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農村を活性化させる為には?

食・職を繋げる~ホームレス農園というカタチ~

災害が続き、人々の“自給意識”が日に日に高まりを見せており、農業や漁業・林業といった産業に注目が集まっている。
そんな中で、ある女性起業家が始めた農園が人気を博している。
通称「ホームレス農園」。
農業という自然の外圧に対峙し、生産を行う仕事を通して、社会復帰を目指す若者の人材育成をしている。

自然の外圧に向き合うことが、人間本来の集団性、関係力や追求力を育むようです。

以下、リンクより
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>SFCのある神奈川県藤沢市に出てきて、だいぶ環境は変わりましたか?

小島:そうですね。都市部で暮らすのは初めてでしたから、いろいろ驚くことはありました。大学の友達に訛っていることを指摘され、「そうか。自分の話している言葉は方言だったのか」とはじめて気がついたり(笑)。あとは水の違いですかね。熊本県では水道水に地下水が使われていますので、なかなか神奈川の水に慣れませんでした。でも、一番驚いたのは横浜駅の周辺で人が寝ているという光景を目にしたことでした。人が段ボールなどを敷いて外で寝ているのに、誰も関心を持とうとせず、まるで見えないかのように通り過ぎていく。こんなことは自分の育った農村地帯ではあり得ないことでしたので、衝撃を受けました。
いわゆる「ホームレス」の方たちですね。

小島:友達に「なんでホームレスの人たちがいるの?」と質問してみたところ、「資本主義社会の闇だ」「会社が倒産してやむを得ず家を失った」と説明する人もいれば、「怠けていたからホームレスになった」と説明する人もいる。本当の答えを知りたいと思ってホームレスの方に話しかけてみると、働きたいのに働けない人が多いことがわかりました。というのも、ホームレスの方は履歴書や住所に電話番号を書けないので、就職の面接を受けることができないのです。支援団体に住所を借りて就職しても、それがバレると次の契約時に更新してくれない、という声も聞かれました。しかし、働きたい意欲を持っている方はとても多い。
友達が言うように「怠けている」わけではなかったと。

小島:ホームレスの方って、よくよく聞いてみると1日8時間くらい働いている方もいるのです。道で本を売っていたり、空き缶を拾って売ったり。時給に換算すると100円以下になってしまいますが。もう一度社会に戻りたいと思っているのだけれど、チャンスがなくて路上生活をせざるを得ない方がたくさんいる。一方で、農村では人手が足りなかったり、後継者がいなくて悩んでいたりする農家の方が多いのです。この2つをつなげたら双方がハッピーになると思ってはじめたのが、路上生活者や生活保護受給者と農家を結ぶ取り組みだったのです。

>農業の可能性はまだまだありそうですね。

小島:そうですね。農業はみくびられているけれど、いろんな可能性があるのです。食料を生産する場でもあるし、雇用の場でもある。教育の場にもなるし、福祉の場にもなる。でも現状では学校を出て就職する際に、「農業」という選択肢を選ぶ人は、実家が農業の人以外はほとんどいないですよね。ハローワークの職業訓練スクールでもデスクワーク系の講座はたくさんありますが、農業を教える講座はありません。たとえば50歳を過ぎて職を失っていた肉体労働者がいたとして、その方にパソコンの操作を教えるよりも農業を教えたほうがキャリアを生かせるかもしれません。私たちも精一杯頑張りますが、国ももっと農家に就職する間口を労働者に広げる取り組みをしてもよいのでは、と思っています。
福祉への活用とは具体的にどのような取り組みが考えられますか?

