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農村を活性化させる為には?

市場からの脱却~コミュニティー再生の視点から

「脱市場」を考えるときに、あらためて「市場は単なるツールである」24267雪竹氏)について考えさせられます。

厳選○サイトに「九州のムラ」というサイトが紹介されています。同名の雑誌出版社によるサイトで、バックナンバーを取り寄せて読み始めたところですが、とても興味深い記事があったので紹介します。


関サバで有名な大分県佐賀関町は、漁業の他に銅精錬では全国の3割の生産量を占める町。その中で木佐上地区は農業を基盤としているが、地盤沈下は著しく農業離れが進み、一時は自治会活動もままならないという状況まで追いつめられた。そんな中で住民の危機意識が拡大、昭和50年頃のことです。

それからは、区の運営委員会が対策を協議したり、町や農協や県庁と何度も懇談会を重ねたり、自治会グループでの話し合いを重ねたりと、さまざまな問題解決の道を模索した結果、「地域づくりは、区長や運営委員の人たちだけでなく住んでいる住民一人ひとりが自らの手でやらなければできない」という結論に至った。この間に12年もの年月を要している。

その後、5自治区を9ブロックに分け各ブロック毎に毎晩話し合いを持ち、昭和63年には「みんなの活動、みんなが主役」をキャッチフレーズに「木佐上コミュニティー」が誕生。産業観光・福祉環境・スポーツ健康・教育文化の4部会が設置された。

特筆すべきは、地域住民約1100人が全員どこかの部会に参加する方式を採ったこと。最初は“きつい”と言ってた住民もやがて“楽しい”と変化し、運営すら困難になっていた農業生産や自治活動、スポーツ大会や盆踊り大会などの地域行事が復活し、その他様々な行事が行われるようになり、地域はみごとに息を吹き返した。

さらにユニークなのは、こうして地域コミュニティーができた現在、施設整備面が遅れていたこともあり、親水公園の整備・農道や用排水路の整備・多目的ホールや農産加工所の建設など、ハード面の地域づくりを行政に頼らず自分たちの手で総合開発計画としてまとめあげていること。まずハード面を整備するというありがちな村おこし、地域活性化とは全く異なります。



衛藤信義 
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