FC2ブログ

農村を活性化させる為には?

“生産者としての活力”だけでは物足りない

先日、各地の農家に対して、栽培指導の活動をしている方の話を聞く機会があった。

その中で、「自分の作った野菜を、自信を持って売れるか?」という言葉が印象に残った。これまで農家は、生産にしか携わってこなかったし、生産のことしか考えてこなかった。しかしそれでは片手落ちで、実は販売のために生産するのであり、そのための栽培技術なのだと。この認識は、ハッとさせられるものがあった。

そして、彼が直接指導している地域では、生産者がスーパーの売場に立って、自分の作った野菜を売り込む、ということを定期的にやらせてもらっているそうだ。初めは、慣れない販売に気恥ずかしさも手伝って、なかなか上手くいかない。そこで生産者は、どうすれば売れるのか、はたと考えさせられる。自分の野菜は、他の野菜とどこが違うのか、何故美味しいのか、と。そして、その中身を語れるということの必要性を、あらためて感じさせられる。つまり、それが栽培(技術)の中身そのものになるのだ。

やがて、そのようにして自分の野菜が売れ出すと、最初の気恥ずかしさはどこへやら、次の販売が待ち遠しくてしょうがなくなるのだ。自分たちでPOPを作ったり、チラシを配ったり、だんだん販売にも熱が入っていく。そのような対面の場で野菜を売ることが、明らかに生産者の活力そのものになり、栽培技術と共に、野菜の品質も目に見えて上がっていっているというのだ。

いわゆる直売という場は、消費者の期待や評価を、生産者がダイレクトに感じる場であり、そこに収束することで活力が生まれるのは、確かにそうだ。だがそれだけでは、相変わらず生産者と消費者という枠組から、一歩も抜け出すことは出来ず、「安全・安心・健康」というような期待に、ただ表層的に応えていくだけである。

それは言わば、単なる“生産者としての活力”とでも言うべきもので、もはやそれだけでは、何か物足りない。

>「みんな」を体感共認する

生産者と消費者という枠を超えた「みんな」を対象化し、その期待を感じそれに応えていくこと、やはり現在これに勝る活力源はないだろう。
であるならば、この“本物の活力”を、いかにして生産の場に生かしていくのか、ということがこれからの生産者の課題なのかも知れない。

小松由布樹
スポンサーサイト





にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gensenkeijiban4.blog.fc2.com/tb.php/231-51f249d8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)