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農村を活性化させる為には?

市場社会の破綻で都会と田舎の壁は崩壊しはじめている。

「都会と田舎の壁」で、
>僕たちの子や孫の世代まで今とまったく同じ壁が
依然として残っているとは考えにくいんです。

とされていますが、同感です。
私は、その理由として「問題の共有」から変化が生ずるという事以前に「必然的な社会の変化」があるとおもいます。

①日本の農村を見ていくと、平地ではいたるところで条里制の名残があり、それに加えて山村には斜面を開拓した農地があります。非常に大雑把にいうと平地は古代に、山村は封建時代に開発されています。一方都心は、古代には少数の統合階級中心の「京」ですが、江戸時代の安定社会になると江戸、上方を中心に統合階級の富に群がるように都市民が増加してきます。「都会の原点」は、この安定した農業生産にささえられた武士の富とそれに群がる商人にあると考えられます。

②近代(明治以降)には次ぎの変化が起ります。社会の制度としては米の物納から、米を売った「金納(税金)」に替わり、日本は「農」も含めた市場社会に大きくシフトしていきます。商社の米価格の操作(買占め、投売り)をとおして農村が没落し、過酷な工場に娘が働きにでる事態が発生していくなかで、工業生産が立ちあがっていきました。

③高度経済成長は、一般大衆が市場社会に「消費者」として進出した時期でもあります。決定的なのは、この時期に農村と都市の人口が逆転し、以降都市人口比は急激に増加しています。

④しかし実は70年代以降実質的な生産は増加していません。実質価値より幻想価値に偏った「商品」で一見、生産が上がったように見えただけです。そして、その幻想が破れた今、都市では仕事が無くなって失業率はどんどん増加しています。都市ではもうやることがないという事です。

そして今、農への「Iターン」や「Uターン」の動きがあります。理由は、「新しい農の可能性開拓」や「家の事情」や「都会での失職」など、それぞれだと思いますが、大きな時代の流れとして、幻想価値の優劣を競う「市場社会」の破綻と、実質価値を再構築しようとする(せざるを得ない)必然性があるのではないでしょうか?

そしてその「農」は封建社会の土台となったかつての「ムラ」とは違う体制でスタートしているように感じます。


田村正道
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