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農村を活性化させる為には?

歴史は繰り返す? “荘園”化する日本の農業~系列化の中で変わっていく農業の「働き方」①

日本の農業は大きな曲がり角に差し掛かっている。農業での「働き方」は、日本農業の変化に大きく左右されることは間違いない。

 日本農業の将来を予測するために、何か参考になるものはないだろうか。意外に思われるかもしれないが、奈良時代から平安時代にかけて発達した「荘園」に似通っていくのではないか、というのが筆者の見立てだ。

引用 JBPRESS 篠原信
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○ 農地の解放と荘園の形成

 戦後、GHQの政策として農地改革というのが行われた。広大な耕地を所有する地主から安く田畑を小作人に売り、自作農化する政策が推進された。これにより、当時日本の総人口の実に4割以上(昭和25年時点で農家人口は約3780万人、同年の日本の総人口は約8320万人)が農家だったのだが、この人たちが自作農化した。

 これは、見方によっては現代版「口分田」だ。歴史の教科書をひもとくと、7世紀のころに班田収授法という法律が制定され、農民に口分田を支給するという制度がスタートした。農家にできるだけ公平に農地を分配し、耕作へのモチベーションを上げようという政策のコンセプトは非常に似通っている。

 さて、現代の日本に戻ると、戦後50~60年を経過したあたりから耕作放棄地の問題がクローズアップされ始めた。実はこれも奈良時代の日本とよく似ている。班田収授法が実施されたとみられる7世紀終盤から50~60年経った頃、耕作放棄地が目立ち始めたのだ。

 似ているのはそればかりではない。耕作放棄地の問題が大きくなるのを受けて、農林水産省は政策を転換、それまでの小規模生産農家を軸とする農業生産を改め、担い手農家や大規模生産法人に農地を集約する政策に舵を切った。

 さて、奈良時代にも同じことが起きた。班田収授法が機能し始めてから50~60年経った頃、墾田永年私財法(743年)が発布された。これは、耕作放棄地を耕した人は自分の土地(私有地)にしてよい、という、それまでの口分田の考え方とは真っ向から対立する政策だった。そうでもしないと耕す人がいなくなってしまう、ということでもあったのだろう。

 その結果、現代でいう「担い手農家」(農業経営者・農業生産法人など認定農業者のこと)や大規模生産法人が発達した。それが荘園だ。

 田堵(たと)と呼ばれる敏腕経営者がたくさんの人を雇い入れ、耕作に当たってもらうと同時に、都の実力者にロビー活動をするようになった。藤原摂関家や大きな寺や神社など、当時権力者であった人たちに形式上「寄進」することで有利な条件を引き出した。その具体例が「不輸不入の権」だ。税金を納めなくてよい権利(不輸)、役人の立ち入り検査を断る権利(不入)を獲得し、より利益を最大化すると同時に、権力者への付け届けを怠らないように経営者は気を遣った。

 現代の農業も形を変えて、似た現象が起き始めている。生産法人として大きくなるだけでは販路を確保できない。そこで大手スーパーなどの小売業や流通業、あるいは農業と必ずしも関係がない大企業に営業を仕掛けて、関係を深めようとしている生産法人が増えている。奈良時代や平安時代の実力者と言えば貴族や僧侶だったわけだが、現代の実力者は大企業というわけだ。そう考えると、藤原摂関家は現代でいう「巨大企業」に相当すると言える。

 もし奈良時代や平安時代の「荘園」とのアナロジーが成立するなら、今後、日本の生産法人は「系列化」が進むと予測される。すでに大手流通小売であるスーパーやコンビニチェーンが大規模生産法人と提携し、いくつかのグループに分類できるようになってきた。今後、まだ「系列」に所属していない生産法人も契約などを進めることで系列化していくことだろう。

 系列化は、そのまま「寄進地系荘園の発達」とそっくりのものになると思われる。大手流通小売の大企業は、その経済力を活かして政治家にロビー活動を行い、自分たちに有利な法律の制定などを働きかけるようになるだろう。まさに奈良時代や平安時代に起きたことが再現されるかもしれない。




津田大照

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歴史は繰り返す? “荘園”化する日本の農業~系列化の中で変わっていく農業の「働き方」②


