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農村を活性化させる為には?

《しんどい、儲からない、安定しない》からの脱脚!JAと農家の最強タッグ?!ブランド産地として進化し続けるための選択とは!

後継者不在。

三重で農業をやっているなかでも、これは直視しなくてはいけない重要な課題。
その解決の糸口として、「そんなことできたんだ!?」と驚かされた名越さんの記事。
もっと対象を広げることで、解決が見つけられる可能性を感じました

(《しんどい、儲からない、安定しない》からの脱脚!JAと農家の最強タッグ?!ブランド産地として進化し続けるための選択とは!より引用)
リンク
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「JA vs 農家」
これって農業の話しでよく出てくる構図だと思うんですよね。

正直、私も分からなかったのです。実際のところってどうなんだろうって。ただ、報道されるのは農家さんの悲痛な声ばかり。

じゃあ現場を取材してみてどうだったか。
私が出会った農家さんたちはそもそも真っ向から対立したいなんて誰も思っていなかったんです。それぞれにいい付き合い方を模索し、行動していました。

この意見ってほんの一部なのかもしれないけど、ただひとつ言えることはその関係性もこれからの農業の仕組みも間違いなく転換期に来ている、ということ。
今回登場する岡山県の「総社もも生産組合」はJAとタッグを組むことを選択し、ブランド産地として進化し続けているところです。

■あえて、JAと100%取引する

フルーツ王国として知られる岡山県で桃と言えば、白桃。
岡山県総社市は白桃のブランド産地である。
その産地を支えているのが9軒の生産者と5人の研修生からなる総社もも生産組合。平均年齢36歳(若いっ!)4代目組合長は秋山陽太郎さんだ。

秋山「うちは県内の桃の産地としては小さい。でも小さいゆえにまとまった取り組みが出来るんです」

名越「みなさんのフェイスブックからもチームワークの良さが伝わってきます」

秋山「特別なことはしていないんですけど、そう言っていただくことは多いですね。ただ、この組合の先代や先々代ってすごく尖っていて(笑)JAや市場と喧嘩するし個性的な人たちだったんですよね。で、面白いことはどんどん取り組め!って僕らみたいな若手に任せてくれる気質があって」

名越「なるほど(笑)組合全体から活気が溢れているのはそういった背景があるんですね」

秋山「組合が出来てまもなく50年。今は生産地としての土台を強くする
段階です」

名越「土台を強くする、というのは具体的に?」

秋山「ひとつは取引をJA100%にしたことです。そうすることでJAのバックアップを望めるようにしたんです。やっぱり物流は強いですしね」

秋山「ただ、規格も販売先も普通は決まってるけど、値付けまでもこっちで決められるようにしています」

名越「へー!どうやってその関係を築いてきたんですか?」

秋山「もともと農家目線のJAで一緒に総社市を盛り上げよう!というベースがあったんですが・・・先ほどの話のように先々代から言うことを聞かない産地だったので(笑)僕らの声を無視できないくらい品質の面で突き抜ければいいんじゃないかって」

名越「言葉だけじゃなく実際に行動で示してみせたんですね」

秋山「商取引や物流のやり方を変えてもらえるくらいトップ単価をつけてもらえるようになってきたんです」

そうしてでも大切にしたかったのは“食べごろ”だった

秋山「お客さんのことを見ていないと結局は自分たちの首を絞めるって思ったんです」

名越「と、いうのは?」

秋山「白桃は傷みやすいから早く収穫して出荷する、というのが常でした。でもそれって美味しくない。やっぱり食べごろで出荷したい」

名越「熟れた時の味わいって驚くほど違いますもんね。あ~これが本当の美味しさか~!って」

秋山「ですよね。そんなお客さんの喜びが対価になる仕事をしたいなって思ったんです。でも商品として届いた時に傷んでいたら意味がない。それに経営のバランスもみないといけない。色んな事のせめぎ合いでした」

秋山「だから傷みにくい桃を作らないといけないなって。通年作業のやり方を変えたり、天気に左右されない美味しい桃を作るのにはどうしたらいいのかって試行錯誤したり。そしてその状態を継続できる技術も必要。だからこそ産地としてのスキルアップが大切なんです」

■だから「稼げる農業」に。

秋山「しんどい、儲からない、安定しない。それじゃ新たな担い手は入ってこない。そもそも生産を安定させていかないとお客さんが離れてしまうし、いつか岡山の桃が無くなってしまうんじゃないかっていう危機感がありました」

名越「担い手不足はどこの産地も喫緊の課題ですよね」

秋山「お客さんの心をしっかりつかんで、かつ栽培や経営が安定していたら若い担い手も入ってきてくるんじゃないかって。そこまでの段取りは組合長としての僕の中の条件だったんです」