小島:企業の福利厚生として、農業体験を使っていただくこともできると思っています。自然と触れ合うことでストレス解消にもなりますし、生命の素晴らしさに気付くことで自分と見つめ合う機会にもなります。実際、ホームレスの就農支援でも農業日誌(ワークノート)を書いてもらい、「仕事とは何か?」「社会における自分の役割とは何か?」と考えてもらったり、ペアワークを通して自分の長所に気付いてもらったりする取り組みを実施しています。反抗期の中学生が体験農園に来たことがあって、「農業を体験して以来、物を壊さなくなった」と学校の先生から言われたこともあります。ほかにも潔癖性の方が土に触れることができるようになったり。農業にはまだまだ可能性がたくさんあると思います。

>それを身につけることができるのが農業だということですね。

小島:はい。農業を通して自然と接していると、価値観を揺るがすような出来事が年に何度か起きるのですよ。たとえば農薬を使わなくても野菜本体が虫に食べられることはあまりなく、あっても1割程度。しかし、この1割を食べられないために農薬をまいたら、生態系のバランスが崩れて他の虫が発生することがある。あとは、鳥はとても賢くて、大豆を畑に撒いているときは、仲間を呼びながら上空で飛び続けているのですね。でも人間が車に乗って帰ろうとした瞬間、畑に降りてきて大豆を食べ始めるのです。隠して撒いてもダメ、何をやってもバレてしまう。「人間って馬鹿だな」と密かに思っているかもしれません。さらに、雑草も適当に生えているのかと思いきや、よくよく観察してみると同じ土質に同じ雑草が咲いていることがわかる。雑草にも好みや棲み分けがあるのです。このような発見に日々触れていると、「生きていることそれ自体が素晴らしいのだ」という事実を実感することができるようになります。



望月宏洋

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「儲け」を重視しないビジネス~パラグアイで見つけた農業のあり方~

リンクより引用
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上野真司(うえのしんじ)さん

大学で農業を学び卒業、23歳で青年海外協力隊としてパラグアイへ。3年間活動したのち東京へ戻り会社勤めを半年経験。その後、長野県飯田市へ移住。在住13年目のフルーツとうもろこしと市田柿の農家。

◆パラグアイの農家が教えてくれたこと

―パラグアイで「農家が持つ豊かさに気付いた」そうですが、どういうことですか?

農業って「お金を稼ぐもの」って思っていたんです。ところが、パラグアイの農家って、そうじゃないんです。自給自足が基本の暮らしで、家の周りで豚や鶏を飼い、食べきれないほどの芋や果物があったりしていて、家族みんなで働いている。すごく幸せそうなんですよね。そんな風景を見ていたら、農業ってお金を稼ぐだけじゃなくて、自分たちの暮らしを作れるんだなあ、と。そういうの、とても豊かじゃないですか。今、私も50~60種ほどの野菜や果物、キノコなどを育てて、家の自給率を上げています。

―生産して売る、という“産業”にとどまらないのですね。

指導員の役割は、野菜を作ってそれを売るように誘導することでした。パラグアイでは、玉ねぎを隣の国から輸入して食べているんですよ。だから、ぼくがその村で作ったらみんな喜んで(笑)。「じゃあ、街に売りに行こう!」っていっても、みんな売りにいかないの(笑)。

―なんでですかね?

めんどくさいからなのかなあ(笑)。一軒だけ売り始めた農家がいて、その方は賢かった。子どもたちを集めて、自転車に玉ねぎを積んで売りに行かせんですよ。結構稼いでいました。畑も10aくらい作付けてたのかな。でも、急に売るのをやめちゃった。どうするのか見てたら、お風呂場を作りだして。「たまねぎはもういいのか」って聞いたら、「お風呂つくるお金を稼いだからもういい」って。(笑)

必要なもののために働くっていう考え方なんですよね。だから私たち日本人と価値観が違って。必要なものを、欲しいものを買うために働く。「貯蓄のため」といったお金は稼ごうとはしないんです。

いろんな人がいるけど大体の人は頑張ってまでお金がほしくない。こういう考えも「心豊かだな」と思いましたね。

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◆「感動」がつながるコミュニティ

―お客さんは、どうやって集めたんですか?

