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農村を活性化させる為には?

【不耕起移植栽培】1.冬期湛水は、酸素を中断し雑草の発芽を抑制する

 既に、るいネットでの紹介記事(202375、202376、202384、231109)がありますが、慣行栽培の常識からすると、「なんで?」の種は尽きない【不耕起移植栽培】です。その答えが分かる「不耕起移植栽培による環境保全型農業の全容(リンク)」岩澤信夫 の紹介です。

 初回は、雑草対策と投入エネルギー効率の話です。
 他の紹介記事(リンク)によりますと、「イネを学びに訪れた東北地方で、80~81年と続いた冷害に遭遇。壊滅的な被害の中で、わずかに実っていたのは、機械化に乗り遅れたお年寄りの田んぼだった。調べると、田植え機の規格に合う稚苗ではなく、昔ながらの水苗代で育てた成苗を手植えしていた。『どうしたら冷害に勝てるか夢中で研究した』。試行錯誤し、たどり着いたのが「不耕起栽培」だ。」といいます。

〔注記:中見出しの設定(*)及び改行は、紹介者が行いました。〕

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・《引用開始》・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 不耕起移植栽培は冬期湛水を重ねる事に拠って農法として大きく前進を遂げた。それは無肥料・無農薬栽培が可能になったからである。不耕起移植栽培の難所は除草問題が解決出来ていなかった事である。従って無農薬栽培をするには人手による除草をしなければならない。(中略)

 不耕起移植の取り組みの時代は、目的が冷害の回避と多収穫であった。食の安全性も叫ばれない時代であったから、化学肥料の大量投与と農薬に拠る多収技術が優先された。先ず移植以前の雑草退治である。移植前15日前後に全面撒布を行いその上に移植を行った。化学肥料は耕起追い上げ型の晩期追肥を採用して目的は達成していた。

◆冬期湛水は、酸素を中断し雑草の発芽を抑制する (*)

 慣行栽培は冬の雑草は耕起によって土中深く埋め込み除草剤の使用はないが、土壌の反転は休眠種子の掘り起こしと土壌中に酸素を供給する事により、雑草の発芽条件を整え雑草の生育を助ける。少なくとも除草剤が開発され30年以上経つが、未だに雑草が減らないのは休眠種子の掘り起こしにある。

 耕起を繰り返す事に拠って土中の休眠種子を地上に出し、酸素を与え発芽を促し雑草の繁殖を助けているとは誰も思ってはいない。意外な所に落とし穴があったのである。しかし、この移植前の雑草を処理出来れば無農薬の夢は叶えられると確信していた。

 不耕起水田も耕起をした水田も冬の寒さが到来するとスズメノテッポウが一斉に発芽する。彼等は水陸両用で棄てて置くと稲の発育を阻害する。発芽に際しては寒さによる休眠打破と酸素呼吸が伴わなければならない。従って冬期湛水して酸素を中断すると発芽は抑制する事が出来る。(中略)従って冬期湛水は冬草・春草の発芽抑制には素晴らしい効果がある。(中略)

◆不耕起移植栽培で、化石燃料の消費量を削減できる(*)

 一般的に耕起は1回のみに止まらず秋起こし・寒起こし・春起こし・荒代かき・本代かきと数回の耕起を繰り返す。この行程を不耕起移植栽培は省くのであるから、一番エネルギー消費の高いトラクターの不使用であるから地球に優しい農法と言わねばならない。直接の石油消費量は一概に断定は出来ないが慣行栽培は1ha当たり約200ℓ、不耕起移植栽培は約40ℓで五分に一程度で済んでいる。トラクターの生産過程のエネルギー消費を考えると更に地球に優しくなる。(中略)

 稲作分野では冬期湛水と不耕起移植栽培の組み合わせによる新しい手法が開発された今日、無駄とも言える耕起の繰り返しは、非常にもったいない話である。水田面積200万haで換算するとha当たり200ℓであるから、単純に40万トン石油が消費される。これは表の顔で裏では切りワラや切り株が土中深く鋤き込まれ、嫌気性菌であるメタン細菌にエサを与える為に大量のメタンガスの発生を促す。

 ある試算によると10aの最大値は65kgにも達すると言う。耕起を伴わない不耕起水田は切りワラ・切り株共に地表にある。従ってその最大値は5kgと言われている。差し引き60kgの量はCO2に換算すると容積比20倍、重量比50倍であるからCO2=3トンに換算される。ha当たり30トンであるから200万haが不耕起栽培に変身すれば6000万トンのCO2を削減出来る。夢でもあり夢でない話である。(中略)

つづく



小圷敏文

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自然の摂理を理念とする株式会社ナチュラルハーモニー~自然農法の可能性

