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農村を活性化させる為には?

氷河期末のできごと② ヒトがシベリアに進出できた背景

①の続きです。(リンク)PDFより引用
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★ヒトがシベリアに進出できた背景
そういう中にヒトが入り込んできた。オオカミにとって快適な条件でもヒトにとってはどうであったか?春、夏など快適だったかもしれないが、冬は厳しい。雪はほとんどなくても強い風が吹き荒れて体温を奪う。風をさえぎる家もない。ヒトのシベリア進出を可能にしたのは、毛皮服を作る技術だった。

二つの技術が開発された。毛皮なめしと編み合わせ技術だ。毛皮はそのままではゴワゴワしてとても体に馴染まない。毛皮の裏に付着している角質層などを除去するとしなやかになる。毛皮の裏の肉を削り落し、口で噛んだり水に晒したりして蛋白質を除去した。また錐と骨針が開発された。

これを使って動物の腱を糸として毛皮を縫い合わせた。こうして毛皮服や靴ができるようになってヒトはシベリアに進出できた。イルクーツクの北西80キロメートルの地点にマリタ遺跡があり、2万3千年前の住居跡がある。マンモスの骨と牙、シカ角を組み合わせたもので毛皮をテントのように使ったものだろう。だがマリタ遺跡は例外的なもので、他に有力な住居跡は発見されていない。

★ヒトは何を食べて生きていたのだろうか?
動物は豊富にいてもこの広い大地でヒトの脚力と武器を考えればそう簡単に捕まえられる獲物はいなかっただろう。なるほどヨーロッパで発見された壁画には、大型動物を狩るヒトの姿が描かれている。バイソンに槍を打ち込む勇壮な狩人の絵もある。だが遺跡から出土する骨はトナカイがほとんどで、逆にトナカイの絵は乏しい。絵というのは現代でもそうだが、非日常的で、憧憬や願望を絵にしたがる傾向がある。

粗末な石器でマンモス、ケサイ、バイソンなど厚い毛皮に覆われた大型動物に挑むのは困難だし、ヒトの脚力ではこれらの動物に近づくことすら難しい。しかし、草食動物は夥(おびただ)しくいる。何万頭、何十万頭という数が一つの地域にいる。今日の世界では、アフリカのサヴァンナにいるヌーやシマウマの群れがそのイメージを提供してくれるが、それ以上に大群をなしていただろう。そのうちの何%かは毎年必ず死ぬ。老齢、病気、雄同士の争いや猛獣に襲われた際の怪我などが原因だ。

死んだ動物や弱った動物は見張りがいてすぐに見つける。見張りとは鳥たちだ。クロハゲワシ、ヒゲワシ、トビ、カラスなどだ。ヒトは丘の上からこれらの鳥が舞うのを見てその下に急いだ。もちろん、他の肉食動物も集まってくる。ヒグマ、クズリなど厄介な動物が来る。オオカミも自分のテリトリー内なら喜んで楽な獲物にありつく。

しかしヒトはこれらの猛獣と鉢合わせしても争う必要はなかった。新鮮な肉は大部分奪われたにしても骨が残る。大型動物の骨は大概の肉食動物でも持て余す。骨を砕いたり割ったりすることが出来ないからだ。ヒトは石斧などを使ってそれを割り、中の骨髄を食べる。

骨髄は英語でmarrowというが栄養分豊かで味が良く、西洋では古くからスープなどに利用してきた。最近日本でもラーメン屋さんがスープを取るのに使うようになった程だ。余談だが、砂漠の民ベドゥウインは男尊女卑の民族らしく、男たちは殺したラクダやヒツジの肉を集まってたいらげる。そして骨を女たちに投げ与える。女たちは骨を割り、中の骨髄を食べる。その女たちは丸々と太っている。そんな映像を見たことがある。私は人類がアフリカに誕生して以来、狩りではなく、主に残肉漁りで生きてきたと思う。



松井英仁

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上部旧石器時代(4万年前~1万年前)のヨーロッパ 

・スペイン、ドイツ、フランス、ギリシアで見つかっている50万年~30万年前の化石に、部分的にネアンデルタール人的特徴が認められる。
・ネアンデルタール人(旧人)は寒いヨーロッパの氷期を生き抜いた人類である。彼らの身体的特徴の一部は、寒さに適応した構造となっていた。大きい鼻は、乾燥した冷たい空気を吸い込むとき、鼻の内部の粘膜から適度な湿気を与えるため。前腕(肘から手首)と脛が短かったが、これはシベリアなどの北方民族にも見られる特徴で、動物でも寒冷地に住むものほど四肢が短い(体積当たりの表面積を減らし、体熱を失いにくくするため)
・一方のクロマニヨン人(新人=現生人類、ヨーロッパの化石人骨の総称。)は、前腕と脛が長く、体熱を放散するのに適した体付きをしている。これは彼らが熱帯地方からやってきた集団であることを示唆している。

・4.2万年前頃(~1.3万年前)、ヨーロッパに上部旧石器文化が登場。石器タイプが変わり、骨角器の利用始まる、壁画の登場。(本格的な骨器が最初に出現するのは、9万年前ごろのアフリカ)
・ヨーロッパで上部旧石器文化の地層から人骨が発見されるとき、例外なく現生人類もののである(上部旧石器遺跡から、旧人の人骨は出土しない)。
・西アジアでも少なくとも4.2万年前には、ヨーロッパのクロマニヨン人と関係があると思われる上部旧石器文化が出現する。

・4.3万年~3.7万年前頃のフランスからスペイン北部にかけての遺跡(シャテルペロン文化と呼ばれる)からネアンデルタール人の人骨が発見される。
・3.5万年前ごろとされる遺跡からは、ネアンデルタール人の人骨化石が発見されている。
・つまり、現生人類がヨーロッパに流入してからも、ネアンデルタール人は一部の地域で数千年間生き残っていた。但しこの間、彼らの居住地はヨーロッパの辺縁地域(バスク地方やイベリア半島)に押しやられていた。
・3.5万年前(or2.5万年前?)ごろに、ネアンデルタール人はヨーロッパからいなくなる。

・3.0万年前のクロマニヨン人の遺跡(チェコのパブロフ遺跡)からは、織物や縄の跡が残った粘土片が出土しており、クロマニヨン人が網を発明して小動物を捕らえていた可能性もある。

