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農村を活性化させる為には?

『害虫』はなぜ寄ってくるのか?~虫は不自然を取り除くありがたい存在~

農家にとっての悩みの種として、害虫被害が挙げられます。一般的な害虫対策として、農薬が使用されていますが、もし使用しなければ30%以上もの収量減になり、経済的に成立しないといわれています。

しかし、野山に生えている野菜や果物は、農薬を撒いているわけではありませんが、それほど被害に合うわけでもなく、普通に育っています。この違いはいったい何でしょうか?なぜ農家の農作物には『害虫』が寄ってくるのでしょうか?

ナチュラルハーモニー代表:河名秀朗著「ほんとの野菜は緑が薄い」より引用します。
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●虫と人の「おいしい」は同じなのか
農薬を使わなければ、果実や野菜などの農作物は壊滅的に虫にやられてしまうということを、よく耳にします。

でも先ほどの柿の話にしても、庭先やましてや山の中ならなおさら虫がたくさんいるはずですが、農薬をまかなくても、実は真っ赤に育ち、たわわになっています。もし虫にやられたとしても、食べられない状態にまでなることはありません。

さらに、「虫が食べる野菜はおいしい」という話が昔からありますが、庭先や野山でなる柿だって、渋柿ばかりでなく、かじれば瑞々しく、甘くておいしいものがあるのに、虫によって壊滅的な被害を受けるわけではありません。「虫が食べる野菜はおいしい」が本当なら、食べられてしまうはずだと僕は思います。

虫が寄る柿と、寄らない柿、なにがちがうのでしょうか。自然栽培の考えによると、その答えは肥料です。肥料をやった柿、要するに人間が食べるために作られた柿だけが虫の害にあいます。だから、虫を殺すために、今度は農薬が必要になります。

柿をより甘く、よりジューシーに、そして生長速度を速め、大量に採れるように、そんな人間の願いを叶えるために肥料をやりました。その結果、虫が寄ってきてしまった。その虫を殺すために、今度は農薬をまきました。でも今は、できれば農薬が使われていないものを食べたいという人が増えている。なんだか不思議な感じがしませんか。

●肥料を使わなければ、虫は自然にいなくなる
では、なぜ、虫は肥料によってくるのか。それは、野菜や果実にとって肥料が不自然なものだから、というのが僕らの自然栽培の考え方です。ここでいう肥料というのは、科学、有機に限らずです。

実際に、肥料を使わないで野菜や果実を育てている、自然栽培の畑を見れば納得せざるを得ないと思います。肥料を使わない年数が長ければ長いほど、虫は減っていくのです。そして最終的にはいなくなります。虫は、野菜にとって不自然である肥料を食べにきたり、病気の原因などを取り除きにきてくれている存在と言えるのです。

平成17年、各地の稲の農家さんたちはウンカという害虫の被害に悩まされました。どれだけ防除しても止められない状況だったのです。ところが自然栽培で稲を育てている生産者・富田さんの田んぼは一切の防除をしなかったにも関わらず、ほとんど被害にあいませんでした。
 
自然栽培の畑で育ったキャベツや白菜の中にも、外葉だけ虫に食われていることがあります。外葉は、最初に地上に出る発芽の部分です。この理由について僕らの観点から推察すると、今は自然栽培をやっている畑でも、タネ(種子)が一般の肥料・農薬漬けになっていた場合、その種子の不純物が野菜の初期の生育に少なからず影響し、外葉を虫が浄化する。だから残りの葉には肥料の影響はなく、虫に食われることもなく立派に育っていくというわけです。
 
「害虫」という言葉があるとおり、従来の農業では虫は敵そのものですが、自然栽培の立場から野菜目線に立ってみれば、自分の体から必要のないものを抜いてくれるありがたい存在といえるのです。

●「植物を食べる」ことの意味
自然の中では、全ての虫に役割があり、雑草なんていう草はなく、菌の中にも悪い菌は存在しない。その証拠に山々は絶えることがありません。永続的に繁茂し、命をつないでいます。そこには害虫や病原菌も確かに存在します。

しかし、大自然の中では、それらが悪さをしても突出することなく、絶妙なバランスを保っていることがほとんどです。「いるけれど、悪さをしない」。自然界は、そんな世界です。植物と人間では、いのちの仕組みが違うかもしれませんが、僕は生命体として同じ目線で捉えています。

植物でも動物でも、人でも、命は全て対等です。ただ役割が違うだけ。人間は考える力があり、動くことができる生命体。植物は、その場から動くことができません。ひとつの場所でゆっくり、ゆっくりと生長し、動物や人間に自分という存在を与え、僕たちの命を次に託してくれている、ありがたい存在です。

こういう植物を食べることによって、僕たちは命をつなぐことができます。言ってみれば、いのちの循環というのは、わけ隔てなく、善悪なく、そして優劣もなく、自然界の流れの中にきちんと成り立っています。それを人間が、自分達の都合で植物や動物を扱い、不調和を生み出してしまった。

その結果、最終的に生きにくくなったのは、僕たち人間でした。自分達が生み出してしまった半自然のサイクルをもう一度もとに戻し、自然なサイクルにするためには、そろそろ僕たち人間が行動も心も変えていかないといけない。そんな時代がきていると思いませんか。

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三浦弘之

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自然の摂理に則れば、「連作した方が収穫量が上がり、野菜の質も良くなっていく」

毎年、同じ畑に同じ野菜を栽培すると連作障害が起こり、野菜の生育が悪くなったり、病気になりやすいと言われてきました。そのため、休耕(土地を休ませる)、輪作、有機物の投与など様々な対策が講じられてきました。

しかし、自然界では同じ場所に同じ植物が毎年育つのはごくごく自然なことであり、むしろ連作できない農業(人の営み)は、何か重大な欠陥を孕んでいるのではないでしょうか?