・そして今年、新規就農するのが岡田幸久さん

岡田「もともとサラリーマン家庭で全然農業とは関係なかったんですけど、前の仕事を辞めた時に秋山さんに声を掛けてもらって。この組合は色々な活動をしていたし、後世に繋いでいこうという姿勢に興味を持ったんです。とはいえ、1年間くらい本当に悩みましたね」

名越「新規就農の場合は特に周りのサポートが重要ですね」

秋山「そうですね。畑も無いですからね。岡田の2年間の研修が決まった段階で、使えそうな耕作放棄地を確保してみんなで開墾したんです」

岡田「ぶどう畑の耕作放棄地でしたね」

秋山「跡継ぎがいなくて放棄されている畑がすごく多いんです。荒れた畑の開墾は本当に大変です。でも将来的に拡大していくことを見据えて確保していってます」

名越「実際に農家になってどう感じていますか」

岡田「桃って可愛いなって(笑)自然の中で作業して他の農家さんの話も色々聞けて楽しいなって。そう感じてます」

(中略)

未来に何を残したいのか?
そのために今、何をすればいいのか?
自分に任された役割は何なのか?

既存のルールに納得がいかないのなら、作ってしまえばいい。
やり方はいくらでも見つけていける。自分たち次第で未来は変えていける。
(引用終了)



三上公平

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日本の農業は後継者不足~日本の”農”の未来のため~

日本の農業は後継者不足に陥っており、農業を営んでいる農家の高齢化も進み危機的な状況。そんな中日本の農業を再生しようと取り組んでいる団体があります。
新規就農や親の跡継ぎなどでどうやってやりくりしていけばいいのか、食べていけるのか、など不安を拭い自立できるようにサポートしています。また研究会などで未知を追求したり、ゲストによるノウハウの講義や交流会があり、農業の人口層を厚くするとともに、輪を広げる活動をしています。

まずは農業の現状から把握してもらい、そのうえでこの団体の活動が有益なのかを見ていただければと思います。
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農家の高齢化、後継者不足の現状
リンク
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>ピーク時の1960年には約1454万人いました。
>2009年にはその5分の1以下の約290万人に減りました。2015年には200万人を切る勢いで減り続けています。
>年齢別でみると、1975年の65歳以上は約166万人であり、農業従事者全体(約791万人)の約21%でしたが、 2009年には178万人で農業従事者全体(290万人)の61%をしめています。

WEB: NPO法人農家のこせがれネットワーク
URL: リンク
●こせがれネットワークとは?
>帰農推進。経営力向上。
>NPO法人農家のこせがれネットワークとは?
NPO法人農家のこせがれネットワークは、農家に生まれた“こせがれ達”が、将来の農業経営に対するビジョンを持って実家に戻ることを推進、就農後は、仲間づくりと経営者として成長できる場を用意し、人生を謳歌できるよう支援する団体です。

なぜ、農家のこせがれを実家に帰すのか?
農業界における後継者不足が叫ばれて久しい日本。私たちは、この問題を解決するのは「農家のこせがれが実家に帰ること」だと考えています。ゼロから始める新規就農者と比べ、農家のこせがれには大きなアドバンテージがあります。先祖伝来の土地、農業技術、既存の販路など。地域のつながりも強いです。

しかし、残念なことにそれらがアドバンテージであると気づいていないこせがれは沢山います。さらには実家で農業をすることがイメージできない人も多いのです。インターネットの普及や社会の変化などにより、自分の思い描く理想の農業を実現できる時代に、それは非常にもったいないことです。

なぜ、実家に帰って農業を始めないのか?
その原因のひとつに、農業に関する情報の不足があります。こせがれ達にまず必要なのは、「年商10億」、「海外進出に成功」といった事例を学ぶことではなく、「先代と一緒に働くイメージが沸くこと」、「実家の農業に可能性を感じられること」なのです。

同じ、農家のこせがれだからこそ気づいた解決策
だからこそ、当団体では、全国の魅力的な農業者のネットワークをつくり、帰農に悩むこせがれ達と接点をつくります。農業者の就農エピソードに先代との苦労話、販路開拓の手法などは、未就農のこせがれ達にとって情報の宝庫です。

こせがれ達の帰農推進、経営力の向上を目指す
交流を重ねることで、こせがれ達は農業の魅力と可能性を実感します。やがては自分の目指す農業経営のかたちがみえはじめ、周囲に語りだすようになります。そして、ついに「来月実家に帰ることになりました」と宣言する人が現れるのです。

夢と希望を持って実家に戻り、人生を謳歌する農家のこせがれを一人でも多く創出すること、それがNPO法人農家のこせがれネットワークのミッションです。

●こせがれサポート事業
>日々の業務に打ち込んでいると、「これでいいのだろうか」と不安になることはありませんか?
家と畑の往復でついつい視野が狭くなる。地域の農家と本音で話ができない。
同じ志を持つ農業者や悩めるこせがれとの対話から、「自分のやっていることは間違いではなかった」と確信できることがきっとあります。
自分から働きかけないとはじまらない。
さて、何からはじめよう。

