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農村を活性化させる為には?

農村民泊で学んだこと~謙虚に全てを受け入れるということ~

先日、塾のイベントの1つ職業体験合宿で子供たちと一緒に農村民泊をしました。そこで私は自分の価値観が一変する体験をしました。

わたしは生徒7人と‘じろべえ’さんという9人大家族(4世代が一緒に住んでいます)の農家さんちに宿泊をしました。

じろべえさん家族はわたしたちを本当の家族のように包みこんでくれて、
受け入れてくれました。そして常に笑顔で肯定的なまなざしで、子供たちに接してくれました。

最近の子供たちはわたしたち大人たちも含めて「ありがとう」とか「ごめんなさい」とか素直に言えなかったりします。でもじろべえさん一家と過ごすうちに、生徒たちが自然と「ありがとう」って言ったり、笑顔が増えたり、今まで体感したことのないすごく幸せな空間でした。


なりより、子供たち以上に私自身が、じろべえさんちに泊まって、変わった気がしました。わたしが「生徒たちにマナーを守らせなきゃ。時間を守らせなきゃ。迷惑かからないようにしなきゃ。」と、必死になっている姿を見てじろべえさんちの奥さんが「先生、そんながんばらんでええから。子供たちちゃーんとやっとるからー」と声をかけてくださいました。
そのとき、かっちかっちの頭で、生徒たちを必死で“取り仕切ろう”と思っていたわたしは、なんだかすごく恥ずかしくなって
でも、その奥さんの一言で、肩の荷がすっと軽くなったような、
気持が溶けて行ったような今まで感じたことのない気持ちになったんです。

「何をそんなに拘っていたんだろう?小さいことにイライラして、気を張って・・・。自分がこんなんだから子供たちもストレスたまっちゃうんだろうな。」

そう思いました。


じろべえさん一家は常に周りに感謝し、そして謙虚です。
それは、「自分の思い通りにならないこと」を知っているからだと思います。
農業は、天候に左右されるし、思い通りにならないことの方が多いです。
お金を払って消費することが当たり前になっている私たちよりもずっと
“思い通りにならないこと”を深いところで知っています。
(“あきらめ”ではなく“全てを受け入れている”といった感じです)
それが子供たちとの接し方にも現れているような気がしました。


大阪に帰ってきて、「なんか雰囲気が変わったね、何か悟っているというか、小さいことに動じなくなったと言うか・・・。安定感がでたね。」と周りの人に言われました。話しかけてくる生徒も増えた気がするのです。
私を変えてくれた、じろべえさん一家に感謝すると同時に
農村民泊に大きな可能性を感じました。


最後に・・・
ご飯を食べる時、じろべえさんちのお父さんが言っていた「私たちは野菜や生物の子孫(種や実)を食べて生きてるんだよ。ありがたいね。」という言葉が、とても印象的でした。


山崎望

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私にもできそう!? 植物工場で無農薬米を作りたい!!

2009年に農林水産省、経済産業省が産業振興推進を発表して、再び注目を浴び始めた植物工場。研究、実験自体は1970年代頃から着々と進められているらしいが、消費者の中に根付く「露地物じゃないと不安」という商品性・市場性の問題と、自動制御、照明、無菌、防虫のための設備、費用、葉菜類など過食部分が多く廃棄ロスの少ない品種でないとコストが見合わない、照明強度と温度上昇のバランスから強い日照を必要とする品種は難しい等の点から作れる品種が制約される、など技術的な面からまだまだ、市場の安定化を疑問視する声も多い。

 少し調べてみると、特に、技術面に関しては、
■照明技術に関しては、成長を促す特定波長をコントロールでき、同時に発熱を抑えることのできる、LED、HEFL照明の技術向上、太陽光併用型等合理的なシステムの開発
■動力コストに関しては、太陽電池パネルの著しい効率向上、コスト低下
等で、施設設置コスト、ランニングコスト共に事業コスト低減が可能になってきており、

