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農村を活性化させる為には?

“Dr,Higa’s Theory” EM技術、微生物の新しい姿-その1 ・ノーベル賞受賞者、MIT教授ら世界級の知性から共感と期待の声

それは、人類の平和と社会の繁栄を心から願う世界的科学者が、あるいは世界有数の大学研究者らが、それぞれ研究の立場の違いはあれど共通した認識で、琉球大学名誉教授でEM(有用微生物群)の開発者である比嘉照夫氏の科学的根拠に基づく確かな理論と、世界150か国に普及しているその実践的な成功事例に共感と期待の声を寄せている。深刻の度を増すこの現代社会の現実に立ち向かう真摯な姿勢が共鳴するのだろう、と思う
                    DNDメルマガ編集長、出口俊一

◇ノーベル賞の大村先生がEM技術に言及
 北里大学特別栄誉教授で、ノーベル生理学・医学賞の大村智先生が、昨年、「微生物のお蔭です」との受賞のコメントを出した。大村先生について、受賞時にわたしはこんなメルマガを配信した。
「微生物の力、微生物のおかげです」-ノーベル医学・生理学賞の大村智氏-
リンク

 メルマガから大村先生のコメントを拾うと、微生物への感謝とともに比嘉教授の取り組み姿勢と同様の「世のために役に立つ」というある種の使命感が強く感じられた。

・「私の仕事は、微生物の力を借りただけのことで、私自身、えらいことを考えて難しいことをやったわけではない。すべて微生物がやってくれた仕事を提供させていただきながら、今日まできている。そういう意味でこのような賞を私がいただいていいのかなあ」

・「日本というのは、微生物をうまく使いこなしてきたという歴史があります。食糧にしても、農業生産にしても、われわれの先輩は、微生物の性質をよく知って、そして人のため、世の中のためという姿勢で役立ててきたという伝統があると思う」

・「もうひとつ、北里柴三郎先生、尊敬する科学者のひとりですが、ともかく科学者というのは人のためにやらなければだめだ、自分のためじゃなく、人のために尽くす、そうすることがとが大事なことなんだ。それは北里柴三郎先生の建学の精神でもあります。人のために少しでも、なんか役に立つことはないか、なんか役に立つことはないか、微生物の力を借りてなんかできないか、と絶えず考えているわけです。そういうことが今回の受賞につながったのではないか、と思います」


 あらためて読み返すと、大村先生の心からほとばしるような鮮烈なコメントの数々に胸を打たれたのはわたしだけではないと思う。上記の内容の一部が、「微生物の力、微生物のおかげ」という格好で新聞の見出しになったのは記憶に新しい。
 一流の学者は、物事を正しく捉えるものだ。そして、人のために尽くすという気高い志を持っていることがわかる。
 それに比べてネットの裏で個人を批判する大学教員が数名存在する。山形大、大阪大、国立天文台、法政大などだ。
 悪戯に事実を曲げてEMを貶めるような行為は、あまりにも恥ずかしい。

 比嘉教授は、大村先生のノーベル医学賞決定を受けて
「微生物は自然力の根元とつながっており人類の抱えるすべての問題を解決する力を持っています。今回の受賞は、その先駆けであり、日本から、この門戸が開かれたことは、歴史の必然だと思います。これを機会に、より多くの人々が微生物の力に関心を深め、より多くの分野で微生物の究極の応用が進展することを期待しています」
 とのメッセージを寄せていた。より多くの分野で微生物の究極の応用が進展することを期待する、との確信は、自らの応用研究の中でその手ごたえを感じていらっしゃるからだろうと、思った。

◇EM技術は、人類の知恵
 つい最近、この夏のことだが、大村先生が上梓したのが『自然が答えを持っている』(潮出版)で、このタイトルはストックホルムでのノーベル賞受賞記念講演の時に使われた。 書籍の帯に「2億人の命を救った男を育んだものは、小さな自然あふれる故郷と愛する芸術だった」とあり、「ご自身の原点を綴った感動のエッセー集」と紹介している。

 この本の中で、大村先生は、EM技術のことに触れている。

・「先般、書店で目に留まり買っておいた『微生物が文明を救う』(比嘉照夫・渡部昇一共著/クレスト社)を子供の頃の農業と今日の農業とを比較しながら、通勤の車中で一気に読み終えた」-と前置きして、
・「化学肥料や農薬に頼る現在の一般的な農業に対して、微生物を利用するEM技術を導入するというものだ。化学肥料に頼る農業は土壌を疲弊させ、田んぼに埋められた藁は容易に土壌化しない。EM技術とは、そのような土壌をEMによって改良することで食料を増産させる技術であり、また、もともとやせている土地を改善することも可能だ」と述べ、EM技術について、「食料を増産させる技術である」と喝破しているのだ。
その原理について、大村先生は、
・「我々が子供の頃は、このEM技術の原形とも言うべき堆肥作りを手伝った。山から木の葉をかき集め、藁を集めて下肥を撒き、微生物を繁殖させ(発酵させ)て作ったものだ。これを利用すれば、土壌を絶えず生きた形で使うことができる。この原理を応用し、いわば堆肥作りを効果的に行うために役立つ微生物を混ぜたものが、EMである」と説明する。

