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農村を活性化させる為には?

自給→多品目・少量生産⇒小規模農業のすすめ

『自給』をキーワードに考えてみたい。
自給と云うからには、可能な限り「食」の過半をまかなうのが本筋で、食材のあらかたを対象にすることになり、おのずと多品目になるのが自然な成り行きでしょう。
戦後の食料事情の悪かった時に、わずかな土地にでも家庭菜園らしきものを経験してきた世代には容易にイメージ出来ると思います。私の実家でも、ナス・キューリ・トマト・えんどう豆・枝豆等が所狭しと植わっており、茗荷・紫蘇・蕗などは自生していたので、ちょっとした食材の調達には事欠きませんでした。

一方、近代農業の「圃場整備」には、大型化・機械化・省力化という概念が下敷きにあります。国の補助金行政が後押しをする形で進んだ大型化を実現するためには、機械化は必然であったといえるでしょうが、それは大いなる誤解と幻想でしかなかったのではないでしょうか。

●エネルギー効率という視点でみると、稲作においては機械化導入は≒1/5(3595「効率主義の落とし穴?」)の生産性でしかなく、いわば「油」を食べているようなもの。
⇒よって、環境的にも負荷が増大している。
⇒経済的にも、大型化の投資が経営を圧迫し、「豊作貧乏」などのリスクも増大。

●生産者の自給放棄は、現金収入依存度を増大することを意味し、農業機器・資材・肥料・種子等の購入経費支払いなどと相まって自ら市場の原理に身をゆだねる蟻地獄に踏み出すようなもの。
⇒流通を市場に依存するからには、買手市場という構造は変わらない。
⇒買手の顔の見えない生産現場では、期待に応える活力も持続し難い。

●この間の大手食糧生産メーカーの不祥事は、大手資本安心幻想を打ち砕くに余りある事例であり、信任仲間繋がりに基づく「食の安全・安心」こそが有望。
米国の大型農業生産はすでに陰りを見せて久しいが、その根本原因とは地域需要に応えることのない単一作物の生産傾斜にあった。しかも、その生産物は低価格競争にさらされた世界市場にしか向けられていないゆえ収入面でのメリットもない。

⇒日本はむしろ小規模・零細であるがゆえ、地域密着の小規模農業で生産現場に需要者を巻き込むかたちで信任関係を構築するのに適している。
⇒流通を廃した直の関係は、単にコスト削減という領域に留まらず、『農』の持つ多機能性(=現実課題を前にした教育効果、癒し効果など)を発揮しやすく、その師たる百姓の信任関係が成立し易い。
⇒その時に提供する生産物とは、単一作物というより多品種であるほうが有り難い。云ってみれば、自給生産農家のお裾分け、こそがフィットする。
⇒インターネットによる直販にしたところで、「抱き合わせのセット」の方が一過性の単品目対応より継続性があり魅力的である。

以上が「小規模農業のすすめ」の理由である。

小圷敏文
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