 作ることのできる品種も、効率性の高低はあるものの、技術的にはほぼすべての植物が生育可能で、実は、米も作ることができ、実験では、安全性、収穫性、食味ともに、既存農法にひけをとらない成果が出ているとの事例もあるようだ。

 こうしてみると、技術面が精錬、実績が蓄積され、規格化が進むことにより、近い将来、市場競争力のある価格・品質の野菜を、採算性のある事業として生産できる可能性は大いにありそうだ。
 いったん、技術・運営ノウハウが収斂・規格化されれば、様々な個別条件に左右される自然農法に比べ、飛躍的な収穫安定性、事業採算性が見込まれるのではないだろうか。 
 また、「クリーンで安全な工場環境で、シンプルな作業工程」であれば、女性や高齢者、就業経験の少ない若年者等が気軽に就業できる環境を提供でき雇用対策にも一役買ってでそうだ。
 従来の農業であれば、都市に住む若者が「環境・エコ・癒し・自然・体を使った仕事」などにあこがれて農業に興味を持っても、田舎に引っ越したり郊外へ遠路通勤するなどして、全く異なった環境に飛び込んでいくのは勇気のいることだが、「近所のファーストフード店にアルバイト、パートに働きに行く」感覚で「やりがいもあって、安全に、環境・農業ビジネスに携われる」なら、「農業体験のはじめの一歩」としては大変有意義な場となるのではないだろうか。 そこで「規格化された、農作業」を体験し、さらに興味・意欲が湧いた者はその応用として露地栽培、有機栽培などより職人性の高い分野にチャレンジする、等のステップ就業というのもありだろう。

 あとは、安全性、商品性に関する消費者イメージに対するPR方法だ。
安全性に関しては、まだまだ未明の部分が多く、正直、「絶対安全なのか?」ということは、まだ誰にも証明できていない。というところだろう。
 しかし、同時に、大量の合成肥料、農薬、防虫剤などを完全には回避しづらい土壌を利用した、従来農法にしても、もとより、自然の状態に人間が化学的に加工して環境条件をコントロールすることによって成立しているもので、「農業=環境のコントロール」という条件は変わらないはずだ。 もしかしたら「露地もの=安全の完全形」というのもここ数百年の人類の歴史上の耕作文化の一つにすぎない手法が絶対視、固定化されすぎているのかもしれない。
 少なくとも、明らかに目に見えている危険として「農薬、産地偽装」などの現実問題として起こってる状況下、
・無農薬で、収穫率を確保できる
・露地ものに起きる、連鎖障害、残留窒素成分などによる、安全性、食味低下などの問題性は、低い
・食品偽装など、表示・流通部分で問題の介在しやすい既存農作物に比べて、地産地消のものが、少なくともそれらより農薬リスクの低いものが手に入る
ことに関しての可能性は追求に値するのではないだろうか。

 残る大きな課題としては、「完全条件の中で育った野菜」VS「微生物、悪環境条件などに対する抵抗力を培った野菜」で、安全性、食味など品質の面が、客観的にどのくらいの差が存在するのか、というところである。 これは、先ほどのべた様に、まだ証明はされていない。
 これについても、単なる思い込みからくる消費者のイメージやブランド追及などを打破して、マイナス面(=リスク)もプラス面(=安全性)も客観的に情報公開、提供、理解された上で、消費者が正しい認識の下に、商品を選択することができるようになることが望ましい。
 もし、「植物工場野菜の安全性」という分野前提課題である「安全性がわからないから不安」という部分が情報提供によって緩和されれば、「価格」「食味」などに関しては、消費者自ら市場で判断を下すことができ、開かれた市場競争が進むことになる。

 ちなみに、私は、植物工場で作るとしたら、やっぱり「無農薬米」にチャレンジしてみたいですね☆☆☆
 設備は、いまのところ
  方式:水耕式
  照明:太陽光+LED(又はHEFL)併用型、
  電力:太陽電池パネル、風力併用(通風併用)
 かな☆☆☆

 夢の技術だった「植物工場」がついに「私にもできそう!?」と思える産業になってきました。

 ゆくゆくは、アフリカや開発途上国など水や動力供給が難しい地域で、「大気から水分をとりこみ、動力源は、太陽光発電など、完全自立型の植物工場」を導入して、食糧問題対策として輸出。というのを目論んでマス。