さらに、
・「化学肥料を作るには膨大なエネルギーを必要とする。そのことは巡りめぐって環境破壊の元凶にもなる」-と警告し、比嘉教授のことを指摘しながら、
・「一農学者によって、化学肥料を使う以前の農業の中にあった人類の知恵が歴史から抜け出し、再び役立とうとしているのである」と結んでいる。

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匿名希望

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地方自治体再生~過疎化から一転、都会からIターン者が殺到する人気の街に:島根県海士町③~

島の生き残りのためには、人口減少に歯止めをかける必要がありますが、それを実現するために、海士町流の未来を見据えた「人」づくりを推し進めています。注目すべきはコンサルタントを使わないで、自分達で方針を考えていくというスタンスです。

地方創生を成功させる3つのポイント「海士町はなぜ注目されるのか」
リンク より取組みを抜粋
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○【ポイント3/3】「続ける」の戦略:外部との交流と人づくり
Uターン、Iターンです。いずれの地域も人口を増やすために定住促進策を行っていますが、海士町でも一般的な住宅政策と共に、子育て支援を行っています。「海士町すこやか子育て支援に関する条例」に基づく各種施策は、財政の厳しい離島としては充実した内容となっています。まさに「守り」によって生まれた「未来への投資」です。結婚祝金や出産祝金、保育奨励金から、妊娠・出産に係る交通費島助成、中には不妊治療のための通院への助成もあり、チャイルドシート購入費助成などもあります。
しかし、最大の問題は、やってきたU・Iターン者の働く場、産業をどうするか、ということです。どの地域にとっても悩ましい問題です。例えば、外からやってきた若者たちが立ち上げた「株式会社 巡の環」があります。この事業のひとつに海士「五感塾」があります。これは企業研修ですが、研修所を飛び出し現場で、島の人を講師として、「感じる力」を高め、「人間力」を磨くというものです。
平成26年度ふるさとづくり大賞において、この巡の環が団体表彰(総務大臣賞)のひとつに選ばれています。概要は「人口減少・少子高齢化・財政難といった日本の課題先進地である一方、なりゆきの未来を変え、地方創生に積極的に取り組んでいる離島・海士町を舞台に、地域づくり事業・教育事業・メディア事業を柱として活動している」とあります。評価された点は、「離島という地域でありながら、地域づくりに携わる人材を育てる人材育成産業を作る発想がユニーク」や、「地域づくりにおいては、地域内外のつながりを形成していくことが極めて重要である。そのためには、つなぐ役割を担うコーディネータが重要。このコーディネータ育成を通じての、地域イノベーションの実現に期待がもてる」などです。

巡の輪 阿部裕志代表取締役は、トヨタを辞めて、島で起業することを決意した経緯があります。「海士の面白さは、島にIターンしてくる人たちが、基本的に“攻め”の姿勢で入ってくる」ところであり、「島まるごと持続可能な社会モデルをしている面白い島がある」ことがきっかけといいます。そして、島が「「よそ者、若者、ばか者」を満たす人材に、しっかりと向き合ってオープンである」ことを指摘しています。一般的にIターンには閉鎖的な地域社会の壁が存在しますが、海士町のヒントは、「よそ者、若者、ばか者」が“攻めの姿勢”で入り、地域が彼らをオープンに受け入れた、ということでしょう。
また、島根県立隠岐島前高校の「魅力化プロジェクト」「どきどききらきら 島留学」などの取り組みもユニークです。特別進学コースと地域創造コースを設置し、島外からの「留学生」を受け入れています。少子化で全国の公立学校が統廃合に直面している中、ここでも海士町独自の取り組みがなされています。
海士町では、こうした外部との交流から刺激を受け、「自立する人」をつくることが重要と考えています。先の五感塾の取り組みや、島外から研修生を受け入れて商品開発をすることによって、外へ島の文化や活動、あるいは想いを伝えることができ、内では「外の目」を通して島の良さを再発見し、自らの誇りを確認することができるでしょう。こうした活動が、「人づくり」=地域づくりにつながっているのです。
ただし、外部との交流と刺激は大事にしていますが、コンサルタントを使わないといいます。先の阿部氏も「他の地域で成功しているモデルをそのまま持ってきたり、専門家に答えを求めるといった外の力に過度に依存していないから、海士は独自の進歩を続けてこれた」と指摘しています。「成功例」を視察して、そのまま模倣して地域活性化を…、あるいは、コンサルタントに全て丸投げという地域が多々ありますが、自分の頭で考えて行動しなければ成功しないということでしょう。
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蔵端敏博

