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農村を活性化させる為には?

共同体的所有

>農村はもともと「ムラ」という自集団意識が強く、その自集団内の出来事として共同して物事を進めていたと思っていたのだが、そのことはどちらに当てはまるのだろうか?

◆沖縄県国頭村奥集落の事例

明治39年春、村民全員(生まれたばかりの赤ちゃんから老人まで)株主で自前の生活拠点「共同店」誕生(日本初?)。生協・農協のさきがけ。木材や薪を運搬する「やんばる船」を持ち、売った材木代金で村では自給できない生活物質を共同購入したり、生産物の共同販売をした。共同店の利益で奨学金制度もつくった。

家族に病人が出て入院の必要となれば医療費を共同店から貸与し、発電所・金融業なども村民の必要に応じて、村民自らの意思で対応してきたという。それらを可能にする基盤となった、相互扶助の「ゆいまーる」や労働を提供するカセイ(加勢)が今も続いている、という。

また、80年以上も前に奥集落だけに通用する切符(=地域通貨)があって、大正~戦前昭和の不況時にも世間の通貨価値に左右されない金券として機能したということは、互いの存在と労働の価値を認め合う知恵としくみがあったということであろう。

共同店の事業は、部落全員総会で決定されるというから、共同一致の精神で運営された、ということであろう。

奥集落には、年30回以上の祭りがあり、かつ、月の1日と15日は公休日で山にも入れず畑にも出れない「遊び日」だったそうです。そして、月~水曜日は「農業日」で木・金曜日は「山入り日」というルールがありました。

それというのも、林産物は共同店に持っていけば即現金になるため、山入りを村民の自由にすれば山は荒れ、資源は枯渇して川や海の生態系さえも壊れるからだといいます。

遊び日さえも特定し、みんなでおしゃべりや自前の芸能をしたということは現代人から奇異に映るかもしれませんが、生産も生殖も教育も消費も全てひっくるめてのことであることに注目すべきなのだと思います。生きていくための課題において抜け駆けも落伍者も出さない、村民一致の取り決め(=規範)であり、共同体の共認事項なのだということがポイントだと思います。

このような状況下での「入会地」や「共同店」とは、「共同体的所有」といえるのではないかと思います。

一方、「隣りの人は何するものぞ」といえるほど没交渉で、到底、生存課題の共認などし得ないマンションの区分所有権などが、「共同所有」の典型かと思います。よって、近代の農村における農業機器の共同購入・共同利用なども、前述の事例のようなその他の条件が揃わないかぎり「共同所有」の範疇にとどまるといえそうです。

一般の農村において、それらを分かつ時代的な分岐点は、農地の私有を決定付けた「農地改革」(1947~50年)辺りになりそうですが次回の考察としたいと思います。

*参考資料:現代農業・2003年8月増刊「21世紀は江戸時代」
 
小圷敏文
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