○ 「荘園」化で起こる変化

 では、さらに将来の日本の農業はどのように変遷していくだろうか。それには「荘園」がどのようになっていったか、その推移を見て見るとよさそうだ。

 藤原摂関家など有力貴族などに集約した荘園は、次第に「付け届け」を増やすように要求がきつくなっていった。荘園の実質上の経営者が別の実力者に乗り換えようとしても、すでに「系列化」が進みすぎていて、簡単には移れなくなっており、しかもどこの系列でも荘園に対して厳しい要求をするようになっていったので、経営が苦しくなっていった。

 系列化が進む過程では、さまざまな権利を獲得することができたのでメリットが大きかった。しかし、系列化が完了してしまうと、系列に所属するがゆえのデメリットが大きくなってきたのだ。

 これは、現代版「荘園」でも同じことが起きてくる可能性がある。現時点では、大手流通小売と提携する方が安定した価格で生産物を購入してもらえるメリットがあり、利益が大きい。これに対して、市場を通すと頑張って品質を向上させたものもすべて「ホウレンソウ」や「レタス」でしかなくなり、差別化ができないので、市場よりも系列に属する方が有利なのが現状だ。

 だが、系列化が完了してしまうと、おそらく市場に出荷する生産法人が少なくなってしまうため、市場が機能しなくなる恐れがある。農作物の流通のほとんどがそれぞれの系列内で完結するようになり、別の系列に農作物を横流しすることは難しくなる。

 他方、流通小売は「売り場」を支配していることを強みにして、生産法人により安い値段で生産物を出荷するように要求するかもしれない。そうなると、系列に属することはかえってデメリットになるのだが、すべての生産法人が系列化してしまっていたら、もはや別の道を探ることもできず、泣く泣く要求に応えざるを得なくなるかもしれない。

 もちろん、現代の企業は社会的責任を果たすことが求められているから、そんなに人道に反することは起きないと考えたい。ただ、平和な時代が何度も破れている歴史の浮き沈みを考えると、そうしたこともどこかで頭に入れておいた方がよいだろう。

 人工知能の行方も気になる。田植えや耕耘などの作業を人工知能とロボットが果たすようになれば、もっと人手をかけずに生産しコストダウンを図れ、という圧力が系列上部からかけられるかもしれない。そのとき、生産者側はどう立ち振る舞えばよいのだろうか。

 このことも、昔の荘園に何が起きたのかをみてみよう。

 平安時代に入り、貴族は荘園への要求が厳しくする割に荘園にメリットをもたらさなくなると、荘園は次第に独立した行動が目につくようになる。「武士」の台頭だ。これは平安時代、警察(刑部省)や軍隊(兵部省)を担当するのを嫌がった貴族たちが、治安維持をおろそかにし始めて、荘園も盗賊などの乱暴狼藉に自衛する必要に迫られたためだ。

 芥川龍之介の「羅生門」は、京の都の門でありながら窃盗や暴力がまかり通り、誰も取り締まらない様子を描いているが、これは貴族たちが警察や軍隊の仕事を嫌がったために起きた現象だった。貴族が誰も警察機能を担おうとしないため、検非違使(けびいし)という法律には定められていない私警察を組織し、身分の低い人間(武士)に取り締まらせるありさまだった。

 首都でこのありさまだから地方に至っては実にひどく、自分たちで自衛しないと田畑や財産を守れなくなった。自衛組織が武士となり、やがて貴族を凌駕する存在として平氏や源氏が台頭するわけだが、それは別の話。

 さすがに現代あるいは将来において、武士のような私警察が地域ごとに発達するとは考えにくい。ただ、大規模生産法人が何らかの方法で系列から離れようとし、独立の気風を見せる可能性はあるだろう。

○ 日本の農業の向かう先は

 以上、奈良時代から平安時代にかけての荘園とのアナロジーから、現代の日本農業がどのように進展していくのかを展望してみた。むろん、昔の日本と大きくかけ離れている面があることを無視してはいけない。

 たとえば、昔の日本は食糧の輸出入はほぼゼロだ。もちろん遣唐使などの行き来はあったが、国民を食わせるほどの食糧の行き来は絶無だったと言ってよい。それに対し、現代の日本は食糧自給率が38%。食糧の6割強を海外から輸入している。日本という島国の中だけで農業を捉えられなくなっており、その点が昔の「荘園」をそのままなぞることはない原因にもなる。

