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農村を活性化させる為には?

島根県の「食の社」でゆるやかな共同体を実践中

島根県に生涯現役で「百姓」を続けておられる佐藤氏が主体となって立ち上げた「食の社」というゆるやかな共同体を持続されている場があるそうです。

以下、「地域内自給めざす「ゆるやかな共同体」( リンク )」より引用させていただきます。

>◆常に先見性を持ち続けること
(中略) 佐藤さんはそのころのことを社報に「私たちが何げなくやっていた近代農法は、人の心の弱点に付け入った都市の都合。農民の主体性、自主性を棄てさせるものではなかったか」と書いている。
近代農法の「破壊」は当時まだ公害問題などが指摘されていない時代だったことを思えば先見性のある取り組みだったといえるが、実は本当の先見性は故大坂氏と議論しながら、農民の主体性を「創造」するものとして、有機農法への取り組みを始めたことではなかったか。その有機農法の考え方とは、「モノを売って媚びるのではなく、まず自分たちが健康に生きることをまっとうするために食べ物をつくることから始める」である。
昭和53年に日本で初めて低温殺菌牛乳(パスチャライズ牛乳)を販売し、学校給食への供給を実現したのも、その土地で生産されたものを生に近い姿で届けようという考えからである。そこには単なる乳業メーカーというよりも「農民として次の世代へ胸を張ってつなぐことができる生き方を示す集団」(社報より)との考えがある。牛乳も「生き方を考えるための素材」であり、その販売とは「それを作り出す方法も含めて世に送り出す」(同)ことだという。
そんな考え方からすると、昨今の“消費者ニーズに即した生産”について「本来は農民が自己体験のなかから、何をどう食べるか、何を生産するかを考えるべきなのに、今の農業は都市のご機嫌とり農業になってませんか」と手厳しい。

「人としてこの土地でどう生きるのか。農はそのための大切な手段」

◆協同のあり方は地域全体の課題
(中略) 地域の農家が自己の生活を自足するよう生産を始めても、自給度を高めようとすれば、個人の力の小ささや限界に気づき、どうしても協同することが必要になる‐‐。ここから「ゆるやかな共同体」という発想が生まれることになった。
今回訪ねた「食の杜」はその「ゆるやかな共同体」の姿が集約された場所だ。
開設されたのは、平成9年。ここは山間部の荒れた農地を生産者や消費者、研究者、医療関係者など職業も年齢も越えた人々が基金を出し合って自分たちの農場にしたいとの思いで買い取ったのが始まり。
茅葺屋根の築100年以上の農家も移築してメンバーが交流できる場にした。(中略)

◆活性化ではなく沈静化こそ村に
ネットワークを広げ、維持していくその要の人物といえば、強力な自己発信が必要ではないか、と聞くと「そんな構えたものじゃありません。自己アピールほどいやなものはない。必要に応じて人は出てくるし、その範囲でやればいいんです」と言う。
ゆるやかな共同体とは、自分も不完全だし、相手も不完全だと認めることから始まるという。だから、規約、きまりごとなどあまり決めない。
「発展というよりも時代の変化に応じていくということです。変化するものに定款などいらないでしょう」。社長時代は管理されず管理せずが方針だった。
ただし、繰り返し強調するのが「まず自分で実践すること」だ。これは篤農家だった父の姿から受け継いだことだという。
「おやじは必ず自分の畑に試験的に新しい種を播くなど常に新しいことをやろうしていた。百姓は身についたものが知識。頭で考えたことなど正月の計画と同じ、と言われて育った」。
(中略)
「有機農業とは農業だけなく人の有機的なつながりもつくりだすことです」と田中さん。また、12年前から日登牧場で働く非農家出身の有馬みや子さんは「ここに来て分かったのはみんなが自立して共存、助け合う地域だということです」と話す。

◆考えること、生きること
ところが、こうした地域に居て佐藤さんはかつて「ムラには活性化ではなく沈静化こそが必要だ」と厳しく批判した。
この国で地方の活性化が叫ばれはじめた10年以上前のことだ。
その真意は「活性化といっても人として生きるための活性化ならいい。
しかし、叫んでる人はみな経済のことばかり。こっちのムラが良くなれば隣りのムラはだめになる。生きる気迫もないなかで何が活性化か」だ。
平成5年、町は品格ある簡素な村づくりを提唱した。佐藤さんたちの考え方が反映されている。
組織は大きくはしないし、作物の反収も牧場の乳量も平均以下でいいというのも基本的な思想だ。それが本当の食べ物をつくる生産の姿だと考えている。木次乳業の社員は50名ほどである。
佐藤さんの口からは農民の自主自立という言葉が幾度となく出てくる。だから、有機農業といいながらも国の進める認証制度について「基準がなければ国際競争に負けるというが、農家はその土地土地で自主独立して農業をするもの。行政に言われて動くようでは本当の食べ物は見えない」と批判する。
こういう指摘を聞くと、「ゆるやかな共同体」とは、ひょっとするとかなりきついことかもしれないと思う。それぞれが考え自立していなければならないからだ。
「人としてこの土地でどう生きるかが第一。その手段として酪農も乳業もある。自分の足で立とうということです」。(引用終了)

農を中心に自分達の生きる場を自分達で作るゆるやかな共同体。その背後には、「農『業』」にした時点で大量生産・大量販売に傾くと考えておられるそうです。




塩貝弘一郎
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