(・現生人類のシベリアへの本格適応が達成されたのは2.8万年前ごろで、人類が質の高い住居と防寒衣を発明し、これらの材料として大量の動物を狩ることができるようになってからであった。それまで天然の洞窟を利用していたのが、この時期になると野外に構造的な住居を作るようになる。さらにフードつきの繋ぎ服を着ていると解釈できる彫像が発見されており(ブレチ遺跡)、さらに骨製の縫い針もこの頃から出土するようになる。)

・2.2万年前頃のクロマニヨン人の内陸部の遺跡からは100キロ以上はなれた海岸からの貝殻や琥珀などが出現しており、クロマニヨン人の部族間に、交易網(贈与ネットワーク)が存在したことを示唆する。
・この頃(2.2万年前?)から、骨から作った縫い針が出現し始める。

・2.1万年前ごろには最終氷期極寒期を迎え、大陸の北方には氷床が発達し、スカンジナビア半島の全体、イギリスの大半、デンマークからバルト三国にかけての領域は、厚く巨大な氷床に覆われた。
・中央~東ヨーロッパにかけてはステップ草原と呼ばれる木の少ない平原が広がり、温帯広葉樹林の分布は地中海沿岸に限られていた。
・海水面が低下し、イギリス海峡は陸地化していた。

・1.8万年前頃には、角製の”かえし”のついた銛先が作られるようになり、漁労生産の発達をうかがわせる。


・1.8万年前以降、気温は急激に上昇し始めた。ツンドラステップは北方へと後退し、亜寒帯針葉樹林、次いで落葉樹林大河ヨーロッパに広がった。
・この時期、ツンドラステップの北上と共にマンモスやトナカイなども北方へ去ってしまっていた。
・現生人類は森林地帯に適応し、狩猟と採集に。弓矢や植物を粉にする石臼などが普及した
・これと同期して、上部旧石器文化も終わり、1.3万年前ごろに細石器というはめ込み式の小さな石器を中心とする中石器文化(西ヨーロッパのアジール文化など)が始まった。

・0.9万年前以降の新石器時代になると、西アジアから伝わってきた穀物の農耕とヒツジ、ヤギ、ウシなどの牧畜がヨーロッパで始まる。
・新石器時代には北方モンゴロイドの典型的特徴がシベリア地域に出現する。一方で、新石器時代後半~青銅器時代にかけてバイカル湖の西側地域、モンゴル西部、中国西域などへは、西からコーカソイドが入り込んで混血が生じており、逆に鉄器時代以降になると、フンなどのモンゴロイド系集団の西方への移動が起こる。

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※上部旧石器時代=後期旧石器時代(約4万年前~1.3万年前の現生人類による石器時代)

ヨーロッパの上部旧石器文化
(上部旧石器文化の遺跡からは、現生人類の人骨しか見つからない、とされる)

○4.2万年前~3.25万年前 オーリニャック文化
・スペイン北部からバルカン半島に至る地域に存在。同時期に西アジアにも存在。
・角製の尖頭器や壁画、彫像。

○3.25万年前~2.4万年前 クラヴェット期
・寒冷化が進む中で、スペインの一部からロシアに至る領域、及びイタリアなどに現れた。
・象牙や石灰岩製のヴィーナス像が盛んに製作された。
・織物が存在した証拠がある。

○2.65万年前~2.15万年前 ソリュートレ期
・最終氷期極寒期にあたるこの時期には、さすがにクロマニヨン人もヨーロッパ北部地域を離れた。
・逆にフランスとスペインの一部地域では人口が集中したようで、その中でソリュートレ文化が生まれたと考えられる。
・壁画にも質的な洗練化が見られる。
・骨器は多くは無いが、末ごろには骨製の縫い針が出現した。
・やじりを思わせる形の石器も出土しており、弓矢が存在した可能性もある。

○2.15万年前~1.3万年前 マドレーヌ期
・気温が温暖化し、スペイン北部からフランス、ベルギー、ドイツを通り、ポーランド南部にまで広がった文化。
・骨や角を加工する技術が高度化し、かえしのついた銛先や投槍器が登場した。
・網を沈める錘も出現し、魚や鳥を取る技術が向上したことが分かる。
・スペイン北部やフランスにある洞窟壁画は、ほとんどがこの時期に描かれている。
・この時期は、人口が増加したため、各集団は狭いテリトリー内で小動物も含めた食料採取を行う必要が生じ、社会関係が複雑化、祭祀なども活発に行われたと考えられている。
・化石人骨から健康状態を調べたところ、この時期の人々には、以前よりも多くのストレスがあったことが示唆されている。
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<参考・引用>
海部陽介「人類がたどってきた道」日本放送協会出版




内藤琢

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なぜ、Y-DNAなのか?2~ゲノム研究で判明した男性染色体の奇妙な特徴~