農業経営において、先代が作り上げた仕組み・商品・組織があることは大きな強みです。いち早く事業承継に着手し、この利点を自分の代で最大限に生かすことは農業経営を有利に進める鍵となります。
当団体では、品質・生産性の向上、商品開発、販路開拓以外にも、事業承継という側面から農業経営を有利に進めることをサポートします。

・農家のこせがれ交流会
参加条件は「農家のこせがれ」。
ゲストによる役立つトークと交流会がセットになったイベント。
・農家のファミリービジネス研究会
こせがれが農業界を生き抜くために、先代からの事業承継を最大限に活かしたビジネス展開を研究。
・オンラインサロン
facebookのグループ機能を活用した会員制情報交換の場。いつでも農業者・専門家と農業談義。
・農業セミナー
農業者向け研修会での講演から経営塾まで、47都道府県で講演実績のある宮治勇輔がお伺いします。
・REFARM会議
販路開拓は、顧客を知り、商品の魅力を理解することから。商品の価値がみるみる上がる異業種交流会。
・全国のこせがれメンバー
販路開拓は、顧客を知り、商品の魅力を理解することから。商品の価値がみるみる上がる異業種交流会。



道民

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農大こそ有機農業を教えるべきではないか

私たちの農園では、就農希望者に対するインターンシップの受入れに取り組んでいるが、先日やってきた農大生は、有機農業の現場を体験したい、ということだった。農業高校⇒農大と進んできたが、有機農業については、教えてもらう機会が無いという。農大では、有機農業をしたいという学生には、「やめておいた方がいい」と指導しているらしい。

実際、有機農業の栽培技術は、農薬や化学肥料を使った農業と比べると体系的に整理されておらず、教科書と言えるものもなかなかない。また、農業普及員やJAに尋ねても、的確な指導というのは望めないことが多い。そもそも指導者がいないという現実、さらにそうなってしまっている背後には、有機農業は「手間が掛かる」「収量が少ない」その結果、⇒「儲からない」「食べていけない」という固定観念があるように思う。だから、「やめておいた方がいい」となる。

しかし、有機農業に取り組む生産者の志は、「安心・安全な農産物の提供」「持続可能な農業」「農地を守る」など、言わば社会期待に貫かれており、「自分が食べていくため」という地平には留まっていない。つまり、生産者の想いに対し、学校やお上の方針は初めからずれているし、すれ違っているのだ。

学校で技術を教えるのなら、「食えるか食えないか」ではなく、農業を続けていく上で「必要なもの」を教えるべきではないか。それは間違いなく「土作り」。それが日本の農地を守ることにもつながる。そしてその技術は、自ずと有機農業に収束していくはず。

従って、農大では是非、有機農業を教えて欲しい。有機農業は手が掛かるというのは事実だし、技術の修得にも土作りにも時間が掛かる。だからこそ、早期から取り組む必要があるし、その経験は慣行栽培であっても必ず役に立つ。何より教える側にとっても、農薬や化学肥料を使う農業など、殆ど頭を使う必要がないし、それでは活力にも、本当の技術力にもならないだろう。




小松由布樹


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「農業は成功できる職業です」世界一周から農家の道へ進んだ男

サラリーマンやOLと言っても、実はいろんな働き方があるように、
農業だっていろんなカタチがあってもいいのではないのでしょうか?



以下引用

前略

旅で出会った「自分の生き方」
僕、通勤ラッシュがダメなんですよ。これはもう辛いと思って、神奈川の自宅から渋谷の高校まで、自転車通学を始めたのが全ての始まりです。
自転車にハマって、旅をするようになって。旅で出会う大人たちって、なんか自由なんだよね。フリーのデザイナーさんとか、自営業の社長さんとか「自分の考え方」を大事にしてるような人たちが多かった。彼らから「自由な生き方でいいんだ」って勉強させてもらったところはあるね。

●「自分らしく自由に」という生き方はそこから始まったんですか?
ただ、私立の大学だったし、就職しませんっていう訳にもいかなくて。サラリーマンやったらやったで何か変わるかもしれないなって思いもあった。ちょうどそのころ勝ち組・負け組っていう言葉が出てきた時期で、「自分で自分の道を切り開く」っていう成果主義のハシリの時代だったの。
どうせやるならキツいところがいいなと思って、外資系の製薬会社の営業を選びました。
だけど、転勤も多くて、マイホーム買っても帰れない先輩たちを見てたら「なんか違うな」って思いはじめて。サラリーマンだと会社から影響すごくうけちゃうから、自分の人生を自分で決められないんだよね。僕の場合は一回そう思っちゃうと、モチベーションがあがんないというか、仕事がめんどくさくなっちゃって。(笑)3年で退職して世界一周の旅に出ました。

