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農村を活性化させる為には?

お互いに支えあうことを実現する自主的な共同体の再生を②

249943①のつづき
日本の素晴らしさを学び、語り、つたえよう。
ねずきちの ひとりごと 「老農と呼ばれた男・・・石川理紀之助」リンクより転載します。
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明治16年(1883)、39歳の時、理紀之助は役人の職を辞します。
そして故郷の山田村の救済にあたります。

実は、明治10(1877)から、米の値段が上がり出すのですが、5年後の明治15(1882)年には、逆に米の値段が急落したのです。
これに冷害が重なった。

どの農家も借金に悲鳴をあげます。
至るところで食えなくなった農民が盗人をはじめ、理紀之助の故郷の山田村もまた借金であえいでいたのです。

「この息も絶え絶えの農村を救うにはどうしたらよいのか」
これまで培った知識と技術をもとに農民に戻り田畑を耕し、山田村を建て直すことができれば・・・。

理紀之助は、役人を辞め、山田村に帰ると、村人に次の提案をし、「山田経済会」を発足させます。

1 質の良い肥料を作り、これまでの倍の量を田んぼに施し、米の収量を増やす。
2 収量が増えた分を借金の返済にあてる。
3 無駄遣いをやめ、暮らしに必要なものは「共同で」買う。
4 養蚕をとりいれ副業に精を出す。
5 仲間外れが出ないよう、助け合い、励まし合う。

収穫高を増やしたり、副業を振興したり、無駄遣いやめるというのは、昨今の国政や、会社などでもよく言われることです。

一方、「暮らしに必要なものを共同で買う」や、「みんなで助け合い、励まし合う」は昨今はあまり語られません。

しかし、大きな事業をしようとするとき、いちばん大切なことが、「みんなで助け合い、励まし合う」ということ。そして「共同で買う」という発想です。

昔は、醤油がなくなると、よくとなりのおばちゃん家に、醤油を借りてきて、と親に言われたものです。いまでは、どこの家にも醤油は備蓄されている。
互いに助けあうというよりも、個人でなんでも抱え込む。
しかし、もし世界がいま、エコを唱えるなら、江戸の昔から日本にある「共同」という発想を、ふたたび考えてみる必要があろうかと思います。

そしてそれ以上に、どんな規則や決まり、マニュアルや肩書よりも「みんなで助け合い、励まし合う」ということの大切さを、日本はもう一度、思い返してみる必要があるように思います。

さて理紀之助は「山田経済会」を発足すると、毎朝3時に、掛け板を打って村人を起こします。そして早朝からみんなで力を合わせて農業作業を行ないます。

夜明け前の闇に、毎朝「コーン、コーン」という掛け板の音が響き渡る。
村人が集まる。
そしてみんなで農作業をする。

山田村は、こうして村人たちの努力と協力で、わずか五年で村の借金を完済してしまいます。

当時、理紀之助が詠んだ歌があります。

 世にまだ生まれぬ人の耳にまで
   響き届けよ 掛け板の音

吹雪の朝のことです。
理紀之助がいつものように午前3時に打ち終えて、雪まみれになって家に入ると、妻が、
「このような吹雪の朝に、掛け板を打っても誰にも聞こえないし、ましてやこの寒さでは、誰も起きて仕事をしようとはしないでしょう」と、言ったそうです。

理紀之助は、
「そうかも知れないね。でも私は、この村の人々のためだけにやっているのではないのだよ。
ここから500里離れたところの人々にも、また500年後に生まれる人々にも聞こえるように打ってるんだ」

理紀之助は、どんなに貧しくても、どんなに苦しくても、未来を信じ、世の人々に期待して掛け板を鳴らし続けたのです。
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以上


石敢當
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