[WIRED VISION]に『ゲノム研究で判明した男性染色体の奇妙な特徴(リンク)2003年6月23日』と題する記事がありましたので転載します。少し古い記事ですが。
-----------------------------------転載
 Y染色体はおそらく、ヒトゲノムの中でいちばん奇妙な染色体と言えるだろう。
 科学者たちはすでに、Y染色体が性別を男に決定することを知っている。しかしそれ以外は、遺伝子的にはガラクタ置場のようなものだと考えられてきた。実際の遺伝子は非常にわずかしか含んでおらず、残りはランダムなDNAが繰り返し登場するだけだ。
 しかし6月19日(米国時間)付けの『ネイチャー』誌に掲載された2つの論文では、世界中の40名の科学者が、Y染色体が男性の不妊を理解する鍵となりそうだという説を展開している。遺伝子の欠損がしばしば、生殖不能を引き起こすからだ。
 また、Y染色体には回文配列(左右対称な鏡像配列)になっている部分が多く含まれ、この中に多くの遺伝子を配置して完全性を保ってきた。この回文配列は、高い頻度で互いに組換えを起こす――いわば、自分自身とセックスを行なう――こともわかったという。
 「Y染色体は、遺伝子的にほとんど不毛の地のようなもので、主要な機能は男性としての発生を引き起こすだけだというのが大方の考えだった。しかし、それ以上の役割の存在を暗示する手がかりが出てきていた。そして今回の論文では、精子を作り出す際にY染色体が非常に重要な役割を持っていることを確認した」と、ホワイトヘッド研究所の研究員、スティーブ・ローゼン氏は述べている。同研究所は、『ヒトゲノム計画』に貢献している研究機関の1つだ。
 ヒトゲノムを構成しているのは22対の常染色体と2本の性染色体(XXまたはXY)で、ヒトを作るための遺伝子は、ゲノム内におよそ3万個含まれている。各染色体は、細胞の機能を調節するDNA鎖の連なりだ。研究者たちはヒトゲノム計画のおかげで、どこに遺伝子があるかを示す大まかな地図を手にすることができた。しかし研究者たちはそれぞれ別個のプロジェクトに取り組んで、各染色体の詳細な地図を作ろうとしている。
 これまで、一部の研究者たちはY染色体を軽視してきた。Y染色体を構成している約2300万個のヌクレオチド――すべてのDNAを形成する基本的な単位――のなかに、わずか78個の遺伝子しか含まれていないからだ。性別を男性に決定するという、重要だがわかり切った役割をおもに担っているとされてきた。
 しかし研究によると、これらの遺伝子のうち60個が、男性不妊に関与していることがわかったという。
 「Y染色体は確かに不妊の原因となったり、(男性に)不妊の素因を作る、新しい突然変異の温床だ」とローゼン氏は述べている。
 研究者たちは、予期しなかった特徴も発見した。以前、科学者たちはY染色体中のDNAが不活発なものだと考えていた。受精の間、母親と父親からの他のすべての染色体が遺伝子を交換し、胚の新しい遺伝子情報を作り出す。Y染色体は、受精中の遺伝子交換に参加しない。このため、Y染色体の不活発なDNAは、世代を経ても取り除けないような有害な突然変異につながると考えられていた。
 しかし新しい研究で研究者たちは、Y染色体が自身の中で、DNAを高い頻度で入れ替えていることを発見した。このメカニズムは、突然変異が発生したときに、Y染色体自身を修復するのを助けている。
 しかし、ワシントン大学医学部の『ゲノム・シークエンシング・センター』(ミズーリ州セントルイス)の所長で、ヒトゲノム計画にも参加したリチャード・ウィルソン氏は、このような自身の中で起きるDNAの入れ替えは諸刃の剣かもしれない、と述べている。このプロセスによって、有用な遺伝子の一部が欠失する場合も出てくる。このような欠失が、不妊をはじめとする種々の問題につながるのだとウィルソン氏は説明している。
 Y染色体のDNAは、反復の多い配列――とくに回文配列――のため、解読が困難だった。デューク大学のハンティントン・ウィラード氏は今回の『ネイチャー』誌に掲載された論文に対する論評記事で、今回論文を執筆した研究者による努力を「英雄的と言ってもいいほど」だと賞賛している。
-----------------------------------終了
Y染色体は、減数分裂時には、交差(2本の染色体間で遺伝子が交換される)することがない染色体である。上記にもあるように、最近では、Y染色体の中で遺伝子を交換し、突然変異に対する修復を行っているらしいとある。X染色体は、1方がダメージを受けると、もう一方が活性化する働きも持っており、遺伝される不要な情報をできるかぎり混じり合わせ(=交差)で制御し、さらに、突然変異のダメージに対しては、もう一方が補うことができる。しかし、Y染色体は、己の中での遺伝子交換ゆえ、突然変異に対しては、有効な手段を持つが、遺伝的には、補えない関係である可能性もあり、永い時間、永続して系統を辿っていけるのだろうと思われる。しかし、20世代に1回あると言われている突然変位は、500万年の人類の歴史の中で、どれだけ起ったかは計り知れない。それでもY染色体のハプロタイプは、人類の系統を辿ることにできる方法としてはより有効であると思われる。



彗星

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なぜ今、人類史を追求した理論体系が必要なのか

最近の若者に見られる歴史ブーム・日本ブーム(220882など)について、消費社会研究家・三浦展氏は「愛国消費」(2010年・徳間書店)の中で、「『自己充足的』『自己肯定的』な日本志向」という言葉で表現し、今後の日本の可能性のついて以下のように述べています。

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(P188~)
知識産業のひとつの重要な核となる要素は文化であり、だからこそ、これからの日本は、日本の文化の中にも新しい知識産業のヒントを求めることになるはずである。だとすれば、今、日本を好み、日本文化を愛する若い世代が台頭していることは、実は日本の将来を救う可能性にもつながるだろう。

(中略)
 生物にとって多様性が必要であるように、今後は、日本の中に、さまざまな地方の文化の多様性を育むこと、そもそもかつて存在していたさまざまな文化を掘り起こし、育成することが重要になるであろう。またそうした作業は、日本のそれぞれの地方の文化が、固有の自然や風土や歴史に規定されており、その意味で中国、韓国・朝鮮、東南アジア、ロシア、環太平洋など、世界のさまざまな地域の文化とつながっていることをわれわれに意識させるだろう。つまり、日本の文化が単一の均質なものではなく、多様な起源を持つものであること、その意味で国際的であることをわれわれは知るだろう。
 
 日本に、そうした多様な地方文化が併存すれば、時代が一元的にひとつの方向に流れていくことはなく、グローバル化に対応した文化もあれば、ゆったりとしたローカルな文化もある、先端的な文化もあれば、伝統的な文化もあるという時代になるだろう。そうやって、日本の文化が、あたかも無数の支流と豊かな湿原を持つ大河のように構成されることになるだろう。そのような文化を持った国を愛することが、これからの「愛国」であろう。

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昔のナショナリズムとは違う意味でのこの新しい「愛国」は、氏が言うように今後の可能性だと思います。

ただ、この新しい「愛国」も事実に基づく羅針盤が無ければ、何となく肯定された言葉だけが独り歩きしていくだけでしょう。

だからこそ、氏が言うところの「文化を掘り起こす」こと、その先に「さまざまな地域の文化とつながっていること」を発見する営みが重要であり、その作業は決して簡単ではない(その重みを氏はどのくらい意識しているのだろう?)。

その作業こそ、るいネットが長年追求・蓄積し続けてきている人類史(生物史)の追求過程であり、その事実体系から生まれる「新たな可能性を切り開いていく新理論」(243344)=羅針盤の必要性は、今後ますます高まっていくと思います。
 



朱雀

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なぜ、Y-DNAでないと民族系統分析ができないのか?