どんきち

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こんな施設があったらいいな♪

昨日からときどき【農業】(といっても、私の場合は家庭菜園とかですが)について考えています。
そして「こんな施設があったらいいな。こんなところで働いてみたいな」と想うようになりました。
私がイメージする施設のことを人に話したら、「こういうところがあるよ」と【魅力ある都市農業をめざして ~白石農園の取組み③ 畑がディケアの場になった-メンタルケアの場としての農園作業-~】234516を紹介してくれました。
投稿を読んでみて、「やっぱり農業って、人の心を動かすことができるんだ。みんなの活力再生に繋がるんだ」と想いました。

そこで・・・
私が「こんな施設があったらいいな。こんなところで働いてみたい♪」と想う施設を、勝手なイメージではありますが発信します☆


それは。敷地内(もしくは敷地外でも、すぐそば)に農園を有していて、入所者も利用者も近隣住民も作業することができ、その農作物を食べることができる幼老施設。(農園の大きさは問わず。小さくてもいいかな~。数種類の野菜をちょこっと作るだけでも)
入所・利用している子供にとってもお年寄りにとってもご家族にとっても職員にとっても近隣住民にとっても・・・イイコトづくしのような気がします♪

たとえば。
子供もお年寄りも、互いに関わり合うことで活力再生が図れる!(参考:197765、198985、リンク)
 →そんな子供やお年寄りを間近で感じたり一緒に関わり合うご家族に
  も、充足・活力はもちろん伝播していきます
農業についてのお年寄りの知識や知恵が役に立ち、お年寄り自身が自己の役割や生きがいを見出すことができる!
みんなの努力や農作物が育つ過程を感じることで、自然や食べ物・他者への感謝や物を大切にする心が育まれ、豊かな子供に成長していく!
自分たちで作った・一緒に生活する人たちが作ってくれた食べ物。より一層美味しく、食を楽しめる!
お年寄りのリハビリに繋がり、みんなで元気な体作り!
子供や親世代の社会性の構築!
何ヶ月に一度、施設を開放して地域住民の方たちと一緒に農作物を使ったパーティーをしても楽しそう♪
などなど・・・
いろんなワクワクするイメージが膨らんでいます。
私は職員として働くわけですが、みんなと一緒に(もしかしたら誰よりも?)楽しんで農作業をしたいって想います☆
また家庭菜園や市民農園についてネットで調べてみると、「周りの人と歩調を合わせることも大切。『自分のところだけ環境を整えて、周りに被害を広げていないか?』と周りをちゃんと見て、みんなのことも考えましょう」というようなことが書いてありました。つまり、こうして相手やみんなのことを想いやり、協調・協働していくこともできると想います。


こんなの夢物語・・・とか、そう上手くはいかないよ・・・とか、そんな施設はそうないよ・・・かもしれません。
それにこれを実現するためには多くの人の理解や協力や、土地やお金などが必要で、実現はまだまだ難しいかも。
でも幼老施設での活力再生の成功事例があるし、社会の農への関心が高まりや農による活力再生事例もあるし。なにより社会が求めてる。
これらが合わさったら、きっとすごい成果に繋がるんじゃないかと感じています♪


ふぇりちゃん

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『市民皆農の時代へ』という考え方

現在の農業の問題の一つとして消費者と生産者が分断されてしまっていることが上げられる。
一方で顔の見える農業に代表されるように、農に対する期待感の高まりを感じている。

