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農村を活性化させる為には?

農地をむらから切り離してはならない③

引き続き農文協の「主張」リンクより転載します。
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日本的、農家的構造変革の息吹
 いま日本の農村は、財界などの言い分とは全く異なる次元から、地域の実情に応じた、いわば「下からの構造変革」を進めつつある。それは地域の中に「あきらめる人」を生み出すのではなく、それぞれの家族構成や年齢、労働力条件に応じ、みんなが持ち味、持ち分を生かした“むらの共同”“むらの知恵”としての「構造変革」だ。

 上掲『農地制度』の本の中で大妻女子大学教授の田代洋一氏は、こんにちの農村には農業経営に限らない「多様な担い手」がいて、それが互いに依存し共同しあってむらと経営を守っていると指摘し、次のように述べている。

「グローバル化した時代には『担い手』は『地域農業の担い手』だけにとどまらない。……このように農村の社会的課題が噴出した」時代にあっては、その課題を担う担い手は、「A:『農業経営の担い手』、B:農業経営まるまるは無理だが土日・朝晩なら農機に乗れる『農作業の担い手』、C:農機は危なくなったが水管理・畦草刈りならお手のものという『地域資源管理の担い手』、D:『直売所、地産地消や食育等の担い手』、E:生まれ在所に生き死んでいこうとする者が居てこそ『むら』が守られるという『むら社会の担い手』など、農村社会は住民がそれぞれの『もち味』を活かした『担い手』になることによって初めて定住可能になった。『多様な担い手』論の登場である」。

 田代氏のこの論文は上掲書のなかで「土地利用型農業の担い手像」つまりは規模拡大経営について担当し書いたものだが、このテーマに即してもAの「農業経営の担い手」だけでは自己完結せず、B以下すべての「担い手」との連携・共同があって初めて成り立つものであることを明らかにしている。

 それは、(法人成りを含む)大規模家族経営にあっては農地の集積はひたすら「待ち」の姿勢であり、黙々と借地をていねいに耕し、あの家なら末永く貸すことができるという信頼感を醸成し、貸し手の農家が年齢や家の事情で行き詰まって農地の買い取りを頼まれれば言い値で買い取る。規模拡大しながら同時に地域農家との共存を願う。農地を丸投げされても手間のかかる地域資源管理はできないからだ。自分の経営を守るためにも地域の農家と共存し、むらを守らねばならない。個人の経営であって単に個人のものではない。日本の農業は「むら農業」なのである。そしてこのような規模拡大は政府、財界がよくするように、あらかじめ何ヘクタールと目標設定されるものではない。A~Eの多様な担い手の、そのまたむらごとに異なる多様なあり方の関数なのである。

 集落営農も同様だ。経理を一元化しただけのプレ集落営農から転作作物の受託のみのもの、水・畦畔管理は地権者に再委託するもの、法人経営体として確立したもの、標高差による作業適期のズレを機械の共同利用でこなす中山間地域の集落営農連合など、その形は集落の数ほどある。それは発展段階ではなく、むらあるいは旧村単位などの「多様な担い手」のありかたを反映した類型差なのである。

 こうして「2010年農林業センサスでは5ha以上経営体の農地面積シェアは初めて5割を超えた(00年37%→05年43%→10年51%)。この中には増え続けている集落営農も含まれており、個別経営の規模拡大ばかりではない。いよいよ日本農業はアメリカ型、ヨーロッパ型とは異なる、集落営農という他国に類のない営農主体を含む多様な担い手によるユニークな構造変化に向けて動き出した」。それは「高齢化や過疎化の中で、それに抗するようにして」出てきた「危機と併進する構造変化」であり「新たな挑戦」である(小田切徳美「TPP問題と農業・農山村」前掲『TPP反対の大義』所収)。

 かくして明確なことは日本的、むら的構造変革が「多様な担い手」すべての共同ですすめられていることであり、「特定者に農地集積を誘導・強制する構造政策は、農村を知らない財界や一部政府要人の短絡的思考の産物であり、なんら成果をあげていない」(田代前掲論文)ことを悟るべきだ、ということなのである。

農地をむらから切り離してはならない
 このような日本的、むら的農業構造変革の根底には、農地を守ることとむらを守ることを一体的に把握するものの考え方が歴史的に形成されてきたことがあることを忘れてはならない。

 同じく『地域農業の再生と農地制度』の著者の一人である早稲田大学教授の楜澤能生氏は、「農地を商品一般に解消してしまうと、農地を農地として維持することができない、というのが少なくとも小農制を歴史として持つ社会の」共通認識であり、だから、「農地を…他の商品とはこれを区別し、一般法とは別途その取引を規制する農地法制」が必要で現に実施してきたのだが、それとは別の次元で「農地を農地として維持するのに不可欠の要素としてむらの維持を念頭に置くという発想、農地をむらと一体的なものとして捉え、この観点から農地制度を構想するという着想は、従来必ずしも意識的には追求されてこなかったように思われる」と自らの課題を設定し、主として大正、昭和、今日に至る「むらと農地」の関係を総ざらいした。

 国レベルの立法過程はもとより、全国各地の村や産業組合や各種土地組合などの動向を調べ上げたその結論は、「むらの農地はむらびとの手に、というむらの規範が、農地法制の必要を引き出してきた」ということだった。

「村内耕地ノ村外ニ流出スルヲ防止シ併セテ自作農創定を為サムコトヲ決議」(傍点楜澤氏)した秋田県幡野村を始め多くの実例を挙げ、自作農創設がじつはむらの農地をむらに留め置く施策の一環として位置づけられていたこと、なぜならそれは、むらの土地がむらから流出(所有権が移動)すると、むらの共同性が崩れると観念されていたからであることを、豊富な史料で明らかにしている。

 かくして農地管理は、「農地の権利移動のみを意味するのではなく、地域にとって望ましい農地利用一般の実現を課題とする。農地の作付協定、農作業の効率化、合理化のための利用調整等、多様な内容を地域の状況に応じて、地域の自律的な取組みを前提として実現する」ものであり、「農地流動化の加速、流動化率の向上といった、国が設定した目標達成にのみ還元されるものではない」のである。

「むらと農地」を切り離そうとするTPP推進派の新自由主義的復興論を許さず、地域からの「自律的な取組み」を強めることこそ、復興の基本である。
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以上です。


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