[日本人のガラパゴス的民族性の起源!]のサイトより『民族の男女の遺伝子は常に変わらず同じ組合せなのだろうか?(リンク)』がありましたので転載します。
--------------------------------------転載
 我々は民族というと必ず無条件で「男女」をセットで考えますが、mtDNAとY-DNAの研究結果は、残念ながら現代まで続く民族のほとんどの場合当てはまらないことが解ってきています。だから欧米の研究者はmtDNAの研究を現在でも続けてはいますが、研究の主力はY-DNAにすっかり移ってしまいました。mtDNAの研究が最も盛んなのは実は日本です。手法が簡単であり、アメリカインディアンの研究で成功し、それに取りつかれてしまっているようです、いかにもガラパゴスらしい。
 また日本人はWebサイトを見ても日本人の起源や日本語単語の起源・語源(決して日本語の起源ではない、文法に関してはチベット語が同じことは研究者の間でも一致している)を論じるのが大好きですが、もっとも重要なすべての決め手となる遺伝子のことになると途端に研究者のいいなりになっています。それは遺伝子の研究は手が出ないからです。専門家にしかできないため、そのことが専門家が持論のために都合のいい情報を論じても反論できない弱さに繋がっています。文法論も似たようなものです。
しかし語源は誰にでも解りやすいので素人が口をはさめるのです。
 それでも丹念にインターネットを調べれば、欧米の情報に中立で恣意的でない情報をたくさん見つけることができます。日本人研究者の恣意的な情報隠しを見抜くには先ず海外の情報の解析から始めなければなりません。
 本題にもどると、人類が男女のセットで移動をしたので大きな出来事は;

・気候変動で人口が2000人程度に減少し絶滅寸前だったらしい60000年から70000年前頃の出アフリカ時。でなければ子孫はできないからです。
・まだ人口も少なく部族間の争いも必要なかった頃、例えばアボリジニの祖先がオーストラリア亜大陸に到着した、50000年前頃までのアジア大陸沿岸沿いの移動。
・いわゆるモンゴロイドと言われるインディオやネイティヴ・アメリカンの1万年前頃までの大陸間大移動

ぐらいです。常に同じ遺伝子タイプのセットで移動したかは全く定かではありませんが、男女のセットで移動したことは間違いがありません、だから子孫が存在するのです。
 アーリア人がインド亜大陸-中東からドナウ川沿いに西ユーラシア(ヨーロッパ部分)へ移動した時、男女セットだったかは全解りませんが、当時のヨーロッパは既にネアンデルタール人は絶滅していたころで、ホモサピエンスのヨーロッパへの移動の先陣を切ったクロマニヨン人がいた頃です。アーリア人が男だけで移動をしてもクロマニヨン人の女性が先住でいたので子孫を残し新たな民族を形成するには問題はなかったはずです。さて事実はどうだったのでしょうか?欧米の研究ではノルマン人はクロマニヨン人の子孫と考えられているようです。

 ところが歴史時代に入ると、他地域への侵攻・侵略・征服はほとんど例外なく「男」によって行われ、「男」は侵略地や征服地に根を降ろし地元の「女性」を娶り土着化してゆきます。つまり新しい民族が生まれるのです。ひどい場合は先住の男は皆殺しになり、男系はすっかり入れ替わってしまった場合もあったようです。南米ではヨーロッパからの侵略者・征服者の男性と現地のインディオの女性との交配が進み、オリジナルのインディオとはかなり変質しています。つまりほとんどの場合女性は動かず、男のみが動くのです。このため遺伝子から見た「民族」はY-DNAでないと解明しにくいのです。このため欧米の研究者は一斉にY-DNA研究にシフトしてしまいました。

 日本人の起源はもっと複雑です。前にも書きましたが、日本列島はユーラシア大陸を狩猟・採集しながら移動してきた「C」「D」「N」や「Q」のY-DNA集団にとっては海もある住みやすい森林地帯であり、中原や韓半島を追い出された「O」集団が新天地を求めて船で移動する東の果ての到達点であり、人類の旅の吹き溜まりであったため、世界で最も多様な遺伝子が集まる地域になりましたが、その結果の遺伝子/民族オリジンの多様性を理解しない人々にとっては、日本民族の起源解明は難しくなり、日本語の起源解明も難しくなりました。
 しかし欧米の中立な遺伝子研究の結果を素直に解釈し、日本人の恣意的な遺伝子研究報告を是正出来れば、起源は意外に簡単に解ると思います。あとは専門家と称する人たちが、自分の偏った持論・先入観を捨ててどこまで遺伝子解析の結果に素直になれるかで、起源論は一気に進むと思います。ただし専門家としてステータスが上がるほど持論を曲げることはできなくなるのです。だから素人は素人なりの外国情報の勉強が必要なのです。
--------------------------------------終了
人類が男女のセットで移動をしたのは
1】6~7万年前の出アフリカ期
2】5万年前のモンゴロイドの未踏の地オーストラリア亜大陸への到着
3】1万年前頃までのユーラシア大陸⇒未踏の地アメリカ大陸間大移動

とのことだが、縄文人の例をみても、他にも多くの事例があるはず。
また、民族を分析するには、母親由来のmt-DNAでは解析できないという。なぜなら、有史時代に新しい民族ができるのは、男移動⇒侵攻・侵略・征服、女の獲得により民族形成であるという。だから父由来のY-DNAでないと、民族の継承が理解できないとのこと。
では有史以前は、mt-DNAの分析は有効なのか?民族衝突もなく、集団で移動したら、有効なのか?双方合わせて検証が必要なのだろうか?と思われるが・・・。



彗星

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12.5万年前、人類の脱アフリカルートはアラビア半島経由だった!~本日のニュースより

新聞の1面に踊った脱アフリカのニュース。
そこでは新ルートの証明。さらに12.5万年前にすでにアラビアに居たという証拠が出た。この発見はかなり大きく、これまでは10万年前以前の間氷期に”当然”人類はアフリカからユーラシア大陸に北上したという説まではあったが、証拠がなかった。今回の発見はそれを裏付ける形となり、さらに脱アフリカのルートを従来の地中海から黒海へという単一ルートから、むしろ早期には脱アフリカ⇒アラビア半島⇒インド西側という複数のルートが成立していた事を示した。

