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農村を活性化させる為には?

上部旧石器時代(4万年前~1万年前)のヨーロッパ 

・スペイン、ドイツ、フランス、ギリシアで見つかっている50万年~30万年前の化石に、部分的にネアンデルタール人的特徴が認められる。
・ネアンデルタール人(旧人)は寒いヨーロッパの氷期を生き抜いた人類である。彼らの身体的特徴の一部は、寒さに適応した構造となっていた。大きい鼻は、乾燥した冷たい空気を吸い込むとき、鼻の内部の粘膜から適度な湿気を与えるため。前腕(肘から手首)と脛が短かったが、これはシベリアなどの北方民族にも見られる特徴で、動物でも寒冷地に住むものほど四肢が短い(体積当たりの表面積を減らし、体熱を失いにくくするため)
・一方のクロマニヨン人(新人=現生人類、ヨーロッパの化石人骨の総称。)は、前腕と脛が長く、体熱を放散するのに適した体付きをしている。これは彼らが熱帯地方からやってきた集団であることを示唆している。

・4.2万年前頃(~1.3万年前)、ヨーロッパに上部旧石器文化が登場。石器タイプが変わり、骨角器の利用始まる、壁画の登場。(本格的な骨器が最初に出現するのは、9万年前ごろのアフリカ)
・ヨーロッパで上部旧石器文化の地層から人骨が発見されるとき、例外なく現生人類もののである(上部旧石器遺跡から、旧人の人骨は出土しない)。
・西アジアでも少なくとも4.2万年前には、ヨーロッパのクロマニヨン人と関係があると思われる上部旧石器文化が出現する。

・4.3万年~3.7万年前頃のフランスからスペイン北部にかけての遺跡(シャテルペロン文化と呼ばれる)からネアンデルタール人の人骨が発見される。
・3.5万年前ごろとされる遺跡からは、ネアンデルタール人の人骨化石が発見されている。
・つまり、現生人類がヨーロッパに流入してからも、ネアンデルタール人は一部の地域で数千年間生き残っていた。但しこの間、彼らの居住地はヨーロッパの辺縁地域(バスク地方やイベリア半島)に押しやられていた。
・3.5万年前(or2.5万年前?)ごろに、ネアンデルタール人はヨーロッパからいなくなる。

・3.0万年前のクロマニヨン人の遺跡(チェコのパブロフ遺跡)からは、織物や縄の跡が残った粘土片が出土しており、クロマニヨン人が網を発明して小動物を捕らえていた可能性もある。

(・現生人類のシベリアへの本格適応が達成されたのは2.8万年前ごろで、人類が質の高い住居と防寒衣を発明し、これらの材料として大量の動物を狩ることができるようになってからであった。それまで天然の洞窟を利用していたのが、この時期になると野外に構造的な住居を作るようになる。さらにフードつきの繋ぎ服を着ていると解釈できる彫像が発見されており(ブレチ遺跡)、さらに骨製の縫い針もこの頃から出土するようになる。)

・2.2万年前頃のクロマニヨン人の内陸部の遺跡からは100キロ以上はなれた海岸からの貝殻や琥珀などが出現しており、クロマニヨン人の部族間に、交易網(贈与ネットワーク)が存在したことを示唆する。
・この頃(2.2万年前?)から、骨から作った縫い針が出現し始める。

・2.1万年前ごろには最終氷期極寒期を迎え、大陸の北方には氷床が発達し、スカンジナビア半島の全体、イギリスの大半、デンマークからバルト三国にかけての領域は、厚く巨大な氷床に覆われた。
・中央~東ヨーロッパにかけてはステップ草原と呼ばれる木の少ない平原が広がり、温帯広葉樹林の分布は地中海沿岸に限られていた。
・海水面が低下し、イギリス海峡は陸地化していた。

・1.8万年前頃には、角製の”かえし”のついた銛先が作られるようになり、漁労生産の発達をうかがわせる。


・1.8万年前以降、気温は急激に上昇し始めた。ツンドラステップは北方へと後退し、亜寒帯針葉樹林、次いで落葉樹林大河ヨーロッパに広がった。
・この時期、ツンドラステップの北上と共にマンモスやトナカイなども北方へ去ってしまっていた。
・現生人類は森林地帯に適応し、狩猟と採集に。弓矢や植物を粉にする石臼などが普及した
・これと同期して、上部旧石器文化も終わり、1.3万年前ごろに細石器というはめ込み式の小さな石器を中心とする中石器文化(西ヨーロッパのアジール文化など)が始まった。

・0.9万年前以降の新石器時代になると、西アジアから伝わってきた穀物の農耕とヒツジ、ヤギ、ウシなどの牧畜がヨーロッパで始まる。
・新石器時代には北方モンゴロイドの典型的特徴がシベリア地域に出現する。一方で、新石器時代後半~青銅器時代にかけてバイカル湖の西側地域、モンゴル西部、中国西域などへは、西からコーカソイドが入り込んで混血が生じており、逆に鉄器時代以降になると、フンなどのモンゴロイド系集団の西方への移動が起こる。

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※上部旧石器時代=後期旧石器時代(約4万年前~1.3万年前の現生人類による石器時代)

ヨーロッパの上部旧石器文化
(上部旧石器文化の遺跡からは、現生人類の人骨しか見つからない、とされる)

○4.2万年前~3.25万年前 オーリニャック文化
・スペイン北部からバルカン半島に至る地域に存在。同時期に西アジアにも存在。
・角製の尖頭器や壁画、彫像。

○3.25万年前~2.4万年前 クラヴェット期
・寒冷化が進む中で、スペインの一部からロシアに至る領域、及びイタリアなどに現れた。
・象牙や石灰岩製のヴィーナス像が盛んに製作された。
・織物が存在した証拠がある。

○2.65万年前~2.15万年前 ソリュートレ期
・最終氷期極寒期にあたるこの時期には、さすがにクロマニヨン人もヨーロッパ北部地域を離れた。
・逆にフランスとスペインの一部地域では人口が集中したようで、その中でソリュートレ文化が生まれたと考えられる。
・壁画にも質的な洗練化が見られる。
・骨器は多くは無いが、末ごろには骨製の縫い針が出現した。
・やじりを思わせる形の石器も出土しており、弓矢が存在した可能性もある。

○2.15万年前~1.3万年前 マドレーヌ期
・気温が温暖化し、スペイン北部からフランス、ベルギー、ドイツを通り、ポーランド南部にまで広がった文化。
・骨や角を加工する技術が高度化し、かえしのついた銛先や投槍器が登場した。
・網を沈める錘も出現し、魚や鳥を取る技術が向上したことが分かる。
・スペイン北部やフランスにある洞窟壁画は、ほとんどがこの時期に描かれている。
・この時期は、人口が増加したため、各集団は狭いテリトリー内で小動物も含めた食料採取を行う必要が生じ、社会関係が複雑化、祭祀なども活発に行われたと考えられている。
・化石人骨から健康状態を調べたところ、この時期の人々には、以前よりも多くのストレスがあったことが示唆されている。
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<参考・引用>
海部陽介「人類がたどってきた道」日本放送協会出版




内藤琢
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