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農村を活性化させる為には?

農家力(自給の思想)が「地域という業態」を創造する①


「地域の再生」には、人々のコミュニティとともに、これを支える仕事・地域産業興しが不可欠だが、従来の中央に依存した土建的公共事業や企業誘致の道に未来を託すことは難しい。新しい構想が求められている。そんな仕事・産業のありようを「地域という業態」という言葉をキーワードに考えてみたい。

農文協の主張 2010年1月より転載リンク
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◆「地域という業態」を準備した農家の取り組み

「各業種ごとに業界団体が存在し、中央と地方とは、中央が企画を行い、地方はその実行のみを行うという中央集権的な関係で結ばれていた。その中で、地方は中央に頼らなければ生きられないという他律的な構造に陥ってしまった。さらに、各業種間には、『縦割り』という大きな壁が存在していた。同じ地域の中に暮らしていながら、農業団体と商工会、温泉組合などの間には、相互の交流関係は乏しかった。そして、それぞれに『我が業界をめぐる情勢は厳しい』と頭を抱えていた。『地域という業態』は、このような『対立』『他律』『悲観』という構造から脱却し、『共生』『自律』『楽観』という構造に切り替わろうという考えである。すなわち、これまでバラバラだった、農業、建設業、観光業などの地域の中のさまざまな業種がお見合いをし、相互に信頼関係で結びつき、それぞれ持っている知恵や情報、販路などを交換・共有することで、地域の内側から渦の広がっていく産業構造を作ろうという考えである」

高度成長期以降、かつて地域に生業としてあった様々な仕事が専門化・産業化され、業種ごとの「専業化」と「業種の壁」のなかで、経済合理が追求されてきた。それが近代化であり、経済を拡大し豊かさを実現する道だとされてきた。だが、それぞれの頑張りにもかかわらず、いや頑張りのゆえに、かえって地域を暮らしにくいものにしてきた。業種縦割り中央集権構造によって地域は分断され、地域にあるもの、地域資源の価値が見失われてきたからである。そこを、地域を再生する立場から変えていこうとするのが「地域という業態」の考え方である。

2009年、農家は作目の壁、業種の壁を越えて、歴史に残る大きな前進をした。09年1月号の「堆肥栽培元年」。畜産農家が処理に困っている家畜糞を筆頭に、高速道路の土手の刈り草、食品工場から出る野菜・果物の皮や芯などの廃棄物、ライスセンターから出るモミガラ、近隣の町の人の捨てる生ゴミなど、農家は、身近な地域の有機物資源を本気で肥料として位置づけるやり方をおしすすめた。経営状況がきびしいなかで、「自分でやる・工夫する・捨てないで利用する・買わないでつくる・みんなでやる」……、そんな農業のやり方は、この間一貫して指導されてきた、選択的拡大による専作的な「業種」として効率的な経営をめざすという発想とはちがい、「業態」的である。

農家はもともと、食べものや資材の自給から兼業まで、多彩な仕事をこなす「業態」であった。その「業」は「生業」であり、それは暮らしと結びつき、あるいは暮らしそのものである。そして生産・生活の両面で支えあうむらの仕事のありようは、相互につながりあう「地域という業態」であった。つながりがなく単一的であるがゆえに他律と対立にならざるを得ない「業種」に対し、「業態」は結びつきを旨とするがゆえに自律と共生によって地域を形成する。それがむらという「業態」である。

それを、他の業種と連携しながら現代に復活、創造する。その条件、大きな可能性をつくりだしているのが直売所である。直売所はいまや、「地域という業態」を創造する原動力となり、「地域の再生」の拠り所となっている。
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匿名希望

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『許容量』、『基準値』を示すこと自体が、危険な証拠である。

近年、マスコミなどで、放射能(原発)、電磁波、各種医療器具、医薬品、農薬、添加物、水質汚染、土壌汚染、大気汚染、騒音、……の問題が発覚すると、必ず『基準値』以下、だとか『許容量』を大きく上回っている、などという。
 しかし、そもそもその数値は何を根拠に出しているのか。また、それ以下ならなぜ安全なのか。基準値以下であっても長時間連続性があれば蓄積またはボクシングのボディブローのように静かに影響を及ぼすことはないのか。

 ここでは、とりあえず農薬について一言だけ述べておきたい。
(各種資料より)

 現在『農薬登録』に必要な作物残留性試験、土壌残留性試験にも問題が多い。
 現行制度では、試験の結果にメーカーの意向が反映しやすく、正確、公平な試験結果が得られない可能性が強い。
(かなりの農薬がアメリカのライセンス生産)

 作物残留性試験の場合、試験の試料となる農作物の栽培は2ヶ所以上の公的機関(農業試験場)が行うことになってはいるものの、分析は1ヶ所の公的機関、他の1ヶ所はメーカーでもよいことになっている。
 さらに土壌残留性試験の場合は、試料は2ヶ所以上の公的機関で作るが、農薬試験の土壌残留度の分析はメーカーが行ってもよいことになっている。しかも企業秘密を理由にデータの公開はなされていない。

