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農村を活性化させる為には?

たねを守るひとたちのつながり“たねの交換会”

月に1回、旧JR奈良駅前の広場で、
オーガニックマーケットが開かれています。
リンク

できるだけ、自然に沿った作り方を心がけた農産物と加工品。
育てた生産者と、口に入れる消費者が直接、触れ合える場。

>生産者と直接、会話し、彼らの考えかたや農法を知り、
 食べ方などを情報交換する事で、食べ物は何から出来ているのか、
 自分や家族の身体は、何で作られているのか、
 よりイメージし易くなると思います。

>「オーガニック」は目的ではなく、あくまでも手段なのです。
リンク

新鮮で不揃いな、自然農の野菜。有機栽培のブルーベリーで作ったジャム。
穀物菜食のお弁当。オーガニック珈琲。手紡ぎのワークショップ。
子供服の物々交換。草刈り機のメンテナンス、解体ショー!

それぞれにストーリーのある、こだわりのお店ばかりが並んでいます。
その中でおっと目を引くのが、“たねの交換会”という看板のあるテント。
並んでいるのは、いろんな色やかたちの種子でした。

>種の交換会では、参加する人が広く伝え守っていきたい
 たねを持ち寄り、お互いに交換します。

>交配や交雑している種、農薬の使用・不使用。
 遺伝子組み換えの可能性などについては、
 お互いがわかりあえるまで語り合いましょう。
リンク

持ち寄られた種は、気候適応し自家採種されたオリジナルが多く、
それぞれに特徴やストーリーがあります。

>地域の気候風土に適応した種が増え、その土地ならではの食文化が発展していくこと、 そして次の世代に持続可能で豊かな暮らしを引き継いでいくこと

>1人で30種類の種を採種することは大変ですが、30人が1種類ずつ採種し、
 持ち寄って交換することはさほど難しいことではありません。
リンク

ひと昔前の農村では、
伝統の作物のたねを“門外不出”とし、排他的に守る習慣が一般的でした。
ところがいま、“たねを守る”ことは、もっと開いた課題になっています。

(最近では、パタゴニアの元日本支社長 ジョン・ムーア氏が東京から高知に移住。
 伝統野菜の種の保存に力を注がれる、という新聞記事もありました。)
リンク

“たねの交換会”は、市場原理に支配されつつあった“たね”を、
経済的な価値を超えて、大切に守っていく大きな可能性だと言えるでしょう。




木村麻里

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江戸時代百姓の豊かな暮らし 百姓の家計簿-百姓は商品を売って生計を立てていた-


商業的農業の発展を背景にして、江戸時代の百姓は、かなり豊かな暮らしをしていたようです。

以下「新しい歴史教科書」ーその嘘の構造と歴史的位置ーリンクより引用します。

***以下引用***

著者が授業で使用していた清水書院版の歴史教科書(平成8年版)には、「農家の収支」と題して、19世紀はじめのころの江戸近郊にあった夫婦と子供一人の農家の例が掲載されている。 それによると、この農家の収入は以下のとおりである。

□水田(1町)米20石
年貢・小作料(10石)
家族の食料 (1.3石)
もち用   (0.3石)
種用    (0.5石)
会食用   (0.2石)
日雇い食料 (0.5石)
残り    (7.2石)を売却(7両2分)

□畑(5反)
麦      6石
家族の食料 (3.6石)
日雇い食料 (1.8石)
種用・その他(0.6石)

大根25000本(135貫文)
畑年貢   (3貫文)
肥料・運送費(106貫文)
残りを両に換算(4両)

 この農家は水田1町を小作して20石の米を収穫し、その収穫の50%を地主に納め、残った米10石と畑6反からの麦と大根とで生計を立てている農家である。しかもその農業は日雇いの労働者を雇って成り立っている。
 そして米10石のうちの7.2石を売却して7両2分の現金収入を得ている。さらに畑で取れた25000本の大根を売却し、その売却代金から年貢と諸費用を引いて、4両の現金収入を得ている。合計11両2分の現金収入があったわけだ。さらにこの現金収入は、次ぎのように使われている。

塩・茶・油紙代 2両
農具代     1両
家具代     1両
たきぎ・炭代  1両
衣料代     1両2分
日雇い給金   1両2分
音信費など   1両
結婚式・葬式など2両
残金        2分

 まさにこの時代の百姓は、栽培した作物の大半を売却して生計を立てているのであり、多くの現金収入を得て、それで農具以下の日用生活品を購入するだけではなく、日雇い労働者への給金の支払いや結婚式・葬式などの近所付き合いまで行っていたのだ。

 さらに新潟地方の農家に残された文書を研究した田中圭一は、興味深い例を紹介している。
 越後国(新潟県)塩沢組58ヶ村の1833(天保4)年の現金収入を記録したものが残されている。この地の中心的な村は越後湯沢町や塩沢村である。それによると、この年の58ヶ村の百姓の現金収入は以下のような内訳となる(田中圭一著「村から見た日本史」より引用)。

1万1000両 縮代
1300両 宿料・関、湯沢、三俣、二居、浅貝村の10軒の宿代
612両 出し米
510両 絹糸
300両 他国稼ぎ 120人
250両 売薬
200両 材木
150両 清酒 上州行き
150両 塗物、指物、木細工
100両 ぜんまい
 70両 山里点蝋
 30両 漆
 30両 湯治(温泉)

 この地域は越後と江戸を結ぶ街道沿いの村であり、田の面積は少なく1軒あたりの水田面積は平均2・3反という、これだけ見れば貧しい村である。しかし街道沿いという立地条件や山地であるという条件を生かして宿業や林業・木材加工や山菜の販売をするだけではなく、他地域から多量の原料を買い入れて縮織を生産販売したり、薬や酒まで販売する商業の村でもあった。これらの村が販売する米・612両に対して、販売した縮織の代金が1万1000両。江戸時代の百姓の暮らしが農業だけではなく、さまざまな手工業と商業に依拠していたことの典型例である。
 この地域の村の女性たちは、一冬に2反ほどの縮織を織り、上質のものなら金2両を得ていたという。まさに農閑期副業どころか、これが生業と言ってよいほどの状態であったのだ。

***引用終り***




mosimobox

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“奇跡のリンゴ”から“奇跡の田んぼ”へ~木村農法の田んぼとお米からは、福島でも放射線が検出されず!~


「奇跡のリンゴ」で知られる木村秋則氏の自然栽培の田んぼからは、放射線が1ベクレルも検出されなかったそうです!それも、福島県・宮城県で、周囲では高い数値が出ているのにもかかわらず。

「微生物を利用した発酵食品が放射線障害から身を守る」249516と同様、微生物による浄化が働いた結果だと思われます。

以下、「奇跡のリンゴから奇跡の田んぼへ 放射能から救われる」(キノコの光合成)リンクより転載させていただきます。
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奇跡のリンゴのあのお方がまたやらかした!

