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農村を活性化させる為には?

百姓と自然が数百年をかけて、土を作り上げてきた

次は土の話である。
これもなるほどと感銘を受ける部分があった。建設現場でよく土を扱っているが農業の世界での土は全く意味が異なる。まさに命を生み出す母なるものなのだ。
同じく国際派日本人養成講座リンクの伊勢氏の記事から紹介したい。
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>子供たちの教育の中で、農業体験が取り入れられるようになっている。宇根さんの田んぼに田植えにやってきた都会の子どもが、「どうして田んぼには石ころがないの?」と聞いた。
「うーん、そんなことはあたりまえじゃないか」と言いかけて、宇根さんははっとした。

 石ころがなくなったのは、百姓が足にあたるたびに、掘り出して、捨ててきたからである。それも、10年、20年でなくなったわけではない。これが土の本質である。土の中にはたぶん百姓と自然が、土を作り上げてきた数百年の時が蓄積されているのだ。
 初めて田んぼに足を踏み入れた子供たちは、田んぼの土のぬるぬるとした感触に驚く。
この土のぬるぬるとした感じは、数十年数百年かけて、百姓が耕し、石を拾い、有機物を運び込み、水を溜めてつくってきたものだ。

 しかし、百姓だけがつくったのではない。自然からの水が、山や川床からの養分を運び入れ、田んぼの中では藍藻類が空気中の窒素を固定し、稲の根が深く土を耕すから、こんなに豊かな土ができるんだ。

 このぬるぬるは、生きものの命の感触なんだ。だから水を入れて代かきすると、ミジンコや豊年エビやトンボなどが生まれてくるし、いろいろな生きものが集まってくるんだ。

 こうした田んぼで、稲が育つ。だから米は「とれる」「できる」もので、人間が「作る」ものではない。人間が関与できるのは、「土づくり」だけだ。その土も、山や川、藍藻類やオタマジャクシなどの自然と、石を拾ったり、水を引き込んだりする人間との共同作業なのである。

 農業とは自然に働きかけて、自然から「めぐみ」をいただくことである。そして農産物とはそのめぐみのごく一部に過ぎない。

 こう考えると、農業こそは、自然に抱かれ、自然の恵みに養われて生きている人間の本質に根ざした営みである。近代科学技術、近代工業の発展によって、その自然が忘れ去られた事で、こうした農業の真の姿も見えなくなってきたのだろう。
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人間は「土」しか作れない。だからこそ農家の人は土つくりに全てを結集して力を注いでいる。私は農業はやったことがない。
「土」しかという謙虚な思いが農業を営む基本的な姿勢なのかもしれない。


田野健
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