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農村を活性化させる為には?

農村の崩壊と再興の可能性

多数の投稿者が指摘している様に現在の農業は完全な担い手不足の状態にある。
現在農家は約300万戸。そのうち3分の2が第二種兼業(農家非農業収入の方が多い農家)であり、かつ基幹農業従事者は約240万人である。しかもこの数字のうち半数近くが65歳以上の高齢者である。これまで農業生産の中心となっていた「昭和一桁世代」(これが現在農村の指導層でもある)リタイアの時期が来ており、このままの状態で推移すれば平成20年頃には基幹的農業従事者は約140万人にまで減少すると言われている。
 このことは多少の面積の集約化によって規模拡大がはかられるにしても、25%から30%の農地が耕作不能になることを意味する。
 現在確かに田舎志向や若者の農業志向は高まっている。それを受けて5年くらい前から新規就農者は増加しつつある。しかし昨年の40歳以下の新規就農者は全国で約一万人、新卒(中高大卒)だと約2000人である。(40歳以上も含めれば約6万人、いわゆる定年帰農層が増加している)。



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 これほどまでに農業人口が減少し始めたのは、直接的には1960年前後が始まりである。1960年には農家は600万戸、基幹的農業従事者は約1200万人存在した。
この1960年には、安保改定の是非を巡って世論が二分されている最中に「農業基本法」が制定されている。市場の拡大→高度成長→所得倍増の実現と、都市の労働者の確保のため、従来の家族型の小規模農業を改め、大規模化と作物の選択的拡大(農産物の商品化)によって生産の効率化をはかろうとしたものである。
 1960年代に入るまで日本の農村は、縄文の文化と風景を残していると言われていた。
幾人かの投稿にもあるように1950年代までは「夜這い」の風習を残している農村も多数存在した。それが都市と市場の拡大によって若者が都市へと吸引されていき、農村は次世代の担い手たちをそっくり失っていったのである。現在の農村の指導層かつ主力の担い手の年齢層が「昭和一桁」であるのもこのことに起因する。
 
 ついで農村が大きな変化を見せたのは1975年前後である。一つは都市の拡大による、近郊農村のベッドニュータウン化、及び土地の値上がりによる、農地の不動産化等によって集落の崩壊が進んでいく。
 及び農業政策、食品流通政策も都市にたいする安定的な生鮮食品の供給を目的にし、「大産地」(例えばキャベツの長野など)を育成して大都市の卸売市場へ優先して供給させるという政策にシフトしていった。このことにより小規模の野菜産地は廃れ、兼業化がより促進され、かつ米だけの兼業農家がますます増加していく。
 因みに、現在「地産地消」(地元で作ったものを地元で消費する)運動が活発化しているが、元々はそれが当たり前のことで、事実各県や地元の卸売市場はそこそこの集荷力があった。このスタイルが崩壊し始めたのが1975年前後なのである。
 そして最後の「トドメ」に当るのが米価の据え置きであろう。すくなくとも1970年くらいまでは物価上昇とほぼ同等の比率で米価は上昇していたが、その後賃上げ率はおろか物価上昇分さえも反映されなくなる。正確に言えば市場流通では米価は低落する一方なので国家が予算を投入して買支えていたのが、財政赤字が貯まることによっていち早く切り捨てられたと言うことになろう。実際現在の米価は平均すれば20年前から殆ど変化していない。(その結果現在、稲作農家の労働を時間あたり所得に換算すれば、高卒労働者の時間あたり賃金の4分の1以下にまで下降している)
 
 以上都市化=市場の拡大と農村の衰弱・崩壊(及び国策)との連関を具体的に見てきた。 大まかにこの過程は市場拡大=都市の拡大による→人材の流出→集落機能の解体→地場流通の崩壊→市場拡大(税収不足)の停止による、価格の低落、流れである。
現在、確かに従来と違って、意識潮流の上では「都市から農村への逆流現象」が起こっている。前記した解体のプロセスを頭に置きつつ、この流れをいかに生かすかが、農村の崩壊に歯止めをかけ反転上昇に転じるための直面する課題である。
 しかし実際の就農においては前記したとおり、様々な試みが行われていながら成功事例と言えるものは数えるほどしかない。そこで次回の投稿でそれら成功事例の中から、成功のための条件を探ってみたいと思う。


北村浩司
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