FC2ブログ

農村を活性化させる為には?

農協の実体④~農協帝国の凋落~

引き続き農協について引用します。
(引用元:ローカル通信舎)
--------------------------------------------------------------

●JAが生き残るために選択したもの
/さらなる農政への従属を選択した農協組織

1995年、食糧管理法が見直されて農家の「作る自由」や「売る自由」が保証される筈だった新食糧法が施行される頃、JAは、農政との相互依存体制の下で、新食糧法体制での「米の生産調整(減反)」を受け入れていく。そして、新食糧法でJAの「米の生産調整(減反)協力義務」まで明記。それと引き替えに地域生産調整推進助成金を、全農家参加型の生産調整いわゆる「とも補償」(生産調整を地域全体の取り組みで促進させる助成金がらみの減反強制手法で、農家個々の基金に依存せず、全額が地域生産調整推進助成金で賄われる)での実施に限定して農政から取り付けていく。

これによって農家の自主的判断による生産調整への参加・不参加や「作る自由」は事実上消滅。「米の価格安定のために」と農家を説得して生産調整を新たに10万7000ha増やし、JAが「農政の出先機関」として全体で約80万haの生産調整を稲作現場で強行させ、1998年までに70万tの米の在庫削減を目指す。

しかし現実には、当然のことながら市場原理を導入した新食糧法に、米の販売価格を支配する方策や権利はなく、大半の米価格は、実際の販売動向に左右されて、一部の人気銘柄米を除いて殆どが下落傾向を示してしていく。

そして、自主流通米の入札価格での落ち込みに対して、「組合員(農家)利益」を優先させる筈のJAは、県経済連自らのリスクを回避するための手段として「農家への仮渡し価格の引き下げ」で対応。農家(組合員)は、規模拡大した稲作農家になればなるほど減反増加分と仮渡し価格の引き下げというダブルパンチに見舞われ、手取り収入の大幅な減少という痛手を被っていくのだった。

米の市場開放を事実上阻止できなかったJA組織はまた、「組合貿易」という法人を通じて米輸入にも積極的に参入。「日本の農業を守る顔」と「農産物の完全輸入自由化に商社として対応する顔」を見せ始める。

そしてさらに、農業者(組合員)が基本的に支え合うはずの信用事業では、カネ余り現象とずさんな運営管理体制の下で、バブル期の株投機からバブル崩壊期の株投機の失敗を皮切りに、住宅金融専門会社(住専)や他のノンバンクへの貸し込みと融資の焦げ付き問題へと、農業とは大きくかけ離れた世界の金融ゲームに飲み込まれていく。

そして挙句の果ては、自らの経営上の取り組みで墓穴を掘っていながらも、その失態に対する責任を不在のままにして、結局は政府による救済と処理に依存。JA組織自らが、さらに農政機関に監督・統制される道を選択するという自立不可能な奇妙な協同組合組織になっていくのだった。


●いつか来た道を繰り返すJA/農協

誕生して50年の農協組織はいま、時代の節目の二巡目を迎えている。そして、余分な要素や理屈を取り除いて、その二巡目の節目を見ると、節目ごとの対応が、あまりにも「いつか来た道」のこれまでに似かより過ぎているのに気付く。

例えば、現在進行形の農協合併や統合の姿は、1961(昭和36)年から1970(昭和45)年の10年間で実施された合併の構図や統合の姿に似ている。また、現在進行形のさらなる減反受入れは、1966(昭和44)年からの減反開始で取った農協の姿勢によく似ている。

そして、輸入自由化や食管廃止に付随した補助金農政にぶら下がった農協の姿は、1961(昭和32)年の農業基本法農政に従属していった図式に似ているし、住専処理とその後の農協の姿は、1950(昭和25)年の農協救済と、その後の政府の農協支配の図式に、あまりにもよく似すぎている。にもかかわらず、大きくなり過ぎた農協組織は、大きくなり過ぎたがゆえに、自らが何をどのようにしているのかも気が付かない内に、それよりもさらに大きな網に掛り、抜き差しならない世界に引き摺り込まれ始めているのだった。

●最も中途半端な組織になったJA
/画一化から硬直化に向かう農協組織の寿命

農業者の相互扶助を目的とした協同組合の顔と効率的経営を展開しようとする総合商社の顔と信用事業に寄って立つ金融機関の顔と農政に連動する下請的出先機関の顔。それらの顔を併せ持ち、用途に応じてその顔や機能を器用に使い分けて巨大化してきた農協組織。

しかしそれは、一方では、その姿が変幻自在であればある程、協同組合としても、金融事業にしても、商社的活動にしても、保険事業にしても、すべての取り組みを中途半端なものにしていき、今では逆に、どの面においても時代遅れで独創性のない組織としての姿を、より鮮明にしていくばかりなのだった。

そして、これまでの農協組織というシステムが、その性質を大枠で示してきたものは、「組織化は、おおむね上意下達的な発想による指導・強制に極めて便利という利点以外には、その性質は、殆どあり得ない」という事だった。

また、農協組織が、実際の取り組みの中で示すものは、「さらに世の中が複雑になればなるほど、独裁的な手法が尽くされ、その側(特に中央組織)が執り行ないたい事柄は、すべて巧妙に、多くの人が望んだように見せかけようとする」事だった。

これまで以上に農協という組織は、政・官を相手にした政策交渉に明け暮れ、農政と一体となって施策を推し進め、金融や共済事業にも固執しながら、「より大きいことがいいことだ」とする単位JAの広域合併を代表とする一元化と画一化の取り組みに邁進していく模様だ。すると政治の世界がそうであるように、挙句は、偽善と猿芝居が日常の作法になり、これまで以上に人は、理性に背を向けて茶番の世界に生きる事になっていくのだった。

そして最終的には、金融や共済事業に固執するあまりに金融ビッグバンの中で完全に落ちこぼれ、農協の存在理由の正否や存在価値は、否定されこそすれ肯定や支持されることもなく、徐々に、そしてある時期を境に一気に凋落していく様相を呈しはじめている。





三浦弘之
スポンサーサイト





にほんブログ村 企業ブログ 農業へ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://gensenkeijiban4.blog.fc2.com/tb.php/302-39b86a84
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)