るいネットでも度々紹介(206772、216035)されている株式会社ナチュラルハーモニーを再度、視点を変えて紹介させていただきます。

●まず自然農法とは何か
株式会社ナチュラルハーモニー代表の河名秀郎氏によると、一切の人工的施しの無い自然の力=土(と微生物)の力のみで作物を育てることであり、抗生物質等が混入している(可能性のある堆肥を使う)「有機栽培」は自然農法ではないと断じます。自然農法と有機農法の違いは、例えばリンクに詳しいですが、その定義づけは余り意味がなく、氏にとって先人の知恵とも言うべき「自然の摂理」に則った作物や生活こそが本質(社会の幸福)であり、事業を行う「理念」となっているようです。

●自然の摂理=理念を事業化する
ナチュラルハーモニーの主業は「流通業」ですが、単なる物の移動が仕事の本質ではありません。リンク(『自然の野菜は腐らない』~自然栽培農法の試み~)にある、「究極のサービス業」と氏が言われる意味は、人~社会の幸福の為の認識の発信(意識生産)そのものなのです。事実、氏が追求し得た有用な情報を惜しげもなくHPにて発信されています。内容に関して批判もあるかも知れませんが氏は専門の学者でなく、定説に惑わされることなく「自然の摂理」を純粋に信じ追求した成果ですから、変な学術本より信頼できるものと想います。以下に一部紹介させていただきます。

・野菜は腐るもの?それとも枯れるもの?リンク
 ・発酵食品とは~素材のいのちを引き出す菌と人との取り組み~リンク
 ・玄米の見分け方~農薬と肥料のホントの関係リンク
 ・アトピーやアレルギーに向き合う生き方リンク
 ・子供を守る食品~放射性物質からわが子を守るリンク
 ・自然栽培農法とは~自然栽培稲作大全集リンク

どれも興味尽きないものばかりです。このほかに講演、スクールの開催など精力的に活動されています。

●自然農法、今後の課題と可能性
ナチュラルハーモニーは、自然野菜の受け皿として直営店やレストランも経営しています(主流はネットを活用した宅配ですが)。けれでも自然農法で作った作物の種類は未だ少なく、「直営レストランに関して、レシピは自然野菜が主ですが、品種が少なく一部有機野菜を採用せざるを得ない」と独白されている通り供給者の数が圧倒的に少ないのです。一方で、リンク(奇跡のリンゴはこうして生まれた)で紹介されている通り、自然農法への転換は生易しいものではありません、良いこととは解っていても踏み切れない壁がここにあります。

人々(社会)にとって有用な活動にこそリンク(潮流5:失われた40年)にあるように政府支援を行えば可能性が見えてきます。選挙目的の税金垂れ流し、TPPなど農業を衰退させる政治でなく国家、国民の生活の為に政治を転換すべき時期が来ているように想います。

もう一つ自然農法が拡大するのに必要な要素として人と情報の繋がりがあります。農業を持続させる為には面的な拡大が不可欠で、これを実現するには人(農家)ネットワークが不可欠と考えます。
実は、先ほど紹介した奇跡のりんごの木村秋則氏(リンク)が会長、自然農法成田生産組合の高橋博氏(リンク)が副会長、ナチュラルハーモニーが事務局をつとめる「芸術栽培研究会」なる緩やかなNW(自然農法普及の為)があるのですが、殆んど知られていません。またほかにも有機栽培農家のNWなど存在するのですが、個々の活動に終始しているようでNWの拡大には繋がっていないようです。

このように個々に存在するNWを繋げ、有用な情報を発信するNWを構築できればそれ自体が事業となり、先述した政治をも動かせる社会運動ともなる可能性を秘めていると想えてなりません。




宮本昇 

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農業参入企業の分析をしてみて感じたこと2

今までの古い認識ではもはや突破口として不充分。まずこの認識に立つことが第一歩なのだと思います。

>時代はもっと根本的な転換期を迎えており、この大転換に対応する為には、この転換が何を意味しているのかを理解し、現在すでに形成されつつある人類の新たな活力源と、それが生み出す新しい社会の姿を明確に掴む必要があります。
>生き残る企業に求められるのは、いかなる状況に置かれても答えを出せる能力ですが、この史的実現論は、自分で答えを出すためのOS=概念装置のようなもので、この概念装置さえ脳内にインプットすれば、あとは、現業課題であれ時事問題であれ、自分で答えを出せるようになります。
従って、社員の活性化と能力アップの切り札となるものと考えています。
260719「1.これから生き残る企業に求められる能力は?」