 また、農業が経済全体に占める存在感も違う。産業革命が起こる前は、経済とはほぼイコール農業のことだった。商売や工業もあったが、農業生産が経済全体に占める割合は非常に高かった。産業革命以前の経済学者がみな農業のことばかり語っているのは、それだけ農業が経済の根幹を占めていたからだ。これに対し、現代の日本では農業がGDPに占める割合はわずか1%程度。世界最大の農業大国であるアメリカでさえ1.2%(2014年)。農業の存在感がかつてなく小さな時代が、現代なのだ。

 もう1つ。これほどまでに農家が少ない時代はない、ということだ。江戸時代では国民の8割が農家だった。奈良時代や平安時代も同様に、大半の国民が農民だった。ところが平成29年には約182万人。国民のわずか1.4%しか農業に従事していない。従事者が少ないということは、選挙権を持っている有権者の数も少ないということであり、政治的な影響力も小さいことを意味する。

 奈良・平安時代に発達した荘園とのアナロジーで日本農業の将来をある程度見通すことも可能だが、当時と異なる環境があることも頭に入れて、未来を予想することも必要だろう。

 日本農業はどう変化していくのか。あるいは、どう変化させていこうとするのか。

 1つだけ、昔と今とで変わらぬ真実がある。「食べなきゃ生きられない」ことだ。農業が人類の生命を維持する産業であるからには、この産業が(人類が滅びる前に)滅びる心配はない。考えるべきは、どのような農業の在り方が国民の幸福につながるのか、だ。

 その中で、生産者の「働き方」も決まっていくことだろう。




津田大照

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岩手発の農業ベンチャー「多田自然農場」~志に時代がついてきた!~

岩手県遠野市に30年前に起業した農業ベンチャー「多田自然農場」がある。その代表である多田氏は、農業で元気な経営をみせ、内に閉じ篭もる日本農業にカツを入れたいと生まれ育った遠野市で乳製品を作り始め、今ではNYへの輸出にまで至っている。

時代の大転換にある今、実質価値=農業は間違いなく見直されるが、それを現時点で実現している多田氏のこれまでの苦悩や志は参考になると思いますので紹介します。

リンク より
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○サラリーマンを辞め、遠野で農業を始める
多田氏は地元の農業高校を卒業し、いったんは遠野市役所に就職が決まる。しかし就職した初日に市役所で過ごし、覇気の無いよどんだ空気を重く感じ、「ここにいたら自分も沈んでダメになる」と思い、一日で退職してしまう。(中略)東京の一流企業への就職も決まっていたが、やはり出奔してきた故郷の遠野が気になり、東京への就職をやめて遠野市役所の試験を受けUターンする。その時、「市役所に勤めるのは10年。その間に農業を本格的に勉強し、新しい時代の農業で食べていこう」と決心した。
実際、多田氏は10年間の市役所人生でも大半を農業に打ち込んだ。荒れていた自分の家の農地を再生するため、毎朝5時に起き草を刈り、土地づくりに取組み、コメ・野菜づくりに挑戦する。昼間は役所で働き、夕方5時になると直ちに役所から畑へ戻り、土・日・祝日、年休はすべて農業のために使い、ボーナスをもらう度に牛を買って肥育したのだ。
(中略)
10年間公務員生活を送った後は、きっぱりと退職し88年から専業農家をスタートさせた。
退職金、借入金などで1億円をかき集め有限会社を設立。北海道から200頭の乳牛を買い付けて事業をスタートさせた。しかし毎日の搾乳量は4トン、糞尿の量が数トン。毎日夜中の2時半から2~3時間の休憩を入れて、夜遅くまで牛舎に入る生活だった。だが、そんな生活を続けているうちに、自分の農製品を農協に持っていき「農協に売ってもらうビジネスではダメだ」と気づく。消費者と直接接するため自分の名前を入れた製品を売るようにし、製品に責任を持つ販売戦略を採った。

○ネットと流通革命が後押し
酪農から始まって乳製品、飲むヨーグルト、スイーツ、無添加ウインナー、無農薬野菜など総合的な農場を作り上げた。農産物は自然の原料を基調に極力、人の手作業で作ることを信念とし、同時に遠野から農産物を発信することで地域の発展にも役立つことを目指したその生き様から「反骨の酪農家」と呼ばれたこともある。
現在は近くの農家の農産物を一緒に売る手伝いをしたりして、遠野は岩手内陸部の拠点になってきた。今やネットで商品を紹介し、宅配便などで商品を届ける時代となった。途中であきらめず、自分の信念を貫いて農産物を生産しているうちに、ネットや流通もついてくる時代になったのだ。良い製品、安全で安心して食べられる農産物と酪農品を一貫してぶれずに追求してきた賜物といってよいだろう。と同時に、時代の先を見据えて努力していると、次第に運も開けてくる実例が多田氏の生き方にみえてくる。
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蔵端敏博