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地方自治体再生~過疎化から一転、都会からIターン者が殺到する人気の街に:島根県海士町①~

島根県隠岐諸島・中之島に位置する海士町はかつて高齢化・過疎化で存続の危機に陥っていたが、島民一体で産業創出や都市交流、教育改革に取り組んだ結果、今では都会から300人のIターン者が集まる活気あふれる街になっている。一過性の町おこしに終わらず、恒久的に街が発展していける仕組みをつくった海士町は今や「離島の星」として、全国から脚光を浴びている。

地方創生を成功させる3つのポイント「海士町はなぜ注目されるのか」
リンク より取組みを抜粋
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島根県隠岐郡海士町は、日本海の島根半島沖合約60kmに浮かぶ隠岐諸島にある、1島1町の小さな島です。人口は2400弱です。本土(島根県の本州側)から海士町までの所要時間は高速船で約2時間、カーフェリーで3時間弱から5時間弱かかります。

○【ポイント1/3】「守り」の戦略:身を切る行財政改革
第1のポイントは、「守り」の戦略:「身を切る行財政改革」です。給与カットについては、平成16年度は、町長30%、助役、管理職、議員、教育委員20%、一般職員10〜20%の減額。平成17年度は、さらに、町長50%、助役、議員、教育委員40%、職員16〜30%までカット率を下げました。職員数も削減されました。
そもそも、通常は給与カットや人員削減は働き手のモチベーションを下げてしまいますが、海士町の場合は、「日本一安い給料で日本一働く町職員」と言われています。なぜ給与カットを始めとする行財政改革を行っても、職員のモチベーションが下がらないのでしょうか。
その答えの一つは、海士町の戦略には「守り」とともにビジョンがあるからです。給与カットで浮いたお金がどのように使われるのか不透明なままでは、あるいは全て借金返済に回されるのでは、カットされた職員たちは浮かばれません。町長は「給与カットで浮いたお金は“未来への投資”に使う」と宣言しました。
役場の意識改革や組織改革もビジョンを持って行われました。例えば、「お役所仕事」から「行政は民間企業」という職員の意識の転換がうたわれました。そして、次の「産業3課」が設置されました。
・観光と定住を担う「交流促進課」
・第一次産業の振興を図る「地産地商課」
・新たな産業の創出を目指す「産業創出課」
なかでも特徴的な組織は「地産地商課」です。これは「地産地消」の誤植ではありません。「観光客に海士に来てもらい、そこで海士のおいしい農産物、海産物を食べてもらう」だけでなく、「島の産物を地域外に持っていって、地域外の人に買ってもらうこと」を目指しています。そのための“商”です。
これらの産業3課は、町役場ではなく、「承久海道 キンニャモニャセンター」内に置かれています。キンニャモニャセンターは菱浦港ターミナルとしての機能はもちろん、海士町観光協会や海士町漁協の直売店「大漁」も入っている、情報発信・交流地点です。産業3課の存在によって、町が産業政策に力点を置いていることを、町職員だけでなく、町民も、そして外部からやってくる来訪者(町にとっては“外貨獲得”の相手)も理解することができます。
まずは役場から身を削り、ビジョンを持って改革を行うことで、住民や企業などに「本気」を見せたのです。
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蔵端敏博

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ロシアの自家菜園を訪ねて 1年分の食料 自給自足 野菜、果物…兼業農家並み


私もロシア人の知人のダーッチャに招かれ、いろんな話を聞きました。ソビエト連邦時代に食糧配給が安定せず、国民に貸与されるダーチャを利用して作物を作り、配給がなくても生活が出来る様にと週末に農作業をして作物を夏の短期間に1年分の作物を作っていたという。ソビエト解体後物資が豊かになり、あくせく農作業もしなくなったが、万一に備えて何時でも農作業が出来る様にしているという。私が伺った時は日本より遙かに豊かな生活をしている印象であった。
昨年ウクライナ紛争で経済制裁が発動され物価は2倍以上に跳ね上がり、企業倒産や賃金遅配が結構な頻度で発生しているが、最近はダーチャで農作業をやる人が増え窮乏生活をしのいでいると言う。
経済危機が来ようともロシア人のたくましさが感じられた。日本でも農村部で休耕田が増える中、ロシア的な生活もあるのではないかと感じています。そんなロシアのダーチャを生活を紹介します。