上記の認識に立ち、社会の姿を明確につかみ、史的実現論を肉体化していくこと。
そうすることで、これからは意識生産の時代であると捉えることができれば、農業自体の可能性も変わります。国家戦略としての食の確保ということを除いても、教育効果や癒し効果など農業が持つ多面的機能への期待は年々高まっています。
 
 この認識にたって改めて方針を考えると、例えば仮に「作物をしぼる」として何にしぼるのかの判断基準が変わります。単価が高いから、珍しいからではなく、社会的に期待されているからその作物にしぼる。そこではブランド化や経費削減の優先順位が変わります。
 あるいは方針自体ががらりと変わります。農産物を作るという目的よりも、農産物を介した共認充足あるいは共認充足の場そのものが商品となります。例えば、農産物販売は副次的にはあるが、直売所の運営だったり、農業学校の運営であったり。
そしてその場に必要な農産物はなにか?と考えた場合、作物をしぼるという方針自体がおかしくなることも充分想定できます。

国家からの補助金も農産物作成に対する経費の補填ではなく、意識生産の中身に応じた、あるいは活力の上昇=生産に応じた支援金とすればよいのではないかという話しになるのではないでしょうか。
そういう意味で六次産業化に留まらず意識産業化を進めていくこと。そしてそれを実現するためにも、史的実現論を概念装置として肉体化してゆくことが、これからの農業(に限らず物的生産事業)の突破口になるのではないかと感じています。
その実現態となることは、「農業をいかに守るか?」で頭を抱えている政府にとっても答えになるのでは。



かなめんた

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自然(農業)学校が、地域を牽引している事例:NPOグリーンウッドの取り組み②「信州子ども 山賊キャンプ」

「信州子ども 山賊キャンプ」

きびしい自然環境と共存してきた泰阜村の住人を山賊に見立てて、その山賊のように暮らしながら遊ぼう、自由に生きよう、という願いが込められている。

山賊キャンプは年二回、夏冬の長期休暇の期間に開催される。なつの山賊キャンプには、子どもが1100人、サポートの青年ボランティアリーダーが340人ほど集う。

■「完全な一般公募制」
修学旅行のように、特定の学校から多くの子どもを集めているわけではない。グリーンウッドの基本理念に「違いを豊かさへ=多様性の共存」があげられる。「みんな違ってみんないい」そいうキャンプを目指すために、一般公募を貫く。

■「自己決定」
コースが多様なことも魅力の一つ。入門編のベーシックコース、それでは飽きてきたリピーターのためのチャレンジコース。これは不便さを楽しむコースだ。もっと長いコースがいい、高いレベルがいい、という子どものためのスーパーコース。これは1ッ週間以上の生活を基盤とした長期キャンプだ。

■「八つのおきてが子どもをひきつける。」リピーター率30から40%の秘訣

1 キャンプは作るものなのだ
2 人を思いやる心を持て
3 自分でつくるからおいしいのだ
4 一歩を踏み出す勇気を持て
5 働かざるものクウベカラズ
6 挨拶は基本中の基本だ
7 隣の人の声に耳を傾けろ
8 自然とともに生きろ

「ここは自分でできるからいい」
毎年参加する子どもがいう。自分でできるとは、「自分たちでプログラムを作れる」ということらしい。

山賊キャンプでは、キャンプ場についてすぐにプログラムを決める話し合いがもたれる。これを山賊会議という。
「3泊4日で何がしたい?」
「川遊び」「工作!」「キャンプファイヤー!」「肝試し!」「虫取り!」
出るわ出るわ、とにかくやりたいことを絶叫する。他人の意見などお構いなしである。しかし、絶叫しているだけではこの場が進まないことにやがて気がついていく。主張するだけでは進まないことに気がついた子どもたちは、みんなが主張することがうまくいく着地点を探り、まとめようとするものだ。

散々悩んで、ようやく決まった3泊4日のプログラム。それは紛れもなくここにあつまった子どもたちとスタッフで作ったオリジナルのプログラムだ。だから、同じベーシックコースでも参加する日程が違うとまったく違うプログラムのキャンプになる。

大人が決めたことは守らない子どもも、自分たちで決めたことは守るものだ。自分たちでまとめることに戸惑い気味だった子どもたちは、キャンプの時間やスケジュールが自分たちの手にあるという確かな実感を抱くことになる。

 ¥それが大事なのだ。子どもたちが「ここは自分でできるからいい」と確かに実感できるキャンプ。それが山賊キャンプだ。

■若者たちはなぜ、泰阜村に向かうのか
「教師になる前に泰阜村へ行こう」

1993年には17名だった山賊キャンプのボランティアだが、2010年には372名と、20倍に増えた。いくらボランティア活動が盛んになってきているとはいえ、これだけ20代の若者が集まるのか、いまだに不思議に感じる。ただ一ついえることは、山賊キャンプで子どもたちをサポートするボランティアが、若者の学びや達成感につながっていることである。