って
素晴らしい方にやらかされたのだ。
農家よ、はっちゃけよう。
世界を救うのは自然と共に生きるあなた方です。
そして消費者も友に学びます!

以下転載゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚
光の戦士さんのブログリンクより

リンク
一部引用

奇跡のりんごで知られる木村秋則氏。彼の木村農法で育てられた
りんごは、切っておいても 色も変わらずなんとよい香りを残したまま 
くさることもなくドライフルーツの様になっていくまさに「奇跡のりんご」
である。

そして、今回フクシマのこの木村農法・自然栽培の「 田んぼ 」で
なぞの おどろくべき現象が、報告されている

「百姓が地球を救う」リンク

この木村氏の著書によると

自然栽培の木村農法で育てられた米に関して「同位体研究所で
福島と宮城の自然栽培米を分析したところ、
1ベクレルも 検出されなかったのです。(0以上1ベクレル未満)」
と書かれている。さらには、

「 特に福島県産のお米は1メートル離れた 
あぜみちで高い数値がでていたにもかかわらずわたしが 
指導する 田んぼ では検出されませんでした。」

とまで書いてある! 

これには 驚き! である。木村氏の自然栽培の田んぼからは、
放射線 が検出されないとのことである!

これは「奇跡」といえる出来事である。どうでしょうか?
木村氏はこの原因は はっきりとは解らないが、
一般の 田んぼ よりも 何倍も 多く住む バクテリア が 関係している 
かもと話している。とにもかくにも この様な 奇跡的な出来事が、
フクシマ の 田んぼで実際に起きていると言うのである。

リンク  ~より

東電でも、原子力保安院でも、大学の研究室でも、どこでもいいから

放射能を分解するバクテリアを、しらみつぶしに探して

汚染地帯にばらまいてくれたら・・・と、願います


転載以上
゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

木村さんのご著書をじいさんも読んだ事がある。

気も狂わん程の努力の果てに見いだした世界は、甘やかす事無く育む自然の愛だった。
本来の自然の愛は厳しいが無敵なのだ。
それが絶対不可能と言われてきた無農薬リンゴの生産にこぎつけ、
畑にUFOさえ呼び込んだ(笑)


気も狂わん程の努力を、
しかも正しい方向
自分があるべきだと思う方向に努力をした事はあるだろうか?

やらされるがままの仕事にあなたの全精力を傾けても
例えるならばそれは
農薬漬けのリンゴを大量生産するだけかもしれない。

大量生産のリンゴも確かに人類には必要だ。

しかし人類が今後も地球上で存続するには
この木村氏の到達した世界への、誰でもが辿り着ける地図が必要なのだ。

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以上です。



萱間直

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農家力(自給の思想)が「地域という業態」を創造する①

農文協( リンク )の中で、
業態革命元年という2010年の記事を発見しました。

「業態革命」で、且つ直売所に持っていく方向が気になったので、紹介します。

>●「地域という業態」を準備した農家の取り組み
「地域という業態」という見方を提起した『地域に生きる』(東北地域農政懇談会編著・農文協刊)では、次のように述べている。

「各業種ごとに業界団体が存在し、中央と地方とは、中央が企画を行い、地方はその実行のみを行うという中央集権的な関係で結ばれていた。その中で、地方は中央に頼らなければ生きられないという他律的な構造に陥ってしまった。さらに、各業種間には、『縦割り』という大きな壁が存在していた。同じ地域の中に暮らしていながら、農業団体と商工会、温泉組合などの間には、相互の交流関係は乏しかった。そして、それぞれに『我が業界をめぐる情勢は厳しい』と頭を抱えていた。『地域という業態』は、このような『対立』『他律』『悲観』という構造から脱却し、『共生』『自律』『楽観』という構造に切り替わろうという考えである。すなわち、これまでバラバラだった、農業、建設業、観光業などの地域の中のさまざまな業種がお見合いをし、相互に信頼関係で結びつき、それぞれ持っている知恵や情報、販路などを交換・共有することで、地域の内側から渦の広がっていく産業構造を作ろうという考えである」

 高度成長期以降、かつて地域に生業としてあった様々な仕事が専門化・産業化され、業種ごとの「専業化」と「業種の壁」のなかで、経済合理が追求されてきた。それが近代化であり、経済を拡大し豊かさを実現する道だとされてきた。だが、それぞれの頑張りにもかかわらず、いや頑張りのゆえに、かえって地域を暮らしにくいものにしてきた。業種縦割り中央集権構造によって地域は分断され、地域にあるもの、地域資源の価値が見失われてきたからである。そこを、地域を再生する立場から変えていこうとするのが「地域という業態」の考え方である。

 2009年、農家は作目の壁、業種の壁を越えて、歴史に残る大きな前進をした。09年1月号の「堆肥栽培元年」。畜産農家が処理に困っている家畜糞を筆頭に、高速道路の土手の刈り草、食品工場から出る野菜・果物の皮や芯などの廃棄物、ライスセンターから出るモミガラ、近隣の町の人の捨てる生ゴミなど、農家は、身近な地域の有機物資源を本気で肥料として位置づけるやり方をおしすすめた。経営状況がきびしいなかで、「自分でやる・工夫する・捨てないで利用する・買わないでつくる・みんなでやる」……、そんな農業のやり方は、この間一貫して指導されてきた、選択的拡大による専作的な「業種」として効率的な経営をめざすという発想とはちがい、「業態」的である。

 農家はもともと、食べものや資材の自給から兼業まで、多彩な仕事をこなす「業態」であった。その「業」は「生業」であり、それは暮らしと結びつき、あるいは暮らしそのものである。そして生産・生活の両面で支えあうむらの仕事のありようは、相互につながりあう「地域という業態」であった。つながりがなく単一的であるがゆえに他律と対立にならざるを得ない「業種」に対し、「業態」は結びつきを旨とするがゆえに自律と共生によって地域を形成する。それがむらという「業態」である。