そこで消費者と生産者の距離を縮める方法として『市民皆農の時代へ』という考え方の事例がまとめられたものがあったので紹介します。

NPO理事長日記さんより引用します。リンク

***以下引用***
「市民皆農の時代へ」

●「食べる・消費する」生活から 「作る・参加する」暮らしへ
  →「半農半X」スタイルのすすめ

◎市民皆農(しみん・かいのう)とは、
自然農法家・福岡正信は、「国民皆農論」(「緑の哲学」別冊、1975)で「一反百姓になろう」と提唱。「自らの食は、自らが作る。それは万人の基本的生活態度でなければならぬ。それは、どんな事態がおきても、最も安全にして豊かな生命の糧を保証するばかりでなく、日々人間が何によって生き、何をめざして生きていくかを確かめてゆく生活となるからである。一家族の生命をささえる糧を得るには、一反(10アール)でよい。その面積の中で小さな家を建て、穀物と野菜を作り、一頭の山羊、数羽の鶏や蜜蜂を飼うこともできる。」

ブラジルから戻った坂根修が、埼玉・寄居に「皆農塾」を開設し、「みんな百姓になればいい」として、「皆農」を提唱。「私のところの生活費は6万円。その他に公共料金、ガソリン代、税金だ。合計で13万円もあれば食っていける。(中略)これくらいの収入では、そうとう貧乏していると思われるかも知れないが、わが家には冷蔵庫も洗濯機もテレビもある。ビデオはないが、最近ガス湯沸し機も入った。ただ欠けるのは、貯金通帳の残高だけだ。」

◎半農半X(はんのう・はんえっくす)とは、
京都・綾部に住む塩見直紀が、『半農半Xという生き方』(2003)で、「すべての難題を一挙に解決できる方法」として提唱。「環境、食、心、教育、医療・福祉、社会的不安を抱えたこの時代を生きていくために、どうすればいいのかと人から問われれば、私は『半農半Xという生き方がいい』と答えるでしょう。(それは)自分たちが食べる分だけの作物を育てる『小さな農』を行いながら、好きなこと、個性、天賦の才を活かした仕事をして一定の生活費を得る。お金や時間に追われることなく、人間も地球もストレスから解放されるライフスタイルである。」

◎なぜ、市民皆農、半農半Xか
◇新しいキーワードは市民皆農。

「(市民皆農とは)市民誰もが何らかの形で農に携わり、農家の支え、農を守ることを意味する。①新鮮でおいしく、安全な食べ物が食べられる。②自ら作物を作り育てる充実感や喜びを得られる。③農作業に携わることで健康になり、ストレスを解消できる。④日本の農業を支え、食料自給率をあげることにつながる。⑤残り少ない日本の自然や景観、文化を守っていく一助になる。⑥『農縁』の構築が、地域の再生や活性化のきっかけとなる。など、多くの意味があるが、市民皆農は市民自らがいきいきと生き、豊かな暮らしを取り戻すことが主眼となる。年間3万人が自殺し、生活習慣病やうつ病が蔓延する『病める大国ニッポン』の有効な処方箋になるに違いない」

◇野菜は、人の心に応えてくれる!

「家庭菜園・市民農園で野菜をつくるおもしろさに目覚めた方々は、これまでの半生を振りかえることもあります。これまで、せわしさ、慌ただしさばかりだった人生、ものを消費してばかりだった人生。いったん立ち止まって、ゆっくりと、しかし生産的な人生を歩みはじめる。野菜は、必ずやそんな人の心に応えてくれることでしょう」

◇日本の自給率は実質20%程度。食料確保のリスクが世界一高い国。

①自給率40%と言われるが、8年間維持できていると考えることがおかしい。②この10年で農地・農家が、10%以上も減り続けているのに、自給率がその数字で維持できるはずがない。③野菜のタネの9割が海外から輸入されて栽培された野菜が、はたして国産といえるのか。④牛や豚、鶏の飼料の自給率はほぼ〇%なのに、それで国産といえるわけがない。⑤自給率をあげるには、まずは地産地消。その次にダイズと小麦の生産だ。

◎市民皆農、半農半Xを実現するために
1.まずは地場産の野菜を食べる
自給率を都道府県レベル、さらに市町村レベルまで落として考えたい。東京都では1%だが(農水省統計)、東久留米の自給率はどのぐらいだろうか。市内の直売所や地場産組合主催の直売などを利用しながら、時に、農家の方とお話もしてみよう。いま注目の柳久保小麦だって、種まきから収穫まで、半年以上かかる現実を聞けば、何か感じることがあるはずだ。