●なぜ世界一周に?
「将来的には農業やりたいな」って思ってたから。農業やるんだったらもう旅には出れなくなるから、じゃあ行きたいとこ全部行っとこうって、それで世界一周ををスタートしたって感じかな。

●世界一周する前から、農業の道に進むことは決めてたんですね。
そうそう。こないだ大学の同期と久々に会ったら、大学時代から農業のこと言ってたんだって。「これからの農業はビジネスチャンス大きいぞ」って話してたみたい。僕は覚えてないんだけどね。
独立就農2年目で、売り上げ1000万円を達成
世界一周中にインターネットで探した研修先に行きました。
今みたいに新規就農の給付金の制度もなかったから、とにかく節約してた。家賃2万円のいつ崩れてもおかしくないような本当にボロいアパートに住んでました。(笑)

●就農の1年目は、どんなスタートでしたか?
法人での研修期間は、収穫の作業要員みたいな感じだったから、独立して自分で畑をまわすには決定的に技術が足りない状態だったんだよね。もうやりながら覚えるっていう感じ。

●やりながら覚える・・・。
それがなかなかうまくいかないよね。
あれやりたいこれやりたいって思っても、実際できない。例えばミニトマトって、水を切ると甘くなるっていうじゃない。でも最初っから水を切っちゃうと、根が張らなくて逆に弱っちゃったりする。だから徐々に水を切らなきゃいけないんだけど、そこまで手が回らなかったり。
ちゃんと成長しているのか、止まってるのか、問題があるのかがわからない。技術的にも経験的にも欠損だらけの1年目でした。

●1年目の売り上げはどれくらいだったんですか?
1年目が200万くらい。2年目で1000万を越えました。

●なんと!一気に5倍ですか!?
とにかく「3年で1000万越えよう!」という目標で、がむしゃらにやっていました。それくらいやんないとジリ貧になっていくなって思ってたから。

●どうやって達成したんですか?
とにかく規模拡大。
とにかく人を集めて、がむしゃらに畑を拡大しました。
作業人数さえ集まれば、1000万は簡単にいくんだよね。
ちょっと大きな古い民家を買って、研修生とかアルバイトの人が何人も入れるようにがっつりリフォームしたよ。

PDCAとはちょっと違う「観・察・行」の心得
●サラリーマンと農家で、働き方の違いを感じることはありますか?
サラリーマン時代はPDCA(※計画(plan)、実行(do)、評価(check)、改善(act)の仕事のサイクルをまわしていたんだけど、作物を育てる上では「計画」があんまり通用しないんだよ。

●計画が通用しない?
年間を通して大きな計画は組むんだけどね。
日々の作業に関しては、計画があっても、どのみち崩れる(笑)

●じゃあ、計画を立てないんですか?
スタート地点は「観る」ことなんだよね。
「観・察・行」のセオリーを僕の従業員たちには話しています。

●「観・察・行」?
野菜は生き物なので、毎日毎日表情が変わる。
毎朝、トマトのハウスの中をガラっと開けるでしょ。
日によって「今日は機嫌イイな」とか、「あれ?なんなのこの雰囲気の悪さは」とか。(笑)

毎日野菜の表情が違うから、まずはパッと観て、じゃあ今日は何をしようかって決めていくのが基本的なセオリーかな。
なにか異常があったときの対応は、早ければ早いほどいいことが多いしね。

●なるほど!
そしてトマトがおいしそうです。つまみ食いしそう・・・。
つまみ食い、するする!

●するんですか?
腹も減るしね!(笑)
収穫中は、味をちゃんと知らなきゃいけないから。味だろうなって想像しながら採るのと、まったく知らないで採るのとでは違う。
一番いい状態のトマトを採ってほしいから「どんどん食って」って従業員の皆には話してる。
目で見て、食べてみて、この色合いだったらこんな味だなって覚えるには、つまみ食いしたほうが早い。

●なるほど!
でも100人トマト農家がいたら、全員違うことしてる。みんな言ってることも全然違うんだよね。それがおもしろいなって思う。
品種によっても畑によっても全然違うから「こうすればうまくいく」っていうのがない。
彼らは彼らの畑の現実があって、それが全部正しかったりする。そうやってお互いインスパイアされたり、「この技術はうちでもできるな」とか考えるのが面白かったりしますね。
伝えたい。独立就農の3つのススメ

●スバリ、独立就農の魅力を教えてください!