 それを、他の業種と連携しながら現代に復活、創造する。その条件、大きな可能性をつくりだしているのが直売所である。直売所はいまや、「地域という業態」を創造する原動力となり、「地域の再生」の拠り所となっている。

●直売所がおしすすめた4つの改革・創造
 直売所がなぜ、「地域という業態」を創造する原動力であり、「地域の再生」の拠り所なのか。整理してみよう。

 今日の直売所の源流の大きな一つは、1970年代に展開された生活改善グループや農協女性部の女性たちによる「○○円自給運動」である。兼業化が進むなかで、女性たちは、子どもたちなど家族の健康や家計のことを考えて自給畑をとりもどし、あまった野菜やくだものを朝市、日曜市などで販売していった。80年代には、急激な円高による農産物輸入が急増するなかで、多くの農家が参加して野菜を中心とする直売所を増やし、93年の平成大凶作の時には、親戚、友人、知人に自家用米までおすそ分けし、そんな結びつきをいかして本格的な米プラスαの産直・直売を展開していった。

 食生活の自給運動を土台に展開した直売所、地産地商。暮らしの原理が息づく直売所は、農家をひたすら狭い意味での農業=原料生産を行なう産業の一業種に押し込もうとしてきた農業近代化路線から農家を解放し、それゆえ、以下のような大きな改革・創造をもたらすことになった。

 1、流通のとりもどし

 2、農法の見直し

 3、地域資源活用の広がり

 4、担い手の多様化

(引用終了)

②に続きます。



塩貝弘一郎

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「地エネ」時代がはじまった~農家がエネルギーの主になるとき②


引き続き農文協の主張リンクより転載します。
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地エネにぴったり、小水力発電

 そうした「地エネ」のなかで、どの地域にも可能性があって、もっと注目されていいのが小水力発電である。小水力発電は太陽光発電に比べてハードルが高い印象がある。たしかに太陽光発電ではすでに太陽光パネル、パワコンなど、メーカー製の汎用品が普及しており、それらの設備をセットで購入すれば、技術的にも手続き的にも系統連系(発電設備を電力会社の配電線に接続して運用すること)して余剰電力を売電するところまで、わりあいスムーズにすすめることができる。小水力発電の電力を売るのはそれほど簡単ではない。系統連系に際して、配電線につないだときのリスクを極力なくすという理由で、電力会社が発電者に対してさまざまな設備を求めるからだ。しかも太陽光発電や風力発電の設備に合わせて技術要件がつくられているため、小水力発電の専門家から見ると不合理な点も多いという。
 では太陽光発電や風力発電にくらべて小水力発電が割に合わないかといえば、そんなことはけっしてない。晴天の日中以外は効率がぐんと落ちる太陽光発電や、風が吹かなければ電気が起きない風力発電の設備利用率は12%前後といわれる。これに対して小水力発電なら年間の水量の変化を加味しても65%程度の設備利用率を見込むことができる。年間の発電量に換算すると小水力発電は太陽光発電の約5倍。固定価格買取制度の単価を当てはめて70kW規模の発電所で試算すれば、太陽光発電の売電収入が年間約300万円に対して、小水力発電では約1400万円と、約4.6倍になる。小水力発電はたしかに最初はおカネがかかり、手続きも少々面倒だが、建てるところまでもっていけば断然有利なのだ。
 豊富な水量と落差をもつ河川が流れ、各地に農業用水路がはりめぐらされた日本には、小水力発電所をつくる可能性がまだまだある。日本とドイツを比較すると、3万kW以上の大水力発電所は日本がドイツの4倍あるのに、1000kW以下の小水力発電所はドイツの約5000カ所に対して日本は約500カ所と10分の1しかない。可能性がありながら開発が進んでいないのが、日本の小水力発電なのだ。

地域のおカネが回っていくしくみを

 集落単位で小水力発電をはじめるなら、最初から大きくやるよりも、まずは外灯や電気牧柵などの小規模な利用で試験してみて、農産物直売所や加工施設への電力供給(20kW程度)へ、さらに売電(50~70kW以上)へというような段階を踏んでいくといい。九州大学の島谷幸宏氏はこうした3段階のステップアップを提唱している。
 そうなると問題は初期投資をどうするかだ。小水力発電の設備投資は1kW当たり150万円が目安といわれている。かりに50~70kWの小水力発電所をつくるとなると数千万円~1億円程度のおカネが必要だ。首長による公益性の担保、固定資産税の減免などの行政の支援を受けるとともに、市民ファンドの創設や信用金庫、第二地銀などの地域の金融機関との連携によって、できるだけ地元から資金を調達したい。金融機関の側から見ても、再エネ発電事業は単価が保証され、初期投資の回収の見込みがはっきりしているのだから、しっかりした事業計画さえあれば担保なしでも融資は可能であるはずだ。そうすれば、発電事業で得られた売電収入は地域にとどまり、さらに再投資されることで、地域経済の発展に寄与することができる。地域に密着した金融機関の代表であるJAにはぜひ、ひと肌脱いでほしいところだ。
『季刊地域』11号では京都大学の諸富徹氏が、みずからかかわっている長野県飯田市の例を紹介している。飯田市では市民出資による太陽光市民共同発電の仕組みを軌道に乗せ、中心市街地再生と熱供給、バイオマスエネルギーの地産地消、小水力発電の可能性についても調査研究をすすめているという。
 固定価格買取制度では、電力会社にとって割高な価格を維持するためのおカネは、電気消費量に応じて月々の電気使用料金に加算する形で利用者から徴収される(「再生可能エネルギー発電促進賦課金」)。国民から広く浅くおカネを集める一方で、そこで得られる利益を広く地域に行きわたらせる仕組みは制度として担保されていない。資本力のない地域の個人や小さな組織が事業に参加でき、エネルギーとともに地域のおカネが地域内で回っていく仕組みを、自治体や、JAを含む地元金融機関に働きかけながら、自分たちでつくっていかなければならない。そういう動きはいま各地で起こっている。