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百姓的な働き方の可能性

百姓とは、農業を中心に置きながら100の生業(なりわい)を持つ職業。今後、均質化された教育・社会が多様化の方向へ進めば、百姓というキーワードが更に注目を集めていくと思います。働き方についても、副業をする人が増えることも考えられますし、ベーシックインカムなど基本保障制度の導入が現実味を帯びてくれば、高校生以下の若い世代にとって、旧世代の働き方は全く魅力的には映らないでしょう。

共創というワードも徐々に社会浸透していますが、日本ならではの共創のカタチとして、「百姓的な働き方」の他業種への適用可能性が広がっていくのではないでしょうか?

(以下、リンクより引用)

■「百姓」
産業構造の変化、環境の変化により農業が厳しい産業へとなってしまったのですが、これは産業や環境のせいだけでなく、きつい言い方ですが農家自身がそこに甘んじてしまったということも問題の1つとして大きいと考えています。元々江戸時代の農家は自ら多様な生業をもって生活をおり、ある種のアントレプレナースピリッツを持っていましたが、現代ではそのスピリッツは失われているように感じます。

元々「百姓」はたくさんの性、つまり国民全般を指す言葉ですが、私は百姓は「100の生業を持つ者」と考えており、農家ももう1度江戸時代の「百姓」に戻る、アントレプレナースピリッツを取り戻すことがこれからの農業界を変え、新しい農業従事者を増やすことと考えています。

もっと言えば、新規就農=生産者になる、ではなく新規就農=アグリアントレプレナーになる、というような意味で使うべきだと思っており、今後会社としても個人としてもそこを伸ばすような事業を展開していく予定です。

(以下、リンクより引用)

■百姓という職業
百姓はどのような職業か?百姓は農業を中心に置きながら100の生業をもつ職業です(詳細は前回号をご覧ください)。百姓は複数の生業(事業)を持つことからアグリアントレプレナーと言い換えても良いと思うというのが個人的な意見です。

また百姓は様々な技術・知識が求められます。生産に関することはもちろんですが、食品加工の食品に関する知識、流通に関する知識・・・など求められる知識・技術は多岐に渡ります。だからこそ百姓はいわゆる生産者という立場から抜け出した、高度な職種ではないかとも思っています。

■スペシャリストである必要はない
一見、百姓は求められることも多く非常に難しい職種のように見えます。また現代の日本では生産、販売、流通など高度に仕事が分業化されておりそれぞれの分野にスペシャリストが存在します。ここで重要なのは決して全ての領域でスペシャリストである必要はないということです。例えば自分で作った野菜を市場に通さずに流通させようとしたとき、今はOisixさんのような野菜EC、イオンさんのような自社農場を持つ大手小売店のようなスペシャリストが存在し、そこと勝負することは並大抵なことではありません。しかし、畑周辺のスーパーに卸し、知り合いや親戚に宅配するという規模感であればむしろ近さという物理的なメリットや、小回りが効くという点で大手企業よりもメリットがあることもあります。つまり、スペシャリストになる必要はなく、出来る範囲での差別化を図れば良いのです。

また、1つの事業で必要なお金を稼ぐという必要性もなく、例えば月30万円を稼ぐ必要がある人であれば、知人への販売で5万、スーパーで10万、ジャム販売で5万、Webのデザイン受注で5万・・というように複数の生業の合計で目標を達成すれば良いため、1つ1つで無理をする必要もないのです。

■高度であり無理をしない職業
百姓は多岐に渡る生業を持ち、求められる知識・技術は多いですが、一方でスペシャリストである必要性もなく、合計で目標を達成できれば良いというのが基本のベースになる考え方です。つまり百姓は高度な職業でありつつも、無理をしない職業でもあるということです。

近年日本でもフリーランスという働き方が一般化してきましたが、農業ということを中心に捉えた百姓という働き方も、ある意味フリーランスに近い働きかたかもしれません。アントレプレナーという高度な側面と、フリーランスの自由さという側面を持ち合わせた職業、それが百姓ではないかと思います。

実は百姓という職業は生業や金銭面という側面だけでなく他にも多くのメリットのある職業で、次回はそのことについて書きたいと思います。

(引用終わり)




志葉楽

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「過疎地で農業をしに移住する人が増えている」のウソ

なんとなく自然回帰だの健康を考えて過疎地に移住している人が増えているかのような思い込みがあるが、実態は過疎地への移住は激減しているようである。

以下引用する
リンク

過疎地に移住する人ってどんな人?