「これがやすおか教育大学だ」
暮らしの学校「だいだらぼっち」には子どもだけが留学しているわけではない。若者も年に1,2人いる。自らの意思で、一年間の学びを享受するために暮らしている。

彼らは、いつか教員になりたいという。それならば、とグリーンウッドは「山賊キャンプ」のボランティアという短期間ではなく、一年間の学びの場を用意した。それが、グリーンウッドの「教員養成プロジェクト」だ。教員を目指す若者が「だいだらぼっち:の子どもたちといっしょに暮らしながら、教員に必要なものを丁寧に学んでいく。
 
民間団体、それもNPOが教員養成?生意気に聞こえるかもしれない。でも私はまったくひるんでいない。いったいいつから学校だけが教育を施す場になったのか。しかもその教員を、いつから大学だけが養成するようになったのか。その限界は、現在の教育現場を見れば明らかだ。

教育は決して学校だけにあるのではなく、子どもの未来を考え抜こうとする気概のある「そこかしこ」に存在できる可能性を持っている。それが地域であり、家庭であり、学校でもある。そして、教員もまた学校のなかだけに存在するものでもない。子どもの未来を考え抜こうとする大人はみな良質な教員だ。私から言わせれば、教員養成を大学だけが行うことこそ、すでに時代遅れだ。


こういったグリーンウッドの山村の魅力を大いに活用した山村の体験教育活動は、子どもたちに良質な教育の場を提供しているのみならず、地域に自身と活力を与え、地元民発の新たな活動も生み出す原動力となっている。

こういった外部の若者たちと地域の連携による新たな教育活動の取り組みに、もっと注目していきたい。


千葉裕樹

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自然(農業)学校が、地域を牽引している事例:NPOグリーンウッドの取り組み①「暮らしの学校 だいだらぼっち」

長野県の山奥に、泰阜村(やすおかむら)という人口1900人程度の小さな村がある。大きな国道さえ通っていない過疎化・高齢化が進む村だが、ここに20年以上若者たちたちが根付いて山村の自然体験教育を行っている。

今では年間1000名以上の子どもたちがこの泰阜村を訪れるようになっており、子どもたちへの教育の面だけではなく、地域の活性化にも大きく貢献しているのが、この泰阜村のNPO「グリーンウッド」リンクである。

このグリーンウッドの取り組みには、これからの教育のかたちを考える上で大きなヒントがあるように思うので、グリーンウッドの著書『奇跡のむらのものがたり 1000人の子どもが限界集落を救う!』(辻 英之著)を要約して紹介していきたい。

グリーンウッドの泰阜村での取り組みは、「だいだらぼっち」という年間を通しての山村留学と、学校の夏期・冬期休暇での短期の単発型体験合宿の「信州子ども 山賊キャンプ」というキャンプの大きくは二つとなっている。それぞれに特長があるので、順を追って分けて紹介したい。

「暮らしの学校 だいだらぼっち」
■自給自足的な暮らしの学校
このだいだらぼっちでは、全国から集まった子どもたち(15から20名ほど)が共同生活を送りながら、地元の小中学校へと通っている。子どもたちが食事を作り、風呂を沸かし、掃除や選択など、生活の一切を自ら手がけている。

暮らしの中でケンカは当たり前。困ったことは多数決を用いないで納得いくまで話し合って解決する。

ストーブや風呂の燃料は全て薪。その巻きも許可を得て村の里山に入り、地元のお年寄りと一緒に間伐して確保する。田んぼや畑で稲や野菜を育て基本的な食材は確保し、敷地内の手作りの窯で焼いた食器でご飯を食べる。文字通り手の届く範囲での「自給自足」の暮らしを体験する。

とてもシンプルな暮らしをしているが、その日々には多くの「学び」が凝縮されている。それらを丁寧に拾い上げれば、それはまさに村の公立学校と比肩する、地域に根ざした「暮らしの学校」となる。
 
 
続いて実際どういった暮らしからの学びがあるのかについて何点か紹介したい。

■もったいないの本質
「だいだらぼっち」の子どもが手がける田んぼは2010年は約20アールになった。90歳になるおばあさんから「もう米作りをする体力はないが、手入れしないと田んぼが荒れていく。だいだらでやってくれないか」とお願いされ、これまでの倍の面積で米作りすることになった。

