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農村を活性化させる為には?

農業も万人が担うべきものではないか

>万人が属している社会を統合する仕事は、万人によって担われなければならない。それに本来、社会を変革し、統合してゆく仕事ほど、面白い、充実できる仕事は他にない(実現論0_7_02「万人が半専任(副業)として参画する」)

これを読んで、農業も万人が担うべきものではないかと思いました。

>この幻想共認(幻想への可能性収束)によって作り出された、市場商品の価格と一般農産物の価格との価格格差こそ、市場拡大のテコとも原動力ともなった市場の秘密の仕組みである。(異国の食品や、無農薬の食品は、幻想共認の形成が可能であり、だからこそ一定の市場化も可能なのである。)そこでは当然、農耕の労働価格は、幻想商品の労働価格にくらべて、異常に低くなる。この価格格差(価格差別ともいえる)の秘密こそ、途上国が一貫して貧困状態に置かれ続けてきた真の理由であることは、いうまでもない。(30709「超国家・超市場論9」)

農業は、市場原理(取引原理)の中では、常に搾取され続けてきました。利潤追求を第一義とした結果、食物そのものの安全性が疑問視されるまでになりました。農業と市場原理は水と油のようなもので、馴染まないのではないでしょうか。

市場社会以前は、村という生活の全てを包摂した共認空間の中で、国民の大多数が農業に従事していました。食物生産という誰もが必要とする普遍課題である以上、農業は共認原理(統合原理)の中で営まれるべきものであり、社会統合課題と同じ地平にあるのだと思います。

就農人口も専業農家も減り続け、専業として農業をやる人が極少数となってしまったという現象は、逆に、農業は万人が担うものになるという将来像を暗示しているのではないでしょうか。兼業農家が増えているということは、農業は半専任(副業)でもできるという可能性を示唆しているのではないでしょうか。

社会を構成する万人が農業を担うこと。半専任(副業)でないとしても、成人する前や年老いてから全員が農業を営むという形で、万人が農業を担うことは可能だろうと思います。市場の枠内にある農業の現状からは、距離があるかもしれませんが、農業の問題も、このような実現イメージを頭に置きながら議論することも必要かと思います。

冨田彰男
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