初めは本当に知り合いだけでした。自分と妻の知り合いに案内状を送り、それで買ってくれた人がおいしいかったってリピーターになってくれて、だんだん口コミで増えていきましたね。顧客は、中高年の方が多いですね。電話で、「今HP見てるんだけど12本入りのちょうだい」といった注文がきます(笑)。

近所の人から2,3本もらって美味しかったからと言って注文してくれるお客さんもいます。今のお客さんは、誰かのお知り合いなんですよ。枝分かれして、どこかでつながっている人たちです。

なかには親切なおばちゃんがいて、わざわざ宣伝してくれるんですよ。「こんないいのあるから買ってあげて」って。元々知り合いだから、そういう応援してくれる人が多いっていうのは心強いですよ。ありがたいことです。

―上野さんは、就農希望者(長野県の里親制度)の受け入れにも積極的ですね。

農業は奥が深くて難しい仕事なので、作業の意味を理解してもらうことが大切だと思っています。

たとえば、除草ひとつするにしても、草取りをする理由があります。草取りするタイミングもあるし、除草をやらないという選択肢もあります。それを知っているのと、知らないのでは、作業の効率が劇的に変わってきます。

農業は、時と場合でするべきことが変わっていくので、自分で考えそれに対応できるように、説明するよう心がけています。

―ただの作業ではないぞ、と。

そうです。作業員になってもらっては困るんです(笑)。自分で考える農家になってほしいんです。ぼくらだけじゃ、農家続けられないんですよ。たとえば、水路の周りをみんなで草刈りするんだけど、みんながいなくなっちゃってぼく一人になっちゃったら、地域を維持することは無理なんです。仲間を増やして住む人を増やさないと、どんなに自分だけ成功しても自滅するなって(笑)。

あと農業って楽しいんで、会社や組織に縛られず農業で暮らせて幸せですよ。家族が一緒にいられますし。

農業って、なんでも自分に返ってくるんですよ。会社に勤めていれば、普通に仕事していればお金はいってくるじゃないですか。でも農家は自分の手で稼いでいくしかない。学んだ技術とか捕まえたお客さんが自分の財産になる。そういう意味では、自分で勉強したりお客さん開拓するほど自分の経営がよくなっていく。

やることすべてが自分に返ってくる、そんな仕事ですから、いい緊張感と充実感がありますよ。
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根木貴大

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活性源は楽しむことを知る事。人を集める場 ではなく 人が集まる場 を目指す。

まず農村を活性化させるという話に入る前に・・

僕は、現業を付くまでに様々な業種で働いてきた。

アルバイト・契約社員で経験した業種としては

①飲食店【3年】
②アパレル店員【2年】

そして現業

③農業

上記3種の職種を見てわかるようにまったく別の業態であることがうかがえるが・・

僕は上記三種の職業で常に楽しむことを意識して仕事を頑張るではなく仕事を楽しむという意識の元働きそれに対して常に本気だった。

どれも体力的仕事であるが、働いて一月~3月はやはり覚えることがたくさんある。
知らないことがたくさん、何より仕事に対する自信が皆無。
だからこそ、怖がって、臆病に少しずつ仕事をこなしていく。

最初は覚えること真似すること、働いてる仲間達をよく視て同化していくこと。

ここがスタートである。

そしてここが転換させるポイントになる。

長く先人の背中だけをみてそれに対して追いかけるだけで、自身での思考はほぼ停止させ、そこには自分という存在がない。

言われたことをその通りにこなしていくことに楽しみ等あるわけがなく、どの業種でもいえることだが、自信の工夫だったり思考をどれだけその場に発信できるか、どれだけ周りに自分を組み込めるか?の視点が重要となる。

それによる成功・失敗が成長するための経験であり、それが一番仕事を楽しむという事に繋がり最期には自信になる。

そして上記業種ではいえることは、それは自然を対象としておらず、あくまで人を対象にした業種であるということ、いわば現金化するための最上位の業種であることだ。

では、そこまでに至る飲食店であれば食材であったり、原料であったり、それらを生産する人々は何を対象として仕事をしているのかについて。

僕は現在は農業を担っている。まさに第一生産を携っているわけですが、そこで楽しむポイントとしては、どれだけ作物の事を知ることができるのか、そして知った上でどういった栽培をしていくのか、
そのためにどういう環境を用意するのがベストか、どういった土を作るのがベストか。
面白いことに工夫するポイントは先の①と②に比べ無限ともいえるほど発見するポイントが多くある。