考えてみれば当たり前で、アフリカから最も渡りやすいルートがアラビア半島の南西部であることは地図を見ればわかる。わざわざ北上しなくてもこのルートを辿ればほぼ海沿いにインドまでたどり着くことができる。12.5万年前或いはもっと以前から、この間氷期に人類は一気に拡散していったのだろう。

2つの通信社の記事を転載しておきます。
>現生人類(ホモ・サピエンス)が約20万年前にアフリカ東部に出現した後、約12万5000年前にはアラビア半島東部に居住していた可能性が高いことが分かった。これまでは、インド洋沿いに同半島に進出したのは約6万年前とみられていた。
 英ロンドン大などの国際調査隊が、アラブ首長国連邦(UAE)の遺跡の中から現生人類が作ったと推定される約12万5000年前の石器を発見したと、28日付の米科学誌サイエンスに発表した。
 この遺跡はペルシャ湾とインド洋をつなぐホルムズ海峡近くにある。調査隊によると、石器の特徴はアラビア半島の他の遺跡で発見された物より、アフリカ北東部で見つかった石器に近かった。アフリカ東部とアラビア半島西部を隔てる紅海の入り口にある海峡の水位が気候変動で下がり、渡りやすかったのではないかという。 (時事通信)

>約20万年前にアフリカで出現した現生人類(ホモ・サピエンス)は、従来の説より早い約12万5千年前に、紅海南端付近のルートをたどって中東・アラビア半島に到達したのではないかとする研究結果を、ドイツや英国などのチームがまとめ、28日付の米科学誌サイエンスに発表した。
 アラブ首長国連邦(UAE)の遺跡で発見された石器の分析などから推定した。現生人類がいつアフリカを出て、どんな経路で世界に広がったかは長年、議論になっている。これまでは、ナイル川流域を通って約6万年前から地中海やアラビア海沿いに拡散していく、より北寄りのルートだとの見方が強かった。
 東アフリカからアラビア半島南部に直接渡ったとの今回の研究についてチームは「現生人類が、いかにして世界に広がる『種』になったか、再検討が必要だ」と主張している。
石器が発掘されたのはUAE東部のジュベル・ファヤ遺跡。見つかった握斧(あくふ)などの年代を測定すると約10万~12万5千年前で、中東の他地域で見つかった石器より、東アフリカなどで現生人類が使っていたものに似ていたという。(47NEWS)

石器発見場所の地図も転載しておきます。
リンク



田野健 

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定住化の環境的要因~環境変化と森林化

前稿で遊動生活について紹介したが、次は著書でかかれている定住生活の部分について紹介しておきたい。
人類の定住化への歴史的必然はやはり環境変化とそれによって登場したあたらな森林地帯という処に帰結する。

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【定住化の環境要因】
定住生活が出現する背景に、氷河期から後氷期にかけて起こった気候変動と、それに伴う動植物環境の大きな変化が重要な要因となったことは、定住生活がこの時期の中緯度地域に、ほぼ時を合わせたかのように出現していることからも明らかな事である。

地球的な規模で起こった当時の環境変化をごく大まかに見れば、氷河期から後氷期にかけての環境変動は、高緯度地帯でより大きく、低緯度地帯では少なかった。すなわち、氷河期における温度環境は、大きく南下していた寒冷的な環境と、あまり動かなかった熱帯的環境の間にはさまれて圧縮されていたのである。そして氷河期が去り、地球が温暖化して、温帯環境が拡大を始める。定住生活者が現れるのは、いずれも拡大してきた温帯の森林環境においてであった。定住生活は中緯度地帯における温帯森林環境の拡大に対応して出現したのである。

氷河期の中緯度地帯には亜寒帯的な草原や疎林に棲むトナカイ、ウマ、バイソン、マンモス、オオツノジカ、ウシなどが広く分布し、後期旧石器時代の狩猟民はこれらの大型有蹄類の狩猟に重点を置いた生計戦略を持っていたと予想されている。しかし、氷河が後退し、草原や疎林に代わって温帯性の森林が拡大してくれば、これらの有蹄類は減少するし、またそれまでの視界のきく開けた場所で発達してきた狩猟技術は効果を発揮しなくなる。しかも広がった森に生息したのはアカシカやイノシシなどの氷河期の大型獣からすればいずれも小さい獣である。発見が難しいばかりか、障害物の多い森の中では、それまでの開けた環境では効果的であった槍を投げる事もできず、たとえ獲物を倒しても肉は少ないのである。

中緯度地域における温帯森林環境の拡大は、旧石器時代における大型獣の狩猟に重点を置いた生活に大きな打撃を与えたに違いない。

ヨーロッパでは後氷期の森林拡大と共に、遺跡が海岸部に集中する事が知られており、日本ではこの環境の変動期に、細石刃や有舌尖頭器の出現と消滅、土器、石鏃(弓矢の鏃)の出現など、異質とも思える激しい文化要素の変化が認められている。狩猟に重点を置いた生活様式が破綻し、新たな生活様式の成立に向かって多様な試みがなされたことを暗示している。
ーーーーーーーーーーーーーー以上抜粋・以下要約ーーーーー

森林の拡大によって狩猟が不調となり、植物性食料或いは魚類への依存を深めるしかない。
これらの定住が始まった地域では定置漁具や加熱調理がその必然として発生していった。従って定住が始まった地域のほとんどが貝や魚類を安定して獲れる水辺に登場した。

残る疑問は人類史の中で何度も寒冷化と温暖化を繰り返しており、森の誕生も何度も繰り返されてきたはずであるが、なぜ最後の氷河期の後のみに登場したのかという疑問である。

それ以前の温暖期には、定置漁具による漁労やでんぷん、ナッツを食料化する大量調理、大量貯蔵を発達させる技術的経済的な前提条件を欠いていたと考えざるを得ない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
定住化の為にはかなり発達した道具技術が必要になる。しかし、これは直前の寒冷期での人類の北方拡散での石器技術の高度化が、定住の為の道具化能力の獲得に関与しているのではないか。(私の見解)

著書「人類史の中の定住革命」~西田正規




田野健

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Y染色体亜型分類の系統樹

人間の設計図は核の中の46本の染色体にすべて書き込まれていると言われる。その中で性別を決めるのがXとYの性染色体で、受精時にXXなら女性、XYなら男性になる。

そのY染色体には膨大な遺伝情報(DNA)があり、以前は技術が伴わず解析は無理だったため、より簡単だったミトコンドリアDNAの解析が先に進んだ。しかし、技術が発達し解析が急速に進んだため、Y染色体亜型分析がミトコンドリアDNA解析に代わって民族の起源を調べる最有力な方法になった。