 これで、正確なデータが得られると考えるほうがどうかしている。この残留性試験データが厚労省の農薬残留基準決定の重大な根拠にも使われているのだ。恐怖を覚えずにはいられない。

 そして、農薬の『1日摂取許容量』(基準値)といえば一見安全そうに聞こえる。しかしながら、これほど曖昧で危険なものはないのである。しかも1日の摂取許容量というのは、農薬残留基準の根拠ともなる重要な基準なのだ。

 1日の摂取許容量は毒性試験のうち、慢性毒性試験で得られた最大無作用から決められる。この値は、実験用動物が一生涯かけてある農薬(単体)を食べ続けても影響が現れない最大投与量のことだ。つまりある農薬の、ある実験用小動物(ラットなど)にとっての最大『安全』量に過ぎない。このような曖昧な値に一定の『安全率』(10分の1から500分の1)を乗じて人間に対する1日の摂取許容量(ADI)としているのだ。

 この値を人に『体重比』で当てはめて、人が1日に摂取することが許される残留農薬の『絶対量』が求められる。

 しかも、農業現場ではそれを元に、混合して使用したほうが効果が高いので、複合剤を含め他の農薬との混合使用が盛んに行われている。その複合された結果の慢性毒性については、毒性試験は義務付けられていないのである。
 これで人体の安全保障ができるであろうか。

 人間と動物では神経組織の構造が違う。大脳など人のほうが圧倒的に発達している。極論を言えば、ラットなどの小動物が痴呆症になろうと、記憶や言語障害を起こしても判断できないのだ。神経を侵す毒薬に対しは、人のほうがはるかに敏感である。

 発生遺伝学、海洋生物学、精密科学を専攻し、生態学者として有名な『サイレント・スプリング(沈黙の春)』の著者レーチェル・カーソンは、あらゆる『許容量』なるものについて「これまでならよいという量は、実際にはありえないのだ」と断言して、現代社会におけるある種の科学者や行政官達のいい加減さをずばり突いている。

 つまり、『許容量』こそ「許容すべきではない」ということである。
 また『基準値』も何を根拠にしているのか曖昧な基準を作るべきではない。まして人間は様々である。
 すべての老若男女、体重の重・軽、身長、持病、体質などに当てはまる『許容量』『基準値』などありえない。

 そしてそれらの懸念的物質、環境によって、明らかに新種の病気や障害が増加の一途ではないか。

 それらの数値を示さなければならない『危険物』を減らす工夫をするのが『正しい人間の基準』である。
 


原賀隆一

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小沢一郎VS養老孟司:「ヒトとムシの日本改造計画」「カネ万能の時代」にどう生きるか」【その3】

■以下引用リンク________________________


(4) 年金は「報酬制」にすべきだ

――参勤交代を実現すれば、社会に対する考え方が変わり、仕組みが変わる。

養老 税金の取り方が難しくなる。例えば国民の二重居住を許すなどということが必要になる。ただ、僕は案外みんな賛成するんじゃないかなと思うんです。サラリーマンをやってる人たちでも、やめた後どうするんだと聞かれると、「田舎に帰って百姓やりたい」という気持ちは、かなりの人が持ってるでしょう。都会で邪魔者扱いされるよりいいし、田舎で倒れるまで働くことができればそのほうがいいんじゃないですかね。

小沢 特に米作りなんて、お年寄りで十分なんですね。老齢人口を一番吸収するのは今まで、農業と零細小売りだったんですが、店番のじいちゃん、ばあちゃんは少なくなってきているし、農業のほうまでなくなりつつある。若い時はいろんな会社や工場で働いて、老後は農村で働くというのが理想的だと思う。

養老 僕は年金だって報酬として払うべきだと思います。社会に役立つような何かをしてもらって、それに対して払うという形にしたほうが、日本人らしい。

小沢 僕もそのほうがいいと思う。社会保障も、何でも金で解決しようという発想から切りかえないといけない。人間、最期まで一生懸命、家族のためとか地域のために働いて、役に立っているという意識を持って生涯を送れることが、金に代えられない幸せなんだから。

養老 タダというのは失礼なんです、日本人にとっては。

小沢 第2の人生が何十年も、20年、30年もあるというのは、容易なことじゃない。生きがいを持って満足してやっていくには、働く以外ない。

――森林の手入れをしたり。

小沢 今、多くの原生林は営林署が荒らしているし、里山は入る人がいなくなって、荒れ果てている。そこを、ちょっとずつみんなで手入れしていくようにすれば、お年寄りだってできる。山が荒れた原因の一つはプロパンガスと灯油の普及です。それまではみんな、薪を拾ったりしてたでしょう。それから炭を使うことも、茅葺き屋根にすることもしなくなった。山に入る人がいなくなった。それが自然といえば自然かもしれないけれども、人間と共生している自然ではなくなってしまった。

養老 原生林状態。

小沢 そうです。みんな原生林にしちゃえというなら、それも一つの考えですけどね。

養老 そういうものを相手にすると、人間はものを見るようになる。もう一つ、政治のことでいうと、どうしてこうも参議院がバカなんだろうと思ってしまう。

小沢 それは間違いない。

養老 あそこで議論することは、30年先、50年先のことでなくちゃいけない。そういうルールをつけたらどうかと思います。日本の国土をどうするとか、教育をどうするとか、長い目で見た話をする。そのかわり、そこで何かを本気で決めてきたら、衆議院は守らないといけない。そんなふうな制度に変えたらどうでしょうか。

