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農村を活性化させる為には?

「農業」は「物的生産」から「意識生産」に転換しているのでは

 私は、(少なくとも日本国内の)農業は、その生産としての本質は、すでに「物的生産」ではなく、「意識生産」に転換しているのだと思います。
※「意識生産」=情報や教育や設計あるいは風俗や介護等、類的な価値=意識を産み出す生産様式
(実現論9_1_04、実現論9_1_05参照)

■あるおばあちゃんの生活
 こういう話を聞きました。
 あるおばあちゃんが、田舎で細々と農業を続けていて、作物を村の人たちに行商をして回るのだそうです。村の一軒一軒に、おばあちゃんが回りに来て、軒先で世間話をする。
 一人暮らしや寝たきりの老人も少なくないので、時々顔を見せにやってきて、野菜を売りに来てくれるのはなかなかありがたいことらしい。
 お互い、元気でいるか確認できるし、おばあちゃんも、みんな野菜を買ってくれるので、それを心の張りにして、毎日畑に出る・・。

 私は、この話を聞いたときに、このおばあちゃんのやっている農業は、物的生産ではなく、意識生産なのではないか?と思ったのです。

■問題は活力にあった
 まず、おばあちゃん自身の意識の問題です。福祉施設に閉じ込めるよりは、日々農作物を作りそれを売るという「仕事」をしている生活のほうが、よほど人間的でしょう。わざわざ700兆円もの借金をして社会保障制度を作ることが、実に馬鹿らしく思えます。
 次に、おばあちゃんの周りの人の意識からも、それがいえます。一人暮らしや寝たきりの人の顔を見にくるのは、現代では、福祉の仕事ということになっています。しかし、このおばあちゃんは、別に当たり前の生産行為の一環として、普通のこととしてそれをやっているのです。だとすれば、福祉の仕事そのものが、なんとも不自然な仕事に感じられます。

 クルマに載ってスーパーに行って野菜を買うこともできるかもしれませんが、「おばあちゃん」が今日も元気にやっている、その活力いっぱいのおばあちゃんから買う、というところに意味があるわけです。

 つまり、このおばあちゃんの農業の本質は、活力再生事業なのです。問題は活力にあったわけです。

■農業への期待の中身は意識生産(類的価値)の領域
 私は、上記のような構造は、社会的、時代的なものだと思います。

 例えば、日本で、有機農業運動がはじまったのは、貧困が消滅した1970年代です。
 「物的生産」の領域を脱した時に、初めて食物の「安全」や「消費者との連携」という「意識」の問題が、顕在化したわけです。最先端の意識としては、1970年代から意識生産に転換していたのです。
リンク
 現在、兼業でも農業を続けている農家の多くが、「まあ、先祖代々からの畑だから、ほっておくのも申し訳なくて・・」というような理由で農業を続けているのも、もう物的な問題ではない、意識の問題だからなのかもしれません。

 また、農業に期待されている「教育」、「やりがい」、「顔が見える」、「安全性」といった役割、キーワードも、すべて意識生産(類的価値)の領域の話です。「顔が見える」というのも、顔写真が貼ってあれば買う気になるわけではないでしょう。目に見えない意識の話だからです。

■「補助金」では意味がない理由
 上記のような仮説が正しいとすれば、いくら「補助金」という私権原理のカンフル剤をばらまいたとしても、まったく可能性はないでしょう。現実に、活力はどんどん衰弱するばかりです。

 極端に言えば、単に、儲ける、食料を手に入れる、というのであれば、別に自給する必要はないと思います。例えば、賃金のより安い他国から買ってもいいわけです。しかし、豊かな社会に生きる現代人が、なんとなく、自給率の低下に釈然としない思いを抱くのは、類的な何らかの価値が社会から失われていく感覚を抱くからではないでしょうか。
 市場原理の中で、農業を物的生産であると考えれば、どこまでも価格競争の中で衰退していく、負けていくしかないでしょう。
 しかし、実は本質は意識生産であり、制覇力となるのは認識力であって、私権の力よりは共認によって統合させていくほうが、活力が上がり、したがって生産の成果を左右するのだ、その結果、当然物的にも確かな品質のものを生産できるのだ、と考えたほうがスッキリする、勝てる可能性が見えるように思えます。
 「顔が見える」「市場を超える」とはそういうことなのではないでしょうか。

※また、実は、本来、農業というものは、そういうもの(=意識生産)だったのだ、という言い方もできるかもしれません。農業は一人の力ではできませんでした。常に、集団課題、統合課題=「みんなの課題」としてあったわけですし、単に物質を投入すれば成功するのではなく、認識力を全開に作動させる必要があったのです。
 だとすれば、これからの農業は、その本源性に戻っていくこと、原点回帰なのだ、ともいえるでしょう。

阪本剛
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