2.ちょっとした野菜を家庭で作る
ベランダや庭で、あるいは台所で、パセリやミツバ、カイワレなどは簡単だが、土があれば、ミニトマトも意外と簡単に作れる。

3.市民農園・体験農園を利用する
市内には、8箇所の市民農園、1箇所の体験農園が開設されている。募集時期があるので、広報でチェックして、にわかファーマーになってみよう。

***以上引用終わり***


mosimobox

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農作業だけやっていても農業ができるようにはならない

先日、農業研修に行っている知人2名が家に来たときに料理を振舞ってくれた。他人の家の台所であるにも関わらず、息ピッタリで手際よく調理していく姿にエラく感心した。

その話を研修先の方にしたところ、その2名は農作業の手際もグングン良くなっているという。やはり農業をやっていると色々な能力が上がるんですね、と聞いてみたところ、意外な返事が返ってきた。

「ちゃうで、普段から色んなことをやってるから農作業も上手くなるんや。農作業だけ教えてもできるようにはならん」

具体的に言うと、やり方を教えれば「一人で」作業をこなすことはできるようになる。しかし、基本的に農作業は色々な人との協働ばかりなので、それだけでは全然足りないという話だ。

そうではなく、日頃からみんなと一緒に料理を作ったり掃除をするなど、「周辺部分で協働を肉体化する」ことが重要なのである。要するに、共同生活を通じて、相手の様子を常に注視し、それに合わせていくことが当たり前になることで、農作業も上手くなっていく。

農業のスキルを身に付ける、或いは農業を通じて色々な能力(段取り、チームワーク等)を上げるということを主目的に、農業研修に行く人や、似た仕組みを社員用に取り入れる企業が増えてきている。しかし、実は『共同生活を通じた"協働"の肉体化』こそが焦点を当てるべきポイントではないだろうか?

つまり、一定期間他者と生活を共にすることが、農業をする上で重要なのだと感じた。特定のスキルにだけ注目すると本質を見誤るかもしれない。


小西良明

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魅力ある都市農業をめざして ~白石農園の取組み③ 畑がディケアの場になった-メンタルケアの場としての農園作業-~

■畑がディケアの場になった-メンタルケアの場としての農園作業-
リンク

●畑がディケアの場になった
風のがっこうの参加者の一人に、練馬区の保健相談所に勤める保健師さんがいます。私が障害者の受け入れも考えていると話したのを聞きつけたらしく、「精神障害のある人(精神分裂病)を、ちょっと畑に連れて行ってみたいのですが」と、98年5月に打診がありました。

(中略)

その保健師さんは、精神障害のディケアを週に1回行っているとの事で、彼らは精神病院に入院するほどの状態ではないけれど、社会になかなか適応ができない。
それは、受け皿がないからです。
社会復帰の準備・リハビリをする目的で働ける協力事業所を斡旋していくのも、保健師さんの大切な仕事だそうです。

畑がディケアの場になるわけで、私にとっては望むところです。
「とりあえず連れて来てください」とだけ答えて、翌々日には彼らが畑にやって来ました。
そのときは6人(男性5人、女性1人)が顔を見せ、やがて4人の男性が定期的に訪れることになりました。

●てきめんの効果に、みんなが驚く
2年間通った20代の1人の状態には、非常に大きな変化がありました。
ディケアの場ではすぐ妄想のような感じが出てしまい、10分も座っていられなかったのが、畑に通いだして1週間くらいで1時間座って作業できたのです。
半年後には、半日でも続けられるようになりました。
それまで、仕事らしい仕事はしてこなかったそうです。別の保健師さんが様子を見に来られて驚いていました。
「保険相談所に来ているときと全然違います。どうして、こんなに頑張れるのでしょうか?」

