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農村を活性化させる為には?

21世紀における日本農学の再興をめざして


江戸時代の「農書」には、現代農業が置き忘れてしまった農民の自然観や、心の在り様が記されていました。農学博士・徳永 光俊氏のひも解く、歴史貫通的視点からの21世紀の日本の農学をご紹介します。

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■伏流する「天の恵み」
明治後期以降、文字史料に残ったものから「天の恵み」といった表現は見られない。農学士たちはしようがないとして、はたして農家の気持ちからも全く消えてしまったのだろうか。民俗学者の宮本常一は、日本列島の農山漁村を戦前戦後長年歩いてきた経験から、『忘れられた日本人』で、農山漁村に働く人たちの気持ちを次のように述べている。

「そこにある生活の一つ一つは西洋からきた学問や思想の影響をうけず、また武家的な儒教道徳のにおいのすくない、さらにそれ以前の考え方によってたてられたもののようであった。この人たちの生活に秩序をあたえているものは、村の中の、また家の中の人と人の結びつきを大切にすることであり、目に見えぬ神を裏切らぬことであった。」

西洋から来た学問や思想とは、明治期からの西洋農学による学理そのものである。武家的な儒教道徳とは、江戸期からの中国からの陰陽論の浸透に他ならない。村の中の、また家の中の人と人の結びつきとは、江戸農書の「まわし」であり、目に見えぬ神を裏切らぬことであったとは、江戸農書で言う「天の恵み」に感謝する事ではなかったろうか。

宮本常一は、文字をもつ人々の世界と文字を持たない大多数の農民の世界との間には大きな開きがあり、前者は後者の旧弊と陋習を常に攻撃し、低めに見ようとしていた。そして農業をないがしろにする気風を社会に醸し出し、無文字の大多数の農民たちに卑屈感を植え付けていったと指摘している。

農学士たちからすれば、「天の恵み」など学理では説明つかないことであり、大正期にもなれば学理の普及により、農家は声に出し、文字に著すことなど出来ない空気が生まれていたに違いない。「天の恵み」は伏流せざるを得なかった。

■民間農法の開花
1940・50年代の食糧難の時期、全国各地で民間農法が花開いた。代表的なものは、小柳津勝五郎に師事した新堀嘉一の科学農業、岡田茂吉の観音農法、島本覚也の微生物・酵素農法、山岸巳代蔵のヤマギシズム運動、楢崎皐月の植物波農法などである。これらはいずれもそれまでの学理一辺倒の農業観を排し、窒素・リン酸・カリの化学肥料に頼る数量的農業に対し、肥料に頼らず作物の力そのものを十全に発現させようとするものであった。また、目に見えない非現象の世界を重視することもあった。

しかし、1960年からの「基本法農政」のもとで化学化・機械化・施設化がすすめられ、生産性、効率性、収益性などの数量的把握で農業生産の優劣が決められるようになっていった。この優勝劣敗の競争世界のもとで、民間農法は「非科学」「不経済」のとレッテルを張られて、「科学的」農学・経済学によってまさに「弾圧」されていった。

これらの民間農法が再び息を吹き返すのは、1970年代から農薬汚染による食べ物の安全性が問われ、食糧自給が心配され出してからである。有機農業や自然農法が言われはじめ、福岡正信や川口由一らが活躍してくる。彼らは江戸農書と同じように老荘思想や陰陽論など中国思想を援用しながら、自らの農法の原理を説明しようとした。江戸農書への直接の言及はないが、その内容は江戸農書への回帰といってよかろう。

■「土地相応」による「まわし」の再興
農民作家山下惣一は、福岡県唐津市における50年以上にわたる農業経験をふまえて、『ザマミロ!農は永遠なりだ』(2004)において、普通の農家の本音を余す所なく語っている。

現在はやりの有機農業や環境保全型農業に対して、本人たちの思惑とは別の現象として、一般の農産物とは違うという「差別」、農業機械や農薬・化学肥料を使い、ビニールハウスなどの施設利用を進める近代的農業には与しないという「排除」、自分たちだけが正しいという「独善」の三つの論理がまかり通っているのではないかと、心配する。

近代化を超えるとは、昔に戻る事ではなく、近代化の技術と経験を活かして「原理原則」を決して行きづまることのない循環、「まわし」の基本に到達させることだという。農を軸にした成長を必要としない小さな循環型社会を地域の消費者とともに目指そうと呼びかける。まさに、江戸農書の世界である。山下は言う。日本から農業は消えたりはしない。農は永遠なりだ。この国と国民に農業を守る意思がないのなら、百姓は独立するぞ!

■「天の恵み」の再興
福岡県の農業改良普及員であった宇根豊は、1990年代後半から「農と自然の研究所」をたちあげ、『国民のための百姓学』(2005)で新しい自然観・農業観の形成を呼びかけている。従来の農業の価値は生産効率で測られてきた。その尺度としてカネを採用するのは当然である。その結果、カネで評価できない世界は抜け落ち無視することになった。その世界を日本列島の住民たちは、伝統的に百姓仕事の「めぐみ」として表現してきたが、農学はそれを対象化することが出来なかった。

生きものにはカミが、タマシイが宿っており、百姓とともに生きてきた。そして両者のタマシイは交流することによって、百姓のカミ、タマシイも活性化されてきたという。それが「めぐみ」の内容である。まさに、江戸農書にいう「天の恵み」ではないか。こうした世界を科学や農学の対象でないというなら、農学は農の全容の表現・評価を放棄したちっぽけな学だと決めつけるしかないと言う。全く賛成である。

■主客合一の日本農学の再興
宇根と山下は協力して福岡を中心として活動を行っているが、両者の見方は、江戸農書に見られた「土地相応」による「まわし」、「天の恵み」の考え方と同一である。近代農学、普遍科学の名で失ったものが、21世紀に入り江戸農書の鑑であった『農業全書』の著者宮崎安貞の故郷の地で、300年を経て復活したのである。

主客合一の「科学」的な学問と庶民の生きる知恵が結合する日本農学を再興すべき時代が、今はじまろうとしている。


~論文:「17~20世紀における日本の伝統農学と西洋農学による変容、そして再興」より抜粋~



笠原光
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