農家が「エネルギーの主」となることから

 ここまで小水力発電を例に見てきたが、農家が中心となる「地エネ」は小水力発電にかぎるものではないし、発電にかぎるわけでもない。電気を自分たちの手で生み出すことをきっかけに、動力や熱供給を含むエネルギー全体の地域自給を見直したい。
 もともと日本の農家は水車を利用して粉をひき、用水路の水を田んぼに揚げ、山の木から薪や木炭を生み出し(木質バイオマス利用)、堆肥の熱で温床をこしらえていた(バイオ熱利用)。いまこそ、そういう「地エネ」の伝統を、現代の技術水準を取り入れて生かすときではないか。
 ドイツでは畜産農家が家畜糞尿と飼料の残りでバイオガス発電を行ない、肥料や熱としても利用したり、林地残材をチップ化してボイラーで燃焼させたり、牧草地に市民風車を設置したりといったことが、いまさかんに行なわれている。2000年に固定価格買取制度が施行され、再エネ発電が伸びるとともに、電気や熱エネルギーの主権を再び地域が取り戻しつつあるというのだ。その中心となっているのが、もともとドイツで「土地の主」と呼ばれ、最近では「エネルギーの主」とも呼ばれるようになった農家である。
 日本の農家にも「エネルギーの主」となる資格は十分にある。まずは自分の家、むらのエネルギー資源を見直してみたい。
 そこでは今のようすだけでなくかつての姿――古い発電所はなかったか、といったことも、大いに役立つ情報になる。ひょっとして、まだ使える導水路や水圧管だって残っているかもしれないのだ。
 むらを流れる河川や用水路の、どの箇所に年中水が流れていて、どこに落差がとれるか、農家であればすぐにわかるはずだ。さらにむらの年寄りから、かつて水車がどこに設置されていたかを聞きとってみると、よい情報が得られるだろう。まずは、水や林地残材、オガクズ、モミガラ、家畜糞といった地域の資源を見直すことから、「エネルギーの主」への第一歩がはじまる。
 それは相変わらず電気を「遠いもの」にしておき、自分たちの都合で原発再稼働を言いなりにできるといまだに信じている、巨大な電力会社から自由になる第一歩でもある。
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以上です。


新聞会

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「有機野菜」の思わぬ落し穴。それはタネ②


引き続き、ローハスクラブ(リンク)から引用します。

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◆本物の在来種はいまや風前の灯
「在来種」は、通常「外来種」と対照的に用いられる言葉で、昔から日本にある種という意味で一般的に使われている。いわゆる「伝統野菜」がこの「在来種」だと世の中では誤解されることが多い。伝統野菜とは、日本の各地方で独特な発達をとげた野菜で、京都の「加茂なす」「聖護院大根」「鹿ケ谷かぼちゃ」や、鹿児島の「桜島大根」、大阪の「水なす」などが有名だ。近年、伝統的食文化を見直そうという機運の中で脚光を浴び、全国的に知られるようになったり、全国的に流通するようになったものもある。しかし、一般に流通しているもののほとんどは、種苗会社から買ったタネを使っている。そして種苗会社の売るタネはほぼ例外なく、F1であったり、化学物質に汚染されていたり、化学的操作が加えられているものなのだ。つまり、外見こそ「伝統」的な形を保ってはいるものの、それが本当に昔からある種=在来種なのかというと、実はそうでない。本物の伝統的な在来種に似せてつくられた、新しい人工的な種なのである。

そこで、世間で誤解されている「在来種」と、本物の「在来種」を区別するため、独自の定義を設けることにした。できるだけ原種に近いタネ、遺伝子操作などされていない自然なタネをまき、そこから自家採種を10年以上繰り返したものを、「在来種」と呼ぶことに決めている。


◆在来種の健康パワー
寒い土地では寒さに耐えるエネルギーを持った野菜が育ち、それを食べる人間の体を寒さに適応させてくれる。だから、違う気候風土で育ったものを持って来ても、それは真の意味でその土地の人に適した食べ物とは言えない。在来種野菜のように、日本の土地に適した野菜こそが、日本人の体にも適しているのである。

また、タネから化学物質フリーだから、化学物質過敏症、アトピー性皮膚炎など、アレルギー体質の人でも安心して食べられる。約40人のアトピー患者らに継続的に在来種野菜を食べてもらったところ、アトピーの症状の大幅な改善が認められただけでなく、気性も穏やかになった、子供の基礎体温が上がったなど、予想以上の結果が確認された。

昨今すっかりポピュラーになった花粉症患者は、今、日本人の3人に1人。10年後には、化学物質過敏症が、現在の花粉症と同じくらいポピュラーな病気になるとの予測もある。重度の化学物質過敏症になってしまったら、もうF1のタネを使った野菜は食べられない。食べられるのは、在来種野菜しかなくなるのだ。


◆在来種は知恵を持っている
石井さんによれば、在来種は、大自然に自らを適応させて生き伸びようとする、賢さを持っているという。ある年、石井さんの家で小松菜の種を撒いたものの、待っても待ってもなかなか芽が出ないことがあった。近所のF1の種を撒いた農家では、予定通り30日で芽を出し、ぐんぐんと大きくなっていく。ところが石井さんの家の畑では、すっかり遅れてやっと芽を出し、しかもなかなか大きくなろうとしない。一体どうしたものか、もう今年はだめなのか、と思っていた矢先、その地方を大粒の雹(ひょう)が襲ったのだそうだ。F1の種から育った方は全滅。しかし、在来種から育てた石井さんの畑は大きな被害もなく、雹が去ってから1~2週間の間に今までの遅れを取り戻そうとするかのようにグングンと急激に成長し、問題なく出荷できたという。在来種は悪天候を予知してそれに備えていたのだ。本当の自然の野菜は、そんな知恵すら持っているのである。


◆味もパワフル、在来種野菜
石井さんの畑では、化学肥料だけでなく一切の肥料を入れていないので、余分なアクがなく、まろやかな味わいの野菜ができる。畑で採れた長ネギは、その場で生でかじってもほんのりとした甘みがあり、「ねぎ刺し」として食べられるほど。

在来種はそれぞれの土地に適応しているので、畑ごとにそれぞれの味わいがある。しかし、どこの畑であれ、その土地、その気候の中で淘汰されてきたナチュラルシード野菜は、たくましいエネルギーと生命力に満ち、味にも力強さがある。ぜひ、一度、ご自分の舌で実際に試していただきたい。


◆在来種を育てる苦労
在来種の普及は、しかしそう簡単なことではない。在来種野菜は、人間の思い通りに育たず、その生育は全て天候次第。しかも、ほとんど芽を出さない年が、3年目、5年目、7年目くらいに、周期的にやってくる。そうなったら次の年は、近所の自家採種している人にタネを分けてもらうしかない。10年を超えると安定し、味もよくなり、収量も増えて、慣行栽培の2倍以上、通常の有機栽培の3~5倍以上の収量を誇る畑もある。