そして1年。子どもたちはおばあさんに教わりながら無農薬で米を育て、見事に棚田を守った。もちろん、すべてがうまくいったわけではない。無農薬栽培ということは、すなわち草とりに向き合うこと。子どもたちは決断に責任を持つことが問われる。責任に向き合えず、雑草を放置したときもあった。

悪戦苦闘しながらも、秋口にたわわに実った「だいだらぼっち」の稲。

「うまーい!」「なんでこんなにおいしいの?」

子どもたちは自分たちが育てた米に、どれだけの涙とアセと葛藤が凝縮されているかわかっている。そして同時に、これまで自分たちに食材を提供してくれた人たちに思いを巡らせるようになる。子どもたちは食材を通して、村のおじいさん、おばあさんが営んできた循環型の暮らしとその歴史の積み重ねに感動するのだ。

「お米をこぼしていたら、たぶん普通にしてたらもったいないってならないと思います。あったとしても、何円で買ったのに!というお金的な面でもったいないと思うかもしれません。

でも「だいだらぼっち」で教えられたことは、このお米一粒作るのに、どうやって誰がどれだけがんばったかという、人の思いについてもったいないと感じるということでした。それを教えてもらって、人について考えられるようになりました。」

もったいないの本質、それは「感謝」の心から生まれるのかもしれない。

■「みんなで暮らしを作っていくことから学ぶこと」
違いを豊かさへ。多様性の共存はグリーンウッドの基本理念だ。「だいだらぼっち」では、物事を多数決で決めない。一人でも反対者がいれば、その意見に耳を傾ける。仲間と暮らす上で困ったことは、何時間でも何日でも、自分たちが納得いくまで話し続ける。

多数決はもう古い。こうした自分(と自分の意見)が大切にされている経験を積みかさねること、そして相手と相手の意見を大事にするという経験を積み重ねること、それが「みんな違ってみんないい」の具体的な場面なのだ。

■「一つのお茶碗づくりから学ぶこと」
「だいだらぼっち」の子どもたちは、4月から1学期期間をかけて、毎日の暮らしで使う茶碗、皿、どんぶりなどの食器を作る。

店で格安で買ってきた茶碗はぞんざいに扱う子どもたちも、自分で作った茶碗は割らない。割れないように大切に扱っている。

「お茶碗割っちゃった、どうしよう」と相談に来た子どもは、きっと仲間の作ったお茶碗を割ってしまったに違いない。仲間がどれだけ苦労してつくっていたか、どれだけ思いをかけてつくっていたかが身にしみてわかっている。

一つの茶碗をつくる際も、持ちやすい大きさ、高台の高さ全体の形や重さなど考えることは無数にある。自分や大切な人が使うと考えるからこそ、それらを突き詰めて作る。その結果、「ものを見る目」を養ったり、「ものをつくる人の気持ち」に思いをはせるようになるのだ。

■「めんどうくさいことが楽しい~不便さこそが学びの土台」

「薪作業!」

子どもたちが企画運営する「だいだらぼっち」の説明会は毎年一月、東京と名古屋で開催される。参加者に「一年間で楽しいことは」と質問されて「薪作業!」と答えた子どもが「一年間でつらいことは」と聞かれると次のように答えた。

「薪作業!」

子どもたちは薪割りや里山からまきを運び出す作業を楽なことと思っていないことが分かる。にもかかわらず「たのしい」という。

「面倒くさいことが楽しいんだ」

そもそも、自然体験や生活体験とは「不便なもの」だ。言葉を変えれば「思い通りにならない」ということになる。自然も人間関係も暮らしも、決して自分の思い通りにはならない。そこに向き合うことは、この上なく不便だ。しかし、その「不便さ」こそが学びの土台になる。

「だいだらぼっち」の子どもたちは、楽なことは楽しいとはとらえない。自然にかかわり、仲間にかかわり、生活にかかわり、暮らしを作り出す。そういう手間がかかることや、生みの苦しみを伴うことが「楽しい」のだ。そう、自分たちの手に、生活の実感が握られていることが「楽しい」のだ。