総務省 田園回帰調査 過疎地 山村・離島で増 2000人以下区域 最多に
リンク

総務省が21日に公表した「田園回帰」に関する調査結果で、過疎地域の人口の少ない地域ほど、移住者が増えている実態が明らかになった。国勢調査を分析した結果、2010~15年の5年間で都市から移住した人が増えた過疎地域は、人口2000人以下の区域が35%と最も多く、2000人を超える区域を上回った。「特に条件不利とされる地域で移住が増えている」(同省過疎対策室)傾向が鮮明となった。

過疎地に移住したことで有名なブロガーさんもいますが、自分のメルマガの質問にもよく「子供の環境を考えて田舎に引っ越したいが」という相談が来るが、自分はいつも「止めときなさい」と答えてます。もちろん場所にもよるが田舎は人間関係がキツい。人情があるというのは、お節介や干渉や陰口ややっかみと表裏一体。考えたら分かる。限界集落最高って言ってる人、めっちゃ叩かれるのに強い人じゃん。w

しかし、この記事は本当なのか。過疎地に移住が増えてるって。にわかには信じられない。そもそも農業新聞だからポジショントークっていう奴があるだろう。そこで元ネタを調べて見ました。

じゃーん。
ていうか、21日に公表したとあるが、どこにも見当たらない。21日のリリース一覧にもない。どこに公表したんだろうか。
去年の3月に中間報告書があったのでこれを見てみる。

「田園回帰」に関する調査研究 中間報告書
リンク

物凄いボリュームだ。pdfで200ページ近い。んでいきなり

過疎地域への移住者のうち、都市部からの移住者についてみると、H12国勢調査では約38万人(35.1%)、H22 国勢調査では約27万人(31.7%)であり、約11万人減少している(29.1%減)。
都会からだけではなく、全部の地域をみても

「過疎地域への移住者の数は、H12国勢調査では約107万人、H22国勢調査では約84万人であり、約23万人減少した(21.4%減)。この間、非過疎地域への移住も含めた全国の移住者数についても減少しており、H12国勢調査の約 1,622 万人から、H22国勢調査では約1,306万人へと約316万人減少している(19.5%減)。

過疎地への移住者、激減してますやん

(後略)




匿名希望

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起業家に最長3年間のベーシックインカムを提供開始、3市町エリアに新たに導入

起業家にベーシックインカムを提供する動きが加速しているようです。

(リンク)より引用。

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一般社団法人Next Commons Lab(本社所在地:東京都港区、代表理事:林篤志)は、昨年6月にリリースした地域資源を活用した起業家育成と事業創造のプラットフォーム「Next Commons Lab(ネクストコモンズ・ラボ)」を、「石川県加賀市」「宮城県南三陸町」「奈良県奥大和地域・奈良県宇陀市」に導入することが決定いたしました。「地域資源を活用して起業すること」「住民票を移すこと」を条件に、選定された起業家には月額約16万円のベーシックインカムが支給されます。地域資源の活用を通じて事業創造に挑戦したい起業家を20名募集中です。 (起業家募集中のWEBページ:リンク ) 昨年のリリース以降、第一号となった岩手県遠野市の導入に続き、実施中および導入準備中を含め、導入自治体数は約10となり、地方創生を目的とした全国各地への導入が進んでいます。

「Next Commons Lab」では、異分野で活躍するクリエイターや起業家、最先端の技術と知見をもった企業、地域の資源や人材とをつなぎ合わせ、産業を生み、新しい働き方や暮らし方を実践していきます。同時に各地の共通課題を解決するツールの開発や、既存の観念にとらわれない社会システムの具現化など、自分たちの手で未来をつくるためのプラットフォームとなります。

■条件付きベーシック・インカムの導入

現在、石川県加賀市、宮城県南三陸町、奈良県奥大和地域・宇陀市では計24のプロジェクトテーマで起業家を募集しています。「地域資源を活かして起業すること」「住民票を移すこと」を条件に、月額約16万円のベーシック・インカムを最大3年間支給します。