ナチュラルハーモニー代表:河名秀朗著「ほんとの野菜は緑が薄い」より引用します。
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●同じ畑で同じ野菜をつくり続ける
同じ畑で毎年同じ野菜を作る。
こう書くと、当たり前じゃないかと思われそうですが、農業の世界では必ずしも当然のことではありません。一般栽培や有機栽培では、畑の1カ所で特定の野菜を作り続ける連作を行っていると病気が出やすいといわれています。
 
この現象は、たとえば大根やジャガイモなど、特にねもの野菜に見られます。そのため、この「連作障害」を避けるため、畑の場所を変えて栽培することが一般的に行われています。
 
でも、野や山の草木は毎年同じ場所に姿を現します。もし本当に連作が植物にとって良くないことなのであれば、野山の草木が同じ場所に育つのは、ちょっとおかしいことだと思いませんか。
 
同じ植物なのに、なぜ連作障害は野菜だけに起こるのか。これも今までお話したことと同じところに理由がある、僕らは見ています。

たくさんの農薬や肥料を畑に入れているために、土壌の生態系、自然界のバランスが崩れてしまい、連作することで1カ所の畑でその状態が長く続くことによって、病気が出てしまうというわけです。
 
自然界では、同じ世界が繰り広げられていくことになり、植物の生態がその環境に適合していきます。ごく当たり前な自然な現象です。
 
野菜も同じ場所で育ち続けることで、土壌にどんどん馴染んでいきます。
そのような理由から、土が出来上がっていくにつれ、連作をしなければならなくなります。

事実、連作した方が収穫量が上がり、野菜の質も良くなっていくという結果が出ています。

●人と自然がコラボすれば、野生よりもおいしい野菜が育つ
自然栽培は、放任とは違います。
人が食べる野菜を育て、それで収入を成り立たせるための栽培法ですから、ある程度まとまった量を収穫できなくてはいけません。
 
それは、大きい面積の畑や田んぼを自然な形に戻していくことにもつながります。そのためには放任したままの無秩序な状態ではだめだと思います。秩序が必要で、その秩序を作る手伝いをするのが人の役割だと思っています。
 
いわば自然と共生するための新しい農法なのです。僕たち人間も自然に一部ですから、自分達の存在を否定しなくてもいいような立ち位置でいるための農法といえるかもしれません。

自然栽培は、自然と人のコラボレーション。野生の野菜よりもおいしい野菜が育ちます。自然とうまく共生し、人間の欲望も叶える。ある意味とても欲張りな農法ですが、それは自然を破壊せずに尊重するからこそ、自然から与えてもらえるご褒美なのかもしれません。

●土がきれいになれば、ミミズは自然にいなくなる
土が本来の状態を取り戻すと、土は次のような状態になります。
①柔らかい
②温かい
③水はけがよく、水持ちがよい
 
これが理想的な状態で、肥毒がなくなるにしたがって近づいていきます。
人間でも、新陳代謝がよく、血液の循環がいい人の肌は、暖かく柔らかいのと同じだと僕は思います。
 
茨城県行方市玉造の、自然栽培暦12年の田神俊一さんの畑では、タネや苗の植え付けがない時期に幼稚園の運動会が開かれます。子供達が「気持ちいい!」と裸足で走りまわれるほど、軟らかく、温かいからです。
 
実際、足を踏み入れると、ズボッと5センチほど足が埋もれますし、手を土の中にもぐらせてみると、ほんのり温かい。こうなると野菜は根っこをグングンと地中深くまで伸ばし、養分をどんどん吸収できます。
 
土は自然に近づけば近づくほど、温かく柔らかいものに戻っていくということがわかります。また、自然栽培に移行した生産者が実感することのひとつに、虫が減るということがあります。
 
こんな嬉しいことはないはずなのに、一般の生産者さんの中には、「ミミズがたくさんいる土がいい土だ」と思っている人や、有機栽培においてはあえてミミズを畑に連れてくる人もいます。
 
確かに土が進化していく中で、ミミズはとても重要な働きをすることは事実です。しかし、農産物を育てるのに適した土は、ミミズが働かなくてもいい土でなければいけません。なぜなら、ミミズがたくさんいるうちはまだまだ土ができていない。それだけ分解しなければいけないものが多いということですから。
 
自然農法成田生産組合の高橋さんの畑では、ミミズはほとんど見つかりません。探しても見つからなくなった土こそ、本物なのです。

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三浦弘之

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日本人は世界一遺伝子組み換え食品を食べている!


・遺伝子組み換え食品は表示義務がない油脂類や家畜の飼料に転用され、いつしか肉や乳や卵、異性化糖(ブドウ糖果糖液糖など)、油を口にしている現実・・・。上記の実験同様、発癌毒性はすぐには表出しない。数十年を掛けてやっと顕在化する。
どうやらGM作物の混入は避けられないようだ。もしTPP参加で表示義務まで撤廃されたら、我々の食卓にGM食品が紛れ込むことを防ぐ方法はない。

以下引用です
☆アクセスジャーナルより
リンク
「チップスター」「コアラのマーチ」「チョコフレーク」「ポテロング」「カール」「ミルクチョコレート」「小枝」「雪見だいふく」「マヨネーズ」「ポン酢」「コーンポタージュ」「コーラ」「ジュース類」「ヘルシーリセッタ」「チューインガム」「ジャム」…

企業名  遺伝子組み換え分売上高
・J-オイルミルズ    1635億円 ('11)
・日清オイリオグループ 1454億円 ('11)
・キューピー      1201億円 ('11)

☆日本人は知らないうちに大量のGM食品を口にしているリンク 週プレNewsより(2013年6月7日 06時01分 更新)

コーンスナックや豆腐、納豆などの成分表示にある「遺伝子組み換えでない」の文字。もしTPPでGM表示が撤廃となれば、こうした表示すらできなくなる 
人為的な遺伝子操作によって、除草剤や害虫などに耐性を持つように作られた「GM作物(遺伝子組み換え作物)」。これまで何度も安全性に疑問を呈されてきたが、日本のTPP参加によって、GM作物を原材料とした「GM食品」の流通量が一層増えることが懸念されている。

世界で初めてGM作物(トウモロコシ)の商業栽培が始まったのは1996年のアメリカでのこと。この年の作付面積は170万ヘクタールだったが、今では瞬く間に拡大して昨年の作付面積は1億7030万ヘクタールとなっている。これは世界の農地の約11%を占める規模だ。

主な作物は大豆、トウモロコシ、綿花、ナタネの4種類。主な生産国はアメリカ、ブラジル、アルゼンチン、カナダ、中国、インド、オーストラリア、メキシコなど計17ヵ国に広がっている。

日本はといえば、GM作物の商業栽培はしていないが、世界最大のGM輸入国だという。市民バイオテクノロジー情報室の天笠啓祐(あまがさ・けいすけ)代表が、こう解説する。

