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農村を活性化させる為には?

原発から農発へ② 現代を、そして未来を生きる子孫までもが恩恵を享受できる発電事業

①257441のつづき、
2011年11月号 農文協の主張:原発から農発へリンクより転載します。
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◆農村の小水力発電を支援する企業
 一方、中国5県(広島・岡山・鳥取・島根・山口)には昭和20年代から30年代に94カ所の小水力発電所が建設され、うち54カ所が現在も健在である。これに大きく寄与したのは昭和27年に議員立法で制定された「農山漁村電気導入促進法」だ。この法律により通産省は売電方式による小水力発電の規制を緩和し、農林省は農林漁業金融公庫から建設費の80%を貸し出すことになった。これは元利均等償還25年という優遇措置で、小水力発電の建設資金確保に大きな道を開いた。

 この法律の制定を働きかけたのは、当時の電熱温床による米増産の電源には農業用水路や小河川を利用した小水力発電が最適と考え、中国電力の要職を辞して昭和22年に地域の水力発電を支える「イームル工業」(本社東広島市)を設立した織田史郎(1895~1986)だった。イームル=EAMLの社名は、electric(電気)のE、agriculture(農業)のA、machine(機械)のM、life(生活)のLからなり、「小水力発電で農業を支え、農家の生活を向上させる」という織田の想いが込められている。

 同社は、中国地方の小水力発電所(出力50~500キロワット)の大半(74カ所)を直接受注建設するとともに、電力会社への売電価格交渉の仲介も行なった。

 徹底した現場主義の織田は全国の5万分の1地図1255枚すべてを購入し、各地を歩いて発電可能地点を計算したという。調査対象は、大規模発電所の開発可能性がある大河川を避け、有効落差10~150m以内の出力10~300キロワットの範囲に限定していた。織田は、「小水力の使途は大水力のように大都市や工業地帯の大需要を対象とするものではなく、農村の小需要を地元において供給しようとするものであるから、使用効率が非常に高く、農村の需要電力を大水力に依存している従来の非能率的なやり方と比較にならない利益がある」と語っていたという。

◆地元住民が運営する農協発電所
 1950年から1967年までの18年間にイームル工業が支援し、建設された農山村の小水力発電所は73カ所。そのひとつ島根県奥出雲町(旧仁多町)三沢地区(人口720人・254戸)の出力90キロワットの三沢小水力発電所は、昭和32年(1957年)の稼働開始。建設当初の目的は、地域の産業振興を図り、住民の経済発展に併せて無点灯家屋を解消することにあったが、発電所建設には多額の資金が必要で、当時の村の財政事情では困難だった。そうしたなか、農山漁村電気導入促進法の融資対象が「営利を目的としない農林漁業団体」であったことから、旧三沢村農協が発電所の経営主体となることで着工可能となった。建設費用は1866万円。うち7割は農林漁業金融公庫からの借り入れでまかなったが、残りは地区の農協理事の借入金や、農協組合員からの出資金(1口200円で1万1039口、合計約220万円)が充てられた。

 1957年の発電所の稼働以降、運営のすべては農協役員(1962年合併の仁多町農協)に委ねられてきた。だが、創業以降の売電料の据え置きや運転員の人件費上昇で、1975年には100万円の赤字を出し、経営の合理化が求められることになる。

 そこで82年、旧三沢村の10の自治会代表で構成する「三沢小水力発電運営委員会」が、農協と業務請負契約を締結。以後、運営は地元住民に任されることになった。

 現在は1993年に合併したJA雲南から年間500万円で運営委員会が運営業務を受託。売電収入と請負料の一部を使って、自治会集会所の電気料助成(5万5000円)や、地区の文化活動を行なう福祉振興協議会への助成(25万円)を続けており、その他にも地元の小学校の備品購入などに充てるなど、さまざまな地域振興策の財源となっている。なかでも2002年に発足した農産加工所「味工房みざわ」へは、売電料と委託料の一部から、これまで合計400万円ほどの助成金を出してきた。

 味工房取締役の田部和子さん(68歳)は、「発電所の助成金には助けられています。これまでも圧力釜や麹の発酵機、冷凍ストッカーなど、機器の購入に使わせてもらいました。こうした設備投資ができたおかげで、農家の手取りを増やす農産加工の手伝いができるのです」と語る。

◆原発とは真逆の農発の思想
 こうした九州地方の土地改良区発電所、中国地方の農協発電所の例をみていると、この農家、農村の力による発電、すなわち「農発」は、つくづく原発とは真逆の思想に立つものだと思い知らされる。

 原発の寿命は当初30年で設計されていた。しかし経済性を重視した延命を重ねるうち福島第一原発の事故は起きた。また、事故が起きなくても、すべての原発は廃棄物、使用済み核燃料、廃炉の問題など、ことごとく問題の解決を先送りにして運転されており、たかだか1、2世代の経済的繁栄のツケは、未来永劫子々孫々に回される。

 一方、土地改良区や農協の発電所の多くは、江戸末期から昭和初期にかけての先駆者たちがひたすら地域と子孫の繁栄を願って開削した用水路を生かしたもので、開削に私財を投じた先駆者のなかには困窮して故郷を離れた一族も少なくないという。しかし、その水路を生かした発電事業のおかげで、冒頭で紹介した歌碑のように、現代を、そして未来を生きる子孫が恩恵を享受する。

 原発と農家・農村力発電が真逆であるのはそれだけではない。原発のエネルギー源は地球上の特定地域に偏在する有限かつ希少資源のウランだが、農家・農村力発電のエネルギー源は普遍的に存在する無限かつ希薄資源の「雨」である。「雨は地上に降ると、地形のひだに集まり、せせらぎとなる。小さなせせらぎは沢となり、沢が集まり渓谷となり、渓谷が集まり川となる。単位面積当りのエネルギーが薄い雨粒が、地形と重力によってしだいに集積され、濃いエネルギーとなっていく」(1)。「雨」という希薄資源の「地形と重力による集積」を、人の力が助けるのが農業用水であり、それは農業の本質にもかかわることだ。「『農業とは生きものの力を借りて、再生可能な地球上の希薄資源を集め利用する営みである』、この点が居座りで有限の資源を使っている工業との基本的なちがいなのです」(2)。

(1)小水力利用推進協議会編・オーム社刊『小水力エネルギー読本』

(2)西尾敏彦著・農文協刊「自然の中の人間シリーズ」[農業と人間編](1)『農業は生きている――三つの本質』

つづく、


石敢當
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