■地域資源の有効活用を目的としたお題に挑戦

それぞれの地域の資源活用につながる予め提示されたお題に対して、起業家のアイデアと実行力を掛け合わせ、事業化していくことを目指します。

【提示されている各地のお題】

(石川県加賀市:スローツーリズム、現代版北前船、HUB台湾、茶産地再興、温泉コモンズ、越境するカフェ、未来の福祉、GIFTED ACADEMY、自由提案)

(宮城県南三陸町:山からつくるまちのプラットフォーム、エナジーフォレスト、サスティナブルワイナリー、オーガニック3.0、巡る料理レストラン、サスティナビリティセンター、自由提案)

(奈良県奥大和地域・宇陀市:狩猟と熟成、伝統野菜、きのこ事業、農村料理、オーガニックベビーフード、自由提案)

WEB:リンク

■起業家を支えるプロジェクトパートナー

ひとつひとつのプロジェクトにはアドバイスをしたり、技術や知識を指導したり、また一緒に創業を目指すなど、Next Commons Labに参画する起業家をサポートするプロジェクトパートナーがいます。そのパートナーと共に、起業家ひとりひとりが自身の感性とアイデアを形にして、独自の事業へと発展させていくことが求められます。

【Next Commons Labに参画するプロジェクトパートナー例(順不同)】

隈研吾都市建築設計事務所(東京大学教授・建築家 隈研吾氏)

NTTドコモ 東北復興新生支援室 担当課長 山本圭一氏

ロート製薬株式会社

奥田政行氏(アル・ケッチャーノ オーナーシェフ)

その他多数


起業家募集につきましては、順次募集および選考を進めていきます。各プロジェクトの詳細・応募〆切は、Next Commons Labウェブサイトにてご確認いただけます。

リンク

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松下晃典

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最適な環境の日本でなぜ林業は衰退するのか・・・「自伐型の林業に活路」

世界でも有数の植物育成環境を持つ日本。そんな日本でなぜ林業は衰退するのか?それは、まるで換金作物のように木材を扱い、高価で売れる木材だけを、消費地である遠距離の都市部に大量流通し、短期間で利益を上げるという、市場経済の視点でしか林業をとらえられなかったから。

それに対して、自伐型の林業は、小規模な経営で、大きな機械を用いないためコストもかからず、長期的な多間伐施業で、2割以下の間伐をくり返し、残った木が成長することで10年後の間伐時には材積が上がり、収入が増える仕組み。

それより深い位相にあるのは、小規模な林業は地域に根ざす必要があり、その需要は地域内であることがもっとも効率がよいこと。これは、消費が集中する『都市』というあり方そのものが問われているのであり、林業だけでなく、多く産業が地方に根ざして成長しくという、新しい構造の社会を予見させるもので、グローバリズムの対極にあるものだと思う。

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「自伐型の林業に活路(リンク)」

ドイツの生産額は日本の10倍


 中嶋氏は、日本は国土の7割を森林が占め、温帯で四季があり、雨が多いという樹木にとっては最適な環境で、スギ・ヒノキが大量にあるほか、広葉樹のケヤキやミズナラ、クリなど質・量ともに世界一だとのべ、「世界一の林業が展開されておかしくない日本で、林業が衰退産業の代名詞のようになっている」と現状への疑問をのべた。

 現行の林業を見ると山林所有者は赤字であり、国有林は約3兆円の赤字を積み上げ、県公林で破綻したところも多い。森林組合も経営の7割を補助金で補わなければ成り立たない現実がある。しかし国の政策が根本療法へと向かわず、大規模な事業体にのみ補助金を倍増するなど対症療法的政策にとどまっていることを指摘。その結果、林業生産額は約2000億円(日本のGDPの0・1%以下)と、補助金額(年間3000億円)を下回る産業となり、就業者はピーク時の10分の1まで減少しているとのべた。日本の四割の森林面積であるドイツは、自然環境は日本に劣るにもかかわらず、生産量は5倍、生産額は10倍で、就業者数は120万人と自動車産業より多いことも紹介した。

 日本の林業政策の問題点の一つとして、すべての作業を委託する「所有と経営の分離」をあげた。所有と経営の分離は、昭和40年頃から林野庁が推進してきたもので現在も進行しており、森林・林業再生プランも、多数の山主の山林を集約し、森林組合などが請け負う形が前提となっている。小規模な山林所有者を切り捨てる政策であり、山林所有者の林業離れはこうした政策の結果であると指摘した。