小沢 そのためには、参議院は選挙をさせちゃいけないんですよ。選挙をすれば、議員は絶対的に利害の代表になっちゃう。今のような参議院はなくしてもいいんじゃないかと思います。置いておくのなら選挙をしないで、各分野の見識のある人に参議院議員になってもらったらいい。

――養老さんは環境省の依頼でロンドンの博物館の視察と調査に自費で行かれたそうですね。

小沢 ロンドンには世界中の文献があるでしょうね。

養老 ある意味ではそうでしょう。でも、イギリス人は現物ということに対して非常に強くノウハウを持っているんです。

小沢 彼らは利口というか、何というか。

養老 悪いやつなんだ、ほんとに。

小沢 世界中の植民地でさんざん悪いことをして搾取したのに、旧植民地は「宗主国は英国」といっている。エリートは英国に留学させる。

養老 アフリカの国境なんて、(英国が)まっすぐ線引いて、現地の人はそれを国境だと頑張っている。

小沢 イラクだって、イスラエルだって、全部イギリスが勝手に国境を決めた。

養老 全然責任とらないで。

小沢 イギリス人の悪いところは真似することないけど、あの知恵と手法はすばらしいと思う。

養老 イギリスの新聞に日本の記事が出ていたら、絶対悪口ですからね。いくら悪口をいってもいい国というのがあるなと。それが日本ですよ。

小沢 何をいわれても抗議しないからですよ。自己主張がないと見られてる。


               《続く》


火中の栗

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農耕の園 杉・五兵衛②~農産物は輸入できても、農業が持っている心を満たす部分は輸入できない~

①に引き続き農業経営者より引用。
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◆世界の産地との競合を考えたら、"ローカル"が最大の武器だった
「生産から販売まで」を手がける農業形態への転換の構想は、近畿大学農学部の学生時代、全国各地の農家を調査するうちに、浮かび上がってきた。

「大規模で、ものすごくいい農業をやっている人もいたけれど、その考え方を突き詰めていくと、農業経営という視点では、その後、横這いか下向きにしかならんという結論しか、俺の中では出なかったんや」と堅島(のじま)さんは振り返る。

1960年代以降、基幹作物を決めて大規模生産に切り替えた農家は、当時、所得が右肩上がりで伸びていた。しかし、堅島(のじま)さんはこの当時から、「世界の中での日本の農業」を考えていた。

「量産だけを考えてやっていけるのか。その頃は10haも田んぼを作っていれば、少なくともこのあたりでは大規模経営だったけど、1,000haが当たり前の国と競争したら、勝てるわけがない。そんな競争はしなくていいと思った」

逆に、日本の中で自分が農業を営む強みは何かを考えた。

「貿易自由化でわあわあいっているより、ここがいずれ過疎になっていくのか、周囲が拓けて都市化していくのか。そっちの方が俺にとっては重要だったんや」

大阪と京都の付境に近く、いずれは都市化の道を辿るのが目に見えていた。大阪・神戸・京都も近い。とすれば、周囲に食べる人がたくさんいる。その点では世界で屈指の条件ではないかと、堅島(のじま)さんは気付いた。

グローバルな視点で考えた時、杉・五兵衛農園にとっては、逆に「とってすぐに食べられる」というローカルさにこだわることが、最大の強みだったわけである。

「たとえば当時は、バナナがまだ高級品だったが、貿易自由化されてバナナが入ってきても、バナナ園が日本に入ってくることはない。つまり、農産物は入ってきても農業自体は入ってこない。空腹を満たすという以外に農業が持っている、心を満たす部分は輸入できない。それなら、そこをちゃんと味わえる農業をやろうと思った」

起伏のある圃場も、生産効率という視点で考えれば悪条件にしかならないが、"心を満たす"部分としての景観を考えれば、逆にメリットにもなる。

堅島(のじま)さんは、大反対する父親を学生時代の4年問かけて説得。観光農園の研究に打ち込み、ヨーロッパ各地も視察し、大学を卒業する頃には"農園杉・五兵衛"の青写真をまとめていた。

余談になるが、青果物では、産地形成で当時は右肩上がりだった都市近郊産地も、1980年代になると都市化の波と地方産地の大型化に対抗できず、その多くが淘汰されてきた。輸入農産物との競合で大型産地が置かれている今の状況と、当時の都市近郊産地の状況は、実によく似ている。

「効率よくたくさん作る」というだけの単純な路線から、いち早く考え方を切り替えた堅島(のじま)さんは、輸入農産物との競合以前に、地方大型産地と同じ土俵に上がることもなく、独自に都市農業のスタイルを築いてきたことになる。
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1970年の貧困の消滅→物欲▼を受けて、物的生産は飽和状態となり今までの農業は軒並み淘汰へと向かった。その中で勝ち残った『杉・五兵衛』は単なる偶然ではなかった。