続きは 

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北口真穂

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息子に農業を継がせたい父親がとった行動とは・・・

後継者がいない。。
これまで農業に関わってきた中で、この課題はどの家庭からも聞こえてきます。
家庭に子供はいる、
でも。。
農業を手伝わせると嫌がっているから無理にやらせない
好きなことをやって欲しいから

どこか違和感を感じる理由。

親世代はどこまで本気で、これからの農業を見ているのか。

(以下引用:息子に農業を継がせたい父親がとった行動とは・・・)
リンク

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私は、4月から長野県上田市の農産物マーケティングのお手伝いをしています。

農業生産者は高齢化し減少する傾向にありますが、担い手をどう確保していくか。国や県レベルで新規就農支援策を講じていますが、見通しは依然不透明で、上田市もさほど違いはありません。

そんな中、近頃「上田市・農業の未来を語る」シンポジウムが開催され、市内で活躍する3人の若手農業者の報告発表と、パネルディスカッションが行われました。
私もパネラーで参加しましたが、3人の発表を聞き、共通していることが3つあると感じました。
一つは、「情熱」を持っていることです。それも現実を直視した「静かなる情熱」です。私は熱っぽく農業を語る方を少なからず知っていて、リーダーとしてそれぞれ活躍しているのですが、3人は上田市の現実を冷静に分析し、自らの方向を見据えています。そこに地域を農業で持続的に発展させたいという地域を愛する情熱があります。

二つ目は、「仲間」を大切にしていることです。中山間地なので、ほとんどが小規模生産者であり、お互いに助け合ったり情報交換をしつつ、新たな挑戦をしています。

私が肝心なことと思うのは、三つ目です。
それは・・・

「父親の存在」です。

3者3様ですが、大きく影響を受けています。
その中でも、一人の方の話に聞き耳をたてました。

その方の父親は、息子に何とか農業を継がせたいとの思いから、ある行動をとっていました。その行動とは・・・

「息子に農業は儲かると思わせたいので、小さい時から無理をしてでも美味しいものを食べさせていた」とのこと。これは、当の父親からも裏付けを取りました(これは元金融機関職員の性でしょうか・・笑)

息子は、美味しいものを食べれるのが裕福と思っていたので、農業は儲かると信じ、後を継ぎたいと思ったとのこと。

一般に聞く話は、父親が「農業は儲からないからやめておけ」といい、後継ぎがなく離農するケースです。この父親のような確信犯で息子を洗脳するケースはまれでしょう。

しかし、私はこの父親と話をしていて、彼はやがて環境問題や食糧問題に直面するであろうこと、農業生産者が減少し、かえってその存在が貴重になることを直感していたと言います。だから農産物を育てるように、息子も手間暇をかけて育てたと言います。

今の若手農業者も、今後結婚し子育てする時、子供に美味しいものを食べさせてほしいと思います。そう無理をしてでも。

ここでの学びは、
○農業の未来は、統計数字からではなく、一人一人の若手農業者と語り事例を積み重ねる中で共通項を見出し描いていくやり方が有効と思います。このやり方を
→帰納法=「帰農法」といいます。

○農業の大切さは、父親が自ら息子に心を込めて語り交わり伝えることです
→そう、交わるという字には、「父」があります。

もう一人、養豚農家の若手後継者と父親の話をします。
次回に・・・。
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本気で子供思う。
この事例が1つのあり方だと感じます。
継がせるまでの過程は驚きですが笑
この父親の姿が本気で農業に可能性を感じ追求している姿。
(と勿論共認も大切ですが)
子供が一番に可能性を感じるポイントではないでしょうか

この姿勢は、一緒に仕事することが一番手っ取り早く伝えられると思います



三上公平


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カロリーベースで日本の食糧自給率は39%、先進国ではズバ抜けて低い数値のカラクリ(国民の観念支配)。

・食料自給率がカロリーベースでは、カナダが258%、オーストラリアが205%、米国が127%となり、日本は韓国の41%より低い39%と、農水省は算出した。戦後一貫として、日本は資源が乏しいから工業製品の輸出に励むしかないと学校では刷り込まれ、近年ではグローバリズム主導の金融政策の金縛りに喘ぎ、日本バブルとその破綻の災禍に見舞われた。農林水産業がおざなりにされてきたのである。
日本は食料自給率が先進国では極端に低いことを根拠に、補助金農政に組み込まれ日本農業は衰弱してきた。要は戦後一貫として、米国の過剰農産物のはけ口にされてきました。
・カロリーベースの自給率には大きなからくりがある。これを生産額ベースで算出すれば日本の自給率は70%となる。例えば、牛肉の国内消費量に対して生産額では43%だが、カロリーベースでは11%に落ちる。生産額でほぼ100%の鶏卵はカロリーベースではたったの9%となる。つまり米国の穀物メジャーに支配された家畜飼料まで遡ると、カロリーベースの自給率は極端に下がってしまう。
そしてこの算出法では、食品廃棄量(2000万トン/年)が計算の分母に加算される。食品廃棄物がゼロとするだけで、カロリーベースでも自給率は39%⇒60%に跳ね上がるらしい。米国穀物メジャー支配を脱して、飽食や食品流通を改善するだけで、このカラクリ数値は跳ね上がってしまう。
・「先進国ではずば抜けて食料自給率が低い」と日本農業の弱体さを強調するが、この誤った観念支配は農民を食い物にする農水省の補助金支配政策と対米従順外交には好都合らしい。しかし、戦前までの日本は、地政的にも恵まれた農水産業が国民総生産の8割を占めており、縄文体質からくる自然志向や農業生産者の技術力や勤勉性は世界に抜きんでたレベルだ。
・食料自給率の低落はひとえに農政の無策、外圧米国に対する無策にある。要は計算式と数値のからくりで国民の観念支配を狙ったり、対米弱腰交渉のツケを国民と国家財政に押し付けているだけではないか。
実直な政策で農漁業生産の基盤再建を目指すべきだ。例えば都市の若者を巻き込んだ就農定住化事業や就学就農定住化など、農林漁業の生産基盤をなす人材から生産基盤の再生を図る方向へ資源を集中投入していくべきだろう。安全保障や国土保全や環境政策の岩盤となるのが農業生産であろう。貧弱な農政に翻弄され、後継者育成力が壊滅した集落を再建することこそ、食料自給率の改善にも寄与する政策となる。