Y染色体は、男から男にしか受け継がれないため、大規模な民族移動の様子以外にも、各部族の支配―被支配の関係や、侵略・略奪を伴う戦争の推定にも役立つと言われている。
(但し、分子時計法による分岐年代推定は、かなりの誤差が見られる。)


─┬A────────A    …アフリカ
 |
 └B-T祖型
  ├B───────B    …アフリカ
  └C-T祖型
   |
   ├DE祖型
   | ├D────D─┬D1 …チベット
   | |      ├D2 …日本(縄文人)
   | |      └D3 …チベット
   | |
   | └E────E    …アフリカ、地中海沿岸(ハム族系)
   |
   └C-F祖型
    ├C─────C─┬C1 …スンダ・モンゴロイド
    |       ├C2 …メラネシア
    |       ├C3 …北方モンゴロイド
    |       └C4 …オーストラリア
    └F─────F
     ├G────G    …コーカサス地方に多い
     |
     ├H────H    …ドラヴィダ人系
     ├IJ祖型
     |├I───I    …ノルマン系?ヨーロッパ先住民
     |└J───J    …アテネ、トルコ、イラクに多い。
     |          (セム族系)
     └K────K
      ├L───L    …インドのカースト中上位に多い
      |          (インダス文明の担い手?)
      |
      ├M───M    …ニューギニア系
      |
      ├NO祖型
      |├N──N    …シベリア系
      ||
      |└O──O─┬O1 …東南アジア~台湾に多い
      |     ├O2┬O2a …華南~東南アジアに多い
      |     | └O2b …朝鮮~日本に多い
      |     |      (江南人→倭人?)
      |     └O3 …華北、ミャオ族に多い
      |         (新モンゴロイド)
      |
      ├P───P
      |├Q──Q    …アメリカ~シベリアにかけて低頻度
      ||
      |├R──R─┬R1┬R1a …東欧に多い(スラブ系)
      ||    | └R1b …西欧に多い(ケルト、ゲルマン系)
      ||    └R2
      ||
      |└S──S    …ニューギニア高地
      |
      └T───T    …アフリカ~南アジア



<参考>
日本人のガラパゴス的民族性の起源! リンク
英語版Wikipedia リンク

242927 東アジアのY染色体亜型分布
243730 ヨーロッパのY染色体亜型分布 1
243731 ヨーロッパのY染色体亜型分布 2
244035 ヨーロッパ最先端のY遺伝子分析より 1
244036 ヨーロッパ最先端のY遺伝子分析より 2
244040 ヨーロッパ最先端のY遺伝子分析より 3
244042 ヨーロッパ最先端のY遺伝子分析より 4
244441 インドのY遺伝子分布(基礎情報)



内藤琢 

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地域活性化を軸に活力を生み出し続ける組織~モクモクファーム~②

~①より続きく~

■セミナー開催が次代の農業人材を育て、遠隔地の農業経営者・若者たちを惹きつける!

モクモクファームでは、日本中の農村を元気にしたいという思いから、セミナーの開催や農学舎の運営をされています。そこでは農の新しい価値に挑戦するモクモクファームが実践してきた、数々の成功事例を紹介しています。

日本の農は、お金にならない、後継者不足、食糧自給率の低下など、大きな課題を抱えています。「何もない!」全国どこの農村にいっても聞かされる言葉。しかし、すべてを「ある」に変えたのがモクモクファームです。人が集まる、特産品がある、若い人が来る、・・・これは与えられたものではない。創り出したところに意義がある。と彼らは語ります。

モクモクファームでは農場体験、手づくり教室、食育など、参加型の事業を展開されています。単に農作物など商品の販路開拓ではなく、農作物を媒体にした人間活動そのものの開拓に挑戦しているかのようです。

人と人との結びつきが地域や来訪者を元気にしていく。セミナー開催や農学舎の運営を通じ、人つながりを日本中に広め、地域の活力再生を最大課題として取り組んでいます。

以下、セミナー内容、農学舎の紹介です。
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○モクモクのすべてセミナー ~モクモク現場スタッフの実践的ノウハウを公開~リンク
「日本中の様々な地域で農業や農村が元気になったらええなぁ」
「未来を担う子どもたちが体験できる「食農学習」の場がもっと広がったらええなぁ」
モクモク手づくりファームは、「農業」を「農村産業」(=農村から発信する新しい産業)と考え、創業から20年間、農業の新しい価値の創造に挑戦し続けてきました。そこで、地域を元気したい、という私たちと同じ思いを持った仲間の輪を広げる活動を行っています。セミナーはその活動の一つで、モクモク手づくりファームの公園運営、レストラン、看板、店づくりからモノづくりまで現場で実践するスタッフがモクモクの仕組みを公開する場が「モクモクのすべてセミナー」です。

○観光カリスマ塾 事業と運動を一体化させた理想的な農村産業への挑戦~地域おこしを必ず成功させる方法リンク
セミナーは経済産業省の「地域おこしに燃える人」に選ばれた社長理事の木村修と、「馬路村公認飲料ごっくん馬路村」で村をまるごと売り出すことに成功した仕掛け人、松崎了三氏を講師に迎えて、モクモクの歴史やこれからのこと、農業を元気にする仕掛けを紹介しました。
今のモクモクを形づくる組織から、ファームにおける施設のひとつひとつに至るまで、失敗と経験から積みあがったモクモクの考え方を語る吉田の抗議に耳を傾ける参加者の方は本当に真剣です。「このチャンスをものにする!」そんなすごいパワーを感じます。特別講師の松崎氏の情報発信(情報の双方向化)の講義も馬路村の実践例からポイントになる言葉がどんどん繰り出され、「なるほどなぁ~」と頷かずかずにはいられませんでした。

○農学舎開校リンク
団塊世代の人々に提案したいライフスタイルがあります。「五都二村」五日都会で暮らし、二日田舎で過ごす。それは、都会の便利な暮らしと田舎の癒しの生活の使い分けによって、本当の豊かさを感じる生き方なのです。日本の場合、狭い国土の上、モータリーゼーションが発達しているので都会と農村の機能分担が容易です。このライフスタイルは、新しい農村の価値を生み出すきっかけになると考えます。