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生活TOPICS

ロシアの自家菜園を訪ねて 1年分の食料 自給自足 野菜、果物…兼業農家並み

 都市住民の大半が集合住宅に住むロシア。夏になると、多くの人が郊外にある住まい付き自家菜園「ダーチャ」で農作業にいそしみ、家族が食べる1年分の食料をこしらえるという。農ある暮らしを市民に提案する「ふくおか農業体験農園園主会」の会員とロシアのハバロフスクを訪ねた (佐藤弘)

▼数十種類の作物
 ハバロフスク空港から郊外へ車で約30分、さまざまな形の屋根が立ち並ぶダーチャ村がそこかしこに見えてきた。
 冬は2メートルの積雪がある極寒の地。通常、ダーチャに住むのは夏の間だけだから、不審者が侵入できないよう、多くの家は犬を飼い、がっちりした無粋な塀で囲われている。だが、そのドアの向こうには広々とした菜園が広がる。
 トマト、スイカ、キュウリ、ナス、ブドウ…。平均600平方メートルの敷地に、数十種類に及ぶ野菜や果物が実る様子に「こりゃ、兼業農家のレベルやな」。福岡市東区の農業体験農園「百姓園」の園主、北本一孝さん(67)が驚きの表情を浮かべた。
 通訳のエレナさんは「シーズン中、仕事を持つ現役組は週末を、年金組は常にダーチャで過ごすのが一般的なパターン。夏休みが3カ月あるロシアでは、祖父母とダーチャで暮らし、自然との付き合い方を学ぶ子どもも多い」と話す。

 ▼ロシア革命から

 ダーチャの起源は、地主階級から没収した土地の再分配を農民たちに約束した1917年のロシア革命。申し出があれば、自留地と呼ぶ個人の土地が政府から与えられる制度ができた。
 幼稚園に勤めていたリューバさん(65)が、夫のビクトルさん(65)とヴィノグラドフカ村に約1600平方メートルの土地を購入したのは20年前。週末にダーチャに通っては原野を畑にし、3年以内に家を建てることで、政府から格安で土地を払い下げてもらった。
 リタイアした今は夏の間、ダーチャに滞在。年間240キロのジャガイモを収穫し、野菜と果物を栽培してニワトリを飼う。
 トマトは青どりして塩漬けし、木の実はジャムなどに加工して冬に備える。住まいの下に掘られた地下室には、そうした保存食の瓶がずらりと並んでいた。「年金は少ないけれど、ダーチャがあるからやっていける」とリューバさん。
 ダーチャ村の住まいは掘っ立て小屋からプール付きの豪邸までさまざまだが、一つとして同じものはない。日本のように専門業者に頼まず、電気工事なども含めて、自らの手で少しずつ造り上げるためである。
 「ロシアの男は何でもできるんです」。エレナさんが自慢げに言った。

▼強さと豊かさと
 ロシア人1人当たりの国内総生産(GDP)は約140万円。所得という物差しからすれば日本の30%程度で、とても「豊かな国」とは言い難い。

 ただ、有事の際はどうだろう。もし世界的な気候変動や国際関係悪化などで食料輸入に支障が出たら-。ロシアの場合、85年以降、何度も経済危機に見舞われたにもかかわらず、餓死者が出なかった。それは国内3400万世帯の8割がダーチャなどの菜園を持ち、ジャガイモの国内生産の9割、野菜の8割を自給していたからといわれる。
 農山漁村が元気だったころの日本なら、何とか持ちこたえられるだろう。食料自給率は今よりずっと高かったし、自ら食料を作り、調理するという「自給力」が国民にあったからだ。しかし、食の国際分業や衣食住に関わる家事の外部化によって“発展”した現代社会。農家の子でも小学校の授業で初めて田植えを経験するという時代、わが身に照らし合わせても、そんな底力があるとは思えない。
 広々とした大地で大規模な農業が繰り広げられる一方で、食料を自給する能力を持つ市民たち。「ダーチャで体に悪いものを使って食べ物を作る人はいませんよ」。農薬の使用について尋ねたときのエレナさんの反応に、経済成長だけでは得られない強さ、豊かさの尺度について、あらためて考えさせられた。

 ◆ハバロフスク アムール川の右岸中流域にある人口約57万人の工業都市。北緯48度で札幌市より5度高く、真夏は連日30度を超えることもあるが、冬は氷点下40度付近まで冷え込む。



今井勝行

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地方自治体再生~“グルメ戦略”で地域おこし:島根県巴南町役場職員:寺本秀仁氏~