持国天

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瞬時にイヤシロチを作り出す“ねじねじ”(その2)

続きです。

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「昼間に立つのは火(太陽)のエネルギーを取り込むため」
「夜に寝るのは水(月)のエネルギーを取り込むため」
人間も太陽と月を上手く取り入れる生活となっている。そう語るのが、このねじねじの開発者である三浦伸章さん。

 三浦さんは、19歳の頃から自然農を初めており、自然農家としては40年以上ものキャリアを持つ達人。

(略)

 三浦さんという方は、今でこそ自然農の先生として多くの人々の前で講座をしたり、指導をしている立場でありますが、ご自身でも伝えているように、15歳まで漢字の読み書きもできず、九九もできなかったそうです。

 いわゆる発達障害の子どもだったようで、一般的な学習にはついていけず、高校からは高野山高校に通い、勉強以外の個性を伸ばす方向へ進みました。

 こうして高校も卒業して少し働き始めた19歳の頃、自然農と出会った途端に頭の片側が爆発するようにボーンと覚醒してしまい、そこから自然農にのめり込んで探求し続けました。

 そのため、ねじねじ以前に、三浦さんの持っている自然農の叡智、自然に対する知識はとても勉強になるもの。例えば「土」1つにしても、我々が知らない“土”のことを良くご存知であります。以下は、三浦さんの土に関するお話。

土は「アルミ」と「ケイサン」でできている
これが分かれてしまったのが砂漠
日本は雨が多いので水と微生物が繋いでくれるから砂漠にならない

落ち葉が土になる?
土の粒子が落ち葉にくっついているだけで落ち葉は土にはならない

石に根サンがくっつき土になる
畑から石を取ると新しい土が生まれない
小さな石は必ず畑に残しておく

「石が畑の中にあるとニンジンなどが二股にならないか?」という質問があるが石は“意志”を持っているので「自分で動く」から大丈夫。石が溶けさえすればどんなに収穫しても土の中の養分がなくなることはない収穫すれば養分がなくなるので養分を足すという発想は間違い。

(略)

 確かに土がどこからやってくるとか、どうやってできるかなど考えたこともありませんでしたが、腐葉土などの落ち葉は炭素であり、土ではなく、土の粒子が落ち葉にくっついて土に見えるだけであると。さらに植物は、根っこから酸を出して石を溶かして、そこからミネラルを吸収して育つと。

 石が土となり、ミネラルとなり、畑にとって石は絶対不可欠な存在であり、逆に言えば石をうまく活用できれば余計な肥料などは何もいらないようです。

(略)

 なお、ねじねじでなぜ土が柔らかくなるかと言えば、ねじねじを設置した瞬間に

土が一瞬で1000分の1の粒子に変わる
細かくなって振動し始める
だから草が抜ける
メガネを超音波洗浄すると汚れが取れるのと一緒
稲わらをネジって埋めると土の中で振動が起こる

 こんな原理であると説明されていました。

 太陽と月、天と地の一体化。ゼロポイントフィールド。ゼロ磁場。

 イヤシロチ(エネルギーの高い場)を生み出す方法は、とてもシンプルなものであり、地上資源を上手に地下に設置するだけで誰にでも使いこなすことができます。

 古代人の多くは、こういった原理を理解していたようで、日本人もまた明治になる前までは、神社のしめ縄も左巻きと右巻きの両方が一緒にあり、意図的に片手落ちにさせられてしまったと。

 また、ねじねじは、十字に溝を掘ってから竹炭を撒き、そこの中心にその辺に転がっている“石ころ”を置きますが、これが何気なくとても重要なもの。

 これは“磐座(いわくら)”であり、山の上にしめ縄が巻かれた巨石などをよく見かけますが、あれは神様が宿る岩であり、つまりはエネルギーを留めるために必要な装置。

 ねじねじのミニ磐座も、同じ太陽や月、あらゆるエネルギーを留めるために必要な装置であり、これがないとエネルギーが降りてきても抜けていってしまうそうです。

 さて、こんな便利なアイテムのねじねじ。一体、1つ埋めただけでそれほど効果があるのか。まだ開発されたばかりの技術であり、日々進化していて、また一方で正確な実験データを取ったわけでもないでしょうが、今のところ一箇所埋めたら畑全部(およそ1町歩=3000坪)まで変わってしまうほど影響を及ぼすそうです。