しかし、そうした安定状態に至るまでの苦労、リスクが非常に大きいため、なかなか普及しないという現状がある。しかも、昔からその地方で育てられていた作物のタネを保存しているのは、今や老人だけ。そうした世代の老人は現在、次々と亡くなりつつあり、それとともに貴重なタネも消えていく。(早くしないと間に合わない) 石井さんは焦燥感にかられながら、必死の思いで農家を説得し続ける。少しでも多くの農家が、日本全国で在来種を育んでくれることを願って。

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ばんび 

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二極化する直売所2~成長の秘訣は「農家のため」なのに逆行する戦略

産直新聞メルマガリンクより引用します。
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■「いつか来た道」
直売所の店舗数の増加は、当然のことながら隣接する直内所間の競争の激化を招いている。品質や品揃え、接客態度などをめぐる、健全で前向きな競争は歓迎するべきだろうが、事態はそう甘くない。「水は低きに流れる」の例えどおり、価格競争、値引き競争が直売事業の中にも広がり始めているのだ。

西日本のA地域には、丘の上に店を構え賑わう有名な複合型直売所があるが、そこに至る道の登り口に直売所を開き、丘の上の値段よりも低い価格設定をして、売上げを伸ばしている団体もある。丘の上の店は「値下げ競争には与さない」という姿勢だが、客が登ってこないのでは話にならない。意に反して、価格面での対応も余儀なくされている。

東日本のB地域では、地方自治体が主導して幹線道路沿いに道の駅併設型の大型直売所が開設。おしゃれで綺麗な店づくりが地元女性の心をつかみ、大繁盛している。その一方で、周辺に以前よりあった20店舗ほどの中小規模の店は目に見えて客数が減った。新規開店の大型店は、高品質・おしゃれ・豊かな品揃えをキーワードに店舗を運営しようとしており、必ずしも低価格のみを売りものにしているわけではない。むしろ、窮地に追い込まれた既存店の方が、集客の対抗策として「値引き」しか方法を思いつかないため、「弱者から仕掛ける値引き競争」のような皮肉な形が発生しているのである。

これらはほんの氷山の一角である。

長野県内の直売所の運営者の中には、以前スーパーなど食品流通業に勤務した経験のある人が多い。彼らは、こうした全国に広がる事態を表して「俺たちが『あれだけはもうやりたくない』と思って業界を辞めた安売り競争と同じ構図だ」と口をそろえる。

●初期投資の大型化
いうまでもなく、直売所は、農家が自ら生産したものを持ち寄り、力を合わせて販売することで出発したものである。当初は、系統出荷ではねだされた規格外品の換金が主な目的だったが、「農家が直接売る」という事業形態が、従来の系統出荷―中央卸売市場経由の流通において各段階でかかっていた中間マージンを排し、輸送経費や梱包資材費などを節約することにつながったため、農家には手取り収入を増やし、消費者には良品の比較的廉価での購入を可能にするという予想以上の経済効果をもたらした。

直売事業が、その発生以来30年ほどの間に急速な発展を遂げた経営的理由は、まさにこの点にあると言ってよいだろう。

直売所のこうした発展史において店舗開設の経費などイニシャルコストはもともと極めて軽微なものだった。農家の雨戸を販売用の棚に使った戸板販売、その上に雨除け用のテントをかけた青空市…農家が力を合わせ、自ら販売する直売所は、はじめは店舗や設備にはお金をかけず、商売が徐々に繁盛する中で、順次、店構えやレジ設備などハード面を整備してきたという歴史を持つ。

ところが、現在、全国的に広がりつつある事態は、それとは様相を異にする。
「売上げ27億円」とか「年商17億円」とかの先進成功事例がクローズアップされ、「唯一の成長産業」とされる直売事業で、「日本に冠たる大型有名直売所」を目指して新型・大型店舗が企画され、開設されているのである。それを指導する直売所経営コンサルも競い合って成功事例づくりに励んでいる。

このようなビジネスプランでは、当然、初期投資が大型化し、その回収が至上命令となる。開店直後から多くの客が殺到し、人気が人気を呼ぶ展開が店舗運営上不可欠となり、その目玉が、品揃えの面白さと価格設定の低さになるのである。

もちろん現在新設される大型直売所は、最新の経営理論を適用し、様々なコンサルタントが関わっており、単に、価格の面だけで話題作りをしようとしているわけではない。「そこだけにしかない」特産品づくりと、それにまつわるストーリー作り、客層分析に基づく店のコンセプト設定、至たれりつくせりの各種サービスなど、値段以外の訴求力を最大限作り出し、生かそうとしている。

しかし、こうした経費をまかなうため、「価格の魔術」も同時に、また、確実に駆使されているのである。特に、大型店化し、初期投資が大きくなっている以上、伝家の宝刀「価格訴求力」が重視されるのは、経営上あまりにも当然のことなのである。

こうして、農家の手取り収入を増やすために出発した直売所の「業界」に、農家泣かせの「安売り競争」が普遍化していく仕組みがつくり出されようとしているのである。
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市場原理からの突破口として始まった農家のための直売所が再び市場原理競争に入って行くという矛盾。
しかし、時代潮流を読めば、市場原理に向かうよりも共認原理での運営戦略を取るほうが突破口だと思われます。「農家のためになる」という理念を外しての、安易な価格競争は自らの首をしめるだけではないでしょうか。



かなめんた

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日本のリアル【田んぼには肥料も農薬もいらない】その2(岩澤信夫と養老猛司対談)