プロフェッショナル仕事の流儀で、町おこしを手掛けている島根県 巴南町役場の職員:寺本秀仁氏が紹介されていた。寺本氏が町おこしに携わるようになったのは、役場に入ってから10年目の“平成の大合併”で生まれ故郷が“消滅”したことが契機になった。元々公務員=安定という意識だったのが、町の将来はどうなるのか?自身の生活はどうなるのか?という危機感を持ち、様々な町おこしの取組みを実践し、過疎で苦しんでいた町が年々人口が増えることに成功し、今では地方創生のトップランナーとして、全国から注目を集めている。

プロフェッショナル仕事の流儀リンクより
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○地域の誇りを、育む
地方創生のトップランナーとして、全国から注目を集める町役場の職員、寺本。徹底した“グルメ戦略”の地域おこしを実践し、過疎の町はいま“食の町”として、全国からの観光客でにぎわう。徹底的に味にこだわった地産地消の高級イタリアン。一流シェフたちが地域の人に調理技術を指導する“食の学校”。さらに、寺本が企画した数々の事業に集まるのは、観光客だけではない。地方で“食”と向き合いたいと、全国から移住者も殺到する。
そんな寺本の町おこしの根底を支える信念が、“地域の誇りを育む”ことだ。「一番おいしいものは地方にあって、おいしいものを作る人間は地方にいる。だからこそ、地方の人間は輝いているという誇りをもって僕は生きている。」と語る。
町に生きることへの誇り、地域資源への誇り、その思いが無ければ地域おこしはなしえないと、寺本は考える。

○素早く動き、熱を冷まさない
寺本が、高級イタリアンを立ち上げた際、多くの人が「どうせ、はやらない」と口をそろえた。しかし、今では町が誇る観光スポットに。前例のない事業を次々と成功させ、結果を出し続ける寺本。事業を軌道に乗せるその秘けつは、“スピード感”だ。
地元で果樹園を営む女性が、サクランボの販売戦略について寺本にヒントを求めた際にも、寺本は悩まない。悩む前に、動くのだ。すぐさま女性を連れて、現場を回り、解決策を探る。その一週間後には、遠く山形から名シェフを呼び寄せ、サクランボを使ったPRのための新メニューを完成させた。「事業の構想は、時間をかけて作るものではない。相手と常にキャッチボールしながら、出来るだけ早く結果を返すこと。そのやり取りを繰り返すことが、成功への道」という寺本。スピード感を持って仕事をし、関わる人たちの熱を冷まさないこと。それが寺本の町おこしの流儀だ。

○答えは、地域にある
寺本のもとには、“食”や“地域おこし”に携わる仕事をしたいとたくさんの移住者がやってくる。そんな寺本が、移住者たちによく語りかける言葉に、「地域を見ろ」がある。町おこしは、自分本位ではあってはならない。必ず地域の人の声に耳を傾けること。そこに寺本の地域おこしの原点がある。
寺本が町おこしに携わるようになったのは、役場に入ってから10年目。“平成の大合併”で、生まれ故郷が“消滅”した。町の将来はどうなるのか?危機感を抱いた寺本は、町の経済を持続させようと当時はやっていたネット通販に挑んだ。しかし、オープンから4か月たっても成果はなく、さんたんたる結果。「今まで10年間、俺は役場で何をしていたのか。地域のことについて何も知らない、自分が恥ずかしい。」自分の実力の無さに、ぼう然となった。何の手だてもない寺本は、地域を周ることしかできなかった。しかし、そこで気付く。地域にはたくさんのアイデアやヒントが転がっていると。答えは、地域にある。寺本が公務員という仕事を全うする上で、大事にする流儀だ。
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蔵端敏博

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ベーシックインカムの制度は自治体活性化の事業に最適です、福井県若狭町の取り組みを紹介します。


岩手の遠野町の取り組みがベーシックインカムの一貫として紹介されているが、同じ様な積極的な取り組みが福井県の若狭町では10年余も前から実施されて成果をあげてきています。

民間の設計事務所と合併前の旧上中町役場が都市部の若者の就農定住事業を目的に(有)農楽舎を立ち上げています。都市部の大卒若者を中心に毎年最大5名の若者を受け入れます。2年間の農楽舎での合宿生活の下で、集落の歴史や農業技術や農村集落で生きていく術を実践的に学びます。卒業後は直ちに農村集落の活力再生の担い手として町役場の指導の下で就農することが出来ます。
就農研修と実習には、町役場の町長や職員や集落の指導的な自営農家があたり、既に男女50名余の担い手が就農して来ました。日本全国の農村集落は自前で人材育成が出来ずに高齢化が進んでいるのが現状です。これから子育ても始まる若者達の集落への就農はとてもおおきな希望となります。農村集落の人材育成が自給できる自治体となる様に、若狭町の農楽舎には大きな期待が寄せられているのです。

