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農村を活性化させる為には?

農協の実体②~経営悪化を政府救済でしのいだ組織の宿命~

引き続き農協について引用します。
(引用元:ローカル通信舎)
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●政府介入を容易にした農協組織
/経営悪化を政府救済でしのいだ組織の宿命

協同組合の何たるかも把握せずに誕生した、いわば泥縄的組織は、運営においても当初から決して明るいものではなかった。信用事業では、農地改革が進むに連れて地主の経済力が急速に弱まり、預貯金の引き出しが頻繁に行なわれるようになっていった。そして、米麦を除く多くの農産物が食糧統制から外れると、農業会の遺産を引き継いだだけの運営方針もない、形だけの農業協同組合は、経営形態の確立もままならない状態に陥っていく。
 
そしてそれは、アメリカ側から出された経済安定政策「ドッジ・ライン」の影響で、より深刻な状況になっていく。

その頃の日本は、物資不足と終戦処理のための紙幣の乱発で、急速にインフレが進行していた。その悪化を避けるためにアメリカの公使・ドッジは、課税政策とデフレ政策を指導。独自の打開策を持ち得ない日本政府はこれに従い、今日に至るまでの政策展開の悪癖でもあるアメリカの政策提案に従属しながら行き当たりばったりの政策施行をする原型をつくっていった。

そのために農産物の販売価格も急暴落、それと同時に、農産物販売に比重が高まっていた農協金融も逼迫し、赤字農協が全体の40%を占め、預貯金の払い出しを停止する農協が全国で255、払い出しを制限する農協が800にも達していった。

ここから農協は、方針なき組織の姿を鮮明にさせる。

1950(昭和25)年、農協経営の健全化(赤字解消)を政府に救済してもらうことで成立させようと、農協代表者会議は日本政府に救済を嘆願。政府は、GHQが規定した「農協に国家権力は介入してはならない」ことを理由に、自力での立上がりを農協に指示するのだが、農協はただひたすら日本政府に救済を要請。そして政府の「農林漁業組合再建整備法」「農林漁業組合連合会整備促進法」「農業協同組合整備特別措置法」(再建三法)による二重三重の援助で、農協はかろうじて成立していくようになる。

また、政府援助に寄りかかり過ぎた農協は、団体再編成問題でも国に依存。1952(昭和27)年頃から頻発した農協組織とは別の農事団体・組織発足の動きに対しても、新しい組織づくりを阻止するために、農協をあげて強烈な反対運動を展開し、政治力を結集してそれらの動きを押さえ込んでいった。

そして、再建三法で救済された農協は、一気に行政省庁の監督下に入り、1954(昭和29)年に改定された「農協法」で、全国の府県連を傘下におさめた現在の全国農協中央会(全中)を誕生させ、農業現場をほぼ統括する基盤を、政府おかかえの下でつくりあげる。

それと共に、1955(昭和30)年に成立した講和条約で占領軍の手を離れた日本政府は、農業協同組合設立の定款作成や許認可にも介入できるように改定した「農協法」を盾に、農協組織の完全掌握・支配を手中に納めていく。農協側もまた、行政省庁の監督下での従属が、最も安定した組織の姿であることを認識していく。

そして、これらを契機に、日本独特の農業協同組合が本格的に成立。これはまた、戦後農政と一蓮托生の歩みを続ける農協の今日に至る姿の出発点にもなっていくのだった。

●国家計画に足並みをあわせる農協
/行政指導優位の運営方針を選択した組織

1960(昭和31)年に「もはや戦後ではない」と経済白書で表明した政府は、経済の自立と成長を至上のものと位置付け、所得倍増計画を代表とする経済成長路線を突き進み始める。

その頃、政府の肝入りによって首の皮一枚で救われた農協は、協同組合の精神を置き去りにしたまま、ただただ農協を維持させていくための米価を代表とする価格支持政策の要求といった政策依存の動きに没頭。経済成長路線上に生まれた「農業基本法農政」に対しても「行政指導優位」「農協経営の優先」を農協運営の中心に据えて従順に対応していく。

農業地帯をほぼ踏襲する農協は、高度経済成長と相舞って、何ら自らが経営努力することもなく、農業者自らが主体となった協同組合づくりを喚起することもなく、まして農業の岐路を十分に掌握することもなく、農業者が機械化貧乏に悲鳴を上げるのと反比例して、取扱事業高を飛躍的に伸ばしていった。

そして「信用事業」が1961(昭和36)年の9744億円から1970(昭和45)年の5兆2000億円に、「購買事業」が1800億円から9600億円(昭和37年~43年)に、「販売事業」が1兆6296億円から4兆8967億円(昭和35年~42年)に、「共済事業」が3兆6517億円から8兆9000億円(昭和41年~45年)にと急伸していく。



三浦弘之
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