FC2ブログ

農村を活性化させる為には?

自然農法は宗教か?

現在「自然農法」といえば、福岡正信氏の提唱する「不耕起、無肥料、無農薬、無除草」を指すことが多いが、その技術たるや、簡単なようでなかなか難しく、始めても挫折してしまう人が殆どらしい。
頭の中だけで“あるべき姿”を思い描き、「いつかはあんな風に…」というような、半ば“自然農信仰”と化しているのが現状のようだ。

福岡正信氏の自然農法に関する記述があった。
「office-ebara」

(以下引用)
 
「自然農法の作り方は、極めて簡単明瞭である。秋稲刈りの前に、稲の穂波の頭から、クローバーの種と麦種とをばら播いておく。数センチに伸びた麦を踏みながら稲刈りをする。三日ほど地干しにしてから脱穀。そこでできた稲ワラ全部を、長いままで田圃一面にふりさらしておいて、鶏糞でもあれば 3 ~400ふりまいておく。次に稲の種籾を土団子にして、正月までに、ふりまいたワラの上にばら播いておけばよい。これで麦作りも籾播きも万事終わりで、麦刈りまで何もしない。作るだけなら10アール当たり 1~2人の労力で十分である。

 5月の20日頃、麦を刈るときには、足下にクローバーが茂り、その中で土団子から籾が数センチの芽を出している。麦刈りをして地干し脱穀がすんだら、できた麦ワラを全量長いままで、田圃一面にふりまく。田の畦ぬりをして4~5日水を湛めると、クローバーが衰弱して稲苗が土に出る。あとは6~7月のあいだ無灌水で放任し、8月になってから10日か一週間毎に排水溝に一回走り水をするだけでよい。

 以上で、米麦作りのクローバー草生、米麦混播、速続不耕起直播という自然農法の概要は説明したことになる。」(『自然農法』3~4頁ダイヤモンド社)

帰農して30年後にまとめられた福岡さんの自然農法は当時の高度成長のかげりと公害の拡大という70年代後半の時代背景もあって、脚光をあびました。ここにも述べられているように、福岡さんの農法は、無耕起、無化学肥料、無農薬、無除草で、当時の近代農法にはもちろん、有機農業の農法とも異なるものでした。福岡さん自身、「『一切無用』の立場から、ムダな技術、費用と労力を切りすててきた。それを30年積み重ねてきたら、最後は、種を播いてワラをふるだけになってしまったのである。」(4頁) と述べています。

 「食糧を生産するというけれども、百姓が生命のある食物を生産するのではない。無から有を生む力をもつのは自然だけである。百姓は自然の営みを手伝うだけだ。
 農業の本来の在り方である自然農法は、無為自然-手も足も出さないダルマ農法である。八方破れに見えるが厳しい無手勝流で、土は土、草は草、虫のことは虫にまかす広大無辺・融通無凝の仏農法である。がしかし、決して放任ではない。」(6頁)

(中略)

 自然農法の技術開発から砂漠化防止の技術へと進んで行った福岡さんの技術の神髄は自然の身になって人の営みを規制しようとするところにあります。福岡さんはそれを「一切は無」というように哲学的に表現しています。

 ところで福岡さんは、自らが開発した自然農法が普及していかない原因を、人々が無の哲学を体得していないことに求めています。無の哲学がないから、自然農法がやれない、というのですが、これには疑問があります。というのも、農業の技術のあり方は、人々がどのような社会を形成しているか、ということと密接にかかわっているからです。

(引用終わり)

この記述を読む限り、自然農法の根拠は「一切は無」という哲学しかない。では、その「一切は無」は一体どこから生まれたのか?恐らくそれは、近代科学、化学農法に対するアンチ、つまり現実否定ではないだろうか。

言うまでもなく近代(化学)農法の問題は、市場拡大に伴う大量生産・大量消費を実現させるための、行き過ぎた化学物質の投与にある。従って、真っ先に総括が必要なのは、この市場社会であり、人々の消費生活そのものであろう。にも拘わらず、目先の都合の悪い現実だけを捉え、それに背を向け、頭の中を充足させる観念に収束していく。これでは宗教や近代思想と何ら変わりはない。

自然農法が普及せず、半ば宗教と化している(“信者”にしか指示されない)原因は、ここにある。

この著者の言うように、農業技術は、社会のあり方や人々の暮らしと密接に関わっており、農法それ単独で考えることは、殆ど意味がないのだと思う。もっと言えば、社会のありかたと共に変化していくのだと思う。

社会は序列原理から共認原理に大転換した。そして、みんなの共認を統合軸とする共認社会へと移行していくだろう。だとすれば、その新しい社会に相応しい、或いはそれを実現するための農業の役割や農法を考えていく必要があるのだと思う。そしてその過程において、あらためて自然農法の可能性が見えてくるのではないか。

そのためにも、自然農法について、もっと科学的に(事実に基いて)根拠付けることは不可欠だと思う。

小松由布樹
スポンサーサイト





にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gensenkeijiban4.blog.fc2.com/tb.php/255-4df50fb0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)