2年間の共同生活には5万円/月の給与が支給されて、共同生活の元で自活研修が完璧に可能となります。研修終了後には町役場の導きで担い手不在の農家に就農しますが、日本の農村集落の活力再生の担い手として成長が託されているのです。



持国天

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常識を疑うことで「日本一小さい農家」が年収1200万円

菜園生活「風来」(ふうらい)代表の西田栄喜氏は、農地面積は通常農家の10分の1以下で、年間売上1200万円、所得(利益)600万円と・・・農業で十分にやっていけるということを実現しています。元々サラリーマンで、農業の経験が全くなかった西田氏は、農業にまつわる常識を疑うことからはじめたそうです。この頭の使い方は、農業に限らずあらゆる仕事に参考になります。

「農」で、子どもの「お手伝い力」がアップする秘密リンクより
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私の農園はきていただくと、みなさん「本当に小さい」と声をあげます。農地面積が通常農家の10分の1以下、30アールの面積(だいたいサッカーコートの半分くらい)で、自他ともに認める「日本一小さい専業農家」(本書では「日本一小さい農家」)です。
(中略)
サービス業の視点で見ると、ビジネスチャンスがあるのではと考え、農家に。そんな「知識ゼロ」で起農したのが1999年。

ただでさえ厳しいと言われる農業。まして農業技術もない、右も左もわからない状況で普通にやっていては、ひとたまりもありません。
そこで、最初に始めたのが、農業の常識を疑うこと。

今の農業の常識と言えば……
「農業は儲からない」
「農業を始めるには、農機具・設備費など莫大な資金が必要」
「補助金がないと成り立たない」
「農業技術を習得するには時間がかかる」
「広い土地がないと無理」
「人手が必要」
「天候により収入が不安定」
「自然相手なので休みがない」
と大変なことだらけ。そんな常識の中でも、まっ先に疑ったのが、農業で売上を上げるには大規模化しないと無理ということ。そこで小さくても、いや小さいからこそできる農業があるのでは?と思って生まれたのが、スモールメリットを活かす農業です。もちろん、小さいだけではなく、サービス業についていた経験を活かしての加工、直売も手がけ、また、ネット活用など、今だからこそできる農業を心がけました。

 その結果……

●“借金なし”……起農資金を含め一切借金なし
●“補助金なし”……行政に一切頼らなくてもやっていける仕組み
●“農薬なし”……当初から農薬を使わない農法を実践
●“肥料なし”……2012年から無肥料栽培(「炭素循環農法」)に切替え
●“ロスなし”……予約販売、加工で野菜のロス(廃棄)がほぼない仕組み
●“大農地なし”……通常の10分の1以下の耕地面積の「日本一小さい専業農家」
●“高額機械なし”……3万円で購入した中古の農機具がメインプレーヤー
●“宣伝費なし”……これまで一度も有料広告を出したことがない
と、まさに常識はずれなことに。また、通常1000万円くらいはかかるといわれる初期投資が143万円ですみました。
現在、労働力は家族2人(野菜の栽培は私、妻がケーキや漬物などの加工を担当、年間売上1200万円、所得(利益)600万円。フェイスブックなどで、お客さんとダイレクトにつながりながら、日々充実した毎日を送っています。
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蔵端敏博

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日本最強農家の「グランピング」がスゴすぎる

専業農家は、競争に勝ち残るために幾つもの多様な業務形態を模索しているようだ。

以下(リンク)引用
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■農園リゾートにグランピング施設が誕生

これは、8月1日に開業する新エリア「ザ・ファーム・キャンプ」。宿泊料金は、1棟2人の宿泊で2万6600~3万6600円を見込む(2食付き)。2人の宿泊が基本だが、最大で4人まで宿泊が可能だ。

このキャンプ場は、いわゆる「グランピング」に分類される。グランピング(glamping)とはglamorous(グラマラス)とcamping(キャンピング)を合わせた言葉。2005年頃に英国で始まったとされる。宿泊は常設テントやコテージで、トイレやシャワー、食事はホテル並のサービスを備えている施設が一般的だ。

設備が充実しているうえ、テントや調理器具をそろえる必要がないことで、手軽にアウトドアを楽しむことができる。先進国を中心に人気が上昇。日本でも星野リゾートが2015年秋に「星のや富士」を開業するなど、新たな宿泊施設の形態として注目が集まっている。