今後日本が物的飽和をむかえることを予測し、世界の中の日本を俯瞰したときに、いったい何に可能性があるのか?
日本の農業の可能性を徹底的に追求し、農が持つ心を満たす部分=意識生産に目を向けて、そこに可能性収束したからこその必然の勝利だった。

<参考投稿>
『生産様式の転換と社会構造の変遷』(213603)
『農業は医療や教育と同じく人類(集団)にとって不可欠の事業であり、脱市場原理の最先端可能性といえるのでは?』(194431)
(以下引用:ブログ 路上で世直し なんで屋【関西】)
『意識生産としての農業 その先端事例(1)』(リンク)
『意識生産としての農業 その先端事例(2)』(リンク)
『意識生産としての農業 その先端事例(3)』(リンク)


三浦弘之

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農耕の園 杉・五兵衛①~農業は空腹しか満たせんもんじゃない~

最近農への関心が高まってきている。この農への関心の高まりは、危機感だけではなく同時に今後の何らかの可能性=期待感を内在している。そしてこの期待感とは農の多面的価値=意識生産にある。

『【企業が農業に参入するのは何で?】第十五弾 ~農業とは「物的生産」ではなく「意識生産」である~』(リンク)

この農の多面的価値に注目し、今後の日本の農業を見つめ続けてきた『農園 杉・五兵衛』を紹介したい。(農業経営者より引用)

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堅島(のじま)五兵衛さんは専業農家である、数百年前から先祖代々、ここ枚方市郊外で農業を営んできた農家の長男だ。しかし、この人には「果樹農家」「施設園芸農家」といった型にはまった肩書きが付けられない。

自作地4㎞、借地1㎞の園内には、畑も水田もあり、スモモやブドウ園があり、柿、グミ、ミカン、山桃、梅の木があり、イチゴハウスがある。かと思うと、花菖蒲やアヤメ、ボタンなどの花々や、タケノコを収穫する竹林、タラの木もある。「栽培品目数なんて数えたことがない」と本人がいうほどの超多品目栽培なのだ。

さらに、池には鯉が泳ぎ、「目がかわいくて」飼い始めたというロバと、馬(道産子)が約30頭。ウサギや羊、ヤギまでいる。ちなみに、ロバや道産子は、農地への堆肥供給の役割を担う。羊やヤギは、夏場になると園内の"除草役"も果たす。そして、他の動物たちとともに、農園を訪れる消費者たちを楽しませる"景観動物"でもある。

堅島(のじま)さんが就農した1973年当時、園内は一面の畑だったという。根菜類を中心に大阪方面へ市場出荷する、典型的な都市近郊農業だった。農業基本法のもとで、単品大量生産による産地形成が全盛だった時代のことである。

ところが就農した堅島(のじま)さんは、逆にイモ畑をつぶしてレストランを作り、野菜畑に果樹や花々を次々に植え始めた。そして、園内で収穫される農産物を「農園料理」としてレストランで提供する、生産・加工・販売の一貫経営に転換した。

筆者が初めて堅島(のじま)さんにお会いしたのは7年前のことだ。「飽食の時代といわれているのに、なんで隅から隅まで野菜を作らないかんのや」と笑った堅島(のじま)さんが、その時こういった。

「農業が空腹しか満たせないようやったら、ただの農場や。俺は、農業は空腹しか満たせんもんじゃないと思っている」

もともと農耕とは、種を播き、土を耕し、作物を育てて食べるまでの過程全てを包括していた。花が咲き、実がなる風景は人々の心を和ませ、収穫される農産物は、それをいかに食べこなし、貯蔵するかという食文化も生み出してきた。堅島(のじま)さんが目指したのは、そんな農耕の園だった。

農産物を生産するだけの農場ではなく、農耕文化がもともと持っている様々な要素を生かした農園。まずは、そこで働く自分自身にとって快適な空間であり、同時に、消費者にとっても魅力があり、ビジネスとして経営が成り立つ空問。それを具体化したのが「農園杉・五兵衛」だった。今でこそ、農園レストランも市民権を得ているが、1970年代当初に「加工・直売は農業経営の一貫だ」と主張して、堂々とレストランを作った農家は珍しい。

後に詳述するが、昨年5月には、新たに喫茶部門としてテラスハウスも建設している。これも、「"焼く"という行為によって、果樹や野菜も、料理とは全く違う使い方ができる」と考えて始めたという。

そこではケーキやパンだけでなく、タケノコの佃煮やジャム、干し柿などの加工品も販売する。レストランもテラスハウスも、堅島さんにとっては、あくまで「加工直売所」なのだ。
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②へつづく

三浦弘之

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農村にいると都市が見えない、農の魅力がわからない・・・、だからこそ発信が大切!

