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農村を活性化させる為には?

赤字の酪農家を救うため立ち上がった業界の異端児「よつ葉」の挑戦

今や旧来のメーカーと取引先というような関係だけではいいものは作れない。お互いが追求する「運命共同体」が可能性。それは、日本人の精神性と合致しているようにも思えます。引用させて頂きます。
リンク
(途中から引用)
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■絶品クロワッサンを生む、極上ミルク&バターの秘密
(途中から引用)
よつ葉乳業のふるさとは北海道十勝地方。十勝は加工前の牛乳、生乳の生産量日本一を誇る。牧場だらけの音更町の真ん中に、よつ葉乳業最大の十勝工場がある。年間60万トンの生乳をここで加工。十勝で生産される生乳のおよそ半分がここに集まってくるのだ。
(途中略)

日本のバターの8割以上が北海道で作られているが、その中でよつ葉乳業は、雪印や明治などの大手を抑えトップシェアを誇っている。他にも品質にこだわったヨーグルトやチーズなどの乳製品を製造。業界4位のポジションを築いている。

■酪農家とともに生きる~絶品を生み出す乳業革命
(途中略)
これだけ厳しく管理して作るのが、放牧生産者限定の「ノンホモ牛乳」だ。普通の牛乳と比べると、色が少し緑っぽい。外で食べている青草が生乳に影響しているのだと言う。

よつ葉乳業はこの生乳を、通常より高く買い取っている。まさに「生産者あっての会社」を実践しているのだ。

生産者と共に築いた品質で、売り上げは1000億円を突破。過去最高益も叩き出した。

「頼りになるパートナーで共同体のような感じ。もっといい牛乳を、安全安心なものを作っていきたいなと思います」(石黒さん)

■酪農の理想郷をつくりたい~感動のよつ葉誕生秘話
(途中から引用)
1960年代、北海道の酪農は危機的状況にあった。当時、酪農家は大手の乳業メーカーと直接、契約を結んでいた。立場は弱く、生乳をメーカーの都合のいい価格で買い叩かれていた。その結果、北海道の生乳価格は日本で一番安くなり、酪農家の8割が赤字という事態に陥った。

当時から酪農を続けている鈴木洋一さんは「買い取り価格も低くて、負債の支払いも多く、どうやっても利益が出ない。酪農家はみんなそうだった。やってられない状況で、生活ができなかった」と言う。

このままでは北海道の酪農は滅びると、一人の男が立ち上がる。それがよつ葉乳業の創業者、太田寛一。士幌農協の若き組合長でもあり、「北の闘魂」と呼ばれた熱血漢だ。

太田は突破口となるヒントを求め、酪農の先進国であるヨーロッパを視察した。そこで見たのは、酪農家が工場を建て、自分でチーズを作る姿だった。生産者自ら加工販売する6次産業化が進み、市場の8割を占めていたのだ。

太田は自分たちで加工工場を作る「農村ユートピア計画」を打ち出し、行動に出る。

大手乳業メーカーに気づかれないように極秘で八つの農協のトップを招集し、「乳業メーカーが栄えて酪農が衰退するのはおかしい。生産者が加工販売しなければ未来はない」と訴え、農協の出資で酪農家のための会社を設立する話をまとめた。その際には乳製品工場を実現させるという誓約書まで作成、八つの農協のトップが判を押した。何があってもやり抜くことを誓った、いわば血判書だ。

酪農振興会の会長だった今村博人さんは「既存のメーカーからの反発がすごく強かった。なんとか潰そうと酪農振興会の役員を抱きこんで、作らせないように動いたんです」と、振り返る。

太田の計画が表に出ると大手乳業メーカーは猛反発。なんとか阻止しようと動きだした。大手乳業メーカーにとってよつ葉乳業は、できてはいけない会社だったのだ。

「今までは自分たちの都合で乳価を決められていたのが、違う発想の会社ができると、自分たちの権益を侵されるということです」(有田)

乳製品工場の建設を進めようとすると、様々な横やりが入り、あからさまな妨害工作も始まる。間もなく着工という段階に辿りついた時には、契約した建設会社が工場の建設を断ってきたことも。大手乳業メーカーと取引していた建設会社だった。

それでも太田は諦めない。大手乳業メーカーとはしがらみのない建設会社を探し出し、工事を依頼。海外視察から1年あまりの1967年、酪農家のための工場を完成させた。

よつ葉乳業は、酪農家のためにも「売れる牛乳にしなければ」と、大手との差別化を図り、当時はまだなかった搾りたてに近い味で勝負した。

「生乳の味を活かした加工をする。そのためには脂肪分もそのままで手を加えない。ミルクを生産する側としては当然の思いですが、いいものを美味しく飲んで下さい、と」(有田)

当時、牛乳は宅配が主流だったが、よつ葉乳業は店頭販売も開始。しかも瓶が当たり前の時代に、返却の必要のない紙パックを採用し、大ヒットした。

酪農家の利益を確保するよつ葉乳業が登場して10年。乳価は2倍以上に跳ね上がった。そして北海道の酪農家も生活していけるようになったのだ。

50年前は酪農をやめようかとさえ思っていた鈴木さん。当時5頭しかいなかった牛は現在350頭に増え、毎日、生乳をよつ葉乳業に卸している。

「よつ葉乳業ができてなかったら大変だったと思います。酪農を続けてなかったかもしれない。太田さんは現状を見ないで亡くなったけど、見たら満足すると思うね」(鈴木さん)

■酪農の危機を乗り越えろ~生産者を支える驚きサポート
(途中略)
そこでよつ葉乳業は、3年前から若手酪農家の研修事業を始めた。一歩進んだ海外のやり方を見せ、意識改革を図り、新時代の酪農家を育てようとしている。
(途中略)
よつ葉の力を借りて新たなビジネスを展開させた牧場もある。鹿追町東瓜幕協和生産組合。清水勇輝さん(34)、伸哉さん(33)の兄弟がよつ葉乳業の支援を受けてやっているのは、オリジナル乳製品の加工販売だ。
(途中略)
酪農でも夢を見ることはできるはず。よつ葉乳業は若者とともに、酪農の未来を作ろうとしている。
(引用終わり)




廣渕一志
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