「田んぼには肥料も農薬もいらない」農法を普及させようとした岩澤信夫(1932年―2012年:千葉県成田市生まれの農業技術者)と解剖学者(養老猛司)が重要な問題を論じ合う対談集「日本のリアル:農業、漁業、林業、そして食卓を語り合う」が出版されたので参考になる事項を引用します。
以降「日本のリアル」を引用します。
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○現代の田んぼでは耕すことに意味はない 
~農協(農薬・肥料会社)の陰謀か?・自主管理の勧め~
岩澤:道端でも原野でも山でも、土を反転させたところなどありません。自然界の植物はすべて、耕していない地面に根を下ろし、子孫を繁栄させています。そういう仕組みをもつ植物しか地球上には生き残っていないんです。
 つまり、田んぼを耕すというのは、自然とは反対のことをやっているのです。そうやって、わざわざイネを弱くつくり、化学肥料と農薬に頼って育てているのですから、うがった見方をすると、そういう農業をするように誰かに仕組まれているんじゃないかとさえ思えます。特に農協は、不耕起冬季湛水栽培が普及すると困るでしょう。農薬も肥料も売れなくなりますから。
養老:もし農協がそう考えているのだとしたら、それは既成組織が抱えている最大の問題ですね。組織は巨大になればなるほど、自分たちの仕事を変えられなくなります。いつだって物事は動いている、自分たちはいつも途上にあるという気持ちをもっていればいいのですが、なかなかそうなりません。既成の考えにとらわれ、縄張り意識を働かせ、自分たちがつぶされると思って守りに入る。安定した状態が続かなくなるという不安が大きいんでしょうね。
 世間ではよく官僚がよくないと言いますが、そうではなく、どんな組織でも官僚化する危険性をはらんでいるんです。やっぱり実際の仕事をするならば、「いつも途上」と言う気持ちをもたないと。
岩澤:農協が悪いわけではないのだと思います。時代に合わなくなってきているのです。・・・
このままでは、農協の流通に頼っている農家もつぶれていきます。農協の役割はもう終わったのではないかと私は思っています。
 農家が自立していく為には、自前の流通をつくり、自分で値決めしなくてはなりません。かっての農家は生産にほぼ特化し、あとは農協におんぶにだっこでしたが、これからはマーケティング50%、経営30%、生産20%ぐらいの比率でやっていくべきです。

○農業で成功したかったら国のやり方に従うな 
~農業は市場を包摂できる・農業には無限の可能性がある~
岩澤:日本不耕起栽培普及会のメンバー数は全国で300人くらいです。会員のつくったコメは、一俵3万~4万円の高値で売れます。東京渋谷の東急本店では、一俵22万円の値がついています。べつに22万円で売る事が目的ではないのですが、田んぼにたくさんメダカがいるということだけで、お米の値段が上がる時代になったのだとつくづく思います。
 私たちの農法でイネを育てると、田んぼがホタルだらけになります。ホタルが2000匹になると、人が2000人集まるというのですが、そのうち何十人かは「そのお米を食べたい」と言ってくれます。そういう消費者の声を今まで農家の人たちは聞いていませんでした。流通を他人任せにしてきたからです。
その点、産地直送をやれば、消費者の声を直に聞くことができ、要望に応えることができます。消費者が食の安全を求めているのであれば、安全性を追求した農業をやればいいのです。その結果。自分たちのコメが差別化できれば、高く売れます。コメが安い値段でしか売れなかったのは、安いコメしかつくっていないからなんです。
農業では、何一つ完成されたものはありません。すべてが未完成であるがゆえに、無限の可能性があるとも言えます。農村は宝の山です。でもその宝は原石であって、磨かなければ光りません。それを磨くのが農家です。これからが勝負どころです。
養老:今、日本政府が一番お金をだしている生物学の研究は、京都大学の山中伸弥教授がやっているIPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究でしょう。あの研究はないをやっているかというと、あえて乱暴なたとえをすれば、競走馬を育てるのと同じことをやっているのです。イネを育てたり、品種を改良したりするのとも根本は似ています。
つまり、ロケットや自動車を製造するのとは違う。世間では、農業をもっと工業化させるべきだという人もいますが、農業は工業化させるべきではないし、そんなことができるはずがないんです。
 農業に何より求められるのは多様性だと思います。千葉の農業と東北の農業は違っていて当然であり、農業は個々でいいし、バラバラで良い。それを行政や農協が無理に一律にしようとし、まとめようとして干渉し続けてきたから、うまくいかなくなったんでしょう
岩澤:残念ながら日本のイネ作りは、国が実質的に栽培方法や栽培面積を管理してきました。私たちはこれを変えようと、農家に働きかけたり行政にお願いに通ったりといろいろなことをやってきましたが、変えるのはなかなか難しいですね。
 農家の意識のも問題があります。国家が将来にわたって農家の面倒を見てくれるはずがないのに、未だ国家に頼ろうとしている。実際のところ、農家で成功した人は、国のいう事の逆をやって自立していった人たちです。補助金に頼って農業をやって財産を築いた人は、日本中どこを探してもいません。補助金のもらい癖がつくと、補助金がつかない事業に手をださなくなるからです。
養老:林業でも全く同じ意見が多いですね。まともな人は補助金なんかもらちゃいけないて、必ず言うんですよ。第一次産業とは一番折り合わないでしょうね、ああいうものは。おそらく枠を決めて、お金の額を決めて、必要な人が申請してとる様な形がいいのではないですかね。そうすれば。少なくともなにかしますからね、自分でポジティブに。
(略)
岩澤:農業には無限の可能性が秘められていると言いました。これは間違いない事実です。だけど、それをみんな、追及し尽していないんです。われわれ人間の知識は、まだその世界の入口にいるだけで、わかっていない事が多い。農業はまだまだ手つかずの領域といっていいぐらいです。せめてその事だけでも伝えていきたいと思っています.
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岩澤氏は、がん患者で胃袋も左の腎臓も切っており、隠居してもいい状態でしたが、「神様から『まだやり残している。頑張れ』と言われているような気がして、活動を続けているんです」と述べられていました。しかし、今年(平成24年5月)亡くなられました。



岸良造

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みずほの村市場3~品質競争原理を導入する様々なルール、消費者会員制度

「みずほ」では、価格競争は農家をつぶすことになるとはっきり自覚し、これを封じる仕組み、そして商品の品質競争を促す仕組みを独自に導入している。
このように「組織的な生産計画と作付け計画」「本物を生産する品質・安全管理」「品質競争原理を導入する様々なルール」等を通じて生産者を強固に組織化してきたことではじめて、消費者との信頼関係を構築し会員の組織化にも成功したと言えるだろう。

