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農村を活性化させる為には?

氷河期末のできごと② ヒトがシベリアに進出できた背景

①の続きです。(リンク)PDFより引用
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★ヒトがシベリアに進出できた背景
そういう中にヒトが入り込んできた。オオカミにとって快適な条件でもヒトにとってはどうであったか?春、夏など快適だったかもしれないが、冬は厳しい。雪はほとんどなくても強い風が吹き荒れて体温を奪う。風をさえぎる家もない。ヒトのシベリア進出を可能にしたのは、毛皮服を作る技術だった。

二つの技術が開発された。毛皮なめしと編み合わせ技術だ。毛皮はそのままではゴワゴワしてとても体に馴染まない。毛皮の裏に付着している角質層などを除去するとしなやかになる。毛皮の裏の肉を削り落し、口で噛んだり水に晒したりして蛋白質を除去した。また錐と骨針が開発された。

これを使って動物の腱を糸として毛皮を縫い合わせた。こうして毛皮服や靴ができるようになってヒトはシベリアに進出できた。イルクーツクの北西80キロメートルの地点にマリタ遺跡があり、2万3千年前の住居跡がある。マンモスの骨と牙、シカ角を組み合わせたもので毛皮をテントのように使ったものだろう。だがマリタ遺跡は例外的なもので、他に有力な住居跡は発見されていない。

★ヒトは何を食べて生きていたのだろうか?
動物は豊富にいてもこの広い大地でヒトの脚力と武器を考えればそう簡単に捕まえられる獲物はいなかっただろう。なるほどヨーロッパで発見された壁画には、大型動物を狩るヒトの姿が描かれている。バイソンに槍を打ち込む勇壮な狩人の絵もある。だが遺跡から出土する骨はトナカイがほとんどで、逆にトナカイの絵は乏しい。絵というのは現代でもそうだが、非日常的で、憧憬や願望を絵にしたがる傾向がある。

粗末な石器でマンモス、ケサイ、バイソンなど厚い毛皮に覆われた大型動物に挑むのは困難だし、ヒトの脚力ではこれらの動物に近づくことすら難しい。しかし、草食動物は夥(おびただ)しくいる。何万頭、何十万頭という数が一つの地域にいる。今日の世界では、アフリカのサヴァンナにいるヌーやシマウマの群れがそのイメージを提供してくれるが、それ以上に大群をなしていただろう。そのうちの何%かは毎年必ず死ぬ。老齢、病気、雄同士の争いや猛獣に襲われた際の怪我などが原因だ。

死んだ動物や弱った動物は見張りがいてすぐに見つける。見張りとは鳥たちだ。クロハゲワシ、ヒゲワシ、トビ、カラスなどだ。ヒトは丘の上からこれらの鳥が舞うのを見てその下に急いだ。もちろん、他の肉食動物も集まってくる。ヒグマ、クズリなど厄介な動物が来る。オオカミも自分のテリトリー内なら喜んで楽な獲物にありつく。

しかしヒトはこれらの猛獣と鉢合わせしても争う必要はなかった。新鮮な肉は大部分奪われたにしても骨が残る。大型動物の骨は大概の肉食動物でも持て余す。骨を砕いたり割ったりすることが出来ないからだ。ヒトは石斧などを使ってそれを割り、中の骨髄を食べる。

骨髄は英語でmarrowというが栄養分豊かで味が良く、西洋では古くからスープなどに利用してきた。最近日本でもラーメン屋さんがスープを取るのに使うようになった程だ。余談だが、砂漠の民ベドゥウインは男尊女卑の民族らしく、男たちは殺したラクダやヒツジの肉を集まってたいらげる。そして骨を女たちに投げ与える。女たちは骨を割り、中の骨髄を食べる。その女たちは丸々と太っている。そんな映像を見たことがある。私は人類がアフリカに誕生して以来、狩りではなく、主に残肉漁りで生きてきたと思う。



松井英仁
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