そこで、モクモクは、農村の新たな価値や機能を高め、農村まるごと産業にする農村産業の一環として、「農学舎」を開校したいと考えています。五都二村の実現できる貸し農園「農学舎」は、現在各地で行われている従来型の市民農園ではなく、もっと文化的なカリキュラムを盛り込んだ、自然と人、人と人とのつながりを深める場所なのです。人々がより活き活きとした人生を歩み、それと同時に、地域の、ひいては日本の農村・農業活性化を目指し、ここに「農学舎」を開校します。
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【視点③】組織そのものも活性化について
モクモクファームは組織そのものが活力に充ち溢れています。社員の活力を引き上げている仕組みについて紹介します。

■本部自らが活性化の努力
1)創業から14年で組織は大きく膨らんだがここで働く人たちは活気に満ちている。活気を生み出し継続させる為にさまざまな試みが絶えず行われている。
2)「たのしいファームづくり運営部」「ほんものづくり事業部」・・・等ネーミングも親しみやすい。 
3)運営はそれぞれの部門会議によって行われる。定例会議に研修、視察は頻繁に行われる。

■組織で働く方々の意識
1)全員が経営者的視点を持っている
・みんな自分達でやっていく。
・ファームに関することは全て考える。
・理念を具体的に表現し、それを自ら発信し、イメージを伝える。

2)組織が外圧適応態であり続けている
・直接消費者の声を聞き、直ちに反映していく。→新しい仕事を生み出し続けている。(リンク参照)

これらが組織運営の2軸になっているのですが、現地に行った方のブログからもう一つ重要な視点を見つけました。

☆男女役割共認でお客さんも活力アップ!
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>従業員はお客さんを対応する人は「基本的には」女性が適していると思う。丁寧な言葉を使って分かりやすく、説明などをしていました。女性の明るさや、女性が大声を叫んでも、余り気にならなかったです。男性はお客さんと接している人は二人ぐらいしか見られなかった。もし男性ばっかりいたら、従業員の声が気になると思います。多分男性は料理を作ったり、力仕事をしているのではないかと思う。(女性の存在や明るさをお客さんと接している事によって、お客さんはモクモクの事を総合的に明るい所やなぁ~と思うのではないか?)
―――――――――――――――――――――――――――――――――
(リンクより引用)

以上が、モクモクファームが活力を生み出し続けているポイントです。こんな農場が日本中に溢れていくと良いですね!!


吉川功祐

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循環型社会の創造を具現化する会社「らでぃっしゅぼーや」②

■農業経験者の人材育成

 らでぃっしゅぼーやでは、今後迎える農家の後継者不足や耕作放棄地に対し、社員自ら農業経験を積むことで後継者を育成していく取り組みをしています。あえて、未経験者を選ぶことで新たな発見をしてもらいたい、農業教育をしていきたいという願いがあるようです。

MSN 求人 究極のトレーサビリティより引用
リンク
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 「一つは高品質な野菜の安定供給を図るため。現在、当社は全国約2300戸の農家と契約を結んで厳選した良質で安全な農産物を仕入れて宅配事業を行っていますが、自社で生産すれば仕入れコストの削減にもつながります。もう一つは日本の農業が抱えている、農家の高齢化や後継者不足や耕作放棄地の拡大などの問題に対し、当社としての取り組みを示したいと思ったからです」

 2009年5月、まず約3.5ヘクタールの農地で、じゃがいも、さつまいもを中心とした露地野菜の栽培を開始した。「ファームを任せる社員はそれまで流通担当で、土を触ったこともない者をあえて選びました。素人の視点で新しい発見をしてほしいという願いと、知識ゼロの人間のケーススタディを元にした農業ノウハウが、若手や未経験者の教育に生かせると考えたからです。彼は和郷園の指導員の力を借り、毎日悪戦苦闘しながらでしたが、この6月には最初のじゃがいもの収穫を行いました」。

 「ただ空腹を満たすだけでなく、おいしかった、食べてよかったと思っていただけるものをつくり続けることが食品会社の使命だと考えます。
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 こうした取り組みが、農家・社員の活力上昇を可能にし、消費者までも一体となった地域社会への貢献を可能にしているようですね。


ニッチ市場マーケティング 既存業界からニッチな切り口を見つけ出すビジネスアイデア発想法!より引用
リンク
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【農家のメリット】
 通常であれば野菜は天候などに左右し豊作・不作によって値段が変わるため収入が計算できず、生産に集中できなくなってしまいますが、6ヶ月前から売値が決まっているので、安心して生産に集中できるようになりました。

【らでぃっしゅぼーやのメリット】
 まず、有機野菜を少し安く仕入れることが出来るようになります。
さらに、有機野菜で使用が認められている農薬・肥料を記入させ、畑の場所を把握することで品質を徹底管理できるようになりました。(どんなふうに野菜が作られているかが丸わかり)

【顧客のメリット】
 ダンボールと一緒に同封されている紙に、品目、農業者の名前、住所、電話番号が全て記載されるので、誰の作ったものか分かり安心して食べられます。(実は、この事は、農家にとっても客の存在が見えやすくなり、結果としてやりがいにつながりました。)
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■地域への活動がさらなる活力を生む

 農業を通じ地域へ積極的に関わっていくことによって、農家・社員・地域のさらなる活力を生み出す努力をしているようです。

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<地域の子供達に食育活動>

 「こども赤かぶ塾」(神奈川センター)子供のみの参加で、いわゆる料理教室ではなく、入門クラスでは5ヶ月の中で、お米・だしといった日本食に欠かせない基本を学びます。その後、個々の食材を学ぶ基本クラス~実践クラスと進みます。入門クラス・基本クラス・実践クラス以外には、夏・冬の特別教室が開催されます。
リンク

 『お米倶楽部』などでお馴染みのファーマーズクラブ赤とんぼの生産者と、会員の皆さまとの交流を図る恒例イベントや、『キッザニア』などもある。

<被害者支援>

 被災農家の移住と就農、収入確保を支援。第一弾として、福島第一原子力発電所の事故で退去指示を受けている農業生産者やその家族を受け入れ、援農・就農の場を提供する活動を行う。
リンク
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・被災地へ向けての支援物資輸送
・アースデイ東京タワーボランティアセンターへの協力
・チャリティーイベントの開催
・アレルギー患者支援活動

