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農村を活性化させる為には?

農耕の園 杉・五兵衛②~農産物は輸入できても、農業が持っている心を満たす部分は輸入できない~

①に引き続き農業経営者より引用。
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◆世界の産地との競合を考えたら、"ローカル"が最大の武器だった
「生産から販売まで」を手がける農業形態への転換の構想は、近畿大学農学部の学生時代、全国各地の農家を調査するうちに、浮かび上がってきた。

「大規模で、ものすごくいい農業をやっている人もいたけれど、その考え方を突き詰めていくと、農業経営という視点では、その後、横這いか下向きにしかならんという結論しか、俺の中では出なかったんや」と堅島(のじま)さんは振り返る。

1960年代以降、基幹作物を決めて大規模生産に切り替えた農家は、当時、所得が右肩上がりで伸びていた。しかし、堅島(のじま)さんはこの当時から、「世界の中での日本の農業」を考えていた。

「量産だけを考えてやっていけるのか。その頃は10haも田んぼを作っていれば、少なくともこのあたりでは大規模経営だったけど、1,000haが当たり前の国と競争したら、勝てるわけがない。そんな競争はしなくていいと思った」

逆に、日本の中で自分が農業を営む強みは何かを考えた。

「貿易自由化でわあわあいっているより、ここがいずれ過疎になっていくのか、周囲が拓けて都市化していくのか。そっちの方が俺にとっては重要だったんや」

大阪と京都の付境に近く、いずれは都市化の道を辿るのが目に見えていた。大阪・神戸・京都も近い。とすれば、周囲に食べる人がたくさんいる。その点では世界で屈指の条件ではないかと、堅島(のじま)さんは気付いた。

グローバルな視点で考えた時、杉・五兵衛農園にとっては、逆に「とってすぐに食べられる」というローカルさにこだわることが、最大の強みだったわけである。

「たとえば当時は、バナナがまだ高級品だったが、貿易自由化されてバナナが入ってきても、バナナ園が日本に入ってくることはない。つまり、農産物は入ってきても農業自体は入ってこない。空腹を満たすという以外に農業が持っている、心を満たす部分は輸入できない。それなら、そこをちゃんと味わえる農業をやろうと思った」

起伏のある圃場も、生産効率という視点で考えれば悪条件にしかならないが、"心を満たす"部分としての景観を考えれば、逆にメリットにもなる。

堅島(のじま)さんは、大反対する父親を学生時代の4年問かけて説得。観光農園の研究に打ち込み、ヨーロッパ各地も視察し、大学を卒業する頃には"農園杉・五兵衛"の青写真をまとめていた。

余談になるが、青果物では、産地形成で当時は右肩上がりだった都市近郊産地も、1980年代になると都市化の波と地方産地の大型化に対抗できず、その多くが淘汰されてきた。輸入農産物との競合で大型産地が置かれている今の状況と、当時の都市近郊産地の状況は、実によく似ている。

「効率よくたくさん作る」というだけの単純な路線から、いち早く考え方を切り替えた堅島(のじま)さんは、輸入農産物との競合以前に、地方大型産地と同じ土俵に上がることもなく、独自に都市農業のスタイルを築いてきたことになる。
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1970年の貧困の消滅→物欲▼を受けて、物的生産は飽和状態となり今までの農業は軒並み淘汰へと向かった。その中で勝ち残った『杉・五兵衛』は単なる偶然ではなかった。

今後日本が物的飽和をむかえることを予測し、世界の中の日本を俯瞰したときに、いったい何に可能性があるのか?
日本の農業の可能性を徹底的に追求し、農が持つ心を満たす部分=意識生産に目を向けて、そこに可能性収束したからこその必然の勝利だった。

<参考投稿>
『生産様式の転換と社会構造の変遷』(213603)
『農業は医療や教育と同じく人類(集団)にとって不可欠の事業であり、脱市場原理の最先端可能性といえるのでは?』(194431)
(以下引用:ブログ 路上で世直し なんで屋【関西】)
『意識生産としての農業 その先端事例(1)』(リンク)
『意識生産としての農業 その先端事例(2)』(リンク)
『意識生産としての農業 その先端事例(3)』(リンク)


三浦弘之
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