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農村を活性化させる為には?

【農業】福井県若狭町「山心ファーム」新規就農者に経営託す

ここるいネットでも度々紹介されている、かみなか農楽舎と福井県若狭町ですが、血縁を超え農を中心軸とした村落共同体の萌芽を予感させる記事がありましたので紹介します。

注目ポイントは、長年行ってきた田畑を息子ではなく外から入ってきた人へ”事業継承”という形で受け継いでいるところ。
これならば、これまで叫ばれていた農地法の弊害(権利の移動がしづらい)といった問題も解消できます。

担い手が減少し続け耕作放棄地の増加が懸念されている昨今ですが、行政・民間・農家が本気で一丸となれば、今回のような事例は今後どんどん増えていくのではないでしょうか。


日本農業新聞e農net(リンク)より転載。
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農外からの新規参入者を農業後継者に育てる動きが出てきた。第三者継承など、地域農業の基盤を受け継ぐ新たな担い手育成の取り組みを追った。

 福井県若狭町の山あい。米麦を中心に受託を含め約50ヘクタールを経営する合同会社・山心(さんしん)ファームは、設立日の今月25日をめどに代表が交代する。

 法人化から丸6年。地域農業を支えてきた川上正博さん(63)は、後継者と見込んで指導してきた脱サラ就農者のはい島照樹さん(35)にバトンを渡す。

・法人化から6年 態勢万全に次代へ

 はい島さんは東京都の出身で大手食品卸に勤めていた。金沢市への転勤時に自立できる職業を志した。北陸で田園風景に触れ、農業が選択肢になった。ハローワークを通じてIターン研修を受け入れる旧上中町(現若狭町)の「かみなか農楽舎」を見つけた。

 かみなか農楽舎は、行政や地域の農家らでつくる農業生産法人。定住促進や集落の活性化を目的に、研修生に農業を伝授しながら実際に生産する。2002年春から受け入れ、32人を送り出した。一人の脱落者もなく全員が就農し、24人が若狭町内に定住するという実績を誇る。

 はい島さんはその3期生だ。2年間の研修を終えた06年4月から、川上さんの下で働きながら指導を受けることにした。設備や技術の面から、いきなり自力で農業を始めるのは難しかった。「早く独り立ちするには一番厳しいところがいい」と、町を介して川上さんの門をたたいた。

 川上さんには長男の真輝さん(34)がいるが、当時は農業共済に勤めていた。「息子でないとあかんということはない。一人前になったら、わしんとこ継げよ」。はい島さんの意欲にほれ込み、受け入れた。

 同時進行で、普及センターの助言で法人化を目指した。経営継承を円滑にするためだ。合同会社は、06年5月に施行された会社法に基づく形態で、少人数での起業に向く。山心ファームは北陸第1号として同年7月25日に設立した。

 法人化から2年半。09年2月に川上さんが頸椎(けいつい)を傷め、4月に手術する事態になった。その間の規模拡大で、はい島さん一人で全てを担うのは困難だった。農繁期が迫る中、長男の真輝さんが農業共済の勤めを辞め農業に加わった。

 構成員6人の山心ファームを核にした農業は、運営を明確に分けている。農業生産を法人が担い、乾燥・調製部門の経営は法人と切り離した。農機や設備は川上さんが所有し、法人と乾燥・調製部門に貸し付ける。各部門の経理を明確に分け、収支を厳しく見ている。

 真輝さんが就農しても、?島さんに法人を引き継ぐのは既定路線だった。「夢を持ってやって来た。働きぶりを見て腹は決まっていた」と川上さん。真輝さんには乾燥・調製部門の経営を任せた。地域からの受託を含め50ヘクタール分に上る。

 真輝さんは「規模が規模だけに分業しないとやっていけない。はい島さんは農業に関わった年数で先輩だし、経理や段取りなど運営能力は私より上。適材適所でいい」と話す。

 はい島さんは「形の上で私が代表になるが、真輝さんは私の足りない面を補ってくれるパートナー。遺伝なのか、機械操作も上手だ」。同年代の二人は互いに信頼を寄せる。

 はい島さんは就農してから川上さんに連れ歩いてもらい、地域に溶け込んだ。真輝さんが加わった今の役割分担から3年余。川上さんは「もう社の顔が変わっても、どっちも大丈夫」とうなずく。川上さんを「親会社みたいなもの」(はい島さん)と頼りつつ、次世代が新たなステップを踏み出す。
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千葉敏昭
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