「日本の自給率を見るとトウモロコシは0%、大豆が7.3%です。大量の穀物を輸入せざるを得ないわけで、例えばトウモロコシは年間1600万トンを輸入しています。自給率100%が可能な米でさえ、生産量は年間約800万トンです。そして、輸入トウモロコシも輸入大豆も9割近くが遺伝子組み換えのものです。いかに日本に大量のGM作物が入り込んでいるかがわかるでしょう。こうしたGM作物は直接食べることはありません。主に家畜の飼料や食用油の原料に使われています」

また天笠氏によれば、いくつかの加工品や添加物(コーンスターチ、ぶどう糖果糖液糖、乳化剤ほか)などもGM作物が原料となっている可能性が高いという。とはいえ、日本にはGM作物を原材料にした加工食品には表示義務があり、避けたいと思ったら避けられるようになっていた。

だが実は、現在でも表示義務がある食品はごく一部に限られている。

例えば食用油や醤油などは、組み換えられたDNAやそれによって生じたタンパク質が検出できない、という理由で表示の義務はない。同じく家畜の飼料についても義務はない。さらに、表示を義務づけている食品(豆腐、納豆、味噌など)でも、意図しない混入なら5%まで認められている。

つまり、メーカーの「遺伝子組み換えでない」という任意表示があったとしても、原料にGM作物が入っている可能性は否定できないのだ。しかし、この“意図しない5%の混入”とはなんなのか?

「大豆やトウモロコシの生産から流通までの実態を考慮すると、選別されない状態で穀物が届いたり、船積みや陸揚げの際にGM種が混入したりするので、最大5%のGM混入の可能性があると考えている」(消費者庁の担当者)



志水満

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「ドイツの栄養学の嘘」を見抜いたデンマークの栄養学者ヒンドヘーデ。国内の家畜を全て殺し肉食からの脱却を図るという大胆な食料政策

ドイツ発祥のカロリーベースの栄養学が、根拠の無いものであったことは、既に多くの記事で紹介されていますが、第一次世界大戦時、体をはって自ら実験を試み、その嘘を確認したのち、正反対の食料政策を打ちだしたデンマークの栄養学者がいたそうです。彼こそ本当の科学的思考の持ち主だと思います。

リンク
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長生きしたけりゃ肉を食べるなという本が人気。
なぜ肉を食べると長生き出来ないのか?論より証拠。

日本人の腸は長くて肉食に適してないとよく言われるが、実は、西洋人でも、肉食で短命になる事を、歴史が証明した事件があった。
それは第一次世界大戦中のデンマークでの出来事。

戦争のため海上封鎖されたデンマークは、食糧を輸入できなくなった!このとき、食糧大臣となったヒンドヘーデは国内の家畜を全て殺した!家畜エサを直接、人が食べようと考えた。


その結果は?

私の嫌いなカロリーベースの西洋の栄養学は、十九世紀にドイツ人のフォイトが考え、アメリカへ普及し、今では日本を含め世界規模になっている・・・。十九世紀から欧州でメジャーな「栄養学」は、フォイトだけでなく、モレショット、ケョーニッヒなどの研究者が唱えたもの。

それは単純に言うと「体の筋肉は、タンパク質と水から成り立つ。だから人間もタンパク質をいっぱい摂れば栄養になる」理論。そう、「肉が肉となるのだ!」(とモレショットは言う)。 一見わかりやすいが実験の裏づけがない。肉を食べたら筋肉になるという、理論だけの栄養学。

しかし第一時世界大戦前、デンマークの栄養学者ヒンドヘーデが、当時、模範的な食事と言われていた、ドイツのフォイト型の食事を実践したら、どうも体の具合が良くない。腹は張るし、便秘になるし、よく寝られないし、しかも太ってきた」

ヒンドヘーデは、教えられたことを素直に信じる秀才型ではなく、私と同じで、どんなに権威ある人の話よりも自分で試したことを信じる。悪く言えば疑い深い性格、良く言えば、本物の科学的思考、真実の探究者。人で、体に良いといわれたフォイト型の食事である、高脂肪、高タンパクの食材を中心にした、早い話、デブのアメリカ人が大好きな、肉、油、そして、やたら消化のいい小麦のパンを食べていた。

しかし、体調が悪くなったため、「このフォイト型の食事が原因に違いない。」とドイツ栄養学の権威に疑いを持った。おかしい?と思ったら、即確かめてみる、まるで私みたいなヒンドヘーデ博士は、さっそく食事を、肉食を避けた「少タンパク質食」の人体実験を始める。

もともと食べていた、穀物を中心に、肉はわずか25グラムほど、牛乳も小さなコップに一杯だけで、後はジャガイモや、林檎など、フォイト型とは正反対に戻したところ、体調はすこぶる良くなり、太った体も元に戻った。

これをヒンドヘーデ教授の本から引用する。
大森憲太慶応大学医科教授 訳
ヒンドヘーデ著『戦時下の栄養』(畝傍書房、1942年)より。

少タンパク質食で、なんら悪い結果は来ないで、むしろ良好。私の健康は増進した。私は未だかってないくらい仕事が出来るようになった。それ以来わたくしは古い学問に対する信用をすっかり無くし、私自身ばかりではなく、全家族を簡単な少タンパク質食に移した。そして子供たちは、同年代の子供よりもずっと良好な発育を遂げたとか。30年間、自らの食生活をすべてこの信念に基づいてやった。しかも「この栄養法は非常に安価」だと述べている。

肉食を避けた「少タンパク質食」の人体実験を初めてから23年後。ヒンドヘーデ博士は、この実験のあと、大変な重責を背負うことになる。

もともと、食料自給率の低かったデンマークが、1918年からの2年間もの間、第一次世界大戦中にイギリスによって食料封鎖された!このとき、デンマークの食糧管理委員の要職にあったヒンドヘーデ教授。食料輸入なしで300万人の国民の食生活を、なんとかしないといけない食糧大臣となった。

百人分の食料となる穀類やじゃがいもを家畜に与えて肉にしてしまうと、20人分の食糧にしかならないことを知った。そこで、まず、全国の豚を屠殺し、その飼料である、大麦やジャガイモを人の食糧に切りかえた。

