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農村を活性化させる為には?

【書籍紹介】そうだ、葉っぱを売ろう!過疎の町、どん底からの再生①

「葉っぱビジネス」の仕掛け人である横石知二氏が語る過疎の町からの再生物語です。

◎上勝町も過疎化が深刻

 著者の横石さんが上勝農協に就職した昭和54年の町の人口は
 約3000人。昭和25年の半分になっていました。

 海外の安い木材の輸入により、林業が大打撃を受け、農業で主力
 のミカンも激しい産地間競争で伸び悩んでいました。

 生活が苦しくなり、厳しい山の暮らしを捨て、住民はどんどん町
 に出てゆきました。

◎異常寒波でミカン全滅

 昭和56年2月、大寒波が上勝町を襲います。
 この寒波でミカンの木が全滅し、被害総額は25億円を超えました

 横石さんは、「何とかせなあかん」と短期間で収入が得られる
 ”切り干しイモ”や”ワケギ”の生産に取り組み成功する。

 農家が立ち直ってくると、年中収穫できる柱を持つ重要性を感じ、
 シイタケ栽培をスタートさせる。これでも年間5億円を超える
 収入につなげる。

 でも、シイタケ栽培の原木は重く、上勝町の多数を占めるお年寄り
 には向いていない。お年寄りにできる仕事はないかと考え始めます。

◎葉っぱビジネス

 横石さんは、ある時、大阪出張の帰り、がんこ寿司に立ち寄ります。
 目の前に座った若い女性が、料理についてきたモミジを見て、
 「これかわいい。もって帰ろう!」と話しているのを聞き、葉っぱ
 ビジネスを思いつきます。

 店で聞くと、料理に付けられる葉っぱは、”ツマモノ”と呼ばれ、
 料理人が山に取りに行っているとのことでした。

 早速、上勝町で葉っぱや花を集めて、大阪に出荷します。
 でも、まったく売れませんでした。
 たまたま、料理人の言葉を聴いて、現場を知らないことを知り、
 自費で料亭通いを始めます。給料を全く家にいれなかったそうです。

 そして改良された葉っぱは、売れ始めます。
 売れ始めると葉っぱビジネスに関わるおばぁちゃんの数も増え、
 昭和61年に4軒でスタートしたビジネスが、昭和63年には
 44軒が参加するようになります。

◎みんなで働ける社会づくり

 葉っぱビジネスが始まるまで、上勝町のお年寄りはする事が無く、
 毎日のように診療所やデイケアサービスに通っていたそうです。

 今は、忙しくてデイケアサービスからの誘いも断る状況にある
 ようです。
 生活に張りがあり、働いていて、評価され社会と繋がっていると
 感じれることが嬉しいそうです。

 おばぁちゃん達は、注文を無線FAXで受け、パソコンで市場の
 価格を見ることで生産調整さえしているのです。




芝田琢也
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