それらを常に思考し工夫し、計画を立てていくのは本当に楽しいし、それらの話を近隣農家さんと情報交換【思考の共有】をしていくと、現業を担っている農家さんもそれに対して可能性だったり、また農家さんの考え方【新たな視点】の情報を得ることができる。共有する瞬間というのは本当に楽しいし嬉しい事で、それぞれの追求する視点とは一点ではなくまったく別の視点での栽培形態というものが伺えるし知ることができる。(欠乏が満たされる感覚。

ここで本題だが、農村とはつまり農業がメインである。
農村にいる人間は常に思考し、工夫した人間の集まりである。

それらの人間が多くいる場を活性化させるのは、やはり農業に対する思考をいかに共有することができるかである。

それらの思考を共有した人たちはもはや敵でもなく完全に仲間であり、仲間となった人間に対して、それだけ大きな可能性の期待があり、活性化させる根源へと導かれていく。


農村の活性化ですが、つまり農村で働く人間とはどういう形態で働いてる人がいるのかを良く知る事が第一。
そして自分自身がその一員になること(仲間)。
そしてその一員となった上で全体で勝てるための技術を習得し、思考し発信していくことだ。
それらが成果としてあらわれてくると、全体の自信を底上げさせていく。

そういった自信の付いた農家さん達は、年配であろうが若手であろうが常に先を視た追求へ向かっていくし、なにより仕事に対する可能性=充足へ繋がっていく。成功事例を多く残すことが出来たとき、他所の人たちもそれに可能性を感じ、仲間としてその地域に溶け込みたいと魅せる事ができるのだ。
そういった勝てる現実こそが農村の活性化だ。

はたや、遊園地を建てるなど、綺麗な学校を建てるなど、そういったオブジェクトに頼った活性化など、外面だけ綺麗にみせたところで中身がなにも無ければ、その場に住んでる人たちにとってなんの充足にもならない。

人を集める ではなく 人が集まる

似たような言葉だが意味合いは大きく違い。
目指すべき事、それは人が集まる場であり、魅せることが出来る事実・追求こそが勝利する現実であることを知らしめることだ。




森大地 

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都市と地方の差とはどんなところ?

私は、生まれは愛知県、その後東京にて20年近く暮らしてきたため、育ちはほぼ東京になりますが、

現在三重と東京の違いを紹介していく。

三重では・・・

●近隣付き合い

⇒近隣の家に誰が住んでいるのか・何の仕事をしているのか、そういった接点が無い人同士でも皆まるで当事者のように把握している。

●土地感が鋭い。

⇒たくさんの田んぼ・畑と農作地帯が非常に多い中。
車で10分~15分と移動しなくてはいけないような農地、もしくはそこで農作業をしていない農家さん等に話しを聞いても、その場所が誰の所有地であるのか、何を栽培しているのかを知っている方が多い。

●生き物に対する知識が物凄く豊富。

⇒やはり、本源的であり、知らなくてはいけないこと。
植物であったり動物これら生き物についてどういう特性があるのか、どういった行動をするのか?教科書や、学校で教わった事とはまるで違うような話がたくさんの人から出てくる。
噂とかではなく、そういった生き物を間近で見、育ててという仕事を何十年もしてきているのだ。
肉体化された情報は、本等ではとても知りえることができないような話がたくさんある。

東京では・・

●近隣関係
⇒仲の良い友達の家は知っているがそれ以外の人はまったくわからない
(隣に住んでる人の名前すらしらない場合もある)

●生き物に対する知識。
⇒作物がどのように育てられてどのように収穫していくのか。
それら技術面はもちろんのこと、生き物に対する知識も限りなく乏しい。
特性等もテレビで得た知識・先生から教わった話程度であり、実物を見る機会がほぼないためにそれらに対する関心がはるかに低い
普段の生活で鹿による被害がどんなもんなのか?獅子による被害はどんなもんなのか?

