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農村を活性化させる為には?

「都会の“捨てる”文化を島根で拾う」石見銀山生活文化研究所

人口400人の町で50人の雇用を生み出す石見銀山生活文化研究所。リンク
服飾の製造・販売を軸としながら、衣食住に関わる事業を展開し、企業活動を通じて、生活と仕事が一体となった地域の活性化を実現している。
生地の原料も地域で栽培し、都心に店舗を展開し、地域の魅力を発信する。
古民家で囲炉裏を囲みつつ団らんする、昔ながらの食のあり方を提案し、古民家の再生も手掛け、町の景観や暮らし方を保存。
25年前から、草の根として活動し、近年ようやく、その価値が認められはじめるようになったという。

衣食住の本源価値を提供していくことを生業とするこの企業には、都会の若者がIターン、Uターンして入社するケースも増えてきているという。
地域の資源を活かしきり、生産と生活が一体となった集団に学ぶべき視点は多い。

リンクより引用・・・・・・・・・・・・・

■石見銀山を愛し、この地に根を下ろした物作り
700年の歴史を持ち、かつては世界にその名をとどろかせていた石見銀山。そのふもと人口500人足らずの大森町に、株式会社石見銀山生活文化研究所はある。昭和63年、松場登美所長が夫と2人で起業した有限会社松田屋が前身だ。商品の企画・開発や店舗づくりを担当する会社として分社化したものを、今年1月、社名も含めて統合した。現在、東京や京都などに約10店舗を展開している。
「石見銀山というほかにはない地域性の中で、都会地が切り捨ててしまったモノがここにはたくさんあります」と語る松場所長。長男である夫とともにUターンした20年前には、廃屋がどんどん目立ち始める小さな集落でしかなかった。しかし、歴史と文化を封じ込めたようなこの町こそが全国に通じる地域であると、夫妻を始め地域住民が思い当たったころから、時代の風は流れを変えていった。「石見銀山という地域を生かしきっていくということと、この地で自然体で暮らす自分たちの生き方とが、同時進行し始めた」のだという。それは、起業前からのブランド「BURA HOUSE」に並行して、全国に多くのファンを持つまでに成長した「群言堂」ブランドを生み出した。そして、地域住民による町おこしは、石見銀山の世界遺産暫定リスト登録へとつながっていった。
「群言堂」の言葉の意味は、「大勢の人が自分の意見を出して話し合い、一つの良い方向へみんなで生き抜いていこう」というもの。その意味あい通り、地元出身中心の個性的なスタッフ集団は、この地で暮らすからこそ生まれる独創的な生活感を、商品という形に仕上げている。


■楽しみながらおしゃれにできる「田舎暮らし」を全国に向けて提案し続ける
かつて栄華を誇った石見銀山の面影を色濃く残す町並みの中には、本店を始め、ブランドが生まれる原点となった「群言堂」や、広島県から移築したかやぶきの家などがある。物を作るだけではなく、昔の良さを残しながら今の時代を楽しむ空間を手作りすることも、大切な仕事だ。
現在、田舎暮らしを体験できる場として、江戸時代の地役人の屋敷を修復中だ。畑で採ってきた野菜を使い、かまどに火をくべて自炊し、五右衛門風呂でさっぱりしたあと宿泊できるというように、衣食住すべての文化を表現した空間で田舎暮らしを体験してもらう。建物を除くほとんどが、いわば商品と呼べるだろう。今年中には実現の運びだ。
企業が提案するのは、石見銀山という素晴らしき田舎に暮らしている「生き方」そのもの。‘まず商品あり’ではなく、生活のすべてを自分たちの手で表現し、提供する。
「楽しみながらおしゃれにできる豊かな田舎暮らしをスタッフと共に実践し、この地から全国の皆さまに発信し続けていこうと思います」と、松場所長。
穏やかな語り口の中にも誇りと自信が伝わってくる。



三島史路
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