農業研修をはじめて7月が過ぎ、もうすっかりもうすっかり農業、田舎の生活に慣れてきた。この期間に農園には何人ものインターンシップ生、体験農業のお客さんが入れ替わり立ち代り来ているのですが、その人たちの農業に対する新鮮な感想を聞くたびに慣れてきた自分にはその魅力がわからなくなって来ていることを実感します。

「水菜に花が咲くなんてすごい!」
「袋詰めしているこれがスーパーに並んでるあれか!」
「オクラは地面から生えるものだと思っていた。こんなに高い木が育つなんてびっくり」
「棚田の風景が本当に美しい」
「作業場に向かうまでに見える朝霧やそこに浮かぶ陽光は言葉を失うほど美しい。しかしその美しい景色の中にも木造家屋や小屋、瓦屋根は驚くほど溶け込んでいて何の差障りもない。道路沿いから見える棚田を見た時、これを作った農家の人々というのは本当にここから、これほどまでに驚嘆せしめるほどの美しさを計算していたのかと問いかける。(217960)」
「とにかく驚きの連続。2日で30以上の発見があった!」
「カエルがいる!」
「野菜がこんなにたくさん食べれてこんなに美味しいなんて!」



かつては僕も同じような感想を持っていました。今でも農業を通した生活は本当に充実していて美しいものだと思いますし、より違った発見も沢山あります(最近だと土が地域や地形、気象、農作業によって違いがあることを実感したことetc)。しかし上記の感想のような驚きや実感は今では当たり前になりすぎて、「農業の魅力」を忘れていっている気がしてしかたがありません。

近所のおばあちゃんに至っては「あんた農業なっていいこと一つもないで!やめときや~」と言われる始末で、都市の人にとって如何に魅力かなど全く眼中にない人もいます。


しかし農業の魅力は上記の感想からわかるように、「あたりまえになっていること」に需要があるようです。

つまり農村からもっと現場の発信をすれば、都市の人はそれを魅力と感じて人が集まる可能性がある!!⇒農村の活力再生+都市の人の活力再生 につながるということだと思います!


新しく農園に来る人から魅力に感じたことを聞き、発信をすること、これを今後どんどんやっていきたいと思います!


さとぅー 

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「お勧めサイト」に新サイト追加 【農業2】

追加サイトの紹介はこれで最後です。
今回ご紹介したのはお勧め記事ばかりですが、「ランキングお勧めサイト」のページに行けばいつでもこれらのサイト・ブログにアクセスできます。是非ご活用ください。

・NPO農業の学校 -「効率を追求して稼げる農家へ 福広 博敏 さん」リンク
 新規就農に至る道を詳しく解説している。体系化されていて分かりやすい。就農事例集である「農業人紹介」がリアルで参考になる。

・日本政策金融公庫 -「7月号 成長期待高まる日本農業」リンク
 農政についての解説や議論を雑誌形式で提供している。日本の農業の未来をテーマにしたものが多く、新しい農のかたちを追求する一助になりそう。

・ナチュラルハーモニー -「枯れる野菜と腐る野菜の見分け方」リンク
 無肥料無農薬の「自然栽培野菜」の草分け的存在。「有機野菜もキケン」として、農作物の見分け方を扱うページが特に参考になる。

・みんなの農業広場 -「農政をゼロから見直す」リンク
 農業技術や成功事例の紹介、農業関連のコラム集や作目の市場価格など、幅広い情報を取り扱っている。一企業のHPとは思えないほどの充実ぶり。

・ザックザック -「どっぽ村で働き学ぼう!農業と大工!」リンク
 農業に関するウェブマガジン。クリエイティブな農業者や農業ニュースの紹介をしており、登場する農業者によるファーマーズマーケットも開いている。ネットを利用した新しい農のかたちの参考として。

・シェ・イグチ -「流通されない農産物の量」リンク
 材料にこだわるシェフのHP。自然栽培系の生産者インタビューシリーズや、料理人目線で農業を語るブログなどが面白い。

・農と環境と医療(北里大学) -「農と環境と医療 43号 代替農業論」リンク
 「医食同源」である事を東洋医学の視点も踏まえて知る事が出来る。1つ1つが論文並の情報密度で、カッチリした知識が欲しいならお勧め。

・アグロサイエンス通信 -「大豆イソフラボンの安全性」リンク
 主に化学、農学分野における文献、特許の翻訳、情報の受発信などを行っている。特に食の安全に関わるものが多く、データや事実に基づいて追求している。

・半農半Xという生き方 - リンク
 半農半X研究所代表 塩見直紀氏は、本業やライフワークを持ちながら農的生活を行うことを「半農半X」というキーワードで表現したことで有名となる。

・農林漁業体験学習 -「学外の稲作体験による児童の自然に対する感情・認識の変化」リンク
 子供~大人の農業体験の事例紹介や、調査報告が見られる。特に調査報告は手法・結果・分析が正確にまとめられていて参考になる。

・グリーンジャパン - リンク
 病害虫防除を中心にIPM技術等の紹介がある。農業全般に関わるようなニュースもタイムリーに取り扱っている。

・ボクらの農業 - リンク
 農業関係者のためのコミュニティサイト。農業ニュースや成功事例の紹介あり。「ボクらの日記」には参加者達の農業日記があるが、失敗の多いリアルな内容でむしろ面白い。

・アレルギーっ子の生活 -「牛乳で起こる病気」リンク
 現代食とアレルギーの分析、そしてアレルギー患者への対応策を詳細に記述している。食以外にも花粉や人工物質によるアレルギーを扱っている。