●閉塞的空間になりやすい。
⇒何よりも、他人は他人、敵でもなく仲間でもない関係が強く。
仲間と認識した人間だけにやたら収束し、その幅を広げていくという思考が少なく感じる。
全体を掴むではなく、自分発の理想とすりあう相手を求め、それが一致した人物のみに関係が収束していく。

●何よりも人・物に対する関心が低い。
⇒他所の子は他所の子であり、他所の人が困っててもそれは他所の人という区切り、隔離された空間をそれぞれ人が持っており、閉塞させている要因の一番はここだ。

まだまだ違いを記そうと思えばいくらでもでるが、
何よりも一番伝えたいのは、今が私が暮らしているとこでは、不安という物が少ない。
というのは、困ったときは近隣の人がいくらでも助けてくれるのだ。
逆もしかりこちらも困った人は気軽に頼ってくれるので、こちらも助けにいける。
相手の期待・信頼を相互で持っているからこそこういった行動に何も違和感を感じないし。
むしろ誰かのために役に立つなら・・・という感情がすごく強い。

これが本源的な共同体としての名残が強く残っている環境とそうじゃない環境での差。

自分ひとりで生きていかなければならない。という思考から、たくさんの人と一緒に支え・支えられの関係で生きていく。

言わずもしれず後者のほうがよっぽど未来に対して真っ直ぐ進んでいけるだろうと感じる。





森大地

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いち早く芸術家ら「人」を誘致、人が人を呼んで気がつけば神奈川県旧藤野町はエコビレッジに


リンク

「西の神山、東の藤野」
芸術を柱に“人”を誘致し地域活性化
 芸術家やIT起業家を呼び込み、地元住民との絶妙なコラボレーションで地域を活性化されているのが、徳島県神山町だ(連載72回参照)。民間主導による創造的なまちづくりの努力が実り、神山町は「面白い人達」が集まる「面白い町」となっている。いまや日本一有名な町といっても過言ではない。

 そんな神山町と肩を並べるほどユ二―クな地域が東日本にも存在する。神奈川県の旧藤野町(現在は相模原市緑区)だ。芸術家などの「人」の誘致にいち早く動き、いつしか様々な分野の人材を抱える稀有な地域となった。彼らは地元の人たちとうまく融合し、結果的に地域を活性化させている。

 2007年に相模原市に編入合併したこともあり、藤野の姿は見えにくくなっているが、「西の神山、東の藤野」と呼べるものといえる。

 神奈川県北西部に位置する旧藤野町は、県民の水がめである相模湖を抱える山間の町。東京と山梨に接する県境の地にあり、里山が広がる自然豊かなところ。人口は約1万人。JR中央線高尾駅から2つ先が藤野駅で、新宿から電車で1時間ほど。町の東西を中央高速道と国道20号線が走るなど、交通の便はよく、しかも、都心から近い。そんな藤野の特産品はゆず。ちなみに、神山町の特産はスダチだ。

 豊かな自然と地の利を兼ね備えた藤野に戦時中、著名な芸術家たちが疎開した。藤田嗣治や長与善郎、荻須高徳、伊勢正義、佐藤美子といった人たちだ。彼らの多くがそのまま藤野に住み着き、芸術村を作ろうという夢を語り合ったという。

 こうした歴史的な経緯もあり、藤野町は地域活性化の柱に「芸術」を据えた。「アートの棲むまち」を掲げ、施策を練ったのである。そして、1988年から神奈川県とともに「ふるさと芸術村構想」という事業を開始した。芸術イベントの開催や芸術活動の拠点の建設などである。野外に30作以上もの作品が展示され、訪れる人が増えた。地元の人たちによる芸術活動も公民館を拠点に活発化した。

 芸術村構想の具体化により、全国から芸術家たちが創作の場を求めて藤野にやってくるようになった。そして、この地に魅せられてそのまま移り住む人も現れた。

 こうした動きをキャッチした藤野町は「人の誘致」を政策として掲げ、移住希望者の相談に親身になって応じるようになった。当時は工場や企業、観光施設などの誘致に取り組む自治体がほとんどで、「人の誘致」による地域活性化は独自路線といえた。中心となって奔走したのが、町の若手職員だった。