この、素晴しい英断の結果、300万人の国民の飢えを救ったばかりか、デンマーク人たちの年間死亡率は34%も低下し、またデンマーク史上の最もすぐれた健康状態になったというデータさえある。

一方、同じく経済封鎖されたドイツでは、これと全く反対の政策をとった。
当時、ドイツの栄養学の権威、ルブナー教授は、食糧である穀類や野菜を家畜に与え、その肉を人が摂るべきと考え、それを国策として実行した。

結果は、肉食過剰による発病と死亡者が続出し、ドイツ人たちは戦わずして敗れた。後に彼は「ドイツを亡ぼしたのは皇帝ではなく、ルブナーである」
とまで酷評された。このように肉を食べると長生きできないことは、歴史も証明している。

肉を食べないと小さい頃は身体が小さいそう。 ただ、成長期が長くなって最終的には肉を食べた子供よりも大きくなる。女の子は肉を食べないと生理が遅くなるそうで、最近の子どもが生理が早いのは肉を食べるためで、性犯罪やローティーン少女の妊娠事件が増える原因になっているかも知れない。


『生まれてからでは遅すぎる』国際自然医学会会長 森下敬一著 文理書院より。
戦争や凶作で大変な国は人口が増えるという傾向がある。
それは避妊ができる経済的余裕がないからではなく、肉食を含む飽食が体質を弱くし、妊娠率を下げるのだと、森下先生も書いている。


肉食の人は短期でケンカ早い人が多く、トラブルを起こしがち。肉好きの人はガンや心臓病などの循環器系の病気で倒れることが多いなど、近年の日本人の有病率が、肉が身体に悪いことを証明している。肉が大好きな人が、健康を維持したいなら、若杉友子さんの「長生きしたけりゃ肉は食べるな」をオススメする。
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引用終わり



松本翔

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観察力・消費者目線・母として子供の未来を考える・・・女ならではの感覚で農業を活性化する事例紹介☆

昔から、家庭円満の秘訣は『内助の功』と称されます。
老舗料亭や旅館での女将さんのイメージは、経営、接客、人材育成まで、お店の事を知り尽くしたいわば要のポジション☆
集団に置いて女の役割って大きいです!
『女子力』を活かし女ならではの感覚、意識で農業を活性化させている事例を紹介します☆

以下引用『東洋経済新聞・「女子力が農業を生まれ変わらせる」~「生活者目線」「主婦目線」が活性化のカギ~』より
(リンク)
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「お互い作ってきた野菜でご飯を食べるのは美味しく、楽しい」。東京農大を2014年春に卒業した神奈川出身の塚原芽衣さんは、同じく大阪の梅花女子大学を今春出たばかりで、関西出身の小園早葵さんと共に縁もゆかりもなかった茨城県常総市に移住した。塚原さんは、ネギや白菜づくりなどを手掛ける個人農家で、小園さんはトマト生産の農業法人で、それぞれ農業生活をスタート。小園さんは4カ月を振り返り、「道具が重たくて体力も思っていたより必要ですが、疲れても充実感がある」と目を輝かせる。

(中略)

○農業における「女子力」の強み
塚原さん、小園さんの就農相談に乗った農業支援センターの富田浩司・事務局長は「女性はきめ細かい観察力がある」と指摘する。キャベツや白菜といった重量のある品目の栽培などの力仕事は難しくなるが、観察力があれば病気や害虫などの予兆をいち早く察知し、農業で大事なリスク管理をできるのだ。

加えて男性の就農希望者よりも目立つのは現実的志向だ。「男性はロマンや夢を語りながら就農する傾向が強いが、女性はいくら儲かるとか現実的な部分を見るように思う」。塚原さんのときは希望に沿って2週間かけて数件の農家を案内。雰囲気や受け入れ先の農家との相性を見極めた上で就農先が決まった。

○消費者目線を外さない
農業の世界で新しい担い手やアイデアが必要なのは、田んぼや畑などの現場だけではない。前述の塚原さんは「今の農業は生産と消費の距離が遠い。だから消費者は目の前の食べ物にも何の疑問を持たない」と考える。自身が農家との交流を機に本格的に農業と向き合うようになった経験を踏まえ、何らかの形で農家と生活者を結ぶ農業をするのが将来の目標になった。ただ、その話を聞いて筆者は驚いた。というのも同じような問題意識をほかにも聞いていたからだ。それが静岡の加藤さん。彼女が政投銀で表彰されたのは、まさにB2Bの中で作り手と買い手の関係性を新しく築き上げたからだ。

農家と、外食や食品加工等の業者は、いざ直接取引をするにも農協が主体的に手掛けた時代が続いた影響で顔が見えづらい。「この果物を誰が買うのだろうか?」と農家が疑問に思えば、業者も「誰がどのくらい作っているのか?」と情報不足に悩む。

そこで、加藤さんたちは生産現場の育成状況を把握し、買い手側の相談にも乗るといったコーディネーターを務め、情報をシェア。県内の約100軒の農家と、各業者との取引が円滑に進むようになった。「静岡は小さい農家が多いのですが、狭い土地で高い作物を作れるので反収は高い。中小の惣菜会社との取引などで成功事例が出ています」と加藤さん。「ベジプロバイダー」と名付けた、この新しい流通の取り組みで新しい市場を掘り起こした。

○母親になって気づいたこと~農業でハッピーを作る方程式を見つけた~
そんな加藤さんが農業分野で起業に至ったのは、20代後半に母親になったことがきっかけ。産休や育児休暇で考える時間ができるうちに、中学生時代に関心を寄せていた環境問題への思いが蘇った。

「大量生産、大量消費を必要とする工業社会は環境に影響を与える。母親になり、次の50年、100年を考えるようになりました」。折しも静岡大学で開設された農業ビジネス講座に一期生として学べることになり、2009年10月に会社を設立。その3年後に政投銀のコンペで大賞を獲得してからはメディアでも注目され、この8月下旬には首相官邸で安倍首相と懇談した。

高齢化や後継者不足に直面する今の農業界に当然のことながら加藤さんも危機感を募らせている。しかし現場を歩き回るなか、「去年の秋に『農業×ANY』がハッピーをつくると、気が付いたんです」。これは『農業×観光』、『農業×環境』といった具合に「他の産業や異分野が農業を活用すると地域全体が回っていく方程式」というのだ。市場環境の変化に強く、成長する企業は、「ダイバーシティ(多様性)・マネジメント」の考えを経営に取り入れているが、まさに『農業×女性』は相当する。女性がもっと参画し、その知恵や価値観を生かした取り組みが農業イノベーションの重要な要素になる。