・JAcom(日本農業協同組合新聞)-「減反政策の歴史的展望を示せ」リンク
 最新ニュースなどの情報量は随一。農協批判が目立つ昨今において、農協側の意見を知ることができて有用。ただ肝心な情報は会員限定。

・若女将のブログ -「地域が雇用を創出する」リンク
 島根・山口で若女将が地域興し・農業振興に取り組む様子をリアルに伝えている。当事者ならではの深い考察もあり、読んでいて参考になる。

・山村起業 -「山村型ものづくりシステム」リンク
 山村部での暮らし、仕事を扱う珍しいサイト。林業だけでなく、あくまで山村部での生活に焦点を当てている。お役立ち情報やブログなど、情報は充実している。

・農業小学校をつくる会 - リンク
 自然体験、共同生活体験、農業体験プログラムを実践している組織。
 
・和郷園 - リンク
 千葉県の農業生産法人。JAに代わるような大規模な農業経営を行っている。企業による農業経営としては有名な成功事例。

・トップリバー - リンク
 新規就農、独立を目指す人のための農業研修、そして新鮮で安心なレタスなど野菜の生産・販売を中心に、農家育成支援事業を行う農業生産法人。


るいネット事務局

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「お勧めサイト」に新サイト追加 【農業1】

最後に、「農業」に追加した27サイトです。数が多いので、更に1と2に分けて投稿します。また、「お勧めサイト」6ページ目では中央下部・右部の2列構成になっています。新しい農業のあり方を感じさせるサイトが沢山あります。

・野菜日記(農健クラブ) -「2009食料・農業・農村白書を読む N02」リンク
 農業白書を題材にした分析など、食糧・農業問題に関する記述が豊富。事実や客観性に優れており、この分野に触れるなら一読を勧めるクオリティ。

・無肥料栽培 -「今、話題の無肥料栽培とは」リンク
 無肥料栽培を有機栽培より一歩先行く栽培法として紹介。同時に、若者の農業の可能性など、これからの農業のあり方も説いている。

・木の花ファミリーホームページ -「人は変われるなー」リンク
 農業中心の共同体形成を実現している団体。様々な活動の話や、日常を綴ったブログなどが見られる。

・農薬ネット -「農薬問題・環境問題を考える際の、バランス感覚を養おう」'リンク
 あくまで誠実に農薬の長所短所を説明した上で、読者のバランス感覚を高めようとしている。事実に基づいて農薬の議論をしたいなら必読。

・木村秋則オフィシャルホームページ -「念願だったネットでの自然栽培普及・啓蒙」リンク
 「奇跡のりんご」の木村秋則氏のオフィシャルサイト。過去の話や木村氏のブログが見られる。株式会社ネイチャーズのHPの一部であり、他の自然栽培実践者の情報もある。

・手づくり企画「ジャーニー・トゥ・フォーエバー」 -「工業農業にまつわる7つの神話」リンク
 世界規模での食糧・環境問題を取り扱っている。問題意識の設定や、実際にその解決に向けて動いているプロジェクトの紹介などが面白い。また、食糧問題に関する情報は質も量も良い。

・炭素循環農法(百姓モドキの有機農法講座)-「自然農法の理念と原理」リンク
 自然農法全般に対して分析的な視点で展開している。自身の炭素循環農法に関しての理論も豊富。

・野口のタネ -「一粒のタネからのメッセージ」リンク
 種苗会社が運営するHPで、種や野菜に関する知識が沢山記載されている。F1種による市場支配の話など、現場目線で農業界の裏事情に触れる記事もある。

・吉田信威 (YOSHIDA Nobui) のホームページ -「農業の健全な発展を」リンク
 元農水省職員のサイト。畜産に関する論文が多いが、「食と農について」コラムでは、食糧・農業問題全般に関する深い洞察が書かれている。

・菜食のススメ -「肉を食べると元気になるという常識のウソ」リンク
 世間ではあまり知られていない、現代食の問題についての分析がためになる。情報量も豊富。

・農と島のありんくりん -「有機JASは 小泉構造改革が導き入れたグローバリズムの流れにあった」リンク
 土や植物など、農産物栽培に直接関わる話や、農政問題に切り込む話など幅広い。反グローバリズムを主張しており、自由貿易に関連する記事は読み応えあり。

・遺伝子組み換え情報室 -「遺伝子組み替え食品・何が問題か」リンク
 遺伝子組み換え・BSEに関する論文・データ集など、膨大な資料が揃っている。

・農薬のお話 -「食品の安全と安心;安心とは快感である。」リンク
 元化学会社研究員によるサイト。農薬や化学物質についての正しい情報提供と共に、マスコミ報道や消費者心理とのズレを指摘している。

・ナチュラルアート - リンク
 戦略的農業経営を志向しつつ、日本の農業をなんとかしたいことが原動力。直営農場での生産も行いながら、破綻しそうな農場経営への参画(出資や経営参加)によって再生しているビジネスモデルが斬新。

・月刊「農業経営者」 -「食糧自給率向上の罠」リンク
 日本の農業を強くしていくことにテーマを絞って発信している。バックナンバー一覧では過去記事の一部が読め、独自の視点で収集した情報が貴重。

・サユールイトシロ・エキスプレス -「無肥料切り替え後の土の変化」リンク
 無肥料栽培を実践している人のブログで、日々の様子や思ったことを発信している。リアルな栽培日記といった感じだが、社会の事実を追求するような記事も時々入る。

・安田節子ドットコム -「米国有機食品事情」リンク
 遺伝子組み換え食品に関する分野では著名人。同分野の解説・最新ニュースや、食問題の本質を突く日記が面白い。


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1970年頃の政治的判断が日本農業の衰退を決定した?