【みずほ20年の歩み-農業の新しい時代を切り拓く-】(2010年11月 株式会社農業法人みずほ)より抜粋して紹介する。
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■品質競争原理を導入する様々なルール
最近になり乱立している多くの直売所は、商品の品質競争ではなく価格競争に陥りがちなため、流通経費が抑えられるにもかかわらず、生産者の手取りが市場出荷とあまり変わらない事態を招いているようである。農家は、単価が安い農産物をつくるためにコスト削減を余儀なくされ、それが農産物の品質低下を招いている。品質が悪くなると商品が売れなくなるので、さらに価格を下げて他者との競争に勝とうとする。何としてもこの悪循環から抜け出さない限り、農家は自分で自分の首を絞め続けるのである。「農産物は価格ではなく品質で勝負してこそ消費者の信頼が得られる」と考える「みずほ」では、生産者(農業経営者)間に品質競争を促す3つのルールを設けている。

第一に、安売り競争を防止するために、設立当初より決められていたルールとして、「既に販売されている品目に後から参入する場合、既存のものより安い値段をつけてはならない」というものがある。自立した農業経営者になるには、「再生産可能な値段を生産者自身がつけるべきである」という考えのもとで、新規参入者が価格破壊を起こすのを抑制するという効果がある。再生産可能な価格を維持できれば、能力以上の大量生産や過剰なコスト削減の必要がなくなり、安売りによって引き起こされる品質低下の可能性は低くなる。また、価格に見合わない品質の商品は消費者から選ばれないので、生産者は自分でつけた値段に最後まで責任を持つことになる。このようにすることにより、いやでも品質向上に努めざるを得ないのである。

第二に、1998年に制定された「権利金、反則金及び報奨金制度」がある。生産者は、年間の販売期間に応じて毎年権利金を納めなければならない。通年販売であれば30万円を年初に支払い、年度末に返還される仕組みである。農業経営者が自分の商品に責任と自覚を持つために取り入れられた制度であり、権利金を支払ってでも「『みずほ』で販売したい」という決意と、それだけ自分の商品に自信や責任を持った生産者でないと「みずほ」への参入は難しいということである。また、この権利金を元にして最低売上額と売上目標額を算出する。この権利金には、生産者の売上げが最低売上額に達しない場合には、不足分の15%を反則金として支払い、売上目標額に達した場合には、超過分の15%を報奨金として受け取るというルールが付属している。このような明確な目標があると、生産者は、目標の達成に向けて経営面、技術面ともに様々な戦略を練り、最大限の努力をすることが期待される。この制度の導入により、多くの生産者は、その売上げを大幅にアップさせることになった。

第三に、2000年に制定された「商品管理ペナルティー制度」がある。この制度の目的は、品質に問題のある商品が消費者の手に渡ることを未然に防ぐことにより、生産者と店を守ることにある。その具体的な方法は、商品として相応しくないものの自主回収が生産者に義務付けられていることである。商品として相応しくないものとは、売れ残って明らかに鮮度が落ちた商品などであり、実際にはこれが大部分を占める。「みずほ」は高品質の農産物を置くことで消費者の支持を得ているため、これに相応しくない商品は店に置くことができない。
店のスタッフがそのような品に気づいて回収した場合、生産者は検品ができなかったということで、ペナルティーが課せられる。その時のペナルティーは、自ら出荷したにもかかわらず、販売価格で自ら商品を買い取らなければならないというものである。このペナルティーがあることによって、誰が見ても相応しいと思える品質のもの以外は店に置かないよう、生産者は商品の状態に細心の注意を払うようになった。この制度により、生産者の品質管理の意識が高まり、クレームの減少につながった。



■消費者会員制度
「みずほ」は「消費者との信頼関係を築くためには、消費者に対して公平に接しなければならない」と考えている。顔見知りの客には値引きして販売するなど、一部の消費者を特別扱いした接客を避けるため、消費者会員制度を導入し、会員になった消費者には公平なサービスを提供している。

年会費1,000円を支払った消費者にポイントカードを発行している。買い物の際、購入金額の1割をポイントとして加算し、1,000ポイントたまると1,000円の値引きが受けられる仕組みである。また、会員に向け年3回のイベント情報や販売スケジュールなどを載せたダイレクトメールを発送している。販売額の約6割を消費者会員の売上げによっているため、非常に効率の良い宣伝効果が期待できる。
消費者のポイントカードには、一部のイベントで一般より安い会員価格を設けたり、ヒマワリや落花生、カボチャやヘチマなどの苗をプレゼントする企画を用意したり、様々な会員の特典を設けている。店と消費者双方にメリットがある仕組みになっている。

次に、消費者会員とその家族だけが参加できるイベントの「農場めぐりツアー」について紹介する。このツアーは、一回に3ヵ所の生産現場を回り、実際の生産現場を見ながら生産者の説明を聞くイベントである。毎回、農業や食に高い関心を持つ会員が参加しているので、参加者から積極的に質問が出て、生産者との対話になることも多い。「農場めぐりツアー」は、もともと消費者モニター会において、消費者モニターに農業や生産者の実態についてより深く知って貰うために生産現場を回ったのが始まりであった。

実際にツアーに参加してみた感想を聞くと、「農家の人の話から、自分達やお客が納得できないものは『みずほ』には出せないというプライドが感じられ、価格が高い理由が納得できた」、「安全・安心な食材であることが理解できた」、「農家の方と接して、苦労の多いこと、大変なことを痛感した。野菜や果物に対する見方が変わり、食べ物を大切にする気持ち、感謝の気持ちを持つようになった」などの声が返ってきた。現場を見て農家からじかに話を聞くことで、農業や「みずほ」の方針に対する理解が深まり、農産物への愛着や農家に対する信頼も生まれてくる。自然の中で命を育てる農業という仕事に対して「畏敬の念を抱くことすらある」ということである。「農場めぐりツアー」は、消費者の理解と信頼を得る良い機会として、今後も開催していきたいイベントの一つになっている。
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岩井裕介 

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みずほの村市場1~直売所のデータ、20年の歩み

全国に広がる農産物直売所の中でも屈指の成功事例といわれる「みずほの村市場」(茨城県つくば市)。
その成功の秘訣は何か? 設立から20年の歩みを見ると、実に様々な手を打ってきているが、一貫しているのは「本物の農産物を提供する」「再生産可能な適切な価格設定」「品質と技術の向上」といったあたり。つまり、「生産者=農業経営者の意識を引き上げて、強固に組織化すること」が中心ポイントだと考えられる。

【みずほ20年の歩み-農業の新しい時代を切り拓く-】(2010年11月 株式会社農業法人みずほ)より抜粋して紹介する。
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■「みずほ」直売所のデータ ※全て2010年11月時点の情報
①設立年月:1990年(平成2年) 10月