芸術家の卵が本当に町を豊かにするのか?
町長は信頼して任せ、若手職員たちが奮闘
「県境にある藤野にはもともと外の人を受け入れる包容力や文化、風土があります。嫌だと言いながらもきちんと受け入れるのです」

 こう語るのは、町の担当職員だった中村賢一さん。当時、「人間を誘致することで本当に藤野が豊かになるのか」といった疑問の声も寄せられたという。なにしろ、芸術家といっても卵が多く、孵化するかどうかも本人にさえわからない。それでも中村さんらは相談に来る人を選別せず、一人ひとりに真摯に対応した。

「当時の町長が職員を信頼して任せてくれる方だった。細かなことに口出しせず、それでいて何かあったら自分が責任をとってくれる人だった。あの町長のおかげで思いっきり仕事ができた」と、中村さんは当時を振り返る。藤野町役場には変わり者職員がたくさんいて、しかも、生き生きと仕事をしていたという。

 藤野は「アートの棲むまち」として一部の間で知られるようになっていった。役場職員の面倒見の良さもあり、外国人の移住者や滞在者も増えていった。芸術家から始まった移住の波はより幅広いものへと展開していったのである。

 そうした展開の口火を切る存在となったのが、NPO法人「パーマカルチャー・センタ―・ジャパン」(PCCJ)の開設である。パーマカルチャーとは、「全て生物がより豊かに、持続的に生きていけるような環境をつくり出していくためのデザインと実践の体系」をいう。オーストラリアのビル・モリソンという人が始めた自然と調和した生活と生き方の提唱と実践である。そのパーマカルチャーの本部施設と農場が1996年に藤野の里山に開設された。きっかけはこうだ。

つづき リンク




やおよろず

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現業知らずして地域課題を担える訳がない。

地域課題と聞いたときはじめに想像するのが下記ポイントととして出てくる。

①地域活性化・村おこし事業

②地域組織化

と特に上記2点の焦点が出てくる。

①では、私が入社する前での欠乏であり、目的であったが、
この地域活性化という課題に対して
自身が先入観も無く持っていたのは、人の確保という課題である。
人が多く集まる環境が出来ればそれが自ずと地域活性化に繋がるという。
いかにも表層的な目標であることがわかると思いますが。

現状、農作業を担っていく上で、近隣農家さん特に同じ集落である人たちと良く顔を合わせ会話を頻繁にするようになってきている。
担っている現業もその人らと同じ地平線であり、その現業の大変さというものは嫌というほど体感した。
だからこそいえることは、人が増える=地域活性化ではないという事だ。

現状僕が働いている上で人がもっとたくさんいたら仕事は楽しくなるのにとか、そういう感覚も全く無いし、他所から引っ越してきた人に対してなにかを期待するか?というとそうでもない。

ただそこに住んでくれたら周りが充足するという構図にはまったくならないからである。

同じ仕事をし、同じ気候を感じ、同じように苦労する。そういった時にトラブルが発生した際に気兼ねなく助けを求めるという相互関係が成り立っているのか?という所だと感じます。

ただ人が引っ越してきたからその人にいきなり、助けを求めることができるか?といったら到底無理だろう。

初対面でいきなり助けてくださいという関係は絶対におこりえない。

どういった人間にそういった助けを求めるか?やはりお互いのことをよく知った関係でなくてはいけない。

ではそういうお互いのことを良く知るにはどうするか?
おなじ地平線での現業を担う、働いてる姿をみせてその上で会話をしっかりすることが一番お互いを知ることになるだろう。

そういう意味で、僕もだが現業を知らずの人間に何か提案されてもそれを確かにその通りだ。そうしたい!という意識の共有などできるわけなく、いかに仲間になれるかが重要なポイントだということ。

そういう言った相互関係がなくして地域活性化という志を持つなどそもそもがエゴなんだと痛感させれた。

入社前の志を馬鹿にするわけでは無いが、入社後に新たに相手の欠乏を捉えて生まれた志、
前者は、自分の理想であり後者が地域の理想となる。

地域活性化の第一歩はその地域で働く・生活ではなく、仲間になるという目的が始まりであるのだと強く言いたい。




森大地

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