こういった様々な学びや気づきが生まれるのも、寝食をともにし、生産活動も暮らしも一緒に行うという共同体的な生活があるからこそかもしれない。

その②へつづく。



千葉裕樹 

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農村の後継者はこうして育つ②

引き続き農文協の主張リンクより転載します。
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60代は「若い衆」、70代が「壮年部」、80代からようやく「高齢者」
 1月号「主張」では、直売所は「むらの財産を守り継承する農業」を実践する集落営農=新しい「社会的共同経営体」との連携、そして地域の商店街との連携というふたつの新しい連携によって「地元に雇用、仕事を増やす。こうして、(中略)田舎暮らし志向の若者が活躍する場、都市で暮らす地元出身者がもどれるような仕事、地域産業を興す。『地域の再生』の中心的な課題がここにある」と述べた。
 その課題を実現しつつある直売所の典型例として、農文協刊『季刊地域』2月号(8号)の特集「後継者が育つ農産物直売所」で紹介した、長野県伊那市の「産直市場グリーンファーム」の取り組みをみてみよう。
 グリーンファームは1994年、60戸の農家が参加し、わずか800万円で建設した200坪の売り場からスタートした。創立から18年の今年、登録出荷会員は2150名で年間売上は約10億円。1000万円以上売り上げる農家は2、3人で、大半は100万~200万円である。多くは兼業農家だが、後述するように、農地をまったく持っていない「出荷者」もいる。職員数は60名でうちパートは5名。まさに地元に雇用、仕事を増やす直売所だ。
 現在は400坪となった売り場、3300坪の敷地は、もともと代表取締役会長である小林史麿さん(70歳)の叔父さんの耕作放棄されかけていた畑だった。「ここは農村だぞ、誰が買うんだ」の言葉通り、急勾配の河岸段丘を市街地から4km登った人家のまったくない土地で、あるスーパーのコンサルタントは「絶対に失敗する。やめておいたほうがいい」と断言した。そこにいま、年間56万人のお客がやってくる。その集客の秘訣はぜひ『季刊地域』をご一読いただきたいが、ここではグリーンファームの代替わり=後継者育成の仕組みに注目したい。
 小林会長はこう述べている。
「グリーンファームは創業時の生産者の平均年齢70歳でスタートし、それから18年が経過した。当然高齢化は進み、平均88歳の域に達しているのではと思いきや、今も相変わらず平均年齢70歳だ。これはこの18年間、生産者の数が飛躍的に増加したことにもよるが、生産者をつぎつぎ更新してきたからだ。新たに加わる生産者が、直売所就農人口の平均年齢を引き下げる役割を果たしている」
 たとえば実績主義の流通最前線の会社で定年を迎えた横田千秋さん(68歳)。伊那市出身の妻の実家の近くに家を新築、自然豊かな信州で「悠々自適」の生活を夢見て東京から転居してきた。だが、友人も知人も、地域とのつながりもない。何もすることがない。そのうち妻の実家の野菜づくりに少しずつ手を出し、グリーンファームへの出荷を手伝うようになった。義父母は80歳を過ぎているというのに毎日楽しそう。農作業も、軽トラックで出荷に行くのもつねに夫婦同伴。晴れた日は野に出て、雨が降れば納屋でわら仕事。いやになれば近所の高齢者を集めてお茶を飲む。これこそまさに悠々自適ではないか。
 まもなく義父が急病で他界。約10aの農地を相続することになった。今度は手伝いではない。3年間ほどのお手伝い農業から、自身の農業へ。グリーンファームでは新たな知人やつながりもでき、近所の耕作放棄地を新たに借り受け、耕作面積は30aに。農業所得も当初目標の100万円を超え、150万円となった。
「64歳で年金を満額受け取るまでは兼業農家」と、定年後も長野県土地開発公社の嘱託職員をしている中村初治さん(62歳)は、年金プラス100万円の直売所農業をめざす。一昨年、86歳で亡くなった父親の榮市さんは林産物の直売が得意だった。とくに庭木として需要の高いイチイの苗木の出荷は大きかった。秋にキノコ採りのかたわら実生のイチイの幼木のなかから、4、5年生くらいの素性のよい幼木を見つけて自宅に運ぶ。2年も畑に植えておけば、グリーンファームの苗木売り場で1000円くらいにはなる。特別手間暇をかけずに数千本のよい苗木を販売してきた。初治さんが榮市さんから引き継いだ苗木はまだ数百本はあるという。
 グリーンファーム生産者の会の役員で、「出荷するものがないときにも顔を出す」という竹松駒太郎さん(81歳)は、残念ながら昨年、体調を崩した。息子の慶一郎さん(52歳)は工務店に勤める大工だが、昨今は工務店の仕事も少なく経営もきびしい。この際工務店を辞め、大工仕事と直売所農業で生計を立てようとグリーンファームに参入。約1haの田畑でコンニャク、サトイモ、ネギ、ウコンなどを栽培して出荷している。社長の愚痴を聞きながら働いていたときより面白い。週1回現金精算のグリーンファームは「宝の山」だと手応えを感じ、生産者の会の役員会には父親の代理で参加している。
 ここグリーンファームでは、60代は「青年」「若い衆」、70代は「壮年部」、80代からようやく「高齢者」と呼ばれているのだ。
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続く