日本農業は、食の洋風化や農業者の減少が進行するにつれて衰退していると言われています。それは事実なのでしょうが、こう聞くと、自然現象的に徐々に起こっているような印象を受けてしまいます。

しかし、柴田明夫氏の著作「コメ国富論」に載っている「水稲の作付面積・収穫量の推移」グラフで、明らかに不自然な動きが見られました。

1969年に水稲の作付面積はピークを迎えます(約317万ha)。しかし、1970年に「減反政策」が開始され、翌1971年には作付面積が約270万haにまで減少しました。そして2009年現在は、約163万haに至っています。

40年という歳月を考えると、単純計算して4万ha/年のペースで減少してきたことになります。とすれば、いくら減反が始まったとはいえ、1969~71の2年間で50万haも水稲作付面積が減ったのは異常と言わざるを得ません。

その広大な水田面積の行き先として思いつくのは、
1.他作物への転作
2.休耕田化
3.宅地等への転用
などでしょう。一般的見解だと野菜等への転作がメインなのですが、実態を見ると、畑はそれほど増えておらず、1970年以降は農地面積全体が減少傾向になっています(参考:リンク)。かといって、いきなり皆が農業を辞めて休耕田が増えたとも思えません。となると、有力なのは3番となりそうです。

ここからは仮説です。
1972年に田中角栄が「日本列島改造論」を出版し、同年に田中内閣が発足しました。そこから農地転用を伴う「公共事業」が活発化したことを考えると、減反直後の水稲作付面積の激減は、政界や土木系の業界からの圧力がかかった結果であり、以降の開発ラッシュの布石だと言えないでしょうか。もしこの仮説が成り立つなら、現在の農業の衰退は、明らかに政治的関与で始まったと言うこともできます。

また、この動きはるいネットでよく言われている「1970年頃からの国債増加」とも動きが符合しています。これらの点から考えると、どうも1970年前後が、今日に至る日本の姿のベースを形作ったような気がしてなりません。

この仮説は、農業政策を超えて、様々な社会の動きを視野に入れながら検証していこうと思います。



小西良明

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農地の集約が進まない理由


>農業を営まないのに農地を所有している世帯が多いのが現状。その主な理由は、「建物や道路などに土地を転用すると大きな利益を得られるから」だと言われている。おかげで本当に農業をやりたい者に農地が集積しない。215077

戦後一貫して続いてきた「農村→都市」への移動がこの間の経済不安を背景に逆転し始め、「都市→農村」への移行が潜在的には見え始めている。
その一方で農業算入への障壁はまだまだ大きいのが実情。
上記のような土地所有の問題もその一因となっている。

この潜在的な農地値上がり期待が生まれた背景について興味深い記事があったので引用紹介する。

*企業の農地借用、来年度にも自由化…戦後農政を転換へ より引用
リンク

>日本の住宅問題についてもこんな思い出がある。昭和40年代のことだが、当時、経済企画庁のエコノミストは「日本の高地価は必然である」という論文を書いていた。国土面積あたりのGNPがアメリカの○倍だから地価も○倍であるという簡単な論拠だったが、実際は「農地が過保護で宅地転換できない」のが原因だった。
そのとき建設省の某課長は、農林省の某課長と膝詰め談判した。土地問題というが、要は、東京の農地を市街地や住宅地に変更すればよいだけのことである。そうすれば、東京の住宅問題はたちまち解決する。農林省の課長も最後には分かったという返事をし、東京都内の農地は一坪もないことにしよう。それが東京のためである。日本国のためである。農業は別のところでやることにしよう、という結論がでた。
敢えてそれだけのコストかけてもやる農業となれば、高級料亭向けの高級野菜とか、ホテル向け高級鑑賞花などの栽培に特化するだろしな。それは経営者の才覚だわな。バカでもできる栗林に家庭菜園へのタダ貸しなんてモロ合わなくなってダメってこと。
これも敢えて土いじりしたい人らは、歳相応に郊外に移り住んでいただいて自前の菜園もつか近在の農家から借りるか、でね。
こうして、新都市計画法案が誕生した。市街化区域と市街化調整区域を指定して、大都市部の農地には宅地並み課税するというのがこの法律の中身である。農地は固定資産税が100分の1で、しかも相続税がかからなかったが、それをやめることにする。そうすれば農家は土地を売るか、貸し家を建てるだろうという考えを農林省も承知して、お互いに省益を超えた合意が成立した。