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(引用終わり)



西田香織

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生産者と消費者をつなぐ全く新しい雑誌,、「食べる通信」

生産者と消費者をつなぐ全く新しい雑誌が登場しています!
その名は、「食べる通信」。食べ物がついてくる雑誌です!
しかも、読者がその食材を使ってお料理をした場合、facebookに投稿して生産者に生の声をお届けするという仕組みもとっています。
本物を求める消費者と生産者が繋がっていく面白い試みです。

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チャレンジスターから引用します。(リンク)


東北食べる通信は「世なおしは、食なおし。」をスローガンにした、史上初の食べもの付き月刊情報誌です。毎月東北でこだわりの食べものづくりを行っている生産者を特集し、雑誌と同時に、その生産者が実際に収穫した食べものを送ることで、2013年7月の創刊以来、およそ1300名の定期購読会員を獲得しています。

この雑誌の特色は、食べ物よりむしろ生産者の生き様や世界観にスポットライトをあてたことです。台風や地震など荒ぶる自然と向き合ってきた日本の生産者は、受け継いだ技や知恵、経験、そして創造力を駆使しながら命の糧を得る生産活動をしてきました。そのカッコ良さ、クリエイティブな仕事っぷり、それを学び、驚き、こだわりの一品を堪能する。そうやって味わう食事には、普段の何倍も感動が有るはずです。

そしてもうひとつ、SNSやイベントを通した「つくり手」と読者の交流も食べる通信の醍醐味です。読者は毎号届くこだわりの食材を調理し、記事とともに味わい、つくり手へ感謝の想いとともに、食べる通信のFacebookページにアップしてくれます。その言葉に触れたつくり手は感動し自信を持ち、次々と経験や知恵をFacebookページに投稿してくれます。そうして読者とつくり手は直接交流するようになり、イベント企画や現地ツアーが次々と生まれています。

きつい、きたない、かっこ悪い、挙げ句の果てには結婚できないの4K産業などと言われ、担い手を失ってきた一次産業ですが、本来の価値を正当に評価されない状態が続いてきたと思います。モノだけでなく、情報とコミュニケーションでつくり手と読者を直接結びつけることでこの状況は変わるはずです。

まずは私の生まれ故郷である東北の地の生産者の生き様を紹介したいと創刊した「東北食べる通信」ですが、おかげさまで大好評を頂いています。前述しましたが、広告らしい広告はいっさい打たず、口コミだけで購読会員は1300名を超えました。都市の生活者とつくり手をつなぎ、さらに全国に活動を拡げて行くことで、この国の食の風景を再び豊かなものに作り直したいと考えています。

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なるほどさん☆

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「塩は血圧を上げる」という妄説・・・・ここでも恣意的な実験が・・・


塩(自然塩)は血液を上げるどころか、下げるようです。精製塩は上げるようですが。しかも“血圧をあげる”を実証するために、大量の塩をマウスにあたえていた。

「塩は血圧を上げる」という妄説(『正食と人体』からの抜粋)リンク
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 塩兵衛の独り言:塩は本当に血圧を上げるのでしょうか?私は血圧が少し高く、医者に見てもらったが、とりあえずは減塩しましょうとのことでした。これを聞いて、もう一度『正食と人体』を勉強しなおそうと思いました。

『正食と人体から』よりの抜粋
高血圧と塩分の関係を最初に論じたのは、1904年、アメリカのホンジャド博士の「高血圧に減塩療法を行って効果があった」というレポートだといわれているが、これは、あまり問題にされなかった。

 戦後、アメリ力のダール博士による日本の都道府県別食塩摂取量と高血圧の発生率を調べた結果、「高血圧は塩分のとり過ぎが原因」という、早とちりであった。

 ところが、後にもっと詳しく部落別に分けて調べたところ、塩分摂取量が多くても高血庄にならない部落が多く存在するとともに、塩分摂取量が少ない部落でも高血圧部落が多いことがわかった。

 食物との関係を調べ直した結果、白米食が高血圧の犯人だということがわかったが、既存の説を覆すことはできなかった。先人観念のなせる業だろうか。

 最も有名なのは、1953年、アメリ力のメーネリ博士の行った実験である。実験用のネズミ10匹に、通常の20倍の食塩を加えたものを食べさせ、ノドが渇いて飲む水は1%の食塩を加えたものとした。

 六か月後に、十匹のうち四匹が高血圧になっていた。この実験は大きな反響を呼び起こし、塩は高血圧の原因として敬遠されるようになったのである。一犬が虚にほえて万犬がそれを伝えたのだ。

 何と妙な話ではないか。血圧の上がった四匹のことだけが問題視され、血圧の上がらなかった六匹はまったく無視されてしまったのである。

 こうした細工が、どこで行われたか知らないが、そのために「塩をとると血圧が上がる」ということになってしまったのである。インチキ極まる話ではないか。

 これとは別に、私には実験そのものに、いろいろな疑問が生まれてくるのである。
通常の二十倍の塩というのを、人間に当てはめてみると、一日10gが通常だとしても、その二十倍だから、200gということになる。

 こんなに多量の塩分を、六か月どころか一日でもとれるものではない。もしも一日100gずつ二日もとれば、三日目には欲にも得にも体が受けつけない。無理にとれば吐いてしまう。

 これは、後述する私の塩の過剰摂取の人体実験からして間違いない。生物体とはこういうものである。神の与えたもうた自然治癒力は身体防衛力を持っており、こんなべラぼうなことを絶対に受けつけないからだ。

 だから、この実験にはどこかに何かのウソかカラクリがある。
もしも、これが本当ならば、ネズミは人間とは違った生埋を持っていることになる。すると、こうしたネズミを実験に使っても、人間には適用できないということになってしまう。
このパラドックスを、どう解けというのだろうか。

塩兵衛(独り言):上記の件は、追試していません。調べて同じような論文をみつけましたら、記載いたします。

 私の行った多くの実験では、自然塩をとると、血庄は見事に、しかも急速に下がってゆく。例外は一つもない。 自然塩は高血庄を下げるだけでなく、低血庄は上昇して正常血庄になる。