どんな作業かというと、ほうれん草を畑から運んできて、黙々と束ねるのです。
「1束つくると基本給に20円プラスしてあげるよ」と話したところ、自立したいという気持と、お小遣いが欲しいという思いを良い意味で刺激して、集中力へとつながったようです。
彼は1ヶ月に1回、精神科医の訓練を受けに行き、農園の話を15分ぐらいひたすらするといいます。
それまでは座っていられないから、診療室にいてもらうのさえ大変だったのに、農園の話に没頭するまでになったわけです。
そして、「先生、きょうの話はこれで終わりです。次にまた報告します。」と元気に言って帰るようです。
畑での作業が彼にとってはとても良い方向に作用し、就労活動を開始するまでになりました。

●自立を促す一歩進んだケアの形を模索
私は最近、彼らに病気から立ち直っていく努力をもっとしてほしいと考えています。
彼らが農作業にだいぶ慣れ、付き合いが深まるにつれて、もっとできるはずだと思い始めてきたからです。
ところが、実際にはなかなか先に進めないのです。何が壁になっているかというと、「精神障害者である」ということへの彼ら自身の甘えがどこかにある点だろうと。
農作業を足がかりにして、社会復帰していこうという意欲を引き出す方法を模索したいと感じています。

わが農園は現在、通院のかたわら働く福祉作業所としての役割は果たしています。
とはいえ、社会復帰へと意欲的に働き出す刺激にまでなっているかというと、十分とはいえません。
たしかに初歩段階では「毎日、通えるところができた」だけでいいでしょう。しかし、通うことと農作業にある程度慣れたときには、次のステップへ進むための仕掛けが必要になってきます。

社会復帰のための受け皿としての役割を担っているのであるから、もっと社会へつなげる工夫を考えなければならないと思っています。
彼らにとって農業という環境は、とりあえずなじみやすい。だから、頑張って続けています。しかし、そこで甘んじるのではなく、もう一歩進めないと、本当の社会復帰にはつながりません。
安易に「頑張れ」と言うのは良くないだろうけど、現状から抜け出そうとする強い意志をもたないと、農園は居心地の良いぬるま湯に終わってしまいます。それを私は懸念しています。

私の農園にいつまでもいるのはラクかもしれません。でも、正直なところ、それではダメだと思っています。
「このくらいしかできないだろう」という自分への先入観を突き破り、外に出て行こうとする意志を育まないと、お手伝いの域を出られません。
専門家によれば、実際にそういう状況が多いのだそうです。
(中略)
彼らのケアの場として農場をどう位置付けたら良いか。どういうステップを踏んでいけばいいのか。それが今後の大きな課題です。

私がこの分野の専門家になることはできません。けれど、障害者とかかわる現場を数多く経験している人から情報や知恵をもらって、役立てていかなければならないと思っています。
精神科の医師やソーシャルワーカーと情報交換し、勉強していこうと思っています。



historyroad

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『GRAND THEORY Vol.9』なんでやネットワーク著

<タイトル>
農から始まる日本の再生

発行 2010年7月4日
サイズ A4 74頁
定価 2000円

<内容紹介>
~農への関心が高まっているのは、なぜか?~

近年、農への関心が高まっている。2008年頃からビジネスマン向けの経済誌や、ライフスタイルを提案する雑誌などで次々と特集が組まれ、農に取り組む著名人が紙面を賑わせてきた。家庭菜園や市民農園で野菜などの栽培に取り組む人が増え、就農を希望する若者も増えている。新たなビジネスチャンスとして、あるいは自然と触れ合う生き方として注目を浴びる農だが、人々の関心が高まっている背景には、どのような意識の変化があるのだろうか?

ここ数年の農や食に関する事象に目を向けると、2006年度に食料自給率が39%に低下し、報道で大きく取り上げられて以降、2007年に牛肉偽装事件、2008年には中国製冷凍ギョウザ薬物中毒事件、汚染米の不正転売・横流し事件等が発生している。
また、同年小売店から乳製品が消える、小麦価格が高騰するなど、国際情勢が食に及ぼす影響も意識され始めた。こうした状況を受け、農や食への危機感は強まる一方である。

