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農村を活性化させる為には?

『大型店に勝つ流通の形態』

キーワードは『お客が喜んでくれるのが喜び』
そのために地域のネットワークを再生・活用する。

■以下引用リンク_________________________

産地直結配達方式に優位性
下関 大型店に勝つ流通の形態    
2010年9月29日付 長周新聞


             ・・・前略・・・


【高齢者家庭への配達も 需要多様化する商店】

そこで商店の役割が重要だ。川中地区にある小さい魚屋は30年続いているが、「自分らの生き残り策は配達と商品の信頼度だ」といっている。高齢者が多く山坂ばかりだから、配達員を雇っている。「少少高くても老人は新鮮な物を食べたいし、メニューも工夫するし、それでつぶれずにおれる。近くにゆめシティもあるが、老人は買いには行かない」と話している。八百屋も「商店は配達でやらないといけない。野菜屋だが、年寄りがアジの開きを買ってきてとか、片栗粉置いてないかとかいわれ、置くものが増えていく。目の前に大きいスーパーがあるけど、流れがかわってきている」と話している。
 
すでに多くの商店が、高齢者が多い下関ということで、配達をやっている。そういう商店が生き残っているという。そして労力はかかるが、消費者と直接に結びついて、配達をやって商売をしていく、新鮮で安心な農水産物をとどける。それは信用にもとづく商売だ。お客が喜んでくれるのが喜びだ。それに農業者、漁業者から直接仕入れをしてやる形になったら、大型店には絶対に負けないと口口に語っている。
 
大型店の商法は、その地の消費者のことなど全然考えていない。売れば終わりの商法だ。そして毎日売れ残りをたくさん捨てている。捨てるものを上乗せして価格をつけているから実際は高いし、商店の方が安いのだという。
 
商店の方も産地に直接仕入れに行くといっても、単独では難しさがあると語る。これも集団化が必要だと語られる。そこに橋渡しの機能が必要だと語られる。
 
既存の大型店依存の流通ではなく産地と消費者を直接に結びつけた流通システムをつくる。ここに商店が介在し、みんなが協力しあってやっていく。農漁村が小売値に近い値段で売れるなら経営の様相は一変する。若い者が就業できる可能性が出てくる。農漁業者の後継者ができる可能性ができる。
 
農漁業を絶やさないことで大きな問題は、歴史を重ねた技術を継承する者を早く配置しなければならないということがある。市役所の職員などで実家が農業は多いが、爺さんに指図されて手伝っている程度で、単独でコメ作りをやるにはかなりの修行がいるといわれている。漁業でも同じで、GPSがあるといっても最後は長年の勘が勝負といわれ、船に乗れば魚が捕れるというものではない。
 
コメの直販体制は一つの突破口といえる。兼業の市職員などは、自分のところで作ったコメを同僚に売っているところもある。縁故関係で売っている農家は多い。コメ屋が農家から直接仕入れて、戸別配達の方式で地域に売りさばくなら生産者も消費者も商店も喜ぶ。スーパーのもうけが減るだけだ。市民の方は下関でとれたコメがよっぽど安心する。下関の人間が育ってきた同じ水と風土で育ったコメだ。スーパー経由の「ブランド米」より安心だ。「豊田町の○○さんが作ったコメ」などと明記してあれば信頼は抜群だ。直接に田んぼの見学に行こうかともなる。
 
日本では「ご用聞き」とか「出前」とかの商業文化がある。小売店が大規模であれば強いわけではない。その価格支配力を誇示しているが、信用不在の欠陥があり、産地、消費者直結の戸別配達商業システムができるならその方の優位性は明らかだ。


【庶民向け作れば客増加 水産加工も転換の時】

             ・・・中略・・・



【信用重視に本当の強み 大型店流通には弱点】

買い物難民が大量に出てくるところまできて、「大型店は便利だといわれてきたが、略奪商法だ」と市民のなかで論議が広がっている。大型店の商法には基本的な哲学の違いがある。基本が略奪であり、ヘッジファンドと同じく、自分がもうけるかどうかだけが基準であり、市民のことや社会のことにはまったく無関心である。「安いかどうか。もうかるかどうか」が第一であるのが大型店である。周辺の商店をなぎ倒しても「それは時代の流れだ」といい、農産物を安く買いたたいて農業が成り立たなくても、「わしらの方が支配権を持っているのだ」と横暴に振る舞う、まさに略奪者である。大型店は、資本主義の本来の信用取引からもはずれている。
 
こうした大型店流通は「買いに来い。買いに行けない者は買えない」というもので不親切であり、郊外店など車を持っている者しか行けない。周辺の商店をなぎ倒し、もうからなくなればさっさと撤退していき、社会的な責任はなにもない。下関市を略奪し尽くして逃げていくようなものだ。行政は大型店に対して相当な規制をかける必要があるし、もうけにみあった社会貢献をさせるし、社会に利益還元させる必要がある。
 
大型店は価格支配力を持つといって、生産者を買いたたき、消費者への責任や信用を得る姿勢はない。大型店があって、生産者も消費者もいるとみなしており、転倒している。そうではなく生産者がおり、消費者がいるから商業が成り立つのが現実である。大型店流通には大きな弱点がある。
 
なお本紙の提起は、電器商など多くの業種の商店からも大きな反響を得ている。大型店と違って商店はお客との信用関係を大事にしていると強調している。電灯が消えたということでも飛んで行ってなおしてやる。自分が売った商品に責任を持つという考え方だ。そうでない商店はつぶれたと語っている。その上に、電器商がみんなで結束してメーカーから共同仕入れをできるようになったらよいのだがと語っている。
 
農業がつぶされているのは、大きくは輸入自由化やWTO農業交渉での農産物の関税撤廃などに問題がある。そのうえに農産物の流通が大型店ルートになるために好き勝手に買いたたかれている。日本の農業を守るにはアメリカからの独立が根本的な問題である。しかしこの農業つぶしに対して、負けるわけにはいかない。農業の集団化や商店と協力しあって消費者と直接結びつける地域密着の流通システムをつくる、というのは生産者も消費者も商店も切望するものであり、実現する可能性は大きい。
 
_____________________________引用以上


火中の栗 
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