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農村を活性化させる為には?

みんなが可能性収束できる社会を実現するための農業

>これらの投稿を読んで感じた事は、新しい・これからの農業を考えていく上で、今、言葉化されている、あるいは、実際に農業の中で提案されている課題や目標には、本物の可能性や展望は無いのではないか?
>一面的には実現すべき課題はあると思いますが、それを追求したところで本物の可能性には繋がらない、”業”としてだけ捉えた場合の当面の課題に過ぎないのではないかと思います。

この掲示板でもこの間議論が続いていますが、未だに農業問題の解決にむけた糸口が見い出せないでいる気がするとともに、問題へのアプローチに多少の違和感が残っていました。
それが丸一さんの投稿を読んで「農業からの発想」に問題があるのではないかと感じています。

現在農業ばかりでなく、家庭や会社、学校などのあらゆる局面で問題が発生している事を見ても、その原因は貧困の消滅という人類初めての転換に直面し、これまでの私権時代の枠組みで形成された社会構造が全く役に立たなくなってしまったという社会不全が根本原因である事は間違いありませんし、人々の潜在的な欠乏も新しい社会にあるのだと思います。

ですから「顔の見える関係」や「地産地消」等の提起も「これからの農業」「新しい農業」にとっては”とりあえず”の可能性でしかなく、人々が抱える社会不全に応えきれていない事が、いまひとつ収束できない原因なのでしょう。
その社会不全に応えるとすれば、みんなが収束できる社会を追求する以外に答えは無いように思います。

そのためには、農業をどうするかという発想ではなく、新社会を実現するために農業がどのように貢献出来るのか?という発想から始めることが必要では無いでしょうか。

>(みかん農家による無茶々園)がしたことは、同地域の海側(彼らが山の産業としたら、全然違う方面)でやってる漁師さんたちとの勉強会。(勉強会といってもその内容は、あなた達の仕事を教えてください。どういった仕事をしてるのか知りたいのです。という、まずは相手のことを聞くことからでした。)

私達がこの行動に惹かれるのは、山の認識と海の認識がそれぞれの立場を超えて新社会に視点が置かれているからではないでしょうか。

小は地域の寄り合いから大は政策委員会にいたるまで、これまでのような農業問題がまずありきというスタンスでは”とりあえず”以上の答えは出せないのでしょう。
みんなの不全である社会の問題を追求するからこそ、社会の期待も感じられ、農業という枠をこえた誰もに可能性が感じられるのだと思います。
社会不全をやり取りする中で、それぞれ立場でするべき新しい仕事が明らかとなり活力が生まれる。このような活動がネットワークの本来の目的であったのだと改めて気付きました。

小西康雄 
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