新聞会

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自身の体験(玄米自然療法による起死回生)が、循環型農業を始めたきっかけ~【大松農場】②


260705で紹介されている大松農場の大松秀雄さん☆
表情からも、言葉からも、ただものじゃない本源的な人間性を感じさせてくれますが、実際とーーってもすごい方なんです♪♪

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1.かなりの事業家さん☆

大松農場の社長さんであるだけでなく、同時に、千葉県旭市で20年以上にもわたって有機農業を続ける『あさひ村(株)』の代表さん。さらに有機・発酵堆肥を使った循環農法を進める『旭愛農生産組合』という農事組合法人の組合長さんでもあります。
さらに縄文プロジェクト代表。くりもと地球村と ミレニアムシティプロジェクト活動を可能にしている地元のキーパーソンでもあります。
他にも活動は数知れず・・

2.自身の体験が農業をはじめたきっかけ

なんと、大松さんは、高3の時、原因不明の病で食事が出来なくなり病臥していたが、伊豆の断食道場で玄米自然療法により起死回生したという体験を持ちます。
そこから、科学物質などを排除し、餌までこだわりぬいた養鶏を開始されたのだそう☆

20 歳前後の数年間、今で言う拒食症で病臥します。箸も持てないほど衰弱し、周囲から密かに諦められるまでに至ります。
万策尽きて伊豆の断食道場に投宿。2 週間断食ののちの玄米がゆが体中に沁みわたり、ギリギリの生命力を実感、蘇生したと感じたそうです。起死回生のその経験から穀物と野菜にいのちの原点を見ました。リンク

3.食に対してはかなりのこだわりが・・

一言でいうと、大松秀雄さんはぶっとんでいます。
基本的に有機農産物しか口にしないそうです。
会費3万円の食事会へ言っても何も食べず、家に帰ってそそくさとご飯と野菜と味噌汁を食べるんだとか。リンク

4.自然の摂理を最大限生かした農業をされています☆

うちの鶏はほら、鶏舎みてごらん、風は通るし日も当たる。だからニワトリが元気なんだよ。不健康な親鶏から健康な卵ができるはずがない。ん?なんで鶏舎に雄鶏がまじってるって?そりゃあ、あんた、こうして話をするのもわしだって聞き手に女の人がいるといないとじゃ気合いが違うよ(笑い)。鶏だって一緒さ。卵産もうという意欲が、鶏舎に雄がいるといないとじゃあ違うわ。あはは。ほんとうだよ。リンク

「昔はどこの農家も鶏や豚、牛を飼っていて、そのフンを田んぼや畑に還元する循環型農業をやってたんだ。でも、今は違うだろ。だから、地域ぐるみで循環有機農業を復活させようと思ってさ」

「草生栽培っていうんだよ。わざわざ雑草の種の入った土をまいたんだぜ。雑草には、有機物やミネラルを土に返す役割があるんだ」じゃあ、田植えをしたらそのまんま?「稲が小さいうちは、草取りが必要。草のほうが大きかったら、稲にお陽さまの光が届かないだろ。1本1本手で取るんだ。でも、稲が大きくなったら、雑草も一緒にここで育つ。で、稲刈りのあとは、田んぼにすき込んでしまうんだよ」なんだか、手間がかかりそう…。「うん、かかる。だけど、何かを育てるのは手間がかかることなんだよ。オレは、農業と医学と教育は産業じゃないと思ってる。生きること自体に関わることだからな」リンク



立石裕美

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テーマは【人の輪と、集落の和】「営農組合 酒人ふぁ~む」


「人の輪と、集落の和」を基本テーマに若者が目的を持って歩む。そんな集落を夢見た酒人に住む農民自らが考え、組織した「営農組合酒人ふぁ~む」がとても面白そうなのでご紹介します♪
<リンク>

○一集落一農場

酒人集落はほぼ全員が第二種兼業農家。1人1人で農業を支えるのは難しくても、農地を合体、力を合わせれば、大規模農業が可能になります。集落全体で1つの農地!共同で農業機械を購入、若者から高齢者までそれぞれが適材適所で働くことで、昔ながらの農村の営みを維持しています。

本来、農村集落は農産物を作るための共同体。用水路の整備や水利権の調整は個人では無理だからで、集落全員で担い話し合って進めてきました。

農事の取り決めや祭りなどの農村文化も同じ。「共同体文化」から生まれたものです。そんな本来の姿に戻り、村の文化を物語に変えて農産物を作っています。

★個々の農家を統合して、集落全体で共同して農業を行っている。昔ながらの共同体文化。


○周辺地域と連携

酒人ふぁ~むで育てた稲のワラを畜産農家に提供、それを飼料に牛を育て、その糞を堆肥にして再び酒人ふぁ~むでの農産物づくりに生かす…。周辺地域と連携して、そんなリサイクル農法に挑戦しています。

さらに、集落の家庭の生ゴミも集めて堆肥に変えてハウス野菜の栽培に活用するなど、暮らし全体でのリサイクルにも取り組んでいます。

★地域に根ざした、循環型農業!堆肥と稲藁が回る!