「ザ・ファーム・キャンプ」があるのは、2010年に開業したザ・ファーム(千葉県香取市)の一角。2013年7月に14棟のコテージ「ザ・ファーム・コテージ」が完成し、現在は貸農園、温泉「かりんの湯」、バーベキュー場、レストランやカフェをそろえ、農業を中心とした複合施設となっている。

特にコテージは人気が高く、夏休み中はほぼ満室という盛況ぶりだ。そこで、今回は同じ敷地内の少し離れたエリアに常設テント15基からなるグランピング施設「ザ・ファーム・キャンプ」を開設した。

ザ・ファームの特徴は、運営しているのがホテルやリゾート会社ではなく、専業農家を中心とした和郷園グループだ、という点にある。一般的な知名度はさほどでもないが、日本で最も有名な農業団体のひとつだ。

和郷園グループは、千葉県香取市の農家を中心に100軒ほどの農家が集まった農事組合法人「和郷園」と、野菜の加工や流通を担う株式会社「和郷」という、2つの法人が中核。グループの年商は70億円に達している。

農家の集まりである和郷園が農業(1次産業)を担当し、収穫した野菜の加工(2次産業)や出荷・流通を株式会社の和郷が行っている。最近では大田区田園調布にスーパーマーケット「OTENTO」(おてんと)や飲食店を運営するなど、サービス業(3次産業)にも進出している。

付加価値の低いとされる農業が、加工やサービス業といったより付加価値の高い業種に進出することで、全体の収益性や継続性を高める「農業の6次産業化」で日本の最先端を行くグループだ。

■農業も"モノ"から"コト"作りの時代に

その和郷園グループが、こうしたグランピング施設を開業する理由を、代表の木内博一氏は、「和郷園らしい3次産業で、ファンを増やすため」と語る。

木内氏は、今の農業は需要が減って、供給過多になっていると分析する。「消費者の暮らしや食のニーズが変わっていく中で、農業には先取りして変わっていくぐらいの取り組みが必要」(木内氏)。

一方で「農業にとって持続的成長が一番必要。ある時に1000個を売るより、毎日1個売れた方がいい」(木内氏)。

そのため、消費者が直接訪れることができるザ・ファームを作り、バーベキューやレストラン、収穫体験を通じて和郷園の食材にふれる施設を作った。

コメや野菜といった”モノ”を作るだけでなく、体験消費である”コト”を作ることで、「毎日1個買ってくれるファンを増やしたい」(同)という。

今後はザ・ファームを中心に、広い土地を活かした結婚式、野菜や食材の通信販売など、より幅広い分野への参入を計画している。

もうひとつ、木内氏が描くのが、和郷園グループをモデルに6次産業化のノウハウを日本国内広めることだ。

和郷園グループは、香取市を中心に農場や加工施設、こうした宿泊施設などさまざまな事業を展開している。「専業農家がここまでやっているケースはほかにない」(木内氏)。

そのため、各地方自治体から人材を受け入れ、2年ほどかけてグループのさまざまな現場や施設で研修。和郷園が取り組んできた、1~3次産業のノウハウを学び、地元に戻ってもらうことで、6次産業化の仕組みを全国に広げていくことを描く。

■地方創生の人材育成に貢献

実際、8月1日の「ザ・ファーム・キャンプ」のオープンをきっかけに、ザ・ファームは他社の資本参加を受け入れる。旅行会社である近畿日本ツーリストやクラブツーリズムを傘下に持つ、KNT-CTホールディングスや農林水産省が6次産業化を推進するためのファンド「A-FIVE」などが出資を予定しているという。

「今までは民間企業として、人は早く育てて、収益をあげることを追求してきた。ここまで規模が大きくなった今、ノウハウを公開して地方創生の人材育成に貢献したい」(木内氏)。

グランピングという流行を追いかけただけではない、「ザ・ファーム・キャンプ」。その取り組みは成功するのか。この夏休みの運営状況が試金石となりそうだ。

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以上引用



真鍋一郎

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現実逃避では、何事も上手くいかない。


リタイヤ後の老人に限らず、自然の中に暮らしたいと田舎に移住する人は多い。「都会暮らしで疲れて・・・」ということは確かにあるが、だからといって、田舎に行けばすべてが解決(癒される)わけでもない。

移住に限らず、転職も同じように感じる。

どこに行っても、なににおいても、人間関係が全て。
結局は、自分の姿勢に全てはかかっている。

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「移住の夢」リンク(週刊代々木忠より)

(前略)

休日、都会の喧噪を離れて……にとどまらず、リタイヤ後の移住まで考えている人もいるだろう。何十年も仕事中心の生活を続けていれば、定年後は空気のいいところで自分らしくのんびり暮らしたいと思うのも無理からぬことだ。