他方、趣味の一環として農業体験に参加する人、家庭菜園や市民農園で実際に栽培に取り組む人、就農を希望する人は年々増え続けており、人々は農に魅力や面白みを感じ、農作業を通じた充実感なども求め始めている。また、企業の農業参入が増えるなど、改めて可能性のある産業として注目される他、教育に農業を取り入れる動きも目に付くようになり、教育の場としても関心が高まっている。こうした動きから、農への期待感が高まっている事が伺える。

つまり、農に対する関心の高まりの背後には、人々の農に対する「危機感の強まり」と「期待感の高まり」という2つの意識が存在していることが分かる。
今回のGRAND THEORY vol.9『農から始まる日本の再生』では、農への危機感の背後にある社会構造を解き明かし、その突破口を探るとともに、農への期待感を高めている意識潮流の変化を解き明かし、農の持つ新たな可能性の実現基盤を発掘する。


※詳しい内容はこちらをご覧ください(リンク)

◆販売情報・購入先
 なんで屋露店 出店予定表 関西(リンク)・関東(リンク)
 るいネット販売 GRAND THEORYトップページ(リンク)


るいネット事務局

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地域に活力を呼ぶ農業の6次産業化②~女性と高齢技能者が支える~

地域に活力を呼ぶ農業の6次産業化①の続きです。

*****以下引用*****

■女性と高齢技能者が支える

 6次産業を活性化させる鍵は、女性と高齢技能者である。今は高齢化が進んでいるが、私は「高齢者」という言葉を決して使わず「高齢技能者」と呼んでいる。農村のすべての高齢技能者には、その年齢に至るまで
の知恵と技能が凝縮しているからだ。

 そして、今はその高齢技能者を女性がうまくリードしている事例が多い。高齢技能者はものづくりは得意でも、集客や販売は苦手な人が多く、それを女性がカバーしている。高齢技能者と女性がうまく結びつき、近年は女性による起業や農産物直売所が激増している。

 女性の皆さんはなぜ企業を起こしたり、産直を始めるのだろうか。最近は機械化で効率的に農作業ができるようになり、省力化によって生まれた時間を生かして、女性が6次産業を始めたケースが多い。女性が自ら新しく働く場所を作り上げ、所得を少しでも増やそうと努力している。農村の6次産業化は何といっても女性が牽引役である。


■農業ほど人材を必要とする産業はない

 今の逆風の中で、これからどのようにして凧を揚げ続けていくのか、糸の引き方をどうするのか。つまりどのように農産物を売り、生産者の確保や、流通、直売所運営をどうするかなど、さまざまな課題がある。私はそのために一番必要なことは人材をいかに増やすかということだと考えている。

 日本の農村の際立った特長は、世界に例がないほど長男集団・長男社会だということである。長男は義務感・責任感が強い反面、改革や革新、つまりイノベーションに積極的に取り組もうとしない。一言で言うと「出る釘は打たれる」という発想が一般的に強い。むしろ「出すぎた釘は打たれない」というぐらいの気概を持ち、リスクを背負って、たとえ人からいろいろ言われようが改革、革新にチャレンジしてほしいと心か
ら、期待している。

 最近「出すぎた釘は打たれない」精神でやっているのは女性、特に“母ちゃん”たちだ。それは農村の“母ちゃん”の多くは他村から嫁に来た人、つまり「よそ者」だから企業を興したり、直売所を開いたり、新
しいことができるからだろう。

*****以上引用終わり*****

地域に活力を呼ぶ農業の6次産業化③に続く


mosimobox

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地域に活力を呼ぶ農業の6次産業化①~6次産業はかけ算で考えよ~

新しい農のかたちとして農業の6次産業化について調べてみました。

地域に活力を呼ぶ農業の6次産業化
~農村で今こそイノベーションの推進を~
東京大学名誉教授・J A総合研究所 研究所長 今村 奈良臣氏

より引用します。

*****以下引用*****

■6次産業はかけ算で考えよ

 今から15年くらい前、私は全国各地で農業・農村の活性化をめざして「農民塾」「村づくり塾」を立ち上げた。その活動のなかで、農業の6次産業化について考え、声を大きくして農村の皆さんに提言した。その後、小渕内閣時代に食料・農業・農村政策審議会会長を務めていた頃、食料・農業・農村政策についての基本スタンスを考え、その柱の一つに農業の「6次産業化」の推進を提唱した。