○こんな人がつくってま~す!

・「オペレーターグループ」
ふぁ~む直轄の中核メンバー。
営農意欲まんまん、次の時代の酒人ふぁ~むを支える人たちです。55歳以下で主に大型機械を使った農作業を担当。熟練者から指導を受けて農業ノウハウを身につけ、現場の農作業、さらには次の世代にノウハウを伝える役目も担っています。

・「なごやか営農グループ」
主役は20歳~65歳の女性。
ハウス野菜の栽培・収穫・出荷を担当。将来は農産物を加工食品にして付加価値を高める役目も期待されています。自分の子供に安心・安全の野菜を食べさせたい…そんな思いで営農する酒人ふぁ~むのお母さん的存在。

・「すこやか営農グループ」
65歳~80歳の老人会のメンバーで集落営農の趣旨に賛同、酒人ふぁ~むの知恵袋として地域を見守る存在です。オペレーターを補助するほか、平日の作物の管理・収穫なども担当、このメンバーが持っている農業の知恵と知識は酒人ふぁ~むの“宝”です。

・「やすらぎ営農グループ」
80歳以上の敬老会のメンバー。
酒人ふぁ~むにはボランティアとしての参加で、おしゃべりと雑草取りが主な仕事です。家でじっとしているよりも、役割を担って体を動かす方が健康で長生きになります。やすらぎメンバーが酒人ふぁ~むの雰囲気づくりに貢献。みんなで楽しく農作業しています。

★適材適所の分化体制!なんだか、あたたかい雰囲気がする!

他にもとても面白い取り組みがたくさんあります!HPも手作りのイラストが多く、見ているだけでも楽しめます!是非ごらんあれ♪
<リンク>



やぐっちゃん 

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農業集団(人)を評価する視点

サロンで農業集団の探索・追求をしています。当初は企業NWの対象として捉えていましたが少し軌道修正が必要かも知れません。最近の気づきを紹介します。

結論的に農業系のNW対象として2軸の視点が必要では?と考えています。その理由は、可能性ある農業集団(人)は大きく以下の類型が見えてきたからです。
それは、
①共同体化しているが閉鎖的(自集団以外へ拡大の意思が余り感じられない)
②集団(企業)の組織体制、運営方法などを知る情報は貧弱だが、活動そのものに次代の可能性を感じる。(農業を事業化し自立した企業として成功している集団を含みます。)

可能性をより感じるのは②の集団です。①は土地に密着した「農業生産」に主軸を置いて法人化していますが企業とは言いがたい、②は「農業」に関りながらも主軸は「意識生産」を志向しており企業として自立しているのが特徴です。ただ①は共同体を実現(再生と言うべきか)していることは、今は内向きでもその潜在思念は評価すべきとおもいます。よって、探索すべき対象として『企業NWの対象』と『農業事業のNW対象』の両面からその可能性を評価すべきと考えます。

では、「意識生産」する農業集団とは何か?
・一言で言うなら、『みんな期待を対象化し、実現志向』のある農業集
 団、この志向があれば集団に限らず<人>もその対象になり得る。
  
・具体的に
  a.食の安全を追求
  b.農業の持つ教育機能を追求(本源機能の再生=本能的な感覚機能や
   共認機能など言葉は異なれど同様効果を意図している)
  c.次代の社会を見据えて農業者・農家の拡大を図る
  d.地域活性化に貢献(教育、就労など)
  e.農家のネットワーク化(人・情報の交流、社会的役割の共有など)
  f.農の可能性伝播(家庭菜園、休日農業、貸し農園など底辺の拡大を
   図る)
  g.エンドユーザーの欠乏を探る(1~6次産業化など)
  h.事業として自立(従業員・従事者の活力上昇を図る→地域貢献など
   へ)
  を志向する集団ではないでしょうか。

・既にるいネットに紹介されている集団を再評価すると、例えばマイファ
 ーム259857の取組みは<c、d、f、h>として評価でき、木の花
 ファミリー259360は<b、c>と評価できます。事例は先端をい
 くものですが、概ね地味で発信ベタな農業集団、未だ埋もれている彼ら
 を一つでも多く発掘できればとおもいます。



宮本昇 

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