 この、一見不可解な現象も、人体生埋を理解していれば不可解でも何でもなく、当たり前のことなのである。

 ところが、精製塩(塩化ナトリウムの純度が99.5%のもので、食卓塩がこれである)をとると血圧が上がる。多くの人が体験していることである。

 これは、精製塩というのは食物ではなくて有害な“薬品”だということである。

 人間が普通とっている食物には、純粋なものは一つもない。こうした食物に順応してできている体には、自然界にない純粋な物質をとっても、体にはそれに順応する力がない。さまざまな副作用が起こる。その一つが高血圧である。精製塩は毒物なのである。

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(引用以上)



匿名希望

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耕作放棄地は希望の条件がすべてそろった理想的な環境2

(続き)

◆市場で売らなければならないという幻想

こういった事例は、ことの本質を見事に語っている。その常識とはなにか。第一は耕地で育てるからには「相当額のお金に姿を変える経済行為でなければならない」という常識だ。こういう常識にとらわれいる人たちは、お金に変えてしまうと失われる価値があることに気づいていない。
なぜ自分で食べてはいけないのか。自分で作ったものは自分で食べるのが一番楽しいし充実感もある。もちろん人に食べてもらっておいしいといわれれば、どんなにうれしいことか。

それなのにできたモノは必ず外の市場にもっていき、売らなければいけないと信じていた。そのために作物の品質と量だけにひたすらこだわり、他の産地に負けないように、価格競争をしてきた。海外産はもっと安いといわれ、渋々「値下げに応じてきた」のである。
そのあげく「戦えない商品」しかつくれなくった耕地では、なにも作らないという選択をしてきたのだ。耕作を放棄し、食べるものを外から買い、自給率を下げてきた。そうしたことが地域で暮らすコストを押し上げ、結果、地域が生きていくことを難しくしている。基本的なことだが、改めてそのことを認識しておかねばならない。

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耕作放棄地の菜園で野菜を育てている市民は、その分スーパーで野菜を買う必要がない。これは重要なことを問いかけている。
いつの間にか私たちは、趣味をお金で買うしかないものにしてしまった。趣味を含む生活のすべては、仕事という「業」で得たお金を切り崩して得るしかないと考える。一方通行の仕組みを金科玉条にしているのはなぜなのか、と問うているのだ。趣味で野菜をつくりその分お金を使うことが少なくなれば、それに越したことはない。それどころか支出さえ抑えられれば、実はそれほど収益性の高くない「業」でもつくっていくことができるようになるのだ。
地元で作った魚を給食に使えば、町の外から魚を買う必要がない。同じように代金を払っているようだが、意味合いがまったく違う。地元の魚であればお金は地域にとどまる。地域の中で回っていくのだ。
見かけ上、経済活動は小さくなっていく。でも実は豊かになっていく。さらに手に入る豊かさは金銭的なことではなく、楽しさや誇りといった「副産物」が次々収穫されていく。

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副産物は他にもある。
先にあげた安達さんの変化だ。
「安達さんがここにきた頃は、疲れていた。でもしばらくすると元気になった。たぶん都会にいたころは、100万人のひとりだったのでしょう。ここにくると1万人のひとり。役に立つ感が全く違う。」
そのことを如実に示すバロメーターがある。「ありがとう」といわれることが圧倒的に増えたというのだ。さらにいえば安達さんが「ありがとう」ということも増えた。感謝のコミニュケーションは人を元気にする。それが都会では、どんどん少なくなっている。
安達さんは、自分で作る野菜以外に、先生となっている農家など、何件かの農家をまわって野菜を買っている。その際いくつもの質問をする。何という名前の野菜か、から始まり、おいしい野菜のつくりかた、見分け方、おいしいたべかた・・・。聞かれるたびに、農家の人はこたえる。ほとんどはあたりまえだと思っていたようなことがらだ。でも苦にならない。苦にならないどころか、答えるのが楽しくて仕方ない。毎日早く安達さんが来ないかな、話がしたいな、と思うようになったという。

そうなのだ。野菜の話をするのは楽しいことなのだ。こんなに楽しいことを、なぜいままでしてこなかったのか。それを安達さんが気づかせてくれた。そして今日も安達さんは「ありがとうございました」といって帰っていく。
これが、明日はない、都会に出るしかないとみなが信じてきた田舎に、実は眠っている「実力」なのだ。
そのことを安達さんは、こんな風に表現した。
「地元の人は、なんかやっぱりスーパーとかいろんなものが買える場所があったほうが若い人はいいんじゃないか、という考えをもっているらしいです。そうではなくて、地元の人がもっているいろんな知恵とか、自立して生きていける力とか、そういうことを今すごく必要としていて、それを学びたくてきているんですね。」
安達さんのいうことが常識になれば、地方は激変する。都会に住む人を巻き込んで、日本全体が大きく変わると、私たちは確信している。

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以上「里山資本主義」より引用



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耕作放棄地は希望の条件がすべてそろった理想的な環境1

耕作放棄地とは、「1年以上作付けされず、今後数年も作付けする考えのない土地」と定義されている。05年の調査では約38万6千ヘクタール、東京都の約1・8倍の広さが日本全体にある。
市場にでまわる商品野菜は、品質と量だけにひたすらこだわり、他の産地に負けないよう価格競争も余儀なくされる。海外産はもっと安いといわれ、渋々値下げに応じてきた。そのあげく「戦えない商品」しかつくれなくった耕地では、なにも作らないという選択をせざる得なくなった。耕作を放棄し、食べるものを外から買い、自給率を下げてきた。そうしたことが地域で暮らすコストを押し上げ、結果、地方で生きていくことを難しくしてきた。

そういった耕作放棄地を有効活用した事例を紹介する。

これまでの経済原理・市場原理からの発想を転換すれば、そこにはまったく新しい可能性が見えてくる。

GDPに現れる数値だけが経済ではない。持続可能な社会とは、お金ではなく、人々の活動と知恵と感謝のこころがささえている。

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◆耕作放棄地は希望の条件がすべてそろった理想的な環境

毎日うきうきと小型バンに乗り込み、耕作放棄地を切り拓いてつくった畑に向かう数人の若い女性たち。「耕すシェフ」と呼ばれている。
島根県邑南町が開設した、町観光協会直営のイタリアンレストランで働いている。耕作放棄地を使って農業をしながら、そこでとれた野菜を自分たちで調理して客に出す。
彼女たちは素人に近い。その一人が安達さん25歳、大学卒業後WEBデザイナーをしてきた女性だ。