 経済学には経済・産業の発展によって、産業は第1次産業から第2次産業へ、さらに第3次産業へとシフトし、第3次産業が大きい国が先進国であるという考え方がある。しかし、それだけでは先進国の第1次産
業である農業は衰えることになる。

 そこで私は、1次産業+2次産業+3次産業=6次産業という考えを提唱した。農業を単に農畜産物の生産という1次産業にとどめないで、2次産業(加工や食品製造など)や3次産業(流通・販売など)にまで踏み込むことで、新たな付加価値を創造し、地域に新たな雇用の場を創造する活動を推進しようと呼びかけた。

 しかしその後、足し算では不十分だと考えるようになり、かけ算にあらためることにした。すなわち1次産業×2次産業×3次産業=6次産業である。足し算でも答えは同じ「6」となるが、かけ算にすることで、1次産業の農業がなくなれば、つまり農業がゼロになったら、いくら2次産業、3次産業を強化しても、答えはゼロになるということを強調したかったからである。


■歴史から学ぶ知恵

日本の農村には知恵が満ちていた。昔から農村では、餅、かき餅、あられ、味噌、漬け物、干物などが多彩に作られてきた。私は講演などで各地に出掛けると、できるだけその土地の町史、村史などを見ることにしている。それらをみると、どこにもさまざまな農林水産物や加工品があることがわかる。

 昨年、ある土地を訪ねた時に、地元の方が「うちのまちは雪深くて、冬に作るものが何もない」と嘆いていたが、その町の町史を開いてみると、土地の産物や加工品が山ほど書いてあった。

 先祖からずっとつながって、今の私たちが生きている。70年前あるいは50年前に、それぞれの地域でどのようなものを食べていたのか、また保存食としてきたのかを知るとさまざまなことを発見できる。

 6次産業の原点は、地域の先祖がどのように英知を傾けて生活をはぐくんで食を作ってきたかという歴史のなかにある。打ち出の小槌で、何か突然すごいもがポンと出てきたというわけではない。例えば山形市にも七日町、十日町という町名があるが、そこでは昔、山菜や干物、塩漬けなどいろいろなものを売って生活の糧にしていた。それらも6次産業のひとつである。

*****以上引用終わり*****

地域に活力を呼ぶ農業の6次産業化②に続く



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今求められているのは、社会的生産事業としての農業


229311 より以下引用

『日本の食糧自給率は、60年の79%から06年の39%(カロリーベース)へと40数年間で半減している。大きく捉えて、それには2つの原因が考えられる。

①食糧輸入の増大
②後継者不足
③活力ある農業経営者(大規模農業事業者)の躍進

①②③の現状分析から、これからの農業の可能性を考えると、3つのコンセプトが浮かび上がる。

①新自由主義からの脱却
②市場原理からの脱却
③意識生産(類的価値の創造)型の農業へ』  (引用終わり)

これを実現するには、徴農制を国家政策として取り込めばいいのではないか。
それによって、農業従事者不足を補い、日本国内の自給率アップと安全な食の供給が可能になる。

また、この新たな公務には、日本全体を市場原理から脱却させる為の大いなる期待がある。
生産基盤の最基底にある農業を介して、日本国全体の生産活力や、生産基盤を改変していく狙いあり。

従事者は、20代迄の若者とそれ以外の世代の希望者が従事可能なものとし、この社会事業の従事年数は2年間として、寮制度単位の成果目標・指標を到達すべく就労する社会活動となる。特に若者層にとっては、社会空間で実態的な成果目標を達成する事を学ぶ絶好の機会となる。
尚、職務延長の際には、寮単位のグループ長として、その集団内の成果を上昇させるなどの成果指標達成で継続も可能。

今求められているのは、このような社会的生産事業を制度化していく事で国内全体の活力を上昇させる政策を立ち上げていく事ではないだろうか?



たっぴ

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