<生ゴミ回収→肥料再生>

 お客様が生ゴミ乾燥機で乾燥させたものを、らでぃっしゅクルーが毎週回収。有機肥料として各地域の生産者の畑に戻し、栽培された農産物を再びお客様にお届けしています。企業としては他に例のないこの地域循環システムを、全国5ヵ所の物流センターで実現。現在(2009年2月現在)では約2,000世帯のお客様が「エコキッチン倶楽部」に参加しています。
リンク
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■らでぃっしゅぼーや活力上昇図解

【社会外圧】
 貧困消滅→健康ブーム→有機農業=====┓
   |                  ∥
   ↓                  ∥
 【外圧】    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  ∥
 農業収束不全⇒:消費者に求められる :=┣⇒宅配・消費者と直接
        :   声が聞こえる : ∥ 繋げる
        :    ↓↓    : ∥
        :   有機農業   : ∥
  役割喪失 ⇒: 安全なものを作る :=┣⇒会員消費者も有機の
        :  (使命感△)  : ∥ 意義を共有
        :    ||    : ∥
        :    ↓↓    : ∥
  後継者問題 ⇒:有機野菜を食べる人△:=┣⇒地域の子供達に食育
        :  有機農業を拡大 : ∥ 教育
        : 持続可能社会の実現 : ∥ 被災者支援
        :    ↓↓    : ∥ 生ゴミ回収→肥料再生
        : 農家・社員の活力△ :=┻⇒契約農家拡大
         ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・     契約会員拡大



 社会外圧に適時対応しながら成長し続けるらでぃっしゅぼーや。これからも注目していきたい企業の一つですね。


伊勢崎勇人

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原発から農発へ③ 農家・農村の発電はむしろ「本業」「本流」

②257442のつづき、
2011年11月号 農文協の主張:原発から農発へリンクより転載します。
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◆農家・農村の発電はむしろ「本業」「本流」
「いまこそ農村力発電」で茨城大学農学部の小林久教授は、水力は「不確実な予測しかできない状態で海上にまで広く展開するような風力発電や、あらゆる土地に敷き詰めることを前提とするような太陽光発電、あるいは深々度まで掘削する地熱発電のような『大風呂敷の開発』を語ることができない。逆説的な言い方をすれば、小水力は推計に見合った開発が確実に見込める堅実な再生可能エネルギーといえる」と述べている。さらに「水力は、水が豊かで、地形の起伏が大きい地域で包蔵水力も実際の開発量も多い。小水力の適地も同様のところである。先人たちは平地や台地を耕し、丘陵地や山麓まで拓き、さらに勾配が急な山地まで水が容易に使え、水を引くことのできる限り谷沿いに集落をつくって農地を拡大した。拡大の限界が、サト(里)とヤマ(山地森林域)の境界である」「つまり、『限界集落』と後ろ向きに表現されることが多いサトとヤマの境界部(里のフロンティア)こそ、小水力開発に適している」と述べ、環境省が開発余力(導入ポテンシャル)として推計した1000キロワット未満の1万8756地点の多くはサトとヤマの境界に近い山間地域に位置しているはずであり、「小水力は農山村地域、とくに水源域に近い山間農業地域の集落においてこそ、最初に開発すべき再生可能エネルギー」だと述べている。

 電源別の発電コストは、水力がもっとも高く、1キロワット時11.9円、ついで石油火力10.7円、LNG火力6.2円、石炭火力5.7円、原子力5.3円とされている(総合資源エネルギー調査会電気事業分科会コスト等検討小委員会資料による。むろんこの原子力のコストには、事故処理費用や使用済み核燃料、廃炉等のコストは含まれていない)。しかし、九州の土地改良区発電所、中国地方の農協発電所は、10円以下と推定される売電単価で発電所建設のための借入金を返済するだけでなく、改良区の賦課金を軽減し、地域の農産加工所に助成金を出し、また、地域にさまざまな雇用をつくりだしている。それが可能だったのは、たとえば富士緒井路では総延長15km、長谷緒井路では21.8km、日之影ではなんと35kmにもおよぶ用水路が先人の無償の努力によってすでに完成しており、新たな取水堰や導水路の建設が不要だったからだ。

 農家・農村の発電は、農業のかたわらの「余業」ではなく、ある意味で「本業」であり、第二次大戦下の国策による電力会社への統合がなければ、日本における発電事業の「本流」でもあったのだ。

◆原発から農発へ
 東電福島第一原発事故、再生エネ法の成立を受け、農山村の小水力発電は、4回目の画期を迎えている。その画期とは、原発が象徴する少数・中央の専門家管理の大規模集中型エネルギーから、多数・地元の住民管理の小規模分散型への転換の画期ともいえる。

 小林教授はこう続ける。

「大規模集中型電力システムは、中越沖地震の柏崎刈羽原発や東日本大震災の福島第一原発の例をみるまでもなく、災害に対してきわめてもろく、リスクが桁違いに大きい。また、福島第一原発の処理に地元がまったく関与できないという事実が示すように、地域の技術・人材や意思決定を排除して、集権的になりやすい。さらに、これがもっとも大きな罪かもしれないが、資源が生み出される環境や生産の現場を壁の向こうに追いやることで私たちを無知にさせている」

「これ対して、小規模分散型システムは地域の技術や人材を活かすことができる。さらに、住民や身近な関係者で、地域の環境や文化を、あるいは整備や管理を決めたりすることができ、一般的に分権的な意思決定を行ないやすい。このように、分散型は発電にも地域住民が直接かかわれる機会を提供することができる。小規模分散型エネルギーシステムは、私たちを無知にする危険性が少なく、むしろ地域の主体性を活かしてくれる。『地方分権』『地域主権』の実現は、行政や予算の地方への移譲だけではなく、地域が暮らしや産業にかかわる社会構造を、主体的に編み直すものでなければならない。地域性を活かした小水力などの再生可能エネルギー生産は、その実際の取り組みであり、エネルギーの未来と農山村の再生という『地域主権』に向かう具体的な第一歩でもある」

 福島第一原発事故は、原発と農林水産業は根本的に共存できないものであることをあらためて明らかにした。避難生活や農産物・土壌の汚染、風評被害に対する補償要求は当然のことだが、ここでは一歩進み、「原発から農発へ」への転換を農家・農村・農協が主導すべきときではないだろうか。
-----------------------------------------------------------------
以上


石敢當

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