(略)
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(引用おわり)



達磨防人

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有機栽培、半農半X、農的コミュニティ。持続可能な暮らしに取り組む「ぴたらファーム」

リンク

都内から電車とバスを乗り継いで2時間半、山梨県の山間に、日々の暮らしを大切に、無農薬・化学肥料不使用の有機栽培を行なっている農家さんがあります。

ご紹介するのは、パーマカルチャーや半農半Xの考え方を取り入れながら、約9年間、山梨県北杜市で農業を営んでいるぴたらファーム、ファーム長・田才泰斗さんのお話です。

田才さんが力を入れているのが、農をベースにした暮らしを大切にしながらも、その恵みや喜びをシェアしていく農的コミュニティーの実践です。
ぴたらファームでは、今までの日本人が大切にしてきた農への考え方を大切にしながら、様々なバックグラウンドを持った若い世代がアイディアを出しながら、新しい農業の形を創っています。

畑でとれる作物を収穫し、自分たちで調理し、家族全員みんなで食卓を囲むことも、昔は当たり前に見られた光景でしたが、今ではその機会も減ってきています。

ぴたらファームでの暮らしは、今の私たちの生活をより豊かにするヒントがたくさんつまっています。
暮らしを大切にすることこそ生きること
“暮らしを大事にする農をベースにした暮らし × 共同生活 = 農的コミュニティー” 
新しいアイディアを取り入れながら、持続的な農的コミュニティーを実践している田才泰斗さんにお話を伺いました。

日比 ぴたらファームの理念について教えてください。

田才 ぴたらファームは、2010年に山梨県北杜市で始めた自然循環型オーガニックファームです。以下の理念を大切に活動しています。
1.持続可能な循環の暮らし
2.自然のリズムに寄り添った健康な野菜を作る暮らし
3.自然の巡りに学び、楽しむ、そしてそれを他の人と共有する暮らし
4.必要なものは自分たちで作り出す暮らし
自然との調和を大事に、丁寧に暮らしています。食事はその季節に畑から採れるもので作っており、仲間たちと家族のように食卓を囲んだり、日本人が大切にしてきた暮らしがここにあります。
食に関わるものを中心に暮らしに必要なものや道具は、自給したい気持ちが強いので、なるべく田畑から採ってきたものや身近にあるものを使って自分たちで作っています。そして長く使えるようにこまめに修理したり手入れをしています。
また、古民家で使われていた小道具を利用したり、使われなくなったものをできるだけ再利用するように心掛けており、資源を無駄にしないようにしています。
残飯や畑の残菜残渣はすべて、鶏のエサにするか、コンポストを利用して田畑に戻したり、自然に還すことを大切にしています。
昔の人は、人間も自然の循環の中で生かされているということを感覚としてわかっていました。現代の都市の暮らしでは、あまりに土から離れ過ぎてしまい、土に生かされているという感覚を忘れてしまったように感じます。農体験やウーフで来られる方に、人間も自然の循環の中で生かされているという感覚を体感して頂けたらと思います。
日比 ぴたらファームの名前の由来について教えてください。
田才 ぴたらファームの「ぴたら」はマオリ語でテントウムシを意味します。
込めた想いとしては、自然界では害虫を食べてくれるなど、数あるパズルのピースの一つであり、テントウムシ一つ欠けるだけでも、美しいバランスが崩れてしまいます。
私たちもテントウムシと同じ生き物の一つという思いで、この名前を借りることにしました。

日比 どのような経緯でぴたらファームを始めたのですか。
田才 小さい頃から、多くの動物と自然に囲まれた環境で育ちました。
大学では、森林学を学び、ワンダーフォーゲル部に所属するなど、山や森と身近に接してきました。ぴたらファームを始めたのには、大学休学中・卒業後も合わせて、約3年間世界各国を旅していたことが大きく影響しています。
世界を旅する中、自分のしたいことは何かを問い続けるうちに、生きることに直結した活動をしていきたいという想いを強くしました。生きることに直結した活動とは、衣食住に関わる活動のことです。衣食住にしっかり関わることが生き甲斐につながるのではないかと思いました。昔は食だけでなく衣類は綿や蚕、食は野菜、住は木材などすべて大地から得て、手作りしていました。大地を育み、そこから得た作物から身の回りのものを手作りする活動をしていきたいと思うようになりました。
帰国後はそのために、木工(家具を作る)の技術を学び、茨城の農場でスタッフとして農業や養豚・養鶏に携わりました。このような経験が、ぴたらファームのベースとなっています。