>ところが、税通で知られる自民党の山中貞則衆議院議員が、新土地計画法案の中身を知って口を出した。農地課税を100倍も上げるとは何事だ、というのである。農地への課税を上げるのではなく、東京の農地を宅地に指定変更するだけの話だが、共産党も猛反対になって、結局、農地の宅地並み課税は見送られた。
市街化区域の制度は実現した、指定はした。しかし、農地が市街化区域に指定されても税金は別に上がらない。農民にとって、こんなうまい話はない。市街化区域の中に入れば、道路その他の整備は進むが、税金はかからない。農民は大喜びした。自民党様々になった。
こうして日本中の市街化区域の指定は途方もなく広くなった。みんな指定してほしいのだから当然である。しかし、保有コストが安くて、しかも値上がりが期待できる農地を宅地に売却する農家はないから、サラリーマンの遠距離通勤と住宅ローン地獄はその後30年も続くことになった。

※3大都市の市街化区域内での農地は生産緑地の扱いを受けなければ「宅地並み課税」が原則のため農地維持は非常に困難になりますが、(実際東京都の農地面積は3.7%程度)それ以外の大多数の地域では、市街化区域であっても農地は農地課税が適応されます。
市街化区域に指定されれば、道路や下水道など基幹インフラが優先的に整備されるため、土地の価値上昇につながり、転売期待が膨らみやすくなります。
これが農地の流動性を悪くしている要因になっていると思います。

高度成長の時代、土地も建設需要も右肩あがりで成長していくことが前提となっていた頃の土地活用の発想の見直しが必要な時代にあると思います。


2U

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企業による自給自足の挑戦 ~船井総研の農業研修~

経営コンサルティング会社・船井総合研究所の環境ビジネスコンサルティンググループでは、企業の自給自足に向けて、今年から社員の農業研修を行っているそうです。

 最近では公共事業の削減を受けての建設業者の農業参入や、新たな流通システム構築による農業再生といった流れは珍しくなくなりましたが、企業の自給自足という視点で農業に取り組むケースはまだ少ないのではないでしょうか。

 同グループの部長である菊池功氏がブログの中で、同社の農業研修の目的・主旨・狙いを語っているので、紹介させて頂きます。「企業としての自給自足~エコライフを実践する~」(リンク)からの引用です。

********************************

究極的には、
「最低限の食料の自給自足を達成する」
ことが出来れば素晴らしいと思っている。

企業農園を作って、社員持ち回り制で農作物を栽培管理して、
それを社員、及び、家族に分配して、
必要最低限の食料を自給自足的に確保したいと思っている。

また、都会生活をしながらでも、農作業に携わることで、
自然の恵みやありがたさ、逆に、難しさを体で覚えることも目的の1つである。

さらに、社員が一丸となり農作業に従事することで、
「農」や「食」を通じて、一体感・連帯感も感じることが出来る。

一方、視点を変えて、経営者発想で言うと、

経済状況がもっと悪くなって、
仮に、給料を下げざるを得ない状況になっても、
必要最低限の食料を支給することで、社員の暮らしを安定させる、
いわゆる、“現物支給の体制を作る”ことでもある。

地方の企業で、社員が兼業農家ならば、
食べていくことだけ考えれば、何とかやっていけるかもしれない。

しかし、土地も物価も高い都心部で、
賃貸マンションに住んでいるような若手社員の場合、
あるいは、小さな子供を持つニューファミリー的な社員の場合、
必要最低限の食料が確保されているというのは、
一にも二にも生活の安定につながる。
輸入に依存した食生活から脱皮しなければ、
本当の安定生活は作れない。

そして、農薬・化学肥料に染まった農作物に依存し過ぎては、
本当の健康的な生活は得られない。

  “自給自足”
  “地産地消”
  “身土不二”
  “LOHAS”
  “持続可能”
そういうライフスタイルを目指したい。

そして、そういうライフスタイルを目指しながら、
環境ビジネスを追求していきたい!

日常のライフスタイルがエコと全く縁遠い人が
本当の環境ビジネスを追求できるとは思えない!

今、出来ていたとしても、
それこそ持続可能なビジネスモデルではないと思う。

今回、約3か月間、農業研修を行って分かったことだが、
20~30名程度で、上手に社員持ち回り制で栽培出来れば、
1人が月1~2回、農地に行くことにより、
最低限の農地管理は出来るようだ。
(毎週末、担当の誰かが農地管理をする)

普段はビジネスとしてのコンサルティング活動、
月に1~2回は、持ち回り制で農場に赴き、エコライフを目指した農作業、
そして、
収穫時には、全メンバーが一同に会しての収穫祭、
とりあえずは、このようなスタイルを確立したい。

今年は、あくまでも、研修、
来年は、米作りにもチャレンジして、野菜類は少しずつ自給自足、
3年後には、野菜に関しては本格的な自給自足、
そして、5年後には、胸を張って“自給自足”と言えるようにしていきたい。

以上のような活動を通じて、
船井総研自らがモデル(実験台)となり、
未来型企業のあり方を新しく作っていきたい。

そして、他の多くの企業にこの取り組みを提案していきたい。

これが、この農業研修を行う目的である。
*********************************

参照:
リンク「農業研修」
リンク「農業研修 その壮大なるプラン」
リンク「船井総研 農業研修」


竹村誠一

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