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農村を活性化させる為には?

倒産寸前の危機から救った、奇跡の「夕張メロンゼリー」誕生秘話

これを読むと、努力や工夫が尽きることなく出てくる。それは家族含めた廻りの多くの人の笑顔がモチベーションになっているのか。引用させて頂きます。
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(途中から引用)
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■デパート物産展で大旋風~ 100億円売る北の絶品菓子
 全国の百貨店で開かれる人気の集客イベントといえば、北海道の物産展。名古屋市の「ジェイアール名古屋タカシマヤ」で開かれていた物産展。絶品づくしの北の味わいの中に、店舗を幾重にも囲む大行列の店があった。「北菓楼」というお菓子屋さんだ。
(途中略)

「北菓楼」の本拠地があるのは札幌から車で1時間半かかる砂川市。かつては周辺にあった炭鉱で賑わったが、現在の人口はピーク時の3分の1近くに落ち込み約1万7000人に。そんな町の外れに本店がある。

その店内で、試食をする客をじっと見つめている男がいた。「北菓楼」を経営するホリホールディングス社長の堀昭(64歳)。客が口にした瞬間の表情が常に気になると言う。

「笑顔になるか、首をかしげるか、その状況によって商品改善の勉強になる。試食していただいて『美味しい』と言っていただくと嬉しいですね」
(途中略)

■北海道で大躍進の人気菓子~笑顔を生む原料の秘密
(途中略)

そんな産地の美味しい原料を、ホリは手間ひまかけて商品にしていく。砂川市のホリ第5工場。炊き上げた北海道産の餅米に、昆布や帆立などの素材を加工して練り込み、つき上げていく。出来上がったお餅は、特殊な方法で5日間寝かせ、食感良く揚がるように丁寧に乾燥させる。そして作り始めから7日後、最高の形で水分が抜けた餅をカリカリに揚げて完成する。こうして出来上がるのが「開拓おかき」でも圧倒的な人気を誇る「えりも昆布」。絶妙の風合いの塩気に、ぱりぱりの昆布が病み付きになること必至だ。

そんなホリのお菓子のヒットは、生産者も笑顔にしていた。昆布漁師の平野正男さんは「ありがたい。自分たちの手をかけたものが全国で愛される。仕事をする者としてそれ以上の喜びはない」と言う。
(途中略)

堀は安定的な取引への感謝を込めて、全ての産地に出向き、挨拶回りを続けている。増毛町で堀を迎えたのは、遠藤水産の遠藤秋由社長だ。
「本当に信頼関係だけ。社長のおかげで商品を出してもらっている」(堀)
「『北菓楼』さんが初めてエビのおかきを作ってくれた。今は何社か作っていますけど、それはうれしいですよ」(遠藤社長)

堀の願いは美味しいお菓子作りを通して、厳しい環境の中、頑張る生産者たちを応援することなのだ。

■夕張メロンゼリー誕生秘話~廃業寸前を救った親子愛
(途中略)
そして親子3人での格闘が始まった。

「とにかく車にこれ以上積めないくらい商品を積んで。父は厳しかったから『売れなかったら帰ってこなくていい』と言っていました」(堀)

営業で北海道中を回る中、堀は自分たちの菓子作りの方向を見定める。それが北海道のおいしい産物を生かしたお菓子作りだった。

「北海道の素材を使って、うちにしかできない商品を作りたい」(堀)

そのアイデアを実現すべく堀一家が目を付けたのが、炭坑の町・夕張で次なる柱として期待されていた夕張メロン。このメロンで作った菓子をヒットさせれば、店を蘇らせることが出来るかもしれない。そう考えて父と兄弟で開発に乗り出したのが、夕張メロンの食感や香りを一年中味わえる、メロンそのもののようなゼリーだった。

堀は兄と夕張ブランドで商品を出す許可をもらうため、生産現場に試作品を持って交渉に赴いた。ところが「夕張メロンのイメージを壊すような商品は絶対ダメだと。何回も何回もうかがって、味見をしてもらいました」(堀)。

何度突き返されても、堀たちは決して諦めなかった。当時を知る、JA夕張市の黒澤久司さんは「我々のような当時の平社員にも『どうだい?』と。『上司はこう言っているけど、どこをどうすればいい?』と聞いてきて、非常に粘り強くて諦めない人でした」と語った。
(途中略)

■祝い金20万円を支給?~長く働きたくなる驚きの戦略
(途中略)
もちろん作業が効率的に行えるようになったのだが、本当の目的は「60歳でも65歳でも働いてもらえる職場を作りたいと考えているんです」(堀)。きつい作業はロボットに任せ、高齢者には、楽な作業をしてもらう。そうして長く務めてもらうのがロボット導入の目的なのだ。

そんな取り組みで定年後も働き続けてもらい、今や従業員の13%が60歳以上。七尾通(64歳)はボタン一つで動くリフトを使った原料の移動を任されている。「前の会社でリストラを経験しているんです。それでここに入って、知らないうちに社員にしてもらって、今は60歳を過ぎたのでパート勤務をしています。いつも感謝しています。この仕事しかできないのに使ってもらって。こういうことはあまりないと思うんです」と言う七尾。中には80歳の従業員もいる。

とにかく長く働いてもらいたい。そのために堀は、社長の自分に何でも言ってもらえるような風通しのいい環境も作ってきた。堀が一番信頼しているという?橋政仁は、以前、社長が計画していた創立記念パーティーを中止させたという。

「やはり記念に残るものも大切なんでしょうけど、『全員が何を一番喜ぶか』をお話ししました」(?橋)

その結果、パーティーの代わりに堀が全社員からパートにまで用意したのが通帳だった。パーティーの開催費用を堀は勤続年数に応じ全従業員へと還元したのだ。

「祝60年記念ということで、会社が口座にお金を入れて全員に配ってくれたんです」「パートや正社員に肩書きに関係なく、一律にもらえたのがうれしかったです。励みになります」と、社員たちは語る。

7年前に兄を亡くして以来、堀はひとりで経営を担ってきた。そして兄が亡くなった時、父と兄から叩き込まれた教えを決して忘れないために、全社員が持つクレドを作った。

「兄や父が元気だったらどういうことを言うか。そういうことが書いてあります」(堀)
(引用終わり)





廣渕一志
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