②運営の仕組み:「みずほ」は農産物の生産者との聞に委託販売契約を取り交わし、直売所「みずほの村市場」で農産物を販売する。

③取扱い品目と販売額(2010年7月決算時点)
野菜・果実等・・3.70億円  花木・苗等・・1.19億円
自然食品・・・・0.77億円  蕎舎・・・・・0.52億円  その他・・0.82億円

④生産者の組織と活動
直売所「みずほの村市場」で農産物を販売する生産者は、現在49名である。創業当初と比べて生産者の平均年齢は若くなり、若者が増加している。生産者は、1994年から「生産者みずほ会」を組織し、活発な活動を展開している。恒例の行事となっている年越し蕎麦の販売、米作り体験活動、みずほの村祭りの開催、手打ち蕎麦愛好会の活動、子供達のための「ひまわり迷路」などのイベントに取り組み、消費者との交流を深めている。経営の組織構成は、農産物直売所、蕎舎(そばや)、食品加工所、堆肥センター(堆肥舎)、みずほ農場(ハウス)、みずほの村市場合同会社などである。

⑤消費者会員
会員数:約14,500名(年会費1,000円の会員証の発行数)
年間延利用者数:約30万人 1人当たり客単価約2,000円 
利用者の居住地域:茨城県つくば市、土浦市、取手市、牛久市、龍ヶ崎市、千葉県我孫子市、柏市、野田市、流山市、松戸市、東京都(全体の約一割)、栃木県、埼玉県、群馬県など

⑥敷地と施設(敷地:4,040㎡)
農産物直売所(売り場)・・・300㎡  花用のハウス(売り場)・・・330㎡
苗用のハウス(売り場)・・・660㎡  事務所・研修所・・・・・・300㎡
食品加工所・・・・・・・・ 50㎡  蕎舎(そばや)・水車小屋・・200㎡
堆肥舎・・・・・・・・・・400㎡  駐車場・・・・・・・・・1,800㎡



■みずほの歴史
農業生産者自らが再生産できる価格をつけ、「安売りより品質で勝負する直売所を立ち上げよう」という長谷川社長の決意のもと、1990年10月、3戸の農家が出資し、「有限会社みずほ」を設立した。オープン当時、農産物を出荷する生産者の数はわずか8戸からのスタートであった。

消費者を「平等に扱う」という目的で、消費者会員制度をいち早く取り入れた。お店のコンセプトは、①「花は心の栄養」、②「体の栄養が農産物」、③「安心できる無添加食品」の3つに絞った。長谷川社長の知人に花の業者がいたため、直売所での花の販売が決まった。メインの農産物は、栄養のある高品質のものを再生産可能な値段で販売しようとした。生産者を選ぶ際にも「本物を守る」ことにこだわり、友人や仲間ではなく、地或の野菜作りの名人達に直売所への出荷をお願いした。さらに、農産物だけで充分でない品揃えを無添加食品で補おうとした。

商品に対する「こだわり」を意識して品質の良いものだけを置いたところ、「直売所は値段が安い」という固定観念を持つ消費者からは、値段が高いことに納得を得られず、当初は「高い」という評判だけが広まった。それでも、品質の良さを理解していただける人達の間で会員も増え、設立1周年を待たずに、年商1億円を達成した。

生産者の数は5年目で35戸と設立時の4倍以上に増え、最近では50戸前後で安定している。設立当初と比べて農業後継者や新規就農者といった若者の参入が増えている。日本農業の担い手の高齢化が進む中、「みずほ」の直売所で再生産可能な価格で農産物を売ることができる生産者には「後継者がいる」という事実がある。

生産者の組織である「生産者みずほ会」が設立されたのは1994年である。現在では「みずほ農業経営者会」と名称を変更し、目的も「会員相互の協力と自己主張と自己責任の基に、消費者との信頼関系を構築することにより経営の安定的向上を図り、地域社会と共生し、その発展に寄与することを目的する」と設立当初から大きく進化している。「農業者は経営者である」ことを強く自覚させる内容であり、農業者として最低限の資質があることを前提に、さらに「意識が高い農業者」であることが求められるようになった。「みずほ」の生産者が最初から特別なのではなく、時間をかけて生産者の意識が変わっていったからこそ「みずほ」もここまで成長できたといえるのかもしれない。

1997年には、創立7周年記念事業として「ひまわり迷路」が作られ、8月の1カ月間開園し、10,000人を越える来場者が訪れた。以後「みずほ」が毎年借り上げて、農業体験を交えた「生産者と消費者の交流の場」として活用されることになる。

1998年には「権利金制度、報奨金・反則金制度」を導入して、生産者の意識改革を行った。また、この年には、消費者モニター制度が導入され、年4回のモニター会議が開催されるようになり、生産者と消費者の交流による信頼関係が更に深まるその切っ掛け作りが行われた。

2000年には、本物の食文化の提供を目的に「蕎舎(そばや)」を開店し、意識改革の一環として「商品管理のペナルティー制度」を導入した。また、千葉県の浦安魚市場への土日の出張販売も始まった。当時の年間売上額は約4億円と、現在の6割程度であり、「みずほ」で売り切れない農産物を市場出荷するなど、他の流通経路を通して販売する農家も多かった。そこで、新たな売り場として浦安魚市場での販売を決めた。

2001年からは、消費者会員に向けた「みずほ」のオリジナルカレンダーを作り、無償で配布するようになった。出荷・販売の計画も、以前より正確になり、様々なイベントも恒例になってきたことから、前もって消費者に年間のスケジュールを伝える手段として作成された。毎年テーマを設け、「生産者全員の顔写真」を入れたり、「旬の農産物」をクローズアップしたり、月の満ち欠けが判る「太陰暦」(旧暦)をテーマにしたりした。

2005年には、直売所の全面土間化・レジの増設・売り場の改善等の店舗改装が行われ、携帯電話により販売の状況が逐次メールで送られる新POSシステムを導入した。より的確で迅速な売上げ状況を知ることができるようになり、生産者が無駄なく追加納品できる良い判断材料が提供できるようになった。

20年の歳月をかけて、「みずほ」の直売所の総売上げは、約1億円から7億円超にまで増大し、生産者(農業経営者)一戸当たりの売上げも平均で約850万円に増加しており、これまで一貫して「再生産価格」を堅持し、消費者との信頼関係を構築することが出来たと考えている。
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岩井裕介

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