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自由に使える土地がすぐ近くにある。都会の菜園は遠くて、通うこと自体大変だった。しかも都会では当然のようにとられていた結構な借り賃も、ここではかからない。あれも作りたい、これも作りたい、有機野菜がしたいという希望をいうと、教えてくれるベテラン農家を気楽に紹介してもらえる。都会の先生の授業は決まった時間だけだが、ここならば、おしえてくれる人はいくらでもいる。達人だらけの町なのだ。
さらに収穫した野菜を料理に出す場もある。目の前で味わい、感想をいってくれる人までいる。しかもお金を払って。

まじめに勉強して大学に入り、一生懸命就職活動をしても、企業の内定はほとんどもらえない。あなたのここがだめだ、魅力が足りないとこきおろされ、自信を失うことの連続だ。凄まじい倍率をくぐり抜けてやっと就職しても,待遇は必ずしもよくない。長時間勤務と、それに見合うわけでもない給料。それが当たり前の世界にずっと生きてきた。そんな別世界があるとは夢にも思わず。



◆耕作放棄地の肝は楽しむことだ

鳥取県の山間、八頭町では、進めてきた耕作放棄地の活用を巡って、興味深い議論が繰り広げられた。自分たちはもうけるためにやっているのか、楽しいからやっているのか、真剣に話し合ったのだ。

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彼らが取り組んでいるのは、ホンモロコという魚の養殖。耕作放棄地の田んぼを20cmほど堀り、用水路から水を引いて魚を育てる。
ホンモロコは、琵琶湖特産の魚で、京都の料亭では高級食材として珍重されてきた。

代々受け継いだ田んぼを荒れ放題にしていることを後ろめたく感じていた農家が、次々と養殖を始めた。参加者は年々増加、ブームはまわりの町や他県にも広がった。

そして問題が起きた。新規参入者急増による産地間競争である。ホンモロコは確かに京都にもっていくと高く売れる。しかしそれは京都周辺であり、必然、狭い市場をめぐり競争が発生し、値段が下がってしまう。
高級魚としてのブランドを維持するために、何をなすべきか、市場の拡大は図れないのか・・議論が白熱した。
そのとき長老が発した意見が次の方向性を決定づけた。

「もともと何のためにはじめたのか?」

長老はこう説いた。荒れ果てた先祖代々のデンパタを見るのは悲しいことだ。いかしきれていない土地でなにかできないか、とはじめたのが魚の養殖だ。そもそももうけようとか、採算がとれるとか考えてはじめたことではない。楽しいからしているのだ。それでいいじゃないか、争うなどもっての他だ、と。

長老には、楽しいということ以外に、もっと大切にしていることがある。それは地域を誇らしく思う気持ちだ。我らが田んぼで高級魚が育つ。それ自体が誇らしい。
みんなで集まり、おいしい食べ方をあれこれ工夫する。その味を自画自賛する。
誇らしさは、子供たちにも広がっていく。ホンモロコを給食で使うようになってから、子供が胸を張るようになった。
(続く)
 




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【直売所】地域に根ざすハウスメーカーが、直売所で地域を創る「伊都安蔵里」

地域に根ざすハウスメーカーが、古建築の活用と地域貢献を考えたことから生まれた直売所。
地域の農産物を販売するだけでなく、ハウスメーカーのノウハウも活かしながら新規就農者や兼業農家の斡旋をしているそうです。運営されている方自身も、都会から毎日直売所へと赴き働くスタイルを続けており、地方と都市をつなぐこと、生産者と消費者をつなぐこと、そして日本の農業の再生の前進へと一歩を進めようとしている直売所です。
HPリンクを見ても、店舗もおもてなしの心も、とても行き届いており、行きたい・協力したいと思う素晴らしい直売所です。

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■単なる直売所ではない伊都安蔵里だからできること
福岡市内から車で約40分。のどかな風景が広がる糸島市川付地区に、作り手の顔が見える良質の野菜を提供する直売所「伊都安蔵里」が誕生したのは、2009年11月末のこと。
「マキハウスの担当者として、田舎暮らしの街づくりを手がけることになったのが、きっかけでした。ハウスメーカーですから、最初は住宅を含む暮らしの提案というところから入っていったのですが、いろんな人に出会い、話を聞いていくうちに、食や農業の問題点や厳しさを知り、どんどんハマっていったんです」と、伊都安蔵里の代表取締役を務める八尋建蒔さんは当時を振り返る。伊都安蔵里の大きな特徴は、新規就農者の支援に力を注いでいることだ。

「農業って世襲制が強い印象がありますよね。そのうえ、オーガニックの野菜を作りたいとなると、なおさら高い壁がある。農薬を使わなかったら虫の住処になって近所の農家の迷惑になるんじゃないかとか、そんなきれいごとはできっこないとか。全国各地の市町村などには新規就農者の相談窓口がありますが、ことオーガニックとなると、門戸が開かれていないのが実情なんです。そんな状況にあって、糸島というのは、まだ間口が開かれている方ですから、全国からオーガニックの野菜を作りたいという人たちが集まってきやすい。私たちが全てをお世話できるわけではないかもしれませんが、まずは住居、農地、農機具、技術、この4つについて、できる限りお世話させていただいています」と八尋さん。既に約30人の新規就農者の支援を行ない、彼らが生産した野菜を、伊都安蔵里で販売するための商品として買い取っている。

■週に2回のパート的な感覚で野菜を作る道もある
一方で、"新規兼業農家"を育てるという、ちょっと面白い取り組みも。
「農家と家庭菜園の違いは、出荷をするかしないかなんです。家ではいろんな野菜を使いたいから、家庭菜園の場合は、たくさんの種類を少しずつ作るでしょうけど、出荷用の野菜となれば、同じ野菜をたくさん作らなければなりません。最初の数年は難しいかもしれませんが、ほとんどの野菜は、週に2回、畑で作業をするだけで、月2~3万程度のパート代くらいは、確実に稼げるようになりますよ」。