 また現行の材価では「皆伐施業」の手法は採算が合わないうえ、50年たった木材を皆伐すると、その後出荷する材がなくなる問題や、皆伐した山は土砂流出が激しく、災害が頻発するなどの問題をはらんでいることを指摘した。また大規模化は高性能機械の導入が必要で、1億円の機械投資に加えて作業員の人件費、修理費、燃料費などコストがかかるうえ、広い作業道の敷設が山林崩壊や土砂災害を頻発させているとのべた。

 大量生産・大量消費という皆伐を生む現行林業と反対に、自伐型林業は所有・経営・施業をできるだけ近づける形だという。小規模な作業道を高密度に敷設し、2㌧車などで作業をおこなうため、コストもかからず地域住民や山林所有者の参入も容易だとのべた。長期的な多間伐施業で、2割以下の間伐をくり返し、残った木が成長することで10年後の間伐時には材積が上がり、収入が増える仕組みだ。中嶋氏によると50年からが良質な材をつくるスタートで「50年で切ってしまうのはもったいない」という。現在ほとんどがB材として扱われているが、50年以上たてばA材として出荷できる。限られた山から継続的に収入を得るためには良好な森の維持が不可欠で、それが子や孫と多世代にわたる定住策ともなることを強調した。

 高知県をはじめ全国で自伐型林業に参入する若者も増えており、20歳前後の若者が年間500万円を稼ぎ出したり、ミカンと兼業で1000万円を稼ぐ4年目の参入者もあることを紹介。人が山に入ることでシカの被害も劇的に減ったとのべた。質疑では森林組合との関係や小規模所有者の多い下関の現状なども踏まえて質問が出されていた。現状放置では山林の荒廃や中山間地域の人口減少は進む一方であり、こうした他県の実践例を踏まえ、下関の実情に即した対策について議論を深めることが求められている。





本田真吾 

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農地解放が地域から経営を消滅させた~農の企業家が語る「地主制の再評価」


「ニッポン農業生き残りのヒント」より引用
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――これからの農業にはどんな人材が必要でしょうか。

沢浦:これは日本の教育にも関係してきますが、現場の作業者を育てることは一生懸命やってますが、経営者を育てるという観点が乏しい。だから、現場で作業することが仕事だと思ってしまうんです。言われたことを現場でやればいいという教育です。それはもちろん、素晴らしくて大事なことです。でも、かつて経済が成長していたときは、そういう人たちの給与を上げることができましたが、いまはそういう時代ではありません。

 昔は新しいことや改革を、地主がやっていたんです。「これからは、これじゃいかんから、これをやるぞ」って言って、小作がそれに従ってやったんです。地主がいなくなったから、新しく切り開くリーダーがいなくなったんです。

■新たなスタイルの地主を

――地主が経営者だったわけですか。

沢浦:いまのような農業の仕組みは、戦後の農地解放後の約70年間だけのもので、長い時間をかけて培われたものではありません。すごく特異な70年間であって、本来の仕組みではないと思っています。

 有名どころでは、かつては二宮金次郎のように、地域を経営する人がいたんです。それ以外にも、在村地主と言われる人たちは、地域の経済を回す役割を果たしていました。そこに小作、いまで言うと社員がいて、暮らしを成り立たせる仕組みがあったんです。地主を中心とした経営があったということを、学校ではあまり教えてくれませんでした。地主が悪いことをしたので、経営とは悪いことをすることだというイメージが、戦後の教育の中で植え付けられていったのだと思います。

 地主を中心に小作という労働者がいて成り立つ仕組みがあって、いまに置きかえると経営と技術と資本と労働に分かれます。労働とは社員で、経営とは経営者でありマネジメントであり、さらに技術がある。重要なのは資本で、資本を分散させるのではなく、新たな資本を生むところに再投資できるような仕組みにしなければならない。

 それが戦前にはあった。そして、それが全部なくなってしまったところに、日本の農業の不幸があったと思っています。

 でも、過去を否定しても仕方がないと思ってます。農地解放があったから、民主化が進んだ。それがあったから、いまの日本がある。豊かな日本を作るためには必要だったと考えるべきでしょう。

 ただ、これから先のことを考えると、昔の地主を新たなスタイルで、企業家という形でよみがえらせる必要があると思います。技術、資本、労働をトータルに見てマネジメントする。それが経営なんでしょう。それができないと、地域のみんなが豊かに暮らしていくことはできないと思います。




根木貴大

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