の3倍超えもある。

以上のように実態に沿った統計面から見ると、日本の農業は国内、世界から見ても可能性を秘めている産業であることが分かります。


橋本宏 

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