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農村を活性化させる為には?

脱市場=幻想共認の取引関係から新たな闘争関係へ

農業における、脱市場、超市場のシステム、とはどのようなものなのだろう?、それを考えるうえで、市場と農業の関係を少しおさえてみたい。

>この幻想共認(幻想への可能性収束)によって作り出された、市場商品の価格と一般農産物の価格との価格格差こそ、市場拡大のテコとも原動力ともなった市場の秘密の仕組みである。(異国の食品や、無農薬の食品は、幻想共認の形成が可能であり、だからこそ一定の市場化も可能なのである。)
そこでは当然、農耕の労働価格は、幻想商品の労働価格にくらべて、異常に低くなる。この価格格差(価格差別ともいえる)の秘密こそ、途上国が一貫して貧困状態に置かれ続けてきた真の理由であることは、いうまでもない。>(30709 超国家・超市場論9 私権闘争の抜け道が、交換取引の場=市場である)

市場は、闘争関係からの抜け道となる共生(取引)関係であり、その共生の中身は、幻想共認を源とししている。
また、本来、農産物は幻想共認を形成できない。それゆえ、市場商品と農産物との価格格差が市場の原動力になった。

とすれば、
本来、市場の中で幻想を描き様がない農産物を、市場化(価格の差別化)しようとするシステムなり言葉には、何がしかの幻想共認をはかるモノが存在している恐れが大きい、という視点が重要ではないでしょうか。だから、そこに絡む幻想共認が入りこんでいないかどうかを切開していく必要があるのだと思います。(たとえば、長谷さんの>安全欠乏の根底にある統合欠乏>(44723)の投稿)

農業における超市場システムとは、どのようなものか?今は答えが見えないが、少なくとも、「農業は市場存在ではない」、かといって「脱集団の潮流からすれば、農業ももはや集団内に閉じ込まれない」。
とすれば、共生関係ではなく集団を超えた闘争関係に可能性を求めるしかないのではないだろうか?
ただそのためには、その闘争関係を規定する圧力構造を明確にしなくてはならないとは思う。

麻丘東出
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