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農村を活性化させる為には?

近代思想的な農地制度からの脱却が必要

日本で農地に対して「所有」という概念が生まれたのは、明治の「地租改正」施行時だったと聞きます。

ただ、それまでは村が農地を所有する「総有制」だったため、急に制度だけが変わっても、意識の変化がついていかない農業者が多かったようです。望んで手にした権利でもなく、また、全ての農業者に経営センスがあったわけでもないため、自ら農地を売って小作人になる者も少なくなかったとのこと。(参考:リンク)そしてその結果、商才に長けた者が農地を集積し、「大地主」が出てきました。

この地主制ですが、封建的なイメージと、時々発生していた小作争議のせいで悪習のように見られがちです。が、結局小作人にとっては、税を納める相手が変わっただけで、実質としては共同体的農業の体を成していたようです。つまり、この時点では「農地の所有権」が共同体の解体に直結したわけではないのです。

ここだけ見れば、農業を営む以上、放っておいても集団(共同体)に回帰すると言えます。

しかし、戦後の「農地改革(解放)」以降は、何故か農地の所有権が強く前面に出るようになりました。しかも、共同体の崩壊まで発生しています。どちらも政府主導で行われた「農地の分配」ですが、何故こうも違うのでしょうか?

考えられる理由としては、
1.資本主義、民主主義の浸透が以前より進んでいた。
2.同様に、個人や自由などの概念が強くなっており、「自分の土地だから何をしても良い」という正当化が行われ、共同体の結合が弱まった。
3.第二次・第三次産業が発達し、農村から都会へ人が流れた。
4.地主の代わりに「農協」に依存することで、零細農家でも生き残れた。
5.「兼業化」によって、農業の不採算性を補うことができた。
6.「土地の転用期待」があったため、私有権を強調して農地を手放さなくなった。と同時に、価格が上がると「売るのは自由」という判断に転じるようになった。

などが挙げられます。
あえてこれらを一言で括るなら、「近代思想の拡大」が根底にあると言えないでしょうか。

ということは、近代思想という「枷」を外せば、自然と共同体に回帰するのではないかと思えてきます。折しも、「自由」「個人」「市場主義」などの概念に違和感を感じる風潮が強まっています。と同時に、本能的に農業の重要性を感じたり、人と人との繋がりを求める動きも出てきています。

ここで必要なのは、近代思想からの脱却。
そして、近代思想に基づいて作られた法制度の改正。

ここさえ達成できれば、「共同体の再生」は自ずと実現されるのではないかと思います。


小西良明 
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