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農村を活性化させる為には?

種は人類共有の文化財産

1950年代まで、日本の農村では日常的に自家採種が行われ、野菜、豆類、イモ類、雑穀などは各地で独自の品種群を形成していた。しかも、農家の自家採種だけでなく、種苗会社からの委託生産を行っていた種生産農家が全国で約六万戸にものぼっていたのだから、農家の育種技術は確かに継承されていたはずだ。

ところが、70年代になると、農家は毎年種を買うようになる。その結果、自家採種の技術を受け継ぐ人は減少の一途をたどってきた。当たり前に種をとっていた世代は、すでに70歳代だ。農家の技から採種・育種が失われ、同時に各地で在来化した種も急速に姿を消している。こうして栽培植物の品種の多様性が失われれば、気候の変化に対応できる植物のもつ強さも失われ、地域の自給力と文化も失われていくことになる。

食と農の応援団、本野一郎プロフィールより以下抜粋

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 食生活の安全・安心は、誰がどこでどんな風に、どんな気持ちで作ったか、どうやって届けられたかを知ることで、確保できます。しかし種は、国際的な種苗特許と企業秘密の向こう側で、それが見えなくなっています。「遺伝子組換え種子」の実用化と「日本で開発されたF1種子」が輸入農産物として逆輸入されはじめています。
 食の安全・安心を求める基本は、種を生産者の手に取り戻し、品種の多様性を確保し、消費者の食文化に位置づけることであり、そのためには自家採種を復活しなければなりません。
 お金にならないものは価値がないとする近代化の流れは、種子の生産拠点を海外に移し、種子自給率は28%となり、栽培植物の多様性と土着性は急速に失われています。これは、私たちが伝統料理や郷土料理といった食文化を失い、人類共通の財産である栽培植物の多様性を失っていることなのです。種をもっと身近なものにしておくとともに、農家に残された先祖伝来の種を発掘し保存しておく必要があります。
 人類は農業を始めるまでは、採取・狩猟によって生きていたわけですが、その採取植物の品目は一万種と推定されています。そして農業が始まる一万数千年前から、人類は人口を支える必要に応じて、採取植物の中から栽培植物を選抜し、起源地から世界各地に伝え、その地方の風土に適応させ、自然淘汰と人為的な選抜を経て独自の品種を多様に生み出していったのです。現在、栽培している植物は、世界中で408品目とカウントされています。農業一万年の歴史はその意味で、育種の歴史であったともいえます。
 自分の住む地方で採れた旬のものを食べるのが、体によいと言われてきました。ところがほとんどの種が外国で生産されているとしたら、「身土不二」「地産地消」はどうなるのでしょうか。豊かな食文化を生み出すために、どんな種から作られたものか、どんな料理に向いているかに関心を向けたいものです。安全・安心の暮らしは、消費者自身の生活様式から生み出されるのです。
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自給の大切さは、これまで多くの人々によって語られてきた。しかし、その基礎には種の自給がなければならない。生物の多様性の大切さを共通認識とし、人類を支えてきた栽培植物品目と品種の多様性が危機に瀕している事実が伝わってこそ、地域自給や地産地消は説得力をもつ。

種の伝播の歴史は、気候や風土と人の流れが混在している。ところが、現代においては、略奪に近い形で一方的に先進国への種の遺伝子が集中している。それが特許としてF1品種になり、遺伝子組換え種子として流通している。この不正な流れを、村の自給・種とりネットワークをとおしてかえていかなければならない。種の遺伝子は種を採種し、育て、食する人々の手にあってこそ安全に保存できるのだ。






芝田琢也
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