(中略)

田舎暮らしは、都会に比べたら住居費をはじめ生活にかかるコストは低い。年金もあてにできないとなれば、ローコストはありがたい。ネットには田舎暮らしの物件情報がふんだんに載っている。風情のある古民家もあり、そんな画像を眺めていれば、おのずと夢はふくらんでいく。

 しかし、移住に失敗した人々はたくさんいる。その原因を見てみると、まず「仕事がない」。老後の資金があって貯金を取り崩しながら生活するつもりなら問題ないが、リタイヤ前だと最大の課題と言える。どこかに就職しなくても自分で稼げる技術や、地域を活性化させる知恵があれば、話は別だが……。

 田舎は人口の密度が低いけれど、人間関係の密度は高い。そこには、草刈りや清掃、祭りの準備など、その地域のしきたりや慣習もある。いずれにしても、移住したい場所に出会えたら、1年くらいは四季折々その地に足を運ぶのがいい。なかでも地域の祭りは絶対に見ておいたほうがいいだろう。地域の人々と挨拶を交わし、話を聞き、何度か通ううちに友達ができたら心強い。「ここに住みたいなぁ」と言ったとき、「おお、早く引っ越してこいよ!」と言われる関係なら、きっとその地で暮らしていける。

 僕は子どもの頃、隣が浄土真宗のお寺だったこともあり、祖母に連れられて和尚の説教をよく聞きに行った。そのなかで印象に残っている話がある。

 〈お百姓さんが畑仕事をしていると、旅人が通りかかる。「住むところを探しているんだけど、ここはどんな村ですか?」。お百姓さんは「あんたの前いた村はどうだった?」。旅人は「かくかくしかじかでひどく、もうあそこの村には住みたくないんです」。するとお百姓さんは「この村も同じだよ」と答える。何日かして今度は別の旅人が通りかかった。「この村に住もうと思うんだけど……」「前の村はどうだった?」「いやぁ、いい人たちばかりですごくよかったんだけど、いろんなところを回ってみたいと思って、それでこの村に……」「この村も同じで、いい人たちばっかりだよ」〉

 移住に限らず何事も「自分次第」であり、追いかけている夢がじつは「現実逃避」だとしたら、なかなか上手くいかないはずである。

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西田美和

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岩手・遠野で「ベーシックインカム」がもらえる制度がスタート(起業家限定)。

リンク
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パートナー企業「合同会社paramita」が仕掛ける「Next Commons Lab」。これ超画期的な仕組みです。

◆3年間のベーシックインカム支給。

~起業・独立するための支援金として、毎月14万円程度のベーシックインカム+年間30万円の補助支援金を最大3年間支給します~

ざっくりいうと、岩手・遠野で起業しようとする人は、3年間のベーシックインカムがもらえます。なにそれすげぇ。

第1期は10名。プロジェクトテーマも事前に決められています。

~2016年。まずは10のプロジェクトテーマを掲げ、 それらを事業化するためのプロフェッショナルを、ラボ創設メンバーとして募集します。

各プロジェクトに必要なリソースの発掘やマッチングをおこない、 思案・実験・実行を繰り返すことにより、 3年以内の事業化と汎用的なモデルを確立することが目標です。

拠点は岩手県遠野市、そして全国各地へ。 理想とする未来を思い描き、自ら考え、手足を動かせば、社会は変えていける。 そのための開かれたプラットフォームとして、自治体・企業の協力のもと、 いよいよ“Next Commons Lab”が動きはじめます。~

プロジェクトテーマは多岐にわたり「産前・産後ケア」「超低コストハウスの開発」「カフェ作り」「データビジュアライゼーション」などなど、筋のいい企画が揃っています。

なんと!キリンと一緒にクラフトビールを作るプロジェクトも!遠野ってホップで有名ですもんね。

遠野はビールに欠かせない原料のひとつであるホップの栽培面積が日本一を誇る地域です。

この街では『ホップの里からビールの里へ/Tono beer experience』として、ホップ栽培だけではなく、ビールの醸造までを地域の産業として育成し、さらには文化として根付かせていく取り組みをはじめました。

今後5年のあいだに10軒を目標として街にマイクロブルワリーが生まれ、そこで醸造されるビールが地元に愛されるのはもちろん、地域と日本各地そして世界を繋ぐようなビール文化が醸成されることを目指しています。

地域に足りないのは、起業家です。起業を志す人に「ベーシックインカム」を支給するのは、地方創生の本丸ですね。箱物とかいらないんで、こういう取り組みをどんどん加速させるべき。




渡澤翼

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