日比 ぴたらファームの主な活動内容について教えてください。

田才 ぴたらファームで育った有機野菜を出荷し、個人宅やレストランに配送する野菜セット宅配と、農家の実際の暮らしを体験できる農体験や農のイベントがぴたらファーム運営の2大柱です。
野菜セットは、現在2ヘクタールの田んぼや畑で採れた少量多品種の野菜を詰合せて、100軒ほどの定期で購入していただいている方も含めて、毎週50件程度の個人宅と数件のレストランに配送しています。野菜セットには、週報を同封し、野菜セットの内容やおいしい食べ方、ぴたら流レシピの他にファームの様子、日々思うことなども載せています。それは、受け取る方へただ単に有機野菜を送るということではなく、農場の様子や空気感までも届けたいと思っているからです。消費者と生産者が顔の見える関係であることは、ぴたらファームが大切にしていることの一つでもあります。
農体験や農のイベントは、例えば年間プロジェクトの「大豆プロジェクト」では、3回のワークショップで大豆の種まきから初めて豆腐作りを行なったり、納豆を手作りする「味噌&藁づと納豆づくり」などどれも身近な食べ物を手作りできるイベントです。また、お米にまつわるイベントといえば田植えを手でひとつひとつ植えていく「お田植えイベント」、昔ながらの道具を使う「田車で除草体験」、毎年秋に開催している「収穫祭」など、メンバーのアイディアで色々なイベントを開催しています。
そのほかにも、幼稚園での教育ファームの指導やウーファー(※1)などの長期滞在者の受け入れ、シェアハウスの運営なども行っています。
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北口真穂

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有機栽培、半農半X、農的コミュニティ。持続可能な暮らしに取り組む「ぴたらファーム」

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都内から電車とバスを乗り継いで2時間半、山梨県の山間に、日々の暮らしを大切に、無農薬・化学肥料不使用の有機栽培を行なっている農家さんがあります。

ご紹介するのは、パーマカルチャーや半農半Xの考え方を取り入れながら、約9年間、山梨県北杜市で農業を営んでいるぴたらファーム、ファーム長・田才泰斗さんのお話です。

田才さんが力を入れているのが、農をベースにした暮らしを大切にしながらも、その恵みや喜びをシェアしていく農的コミュニティーの実践です。

ぴたらファームでは、今までの日本人が大切にしてきた農への考え方を大切にしながら、様々なバックグラウンドを持った若い世代がアイディアを出しながら、新しい農業の形を創っています。

畑でとれる作物を収穫し、自分たちで調理し、家族全員みんなで食卓を囲むことも、昔は当たり前に見られた光景でしたが、今ではその機会も減ってきています。
ぴたらファームでの暮らしは、今の私たちの生活をより豊かにするヒントがたくさんつまっています。

新しいアイディアを取り入れながら、持続的な農的コミュニティーを実践している田才泰斗さんにお話を伺いました。

日比 ぴたらファームの理念について教えてください。

田才 ぴたらファームは、2010年に山梨県北杜市で始めた自然循環型オーガニックファームです。以下の理念を大切に活動しています。

1.持続可能な循環の暮らし
2.自然のリズムに寄り添った健康な野菜を作る暮らし
3.自然の巡りに学び、楽しむ、そしてそれを他の人と共有する暮らし
4.必要なものは自分たちで作り出す暮らし

自然との調和を大事に、丁寧に暮らしています。食事はその季節に畑から採れるもので作っており、仲間たちと家族のように食卓を囲んだり、日本人が大切にしてきた暮らしがここにあります。

食に関わるものを中心に暮らしに必要なものや道具は、自給したい気持ちが強いので、なるべく田畑から採ってきたものや身近にあるものを使って自分たちで作っています。そして長く使えるようにこまめに修理したり手入れをしています。

また、古民家で使われていた小道具を利用したり、使われなくなったものをできるだけ再利用するように心掛けており、資源を無駄にしないようにしています。
残飯や畑の残菜残渣はすべて、鶏のエサにするか、コンポストを利用して田畑に戻したり、自然に還すことを大切にしています。

昔の人は、人間も自然の循環の中で生かされているということを感覚としてわかっていました。現代の都市の暮らしでは、あまりに土から離れ過ぎてしまい、土に生かされているという感覚を忘れてしまったように感じます。農体験やウーフで来られる方に、人間も自然の循環の中で生かされているという感覚を体感して頂けたらと思います。

日比 ぴたらファームの名前の由来について教えてください。

田才 ぴたらファームの「ぴたら」はマオリ語でテントウムシを意味します。

込めた想いとしては、自然界では害虫を食べてくれるなど、数あるパズルのピースの一つであり、テントウムシ一つ欠けるだけでも、美しいバランスが崩れてしまいます。
私たちもテントウムシと同じ生き物の一つという思いで、この名前を借りることにしました。

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