 この新規兼業農家は圧倒的に女性が多い。そのため、機械や技術が必要な畑づくりは伊都安蔵里が代行し、手作業でできる野菜づくりのところを彼女たちに任せている。伊都安蔵里に野菜を納める80代の女性は、70歳から野菜を作り始め、毎日ゲートボールを楽しみながら、月に15万円もの収入を得ているそうだ。

「女性は野菜を作らせたら本当に上手ですよ。気にかけて、声をかけて、手でさわって。子育てと一緒なんですよね。そうやって作られる野菜は、栄養価も高いし、味もいい。プロ顔負けですよ。そして、農業は一生できる仕事。たとえば、子育てが一段落した奥さんがひと足先に農業を始めて、旦那さんが会社勤めを辞めたとき、一緒に農業をしていくという生き方もアリだと思いませんか?」
 八尋さんの話を聞いていると、農業がとても身近なものに思えてくるから不思議だ。
「かつて、国民の60%は農民だったという説もあります。僕の夢は、誰もが生活の中で気軽に農業ができる環境をつくること。そんな状況ができるまで、もっともっと頑張っていこうと思っています」。

■誰もができる農業の在り方の成功事例になる!
 この農園の主・大石仙一さんは、福岡市中央区から毎日通勤する、ちょっと面白いスタイルの専業農家だ。現地での拠点は探しているものの、一方で市内の飲食店や家庭への宅配をする上でのメリットも少なくない。

 農園を開いた当初、大石さんは畑を耕さない自然農だけを専門で行なっていた。しかし、新規就農者が業として続けていくには、自然農だけでは正直難しいところがあるのも事実。業が経たなければ、やりたいことを続けていくのも困難だ。そのため、「誰もができる農業の在り方の成功例となる」べく、土づくり、畑づくりに少しだけ手を加えることにした。

 そんな大石さんは体験農園の活動にも力を注ぐ。岡口さんがこの農園で働くことになったのも、この体験農園がきっかけだった。
「まずは現場に来てみるだけでいい。来れば必ず何かを感じるはずですよ」と大石さん。そこに、ナチュラルライフへの第一歩があるかもしれない。

■1つの野菜が、人々の意識や暮らしを変えるきっかけに!
 東京で建築関係の仕事に就いていた松本さんは、身体を壊したことで野菜づくりに興味を持ち、埼玉の農園でアルバイトを始めた。その農園で出会ったご主人とともに福岡に移り住むことになり、自給自足の生活ができたらいいなという想いから家庭菜園を始める。

 3年ほど経った頃、東京の友人から「野菜を買うから送ってよ」と言われたことをきっかけに、"あおぞら野菜便"をスタート。伊都安蔵里がオープンしてからは、定期的に出荷をするとともに、チラシを置いたことによる宅配の注文も増えた。これならいける! 松本さん夫妻は、専業農家になる決意を固めた。

 少ない種類を大量に作る農家が多いなか、松本さんの場合はたくさんの種類を少しずつ生産する少量多品目栽培を行なう。
「1つの箱にいろんな種類が入っていた方がお客様も楽しいと思って」。
 松本さんが野菜づくりにめざめたのは、畑で採れたての野菜を食べたことがきっかけだった。1つの野菜が人々の暮らしや意識を変えることもある。松本さんから届く野菜には、私たちの暮らしや意識を変える力がある。

参考:『伊都安蔵里の挑戦』(ふくおかナチュラルライフリンク)



橋本宏

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「お菓子」だけじゃない 多様化するオフィスの「置き食品」=「置き野菜」☆

ヤフーニュース (リンクで農家とオフィスを直接つなげる仕組みを見つけました。

近年、オフィスの置き菓子が流行っていると知ってはいましたが、先端では、「置き食品」=野菜をオフィスに置くという商売ができたらしいです!!

確かに、会社で小腹がすいた時、お菓子を食べることもありますが、直売所で買ってきた、きゅうりに味噌をつけて食べてみたり朝取れコーンをゆでて食べてみたりして新鮮なお野菜を日々楽しんでいます。

会社には、オフィスに冷蔵庫があるので、置き野菜が可能☆
ですが、今のところ冷蔵庫のない会社も多いので、冷蔵庫ごと置いて週1回か2回補充しに来る仕組みのようです!!オフィスで置き野菜って十分ありうると感じました。



■オフィスで野菜
 ベンチャー企業「KOMPEITO」(東京)は、オフィスに小型冷蔵庫を置いてパック詰めの野菜を取り出せるOFFICE DE YASAI(オフィスで野菜)を4月から正式に始めました。現在首都圏で約120社が導入しているといいます。農薬・化学肥料の使用を抑えて栽培した野菜を契約農家から仕入れ、週1回商品を補充。ミニトマトやキュウリなどのほか、4種類の野菜が入ったパック、ブルーベリーやミニマンゴーなどのフルーツも提供しています。価格は1パック100円から300円。農家側も規格外品として廃棄処分にされがちだった小さいサイズの野菜を直接販売できるメリットがあるといいます。

 昼食時の弁当のもう一品や残業時に軽く食べるといった用途のほか、朝ご飯代わり、ミーティング時に社員同士でつまみあうという食べ方も少なくないとのこと。同社の川岸亮造社長は「以前から農家と消費者を直結するにはどうしたらよいかを考えていた。夏場は鮮度の問題もあり、今後は週二回の補充を目指したい」と話し、年内に1000カ所の展開を目標にしています。


■ベンチャー企業「KOMPEITO」(東京)リンク(HPを調べてみると)
□OFFICE DE YASAI とは…
★ハンディサイズなので、
オフィスで働く人に不足しがちな栄養素を、
その場でお手軽に補給できます 

朝ごはんの代わりに…
ランチに一品野菜を加えて…
おやつの代わりに…
打ち合わせ時のリフレッシュアイテムとして…


★評判の高い生産者が作った、安全でおいしい、
こだわり野菜を、厳選してお届けします
農薬・化学肥料の使用を抑えて栽培した安全な野菜です
おいしさの何よりの理由は「新鮮さ」。生産者から直送するため、
新鮮な状態でお召し上がりいただけます。
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週1回の補充で野菜がより身近になる人が多そう!、置き菓子の代わりにというのも体によさそうな、農家とオフィスを直接つなげる仕組みだと感じました。



石川笑美

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