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農村を活性化させる為には?

1970年頃の政治的判断が日本農業の衰退を決定した?

日本農業は、食の洋風化や農業者の減少が進行するにつれて衰退していると言われています。それは事実なのでしょうが、こう聞くと、自然現象的に徐々に起こっているような印象を受けてしまいます。

しかし、柴田明夫氏の著作「コメ国富論」に載っている「水稲の作付面積・収穫量の推移」グラフで、明らかに不自然な動きが見られました。

1969年に水稲の作付面積はピークを迎えます(約317万ha)。しかし、1970年に「減反政策」が開始され、翌1971年には作付面積が約270万haにまで減少しました。そして2009年現在は、約163万haに至っています。

40年という歳月を考えると、単純計算して4万ha/年のペースで減少してきたことになります。とすれば、いくら減反が始まったとはいえ、1969~71の2年間で50万haも水稲作付面積が減ったのは異常と言わざるを得ません。

その広大な水田面積の行き先として思いつくのは、
1.他作物への転作
2.休耕田化
3.宅地等への転用
などでしょう。一般的見解だと野菜等への転作がメインなのですが、実態を見ると、畑はそれほど増えておらず、1970年以降は農地面積全体が減少傾向になっています(参考:リンク)。かといって、いきなり皆が農業を辞めて休耕田が増えたとも思えません。となると、有力なのは3番となりそうです。

ここからは仮説です。
1972年に田中角栄が「日本列島改造論」を出版し、同年に田中内閣が発足しました。そこから農地転用を伴う「公共事業」が活発化したことを考えると、減反直後の水稲作付面積の激減は、政界や土木系の業界からの圧力がかかった結果であり、以降の開発ラッシュの布石だと言えないでしょうか。もしこの仮説が成り立つなら、現在の農業の衰退は、明らかに政治的関与で始まったと言うこともできます。

また、この動きはるいネットでよく言われている「1970年頃からの国債増加」とも動きが符合しています。これらの点から考えると、どうも1970年前後が、今日に至る日本の姿のベースを形作ったような気がしてなりません。

この仮説は、農業政策を超えて、様々な社会の動きを視野に入れながら検証していこうと思います。



小西良明
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